
気仙沼はちょうど1年で一番盛り上がる「みなとまつり」の開催中でした。前日には石巻・雄勝町と同じく「Light up NIPPON」のプロジェクトによる花火大会が行われていたとのこと。
能の上演会場は、いつもお世話になっている南町紫商店街です。こちらも仮設商店街です。気仙沼では駅前から市役所までは何の震災被害もないように見えるのですが、東浜街道と呼ばれる目抜き通りが市役所を過ぎて右に。。港の方ヘぐっと切れると。。突然そこは破壊された建物ばかりになってしまいます。このギャップ。。はじめてこの光景を見る人は、ショックを受けてしまいます。ぬえも最初は恐怖さえ感じたのですが。。気仙沼市民もそうであるように、ぬえももう慣れてしまいました…いや、ここで起こった大災害は忘れ得ぬことですが…しかし実際のところ、去年末から年始にかけて、気仙沼はかなりピッチを上げて清掃がなされたように思います。
この被害が甚大だった地域と、それが軽微だった地域との境目というのが、この南町や八日町だったのです。南町。。実際、よくこれほど立派な仮設商店街を作るところまで復興したと思います。ちょっと海の方向に歩き出すと、がっかりするほど建物が破壊されていますものね。。
会場に到着すると、プレハブの仮設商店街の奥に小さなステージが作られてありました。今回の訪問では偶然に石巻・雄勝町でも花火大会にあたっていたのですが、こちら気仙沼でも年に一度の最大のお祭り「みなとまつり」の開催中でした。これはラッキー!


…とはいえ、実はこのお祭りがあったものですから、ぬえたちのプロジェクトの活動の準備段階から困難の連続でした。
2006年に唐桑町が、また2009年に本吉町が、それぞれ旧気仙沼市に合併していまの気仙沼市が誕生したのですが、この「みなとまつり」は今や旧町も含めたすべての気仙沼で盛り上がりを見せて、人々が気仙沼港に集って楽しむイベントなのだそうです。
このため、毎回 ぬえたちが会うのを楽しみにしている児童劇団「うを座」の子どもたちも、お祭りで披露される「はまらいんや踊り」に出場するため不在。本来の目的であった仮設住宅の訪問もこういう時期ではちょっとそぐわないし、現地の方に受け入れのコーディネートをお願いするのも多忙の時期で憚られ。
それでは「みなとまつり」そのものに出演させて頂こうかと考えて、商工会議所をご紹介頂き、連絡を取ってみましたが、震災の被害によって例年とは大幅に会場を変えてイベントが行われるため、十分なスペースが確保できず、ステージイベントはほとんど行われない、とのことでした。そこで親切にも商工会議所さまから南町紫市場さんをご紹介頂いたのでした。
あれあれ、紫市場さんならよく知ってます。まさに灯台もと暗し。商工会さま情報では紫市場さんでは即時にステージを組んでイベントを企画されているようですよ? と。あれあれあれあれ? それで早速 紫市場さんの教えられた番号にお電話してしてみたのですが、電話口に出られた方に「能楽の ぬえです」と名乗ってみると。。いや、本名を名乗ったのですが、するとすぐに「ああ、お久しぶりです」と、話がすぐに繋がりました。そうしてステージイベントへ出演させて頂きたい旨申し上げて、こちらもすぐに快諾を頂きました。遠回りしましたが、やはり身近なところに協力してくださる方があったのですね~~。
しかし、実際にはまだまだ問題は山積していまして、最大の問題は宿泊場所の確保でした。
なんせ年に一度の最大のお祭りの時期で、全国から集まるボランティアやお祭りの協力者、スタッフ、関係者のために集会所や自治会施設などはすべて使用不可とのことでした。もちろん観光客のため旅館やホテルもどこも満室でしたが、もとより ぬえたちのプロジェクトの活動資金に旅館に泊まる余裕はなく。。
結局「うを座」関係者にかなり無理を言って、まさに東奔西走願い、市街から外れた遠方でも構わないので公的な集会施設に泊めて頂ける場所はないか探して頂いたのでした。
ところが ひょんな事から宿泊場所への心配は解決しました。なんと上演会場となった南町紫商店街のすぐそばの、八日町の呉服店さんが、店舗のスペースを宿所に提供してくださったのです。
能の上演会場は、いつもお世話になっている南町紫商店街です。こちらも仮設商店街です。気仙沼では駅前から市役所までは何の震災被害もないように見えるのですが、東浜街道と呼ばれる目抜き通りが市役所を過ぎて右に。。港の方ヘぐっと切れると。。突然そこは破壊された建物ばかりになってしまいます。このギャップ。。はじめてこの光景を見る人は、ショックを受けてしまいます。ぬえも最初は恐怖さえ感じたのですが。。気仙沼市民もそうであるように、ぬえももう慣れてしまいました…いや、ここで起こった大災害は忘れ得ぬことですが…しかし実際のところ、去年末から年始にかけて、気仙沼はかなりピッチを上げて清掃がなされたように思います。
この被害が甚大だった地域と、それが軽微だった地域との境目というのが、この南町や八日町だったのです。南町。。実際、よくこれほど立派な仮設商店街を作るところまで復興したと思います。ちょっと海の方向に歩き出すと、がっかりするほど建物が破壊されていますものね。。
会場に到着すると、プレハブの仮設商店街の奥に小さなステージが作られてありました。今回の訪問では偶然に石巻・雄勝町でも花火大会にあたっていたのですが、こちら気仙沼でも年に一度の最大のお祭り「みなとまつり」の開催中でした。これはラッキー!


…とはいえ、実はこのお祭りがあったものですから、ぬえたちのプロジェクトの活動の準備段階から困難の連続でした。
2006年に唐桑町が、また2009年に本吉町が、それぞれ旧気仙沼市に合併していまの気仙沼市が誕生したのですが、この「みなとまつり」は今や旧町も含めたすべての気仙沼で盛り上がりを見せて、人々が気仙沼港に集って楽しむイベントなのだそうです。
このため、毎回 ぬえたちが会うのを楽しみにしている児童劇団「うを座」の子どもたちも、お祭りで披露される「はまらいんや踊り」に出場するため不在。本来の目的であった仮設住宅の訪問もこういう時期ではちょっとそぐわないし、現地の方に受け入れのコーディネートをお願いするのも多忙の時期で憚られ。
それでは「みなとまつり」そのものに出演させて頂こうかと考えて、商工会議所をご紹介頂き、連絡を取ってみましたが、震災の被害によって例年とは大幅に会場を変えてイベントが行われるため、十分なスペースが確保できず、ステージイベントはほとんど行われない、とのことでした。そこで親切にも商工会議所さまから南町紫市場さんをご紹介頂いたのでした。
あれあれ、紫市場さんならよく知ってます。まさに灯台もと暗し。商工会さま情報では紫市場さんでは即時にステージを組んでイベントを企画されているようですよ? と。あれあれあれあれ? それで早速 紫市場さんの教えられた番号にお電話してしてみたのですが、電話口に出られた方に「能楽の ぬえです」と名乗ってみると。。いや、本名を名乗ったのですが、するとすぐに「ああ、お久しぶりです」と、話がすぐに繋がりました。そうしてステージイベントへ出演させて頂きたい旨申し上げて、こちらもすぐに快諾を頂きました。遠回りしましたが、やはり身近なところに協力してくださる方があったのですね~~。
しかし、実際にはまだまだ問題は山積していまして、最大の問題は宿泊場所の確保でした。
なんせ年に一度の最大のお祭りの時期で、全国から集まるボランティアやお祭りの協力者、スタッフ、関係者のために集会所や自治会施設などはすべて使用不可とのことでした。もちろん観光客のため旅館やホテルもどこも満室でしたが、もとより ぬえたちのプロジェクトの活動資金に旅館に泊まる余裕はなく。。
結局「うを座」関係者にかなり無理を言って、まさに東奔西走願い、市街から外れた遠方でも構わないので公的な集会施設に泊めて頂ける場所はないか探して頂いたのでした。
ところが ひょんな事から宿泊場所への心配は解決しました。なんと上演会場となった南町紫商店街のすぐそばの、八日町の呉服店さんが、店舗のスペースを宿所に提供してくださったのです。
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