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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

百萬~異色づくめの物狂い能(その5)

2011-11-15 01:30:45 | 能楽
シテ「百や万の舞の袖。
地謡「我が子の行方。祈るなり。
とサシ込ヒラキ イロエ

…と、ここよりイロエになります。「イロエ」というのは説明が難しいですね。器楽演奏による所作ですけれども、舞でもないし、特定の意味を持つ所作があるわけでもない。囃子から見ても、もうひとつ統一された定義がないように思います。通常は大小鼓が「地」ばかりを打ち続けるところに笛は拍不合でアシライを吹きます…が、太鼓の手付を見ても「イロエ」ってあるんですよね。さらに「イロエ掛り」の中之舞や序之舞があったりして、これは最初に書いたイロエにかなり近いけれども、舞に繋がっていく、という意味で、ある種積極的な意味を内包しているわけだから、ちょっと違うものかな、という気もします。

これだけ多種な様相を持つ「イロエ」ですが、『百萬』に出てくるそれは、一番「ポピュラーな」イロエです。…なんだか変な説明だな。いわく、「イロエ」としては最も多く現れる形式で、大小鼓が地を打ち笛がアシライを吹く中、シテは静かに角に出、正へは直さずに左へ廻り、中で一度小さく廻って大小前に到り左右をして「袖トメ」に舞い終えるもの。「袖トメ」は左右のあと正面へ直す事を言います。「袖トメ」という名称ながら、広袖の、たとえば長絹のような装束を着ていても、袖を返すことはしません。またこの「イロエ」のトメでは必ずシテの謡に繋がるのですが、そういう場合に大小鼓が打つ「コイ合」は「イロエ」のトメでは打たず、必ず「打上」になるのもひとつの特長ですかね。

また、この「イロエ」に似て非なるものに「立廻リ」があって、さらに複雑な様相です。しかも「立廻リ」は「イロエ」よりもさらに説明が難しく…「イロエ」のような定型をほとんど持ちません。こちらは多くが太鼓が入った演奏の上に、意味がある所作を伴う場合が多いのですが、太鼓が入らない立廻リもあるし(『百萬』の中にも大小鼓と笛による「立廻リ」があります)、ほとんど意味をなさない所作…イロエと区別のつきにくい立廻リもあります。

「イロエ」は意味としてはシテが茫洋と、現なくさまよう様子…動作であれ心理であれ、そのような意識が半ば朦朧としたような有様を表現しているものと解釈できて、『百萬』や『花筐』、『桜川』など狂女能では愛する者を失った悲しみ、ということで理解ができるのですが、『船弁慶』の前シテはそれとはちょっと意味合いが違いますし…極端な例では『熊野』では短尺に歌を書き付ける場面をイロエと呼んでいますね。

ぬえの解釈では「イロエ」は前述のように絶望や不安のために半ば意識がない状態、またはその状態で彷徨う動作の表現、「立廻リ」は所作よりも戯曲としてのクライマックスの伏線としてシテの心理や存在感を表現するもの、と最近考えるようになりました。この意味では『熊野』の「イロエ」は「立廻リ」と呼ぶべきですが、「立」ったり「廻」ったりの所作がないため、そのような名称がつけにくかったのでしょう。

定型の、最も多く現れる形のイロエを終えたシテは大小前で謡い出します。

シテ「げにやおもんみれば。何処とても住めば宿。
地謡「住まぬ時には故郷もなし。この世はそも何処の程ぞや。
シテ「牛羊径街にかへり。鳥雀枝の深きに集まる。
地謡「げに世の中はあだ浪の。よるべは何処雲水の。身の果いかに楢の葉の梢の露の故郷に。
シテ「憂き年月を送りしに。
地謡「さしも二世とかけし中の。契りの末は花鬘。結びも留ぬ徒夢の永き別れとなり果てて。
シテ「比目の枕。敷波の。
地謡「あはれはかなき。契りかな。
とシオリ

このへん、ちょっと読むのが難しいところでしょうか。ぬえは「よくよく考えてみれば、どこであっても住んでみれば故郷と呼べるものだ。逆に定住していなければそれは故郷と呼ぶべくもない。この浮き世に生きる我等はどこに安住ことが出来るのだろうか。牛や羊は夕暮れに径の険なるところより帰り、鳥や雀は枝の深きところに聚る…杜甫の詩のように、それぞれの生物には帰るところが定まっているのに、世の中はなんと儚いものなのか、雲や水のようにあてのない我が身の果ては楢の葉から落ちる梢の露のようにどこへ行くというのだろう。故郷に浮き世のつらさを耐えていたところに、思わずも二世の契りを誓い合った人と巡り会ったというのに、それも徒なる夢のように永久の別れとなってしまった。枕を並べたあの契りの日々も押し寄せる波の泡のように儚く消え去ってしまった。」と読みました。

この場面…クリ~サシに掛けて、はじめて、と言ってよいくらいシテは動作がなく正面に向いたままの姿勢を保ちます。あ、なんかこういうの、久しぶりです ぬえ。三番目物…鬘能には良くある型なのですが、切能好きな ぬえにとっては あまり馴染みがない型というか…σ(^◇^;)


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