雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「ランナウェイ」

2015-04-01 | ミリ・フィクション
 ダイアナは、生後2ヶ月、胸の毛がふさふさとした雄猫である。知り合いの家から仔猫を貰って来た飼い主は、何を血迷ったのか女の子の名前を付けてしまった。
 少し毛が長いが、れっきとしたミックス。性格はおとなしく、少々のことで動じることはない。飼い主に媚びることもなく、いつも毅然とした仕草が凛々しい。飼い主は、そこが堪らなく可愛いらしく思っているらしい。

 最近、ダイアナに友達が出来たらしく、二匹はベランダのガラス戸越しに寄り添っていることがあるが、1時間も経つと友達はさっさと引き揚げてしまう。今朝も友達がやってきて、ガラス越しに舐めあっていた。友達ではなく、恋人かも知れない。
 その恋人は、ダイアナよりもだいぶん大柄で、大人の猫であることは確かである。二匹を隔てているガラスが、どうにも邪魔に思えるらしく、爪を立ててガラスをキリキリ掻いたりもしている。

   「ダイアナ、ごはんよ!」
 一階から飼い主が呼ぶと、いつもなら兎のようにピョンピョンと階段を駆け降りてくるダイアナであったが、今日は反応がなかった。
 どうしたのかな? と、飼い主が二階へ様子を見に上がってみたら、ダイアナの姿は消えていた。誰が閉め忘れたのか、ガラス戸が少し開いていて、どうやら恋人に付いて行ったようである。飼い主は近所中を訊いてまわったが見かけた者は居ず、それ以来ダイアナが帰ってくることはなかった。

   ダイアナは、雌の野良猫(仮にギボと呼ぼう)の後ろをチョコチョコ付いて歩いていた。面倒見の良いギボは、ダイアナを自分が産んだ子供のように慈しんでいた。ダイアナも、親だと認識している様子だ。餌をくれる当番の人を見極めることから始まり、人間の子供に追いかけられた時の逃げ方、逃げ場所もダイアナは教わった。
 他の猫に虐じめられたり、追っ払われたときは、必ずギボが体を張って助けに入った。本当の親子であっても、これほど仲の良い親子はいない。しかも、これが1年続いたのである。

 ここは、河川敷の仮設公園であるが、ここに棲む猫たちは周辺の人々によって管理された所謂地域猫である。餌だけ与えて後始末もせずに去っていく「ふとどき者」は地域の人々や保険所から厳重に注意され、殆ど立ち入ることはない。猫たちも心得ているのか、置き去りの餌は食べない。まして、竹輪だのいりこといった餌当番の人が与えないものには、興味すら示さないようだ。

 ダイアナは、雄々しく逞しい大人になっていた。ギボとは、すっかり立場が入れ替わり、ダイアナがギボを大切にしていた。危害を加えそうな人間や雄猫とは果敢に戦うわりには、元は飼い猫である所為か、避妊手術が為されている所為か、さっぱりとした性格で、喧嘩を売られても徹底的に抗戦することはなかった。

 そんなダイアナは少し頼りないところがあって、ギボが居ないところではわりと大人しい。喧嘩を売られたら戦う前にギボが居ることを確かめ、ギボの姿があれば俄然意気込む。
   「てめえはガキかっ!」
 喧嘩相手に誹られそうなダイアナでもある。

   「お母さん、ほらあの猫ダイアナっぽいよ」
   「そおぉ?何だか目が鋭くて怖そうよ」
   「でも、あの胸のところの毛がふさふさして、ダイアナそっくりよ」

 指をさされて、ダイアナは立ち止まった。

   「ダイアナ、おいで、ママよ」
   「覚えているとも」

 ダイアナは思った。優しくしてくれた元の飼い主の母娘だ。仔猫のときのように、ちょっと無理をして兎跳びで二人に近づき、見上げて「にゃー」と可愛く鳴いてみせた。

   「ほら、やっぱりダイアナでしょ」
   「本当だ、大きくなったわねぇ」
   「ダイアナ、お家へ帰ろう」


 ダイアナは、二人から1メートルほどの距離をとり、姿勢よくチョコンと座っていたが、そこからは決っして近付かなかた。もう、帰れないからだ。ギボを護らなければならない。
   「ボクは、この地域のボスになるのだ」
ギボが遠巻きにダイアナを見ている。ダイアナは胸を張って、大きな声で「わぅー」と一声鳴き、ギボのもとへゆっくりと歩いていった。

   「あの時の恋人ね」
 母親が思い出した。
   「恋人を置いて帰れないわね」
 娘もまた気がついた。
  「また、私たちが時々逢いにきましょう」

 母娘は、「猫に餌を与えないで下さい。 給餌等の管理は、地域団体で行っています」と書かれた看板の前で立ち止まり、やがて帰って行った。
  (改稿)   (原稿用紙7枚)


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