今日『歌占』の申合が終わり、あとは本番を待つだけとなりました。面については、う~~んと、う~~んと、う~~~~~んと考えた末、面は使わずに直面で勤める事と致しました。まあ、稽古能の機会に自分の演技をビデオに撮って見たら、やはり前半部分は面を使うと自分の演じ方と齟齬が大きいかな、とも思いましたし、なんせ稽古のはじめから直面で勤めるつもりで組み立ててきたので、もう面を掛けて勤めるようには改造が追いつかないかもしれませんですし。
しかし、今日の申合で、もっとも良くできたかなあ、と自画自賛できるのは、上演中ほとんど瞬きをしないで勤めることができた事でしょうか。惜しむらくは、クセの終わりのあたりで髪が目に入っちゃって(←長すぎ。。)、そこで一瞬まばたきをしてしまっただけで、その場面まで40分間まばたきを止められたのは自己新記録ですじゃ。(^_^;) これまでの最高記録は薪能の、『熊坂』の前シテの20分。でもこの時は野外という悪条件だったので涙がボロボロ出てきて困りました。
おそらく、これを読まれた読者の方は40分間まばたきを止める、という事に驚かれるかも知れませんが、これは稽古で培ったものではありません。集中力があれば自然に出来てくることだと ぬえは思います。これはたとえば身体を全く動かさない場面では、曲によっては呼吸をしている事を悟られてもならない場面もあるのと同じで、動かない演技をしているときには まばたきだって自分の意志とは異なって「演技」に見えてしまう事があるから、そのへんが分かってくると「あ、ここで目を動かしてもいけないんだな」と稽古の中で考えるようになる。。そうすると自然にまばたきも抑えられるようになってきます。
また違う例では、たとえば仕舞の中でサシ込ヒラキをする。そのときにパチクリまばたきをすると、なんだか違うエッセンスを演技に加えてしまうと言うか、サシ込の緊張感がそがれてしまう、と気づくと、まばたきが出来なくなってしまうんです。仕舞の時は動きがあるので、後ろを向いた時にまばたきをすれば良いのですしね。もっとも、仕舞程度の長さの演技の最中にまばたきをする能楽師はいないと思いますけれども。。
で、まばたきを止める事が別に驚異的でもない、と ぬえが思うのは、たとえば ぬえの体験で、米国で学生に2週間仕舞を教えているとき、こんな事がありました。
2週間の稽古の中で、その第1一日目から学生には、最終日に予定している発表会で、もっとも良く稽古が進んだ学生を一人選んで、その学生には みんなの前で一人で演じてもらう、と申し渡しておきます。みんなその栄誉をつかみ取ろうと必死に稽古を積んでくれますが、当然脱落する子も多数出てきて、最後には「君に決めたから明日までにしっかりと仕上げてきなさい」と一人を指名します。さて発表会の当日。。仕舞の出来もさることながら、彼は仕舞の最中に自然とまばたきを止めていますね。「やっぱりそうか」と思って、出来映えを誉めてあげてから尋ねてみると、案の定 彼は自分がまばたきを止めていた事に気づいていません。それは彼の集中力が、まばたきさえも演技にキズをつけることを悟って、本能的にそれを自制したのです。
あ、これを読まれたアナタ! だからと言って、当日の ぬえをご覧になって、何分間まばたきを止めているか虎視眈々と様子を窺っちゃダメですよ~。 当日の能楽堂の空調による気流の具合とか、体調によっても簡単に まばたきはしちゃいます。別にまばたきをしないで演じる事を目標にしているワケではないし、ダメな時はダメ。ダメだと思えば、そこは簡単に捨てます。たとえば日頃慣れている正座だって、本当にダメなときは5分だって痛くてたまらない事だってあります。そんなもんです。
ともあれ、今日は大体お囃子方や地謡の具合もわかりましたし、装束も自分で考えていた通りに決定できました。あとはこれを「そのまんま」舞台に掛ける事がないよう、本番には新たなテンションを持ち込めるよう、安心しないで当日に備えるだけとなりました。まだブログでは曲の最後まで行き着いていないので、こちらを早足で進めなければなりませんですね。すみません、曲の考察まではうまくたどり着けないかも知れませんが、がんばって書き進めますので、いましばらくお付き合いくださいまし~~
しかし、今日の申合で、もっとも良くできたかなあ、と自画自賛できるのは、上演中ほとんど瞬きをしないで勤めることができた事でしょうか。惜しむらくは、クセの終わりのあたりで髪が目に入っちゃって(←長すぎ。。)、そこで一瞬まばたきをしてしまっただけで、その場面まで40分間まばたきを止められたのは自己新記録ですじゃ。(^_^;) これまでの最高記録は薪能の、『熊坂』の前シテの20分。でもこの時は野外という悪条件だったので涙がボロボロ出てきて困りました。
おそらく、これを読まれた読者の方は40分間まばたきを止める、という事に驚かれるかも知れませんが、これは稽古で培ったものではありません。集中力があれば自然に出来てくることだと ぬえは思います。これはたとえば身体を全く動かさない場面では、曲によっては呼吸をしている事を悟られてもならない場面もあるのと同じで、動かない演技をしているときには まばたきだって自分の意志とは異なって「演技」に見えてしまう事があるから、そのへんが分かってくると「あ、ここで目を動かしてもいけないんだな」と稽古の中で考えるようになる。。そうすると自然にまばたきも抑えられるようになってきます。
また違う例では、たとえば仕舞の中でサシ込ヒラキをする。そのときにパチクリまばたきをすると、なんだか違うエッセンスを演技に加えてしまうと言うか、サシ込の緊張感がそがれてしまう、と気づくと、まばたきが出来なくなってしまうんです。仕舞の時は動きがあるので、後ろを向いた時にまばたきをすれば良いのですしね。もっとも、仕舞程度の長さの演技の最中にまばたきをする能楽師はいないと思いますけれども。。
で、まばたきを止める事が別に驚異的でもない、と ぬえが思うのは、たとえば ぬえの体験で、米国で学生に2週間仕舞を教えているとき、こんな事がありました。
2週間の稽古の中で、その第1一日目から学生には、最終日に予定している発表会で、もっとも良く稽古が進んだ学生を一人選んで、その学生には みんなの前で一人で演じてもらう、と申し渡しておきます。みんなその栄誉をつかみ取ろうと必死に稽古を積んでくれますが、当然脱落する子も多数出てきて、最後には「君に決めたから明日までにしっかりと仕上げてきなさい」と一人を指名します。さて発表会の当日。。仕舞の出来もさることながら、彼は仕舞の最中に自然とまばたきを止めていますね。「やっぱりそうか」と思って、出来映えを誉めてあげてから尋ねてみると、案の定 彼は自分がまばたきを止めていた事に気づいていません。それは彼の集中力が、まばたきさえも演技にキズをつけることを悟って、本能的にそれを自制したのです。
あ、これを読まれたアナタ! だからと言って、当日の ぬえをご覧になって、何分間まばたきを止めているか虎視眈々と様子を窺っちゃダメですよ~。 当日の能楽堂の空調による気流の具合とか、体調によっても簡単に まばたきはしちゃいます。別にまばたきをしないで演じる事を目標にしているワケではないし、ダメな時はダメ。ダメだと思えば、そこは簡単に捨てます。たとえば日頃慣れている正座だって、本当にダメなときは5分だって痛くてたまらない事だってあります。そんなもんです。
ともあれ、今日は大体お囃子方や地謡の具合もわかりましたし、装束も自分で考えていた通りに決定できました。あとはこれを「そのまんま」舞台に掛ける事がないよう、本番には新たなテンションを持ち込めるよう、安心しないで当日に備えるだけとなりました。まだブログでは曲の最後まで行き着いていないので、こちらを早足で進めなければなりませんですね。すみません、曲の考察まではうまくたどり着けないかも知れませんが、がんばって書き進めますので、いましばらくお付き合いくださいまし~~