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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

殺生石/白頭 ~怪物は老体でもやっぱり元気(その5)

2009-04-14 02:40:33 | 能楽
これでいよいよ前シテの登場ですが、前シテは「呼掛け」という能独特の登場の方法で登場します。まあ、独特の方法といっても実際には読んで字の如く、というわけで、遠くからワキを呼び止める、というだけのことなのですが、これが甚だ効果的で、しかも能舞台の独特の構造を活かし切った、素晴らしい発想の登場方法なのですよね。

シテ「なう其石の辺へな立ち寄らせ給ひそ。

「呼掛け」は『殺生石』以外にも、たとえば『羽衣』などにも広く用いられる、一種の登場パターンの一つ。シテはワキが歩み行く前に謡う最後の文句。。『殺生石』では「さらば立ち越え見うずるにて候」のところで幕を静かに挙げさせ、静かに右に向いてワキの歩み行く様子を見て、そして声を掛けます。このとき、見所のお客さまにはシテの姿は見えず、静寂の中からその声だけが響いてくるのです。まずその演出だけで神秘的な雰囲気が漂ってくるのですが、我々シテ方も、このときの第一声をとっても大切に考えています。「のう。。」と遠くから響く声の中に、まずお客さまに「!」と強く印象をを持って頂けるように、そして曲にもよりますが、「これは。。声を掛けてきたのは人間ではないな。。??」と思って頂けるような発声ができるよう心がけてはいるつもりで、実際にはなかなかうまく声を出せませんが、少なくとも目標にして稽古を積んでおります。

シテに呼び止められたワキの型も、これまた印象的です。まず「のう。。」と声が聞こえてきたところで、ふと、足を止められるのです。「?」という感じなのでしょう、ここではおワキの流儀による違いはないようですが、このあと、福王流のおワキは静かに歩みだし、脇座に到着してからシテの方へ振り返ってその姿を見ます。宝生流のおワキの場合もやはり脇座に向かって静かに歩み始めるのですが、あまり早くシテが声を掛けてしまった場合には、宝生流のおワキは脇座に到着するのに拘泥することなく、振り返ってシテの姿を見、それから脇座の方へ後ろ向きに歩まれますね。もちろんその場合は前よりもずっと静かに歩んで脇座に到着します。

こういうところもシテに心得がなければならない点で、おワキはシテに呼び止められても、その後にシテと問答を交わす都合上から、呼び止められたその場でシテに振り向くわけにはいかず、どうしても脇座に到着しなければならないのです。ですから、シテも歩み行くおワキが脇座に到着する数歩前? 。。そうだなあ、厳密には決められていませんが、舞台の中央を通り過ぎたあたりで声を掛けて呼び止めて差し上げるべきで、あまり早く声を掛けてしまうと、呼び止められたおワキは脇座に到着するのに苦労されてしまうのですよね。これ、あまり例はないように思われるかも知れませんが、『羽衣』の「和合之舞」や「彩色之伝」では羽衣に見立てた装束の長絹を橋掛りの一之松に掛けますから、これを拾ったおワキは、無言のまま橋掛りから脇座に向かって歩まれるのです。こういう場合には、あまり早く、たとえばおワキが橋掛りからやっとお舞台に入ったあたりで声を掛けてしまっては、これはおワキも困ることでしょう。。

でも、往々にして、シテが早く声を掛けてしまうことは ぬえも実見しています。でもこれはシテの不見識とばかりも言えませんで、たとえば目が悪い役者だっていますのです。幸いぬえは目は悪くないのでそのお気持ちはよくわかりませんが、目の悪い方は本当に大変らしいです。面の中で、もちろん眼鏡をかけるわけにはいかないですが、それどころかコンタクトレンズもつけるわけにはいかないのだそうです。それは、定めとして禁止されいるのではなくて、演能中にかく汗でコンタクトレンズは外れてしまうのだそうで、だから使うことができないのだそうです。

いや実際、目の悪い方の中には、たとえば地謡に座っていて、その正面にあたる脇正面席のお客さまの。。その顔どころか、人がそこに座っているかどうかもよくわからない方も本当におられまして、いや、ホント、そういう方はシテを舞っているときにはどうやって立ち位置を判断されているんだろう?? その前に、よくまあ舞台から落ちないもんだ。。実際、ぬえはまだ見た事はないですが、舞台から落ちるシテ方も時にはあるそうですが、それでも目が悪くてよく見えなくて、という理由で落ちた、という話は聞いたことがないです。ぬえがその立場だったら、怖くて舞台を自由に歩むことはできないです。。

また、舞台の構造によっては、幕の中からおワキの姿がよく見えないこともあります。さらには、シテが顔に掛ける面の高さによっても、おワキの姿は見えないこともありますね。ぬえの場合は後者の理由でおワキの姿が見えないことが多いですけれども。。

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