超人少年伝説

源氏物語千年 紫式部が突然現れ 紫式部氏思想を書くことになった

アンリアルの中のリアルは 妄想である

2009-12-31 07:16:22 | Weblog
アンリアルの中にリアルがある、リアルがいった。

この文章は、「この文は嘘である」と同じだ。
この文が正しければ、嘘である。
間違いなら、この文章は正しい。

正しければ、嘘である。
間違いなら正しい。
即ち、否定の肯定である。
どっちをとっても、意味がない。

*。
これは現代が陥ったパラドックスである。

物質文明で豊かになった、物質文明がいった。
だが物質文明で、精神の貧困に陥った。
即ち、物質文明は精神の貧困である。

共に意味不明である。

*。
現代は、意味不明である。
即ち、妄想である。
証明終わり!

    *。
殺人に愛を見、幸福が殺人のであることを知らない。

自分を見る知性がない。
即ち、知性の自主性がない。

外なる凶悪 内なる凶悪

2009-12-31 06:47:52 | Weblog
ヨーロッパは死刑を廃止した。
殺されても殺すことはしない。
凶悪を野放しにした。

凶悪を社会の責任として、引き受けた。
凶悪対策を、社会の責任とした。

     *。
東洋や日本はどうだろうか。

歯には歯である。
凶悪には凶悪、
かくして、国家は凶悪の担い手となる。

国家と国民が差別された。
国家が上、国民は下となった。
これが国家原理主義だ。

*。
国家原理主義は、
人間性を疎外し、
閉塞感を作り、人々を心の闇に葬る。

国家が国民を弾圧、鎮圧した。
国民は国家の奴隷や家畜となった。

これを穏やかで温厚な国民という。
国家の言いなりになる人々だ。

     *。
ヨーロッパは、人間をありままにして、
そこに人間性を確立する。

日本は、人間性を弾圧して、
謂わば人間の手足ともぎ取り、これを穏やかな日本人とする。

*。
この穏やかな日本人は、人類数千万人を殺害をした。

それなら西欧の戦争と同じに見える。

*。
ナチスの殺人と日本人の殺人は同じだろうか。

人間性を野放しにした戦争、
人間性を閉塞した凶暴なる戦争、
仕組みを見れば違う。

ヨーロッパには進化あり、
日本に進化はない。

    *。
ヨーロッパは弱者を殺さない世界に進化した。

日本は弱者を殺す世界だ。
水俣大虐殺、無実死刑、過労死刑、自殺死刑、いじめ殺し死刑、公害死刑…だ。
国家命令による死刑に溢れる。
国が殺人を命令する。
人の幸福はここに成り立つ。

*。
日本は死の本能の世界だ。
西欧は、生の本能に脱出した。

それは凶暴を認めるか、認めないかの違いだ。

知性は 退化である

2009-12-31 05:49:51 | Weblog
華々しい文芸復興、
人に生きる喜びを与え、
そしてその結果を現代が問われている。

生きる喜びは、生きる喜びのない人を大量に生産販売消費していたからだ。
生きる喜びは、生きる喜びのない人を作り、
彼らへの暴力と腐敗と差別に成り立っている。

生きる喜びは、生きる喜びのない人を作り、無力を死に廃棄することだ。
その廃棄責任者が、エリ-トであった。

    *。
正にゲーテの「ファウスト博士」だ。

生きる喜びは、魂を抜き去ることだ。
なくなった魂を、追い求めることが知性だ。

*。
美しいものを作れば、美しくないものが必要になる。
美は醜の排除であった。

真善美のない原始時代の方が、人は幸福であったのではないか。
生きる喜びはなく、命だけがあった。

*。
真善美は、その前提として、自分や世界を見る能力が必要だ。

それがなくてやると、凶悪な暴力や腐敗や差別を作り出す。
それが現代に結晶した。

現代は権力が無力を死に排泄する世界だ。
それが文芸復興の成果であった。

    *。
文芸復興は、
生きる喜びを上澄みとし、
生きる喜びのないヘドロを作っていた。

*。
生きる喜びは、魂を排除する作業だ。
そこに愛や魂を置いていた。

生きる喜びこそは、極悪エゴイズムだ。
ここに世界は破壊された!

これが現代人の問題だ。