父の命日
今日は、父親の命日です。昨年も書きましたが今年も書きます。
53年前、昭和39年9月14日に49歳で父親は無くなりました。
父の遺品の書が二点あります。
父親が昭和13年中国南京へ工兵隊で駐留していたとき訪れた鶏鳴寺でいただいたという書があり、今年も父をしのび飾りました。
漢詩は有名な「楓橋夜泊」です。和尚は「二空」となっています。...
詩は、
月落ち 烏 啼きて 霜 天に満つ
江楓(こうふう)漁火(ぎょか) 愁眠に対す
故蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到る
でしょうか。この書を入手したのは、ちょうど南京大虐殺があったとされる時期と重なります。父は工兵隊なので進軍後に町に入るため直接かかわってはいないと思われますが父からそのような事件を聞くことはありませんでした。機会があればこの事件の真実を知りたいものです。
父は、昭和14年に退役後海軍燃料廠に入り四日市で終戦を迎えました。
もう一つは、国家主義運動の草分け的活動家・頭山満の「至誠奉公」の書です。
父は、この家に養子に入った人で、実父は軽井沢に在住していました。
実父は、軽井沢で頭山満と交流があり、書を晒木綿に書いてもらい、父の出征時に腹に巻いて行くよう贈ったそうです。
ちなみに父は頭山満らの心情に同感していたわけでなくもっぱら実父からの贈り物として大切に残したものです。