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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

伊豆で二日間続けての稽古(付・守山八幡宮にみんなで参詣に行きました)(続)

2009-08-18 01:22:24 | 能楽
さて今年の「狩野川能」では恒例の「子ども創作能」も、今年新作初演の『伊豆の頼朝』を上演します。もう10年続いているこの催し、その第一回から「子ども創作能」は上演されていますが、当初は旧・大仁町の催しだったもので、題材を大仁の民話に取材した『城山の大蛇』(じょうやまのだいじゃ)を作り上げて上演しました。この曲はかれこれ5年間、毎年少しずつバージョンアップしながら上演を続けていましたが、その後町村合併によって大仁町は韮山町・伊豆長岡町と合わせて「伊豆の国市」として生まれ変わりました。

そんなわけで旧・大仁町以外の町の話も創作舞台にすることになり、第二作目の子ども創作能として旧・伊豆長岡町を舞台とした『江間の小四郎』という曲を作りました。こちらも少しずつ毎年演出や台本を手直ししながら4年間上演を続け、そうして今年から北条館跡や蛭ヶ小島、そして頼朝が挙兵してまず始めに襲撃した平家の伊豆目代・山木館跡のすべての史跡が揃う旧・韮山町での事件を題材に作った『伊豆の頼朝』が初演されるのです。

ところが狩野川能に参加する子どもたちには台本を渡して稽古を始めても、頼朝の挙兵という当地での画期的な出来事はまだほとんど学校でも習っていないわけで。そこで自分たちの郷土で起こった事件について知識を深め、また狩野川能の成功を神様に祈念するために、頼朝が戦勝を祈願したこの守山八幡宮にみんなで参詣することにしたのでした。

当地・寺家(じけ)地区の区長さんに八幡さまの境内を拝借する許可をお願いしたところ、快く神主さまにお願いすることをお引き受け頂き、当日は区長さんから守山八幡宮の由緒と頼朝との関係について子どもたちに説明を頂きました。子どもたちも本殿に向かって拝礼して舞台の成功を祈念し、さらに『伊豆の頼朝』の一部をみんなで謡って奉納させて頂きました。神も納受し給い、子どもたちを加護くださるでしょう。

さて先ほど北条氏の居館跡の周辺に南條、中條という地名が残っていると申しましたが、肝心の北條はないのです。北条氏居館跡やこの守山八幡宮のあるあたりの現在の地名はさきほど出てきた「寺家」。そうしてなるほどその名の通り、この周辺にはお寺がたくさんあります。それもほとんどが頼朝以後の北条氏にゆかりの寺ばかり。北条時宗の子が建立した北条氏の菩提寺の成福寺、当初は頼朝の別荘として建てられたと伝わる光照寺、頼朝の悲恋物語にまつわる真珠院、そうして頼朝が奥州藤原討伐の祈願のために建立し、都からわざわざ運慶を呼んで作らせた阿弥陀・不動・二童子・毘沙門となんと5体もの仏像を安置する願成就院。。

すなわち名字の由来である北条という地は北条氏の本拠地であったために、北条の繁栄とともに歴史の中でめまぐるしく様相を変えた地で、その現状に即して地名も変化したものでしょう。守山八幡宮という名も、平家を自称していた頃の北条氏ではなくて、頼朝。。すなわち源氏と結びついたのちに、この神が北条の鎮守となることを祈ってつけられた名前なのではないかと ぬえは想像をたくましくしました。

さて~、八幡さまへの参拝をすませた子どもたちは近所のコンビニでみんなでアイスを頬ばり、ここで一旦解散して、お昼ご飯を食べたあとの午後から ぬえの稽古を受けました。

中学生の仕舞2番、小学生低学年の連調、と稽古をして、そうして子ども能。うん!今日は誰も間違えず、声も良く出て、何よりみんな真剣に稽古をしています。もう ぬえからは1発でOKが出て、ついに子ども能はこの日を以て完成致しました!

今年の子ども能は、運動神経抜群の6年生も得て、ちょっと面白い演出もあります。どうぞみなさまも子どもたちの舞台を応援して頂き、できることなら実際にご覧になって頂きたいと存じます!


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