雑文の旅

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猫爺のミリ・フィクション「道祖神」

2015-03-29 | ミリ・フィクション
 明治もまだ浅い時代に生まれた浅吉は、既に17才になっていた。彼は熱心に道祖神(どうそしん)を信仰しており、村の外れにある道祖神の塔に、ことある毎にお参りをしていた。

 特に約二ヶ月に一度くる庚申(こうしん)の日の夜には、浅吉手作りの小さな木彫りの三猿に神酒を奉げ、夜が明けるまで眠らずに酒を飲み続けるのであった。これには訳がある。

 人間の体には、生まれたときから頭に上尸(じょうし)の虫、胸に中尸の虫、下半身に下尸の虫という三尸の虫(約6センチ)が三匹住んでいると言われる。その虫は、庚申の夜に人間の体からこっそり抜け出し、天上の神様である帝釈天(たいしゃくてん)のところへ行き、自分が住んでいる人間の素行を漏らす、いわゆるチクリもしくはスパイなのである。
 ここで、素行が悪いと判定されると、その人間の素行の悪さに値するだけの寿命が削られてしまうのだ。 

 道祖神は、夫婦和合の神様であると共に、村に侵入する魔物を追い払い、村からこっそり抜け出す三尸の虫に対して「見ざる、言わざる、聞かざる」と、戒めるのだ。

 道祖神とは、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と天宇受売神(あめのうずめのかみ)の夫婦神様で、三猿は夫婦の神様にお仕えする猿である。 

 浅吉には、帝釈天に知られてはならない性癖があった。当時の社会通念では「悪癖」とされた自慰行為が止められないのだ。世間体では真面目な働き者で通っていた彼であるが、夜床に入ると独り者の寂しさが伴って、ついつい右手が動いてしまう。彼は罪悪感に苛まれていたと同時に、三尸の虫によりこのことが帝釈天に伝わり、寿命が刻々と縮まっていく恐怖に慄いていた。

 ある夜、彼の夢枕に美しい女の神、天宇受売神がお立ちになった。
  「神様、どうぞお許しください」
  「浅吉、なにも恐れることはありませんよ」
  「でも、私は罪を犯しています」
  「いいえ、そなたは何も罪など犯してはいません」
 天宇受売神は優しく微笑んで続ける。
  「それは、自然のことなのですよ、安心なさい」
 天宇受売神は、故意か偶然か衣の裾をはらりと捲って、「うふん」とウインクすると、スーッと消えてしまわれた。

 翌朝、浅吉の褌はぐっしょりと濡れて気色が悪かったが、心はすっきりと晴れ渡っていた。
  「そうだ、今年は猿田彦神社にお参りしよう」
 思い立った浅吉は、生来の器用さで木彫りの男根型道祖神を彫り、奉納しようと考えた。

 そんな浅吉の元へ、天宇受売神よりも、もっと美しい嫁が嫁いできたのは、数年後のことであった。

 (改稿)  (原稿用紙4枚)


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