雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「歌を忘れたカナリア」

2015-04-02 | ミリ・フィクション
 昨日までは美しい声でさえずっていた籠の中のカナリアが、今朝は全く鳴かずにぎくしゃくしている。

 ここは山の手の豪邸街、このお屋敷のお嬢様が心配そうに見守っている。見かねた家政婦の三田が声をかけた。

   「お嬢様、そのように鳴かなくなったカナリアは、ただの雀でございますね。うしろの山に捨ててきましょうか」
   「あら、だめよ、捨てるなんて」
 お嬢様は家政婦をたしなめた。
   「それでは、わたくしがもっと若く美しく、奇麗な声のカナリアを街で見つけて買ってまいりますわ」
   「まあ、何をいうの、サファイア(カナリアの名前)は、わたくしの妹よ」
   「お嬢様、サファイアはきっと病気ですわ、他の小鳥に伝染しないように背戸の小藪に埋めてまいりましょう」
   「サファイアは鳴かなくなったけれど、こんなに元気なのよ、それを生き埋めにするなんて…」 
   「では、この柳の鞭でぶってみましょうか?」
   「鞭でぶったり、ローソク垂らしたり、そんな可哀想なことをしてはいけません」
   「あのー、ローソクなんて言っておりませんけど」
お嬢様は、静かに目を閉じて言った。
   「歌を忘れたカナリアは、像牙の舟に銀の櫂(かい)、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出すわ、きっと」
   「それが一番残酷だと思いますわ、歌を思い出す前に海に引きずり込まれて鮫の餌になりましょう」

 「童謡カナリア」  詩:西条八十 

    歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか 
    いえいえ それはなりませぬ

    歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょ 
    いえいえ それもなりませぬ

    歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか  
    いえいえ それはかわいそう

    歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
    月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す

          ◇       ◇      ◇
 この歌を、可愛くてロマンチックで、まるでシャンソンみたいと、ネットで語られていた。それでは、これがカナリアでなく、「ロマンチック」とおっしゃるあなたに置き換えてみましょう。


 豪邸の地下室で、この屋敷のお嬢様と家政婦がヒソヒソ話をしている。

   「拉致して散々働かせたが、もう使いものにならなくなったこの奴隷をどう処分しましょうか?」
   「うしろの山に捨てましょう」
   「だめよ、そのまま警察に駆け込まれたらどうするの」

   「それでは、背戸の小薮に埋めてしまいましょうか?」
   「まだ生きているのよ、そんな残酷なことをしてはなりません」

   「では、スタミナドリンクをたくさん飲ませて柳の鞭(ムチ)でぶってみたら、また働くようになるかもしれませんわ」
   「いえいえ それはかわいそうです」

 お嬢様が良い案を思いついた。
   「お父様の象牙型のヨットがハーバーにあるわね、あれに縛り付けて月夜の海に浮かべれば、きっとまた働くようになるわよ」
   「お嬢様、働くようになる前に、ジョーズに転覆させられて食べられてしまいます」
   「でも、自分で手を下すよりいいじゃありませんか」
   「そうですわね」

 二人の相談はまとまった。


   (改稿)   (原稿用紙6枚)


最新の画像もっと見る