雑文の旅

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猫爺の短編小説「偽和尚宗悦と珍念」 別離編  (原稿用紙18枚)

2015-09-05 | 短編小説
(後編)

 宗悦と珍念は、山里の村落を歩いていた。どこへ行くという宛てはないので、山寺でも見つかれば墓地の草むしりでもして、町で人を騙して付いた垢落としでもして行こうと考えたのだ。
 辺り一面に田畑が広がる農道を歩いていると、ひとりの村人が何やら叫びながら追ってくる。
   「拙僧を追ってくるのかな?」
 二人は立ち止まって、男が追いつくのを待った。
   「どうなすった、拙僧に用かな?」
 男は「ハァハァ」と喘ぎながら、宗悦に頭を下げた。訊けば、村の年寄りが亡くなったので、経を上げて欲しいと言う。
   「この村には、菩提寺はないのか?」
 宗悦は、不思議に思った。ここのような古い村には、先祖代々を弔ってきた菩提寺がある筈である。葬儀を執り行うなら、まず菩提寺の僧に相談をするのが通常である。
   「御座いますが…」
 歳を取った浄土宗の僧が、一人で管理し、供養を行っていたが、七年前に亡くなって荒れ放題になっているという。
   「せめて村人が管理して、ご先祖を供養しなければならないではないか」
 村人を叱るように言い放つ宗悦に、村人は申訳なさそうに頭を下げた。
   「この村は貧しくて、男は農閑期も出稼ぎに行くので、奉納金どころか労働奉仕も出来ません、葬式も満足に出せないのですから…」
   「そうであったか、わかった、ここに町の商人に頂戴した布施がある、この度の葬儀のために一両を観世音菩薩さまがお施しになる、これで亡くなったお年寄りを懇ろに弔って差し上げよう」
 旅の僧に、経を読んでもらおうとして逆に施しを受けて、村人は感謝に堪えない様子であった。
   「葬儀は拙僧が引き受けて進ぜよう、その寺へ案内してくれ」
 村人は荒れ寺に、宗悦達を案内した。山寺の建物はしっかりしていたが、暫くは人が立ち入っていない様子で、建物の中には塵が積もっていた。とりわけ、本堂の小さな木造の観世音菩薩像は、汚れて見る影もなかった。
   「この罰あたりの村人ども、これでは寺かお化け屋敷か見分けが付かんではないか」
 別に怒っているわけでもなかったが、一応観世音菩薩に仕える僧侶らしく、菩薩像に敬意を払っている振りをしたのだ。
   「では、拙僧たちは、この像をお清めして、祭壇の掃除をしておこう、其方は村へ戻って棺桶を買い求め、ご遺体をここへ運ぶ手筈をしなさい、それから、若者を二人寄越して、墓穴を掘らせてくれ」
 村人は安心したかのように、駆け出していった。
   「さあ、観音像を洗おう」
   「和尚様、魂を抜かなくてもよいのですか?」
   「おや、珍念はよく知っているようだな」
   「はい、私が生まれた家の近くの寺で、仏像のお身拭いのときは、仏像から仏様の魂を抜いてからしていました」
   「構わぬ、井戸端へ運んで、藁縄の束子でゴシゴシ洗おう」
   「はい、和尚様」

 観音像は、見違えるように綺麗になった。祭壇も、埃を払い雑巾をかけて、蠟燭に火を灯し線香に火を付けると、ようやく寺らしくなった。
 その頃には、墓穴堀の若者も到着して、墓地では穴を掘る音がしていた。

   「お坊様、墓穴が掘れましてございます」
   「さようか、畑仕事で忙しいであろうにご苦労でした、間もなくご遺体が到着するであろう、そなた達も葬儀に参列してやってくれ」
   「はい、ではそれまで一服させて頂きます」
   「お茶など入れて進ぜようと思ってお湯を沸かしたが、寺には茶葉がないのじゃ、白湯などいかがかな?」
   「はい、喉が渇きましたので、白湯を頂戴します」

 やがて、村長(むらおさ)と何人かの村人と共に、ご遺体が担ぎ込まれて葬儀が始まった。宗悦は、幾宗派かの経が読めるのだが、どれもこれも中途半端でいい加減に誤魔化している。それでも村人たちは気付かず、宗悦に感謝していた。
   「お坊様、立派に葬儀を執り行って頂き、有難うございます」
村長が代表して、宗悦に礼を言った。
   「これはご丁寧なご挨拶、恐れ入ります」
   「ご無理とは存じますが、このようにご立派な和尚様がここのご住職で居てくだされば、私ども村人は安心して仕事に励むことが出来ます」
   「いやいや、拙僧はまだまだ精進が足りない若輩僧でございます」

 旅の途中で足止めをされて、おまけに自腹で葬儀を上げてくれた宗悦を、村人たちは、法然上人の再来かとばかりに思った。宗悦が若き法然ならば、珍念は親鸞聖人の少年時代であろうか。

 村長が、村人を集めて何やら相談をしていたが、やおら宗悦を取り囲み、皆で頭を下げた。
   「御坊様、どうかこの寺にお留まりになってください」
 宗悦の頭の中にまるで無かった訳ではないが、実際に頼まれてみると考えてしまう。こんな貧乏の村では、商売が成り立たない。檀家の数は僅かで、奉納金どころかお布施も貰えない。珍念と旅にあれば、大金が転がり込んでくることもあるのだ。
   「珍念はどう思う?」
   「人を騙すよりも、人に頼られる方がいいと思います」
   「そう思うか、珍念は善人であるのう」
   「和尚様も、根は善人だと思います」
   「こいつ、心にもないことを…」
 珍念は、もし此処に落ち着くことが出来たら、父の遺骨を改葬してここに正式の墓をつくり、生涯弔っていきたいと思うのであった。

   「和尚様、珍念は浄土宗の僧侶になりとうございます」
   「何、本物のか?」
   「大本山の道場で、修行を積んで来とう御座います」
   「止せ、止せ、苦労をして僧侶になっても、稼ぎは少ないぞ」
   「金持ちに成りたいのではありません、人の為に尽くしたいのです」
   「ふーん」
   「和尚様、気のない返事ですね」
   「尻が擽ったいわ」

 それから暫くは、宗悦、珍念とも、何処から見ても僧侶と小坊主らしく、早朝に起きてお勤めをすると、宗悦は粥と味噌汁と野菜の煮物などの朝食の用意を、珍念は本堂の掃除を始める。
 ものの一ヶ月もすると、宗悦は飽き飽きしだし、「旅に出よう」と、珍念を説勧める。暇つぶしになる法要も無ければ、葬式もない。
   「なぁ珍念、二人で江戸へ行かないか、江戸にも浄土宗の大本山があるぞ」
 そこで修行を積めば良いというのであろうが、珍念は父親を埋葬した場所から、あまり遠くには離れたくなかった。
   「和尚様、珍念は京にある大本山の道場で修行を積みたいのです」
   「そうか、珍念と別れるときが来たようだな」
   「せっかく根付こうとしているのに、この村を見捨てるのですか?」
   「別に拙僧が貰った寺でもない、見捨てることにはなるまい」
 宗悦は、珍念を京の大本山まで送って行き、その足で自分は江戸に出ようと思った。
   「珍念、お前が修行を終えたら、この寺に来て住職に成りなさい」
 自分は、金儲けをしながら江戸へ行って、舌先三寸で遊んで暮らしたいというのだ。
   「和尚様は、怠け者ですか? いずれ大きなしくじりをやらかして、島流しになりますよ」
   「おや、言い難いことをズバッと言う小坊主だな」
   「本当のことを言っただけです」
 どうやらこの二人、明日にでもこの寺を離れてそれぞれの道を歩みかねない雰囲気になったが、そこへ村の男が飛び込んで来た。
   「お坊様、助けてやってください、新田の勘助が熱に魘されて死にそうなのです」
   「拙僧は、医者でも祈祷師でもないぞ、それならお医者を呼びなされ」
   「それが、村にはお医者は居なくて、町まで行かなければなりません」
   「町まで行けば良かろう」
   「お医者様が来るまでに、勘助は死んでしまいます」
   「そんなに切羽詰まっているのか?」
   「はい」
   「だが、一介の坊主に何が出来ると思うのだ」
 珍念が、大声で「和尚様、行きましょう」と、叫んだ。何とか、お医者が来るまで持ち堪えさせようというのだ。珍念は、父の看病をしながら、薬どころか水さえも手に入らずに悔しい思いをしたのだ。ここでは、何とか出来るかも知れないと思った。

 勘助の家に来てみると、勘助は悶え苦しみ、額から汗が玉のように噴き出していた。珍念は咄嗟に「お父つぁんと同じだ」と、感じ取った。
   「井戸の水を盥に入れてきてください」
 珍念は、反射的に指図をしていた。冷たい水で手拭を絞ると、勘助の額に乗せてやり、汗を拭ってやった。
   「どなたかの家に、せんぶり茶はありませんか?」
 せんぶり茶は、普通は胃の腑や腸の腑の病に効く薬として用いるのだが、沈静効果や、炎症を抑える効果もある。珍念が病気になれば、父は何かとせんぶりを煎じて飲ました。それを思い出したのだ。

 せんぶりを煎じて冷まし、これを苦心惨憺して勘助にのませると、暫くして静かになった。あれほど暴れていた勘助が、今はスヤスヤと寝息を立てている。

 そこへ、漸く町から医者が到着した。医者は安らかに寝入っている勘助の体温を見たり、脈をとったり、肺の臓の音を聞いていたが、顔を上げて周りの者を見渡した。
   「お手当てをされたのは、どなたじゃな」
   「はい、こちらの小僧さんです」
   「其れは感心じゃ、適格な処置であったぞ」
 熱はやがて下がるだろう。脈にも乱れはない。医者は、珍念を褒めてくれた。
   「容態を訊いて、薬を調合してきたので、これを三日間飲ませてやってくれ、四日目にはすっかり良くなっているだろう」
  医者はそう言うと、帰って行った。薬代と駕籠賃は、またしても宗悦が出さざるを得なかった。
   「ここに居ると、損ばかりする、明日はこの村から出て行こう」
 心に決めた宗悦であった。村長には、果たさなければ成らない用があるからと了解をとり、珍念と共に旅に出た。

   「東海道に出れば一本道ですから、珍念は一人で京へ上ります」
 残った金を分けて貰い、珍念は宗悦と別れて京へ向かった。浄土宗の大本山へ修行に出たのだ。
   「縁が有ったら、いつかまたどこかで会おう」
 江戸へ向かう宗悦と、京へ上る珍念は、手を振って別れた。


 珍念が得度(とくど=出家)してから、五年の歳月が流れた。修行を終えた珍念(瓢吉)は、綜空という僧名(法名)を師から頂いた。綜空と一緒に修了した僧たちは、小坊主として寺院に仕えていた者ばかりなので戻るところがあった。だが、綜空にはそれが無かった。綜空の足は、知らず知らずに宗悦と居た山村の古寺に向いていた。
 もし、未だに僧侶が居なければ、村長に願い出て置いてもらおう。すでに僧侶が居たら、村長に挨拶をして引き返そう。綜空は、そう心に決めて寺の門を潜った。
 何やら、数人の話し声が聞こえる。近寄ってみると、僧衣が見えた。
   「やはり僧侶が居るようだ」
 綜空は、諦めて引き返そうとした。それまでは穏やかな話し声だったが、急に険悪になってきた。暫く立ち止まって話を聞いていると、懐かしい宗悦の声もしている。
 
   「御坊は、偽僧侶のようなので確かめて欲しいと申し出た者が居る」
   「偽僧侶とは何たる侮辱、拙僧は得度したれっきとした僧侶だ」
   「御坊の経を聞いた者が、出鱈目な経であったと申しておる」
   「無礼千万、何処がどう出鱈目だったか、言って貰おう」
 どこかの僧侶であろう、二人の僧侶が宗悦を攻めている。葬儀が執り行われる寸前の家に行き、勝手に経を上げて布施を受け取っているという抗議だった。
   「では、御坊の経を聞かせて貰おう、我々の前で読んで頂こう」
   「お断りする、拙僧を試すなど、許されてなるものか」
 二人の僧は、「してやったり」とばかり、寺から宗悦を追い出しにかかっている。その場に綜空は、飛び込んでいった。
   「和尚様、珍念ただいま修行から戻りました」
   「おお、珍念か、ご苦労であったな」
   「はい、大本山の師匠に、綜空という名を戴きました」
   「綜空か、良い名を付けでいただきましたな」
   「はい、これからは和尚様の弟子として、精進してまいります」
   「そうか、そうか、大きくなりよって頼もしいぞ、綜空」
   「こちらのお二方は、どちらの和尚様でいらっしゃいます?」
   「拙僧のことを偽坊主と仰せられてのう」
   「それはあまりにも無礼な、それで経を読んでみろと仰せられていたのですね」
   「そうなのじゃ」
   「では、弟子の私がお読みしましょう、お二人の和尚様、それで宜しいでしょうか」
 綜空は、御本尊に向かって、若々しい声を張り上げて一語一句はっきりと経を読み始めた。読み終えて綜空が振り返ると、二人の僧の姿は無かった。
   「お二人は、どうされましたか」
   「途中で、引き揚げよったわ」
 宗悦は、そろそろ珍念が戻ってきてはいないか覗きに寺へきたのだが、付けて来た二人の僧侶に捉まったようだ。

 宗悦と、綜空は、村長のところへ行き、戻って来たことを伝えた。
   「お二人揃って戻ってきてくれましたか、これで村は安泰です、有難う御座います」
 村長は、せめてお布施が出来るよう仕事に励むので、どうか末永くお留まりくださいますようにと、手を合わせた。

 綜空は、大坂街道の脇道に埋葬した父の遺骨を持ち帰り、寺の墓地に移葬させて貰い、やがて墓も建立した。
 寺に仕事が無いときは、進んで農家の手伝いに行き、自らも小さいながら畑を持った。
   「若和尚さま、お早うございます」
 村人は折につけ「南無阿弥陀仏」と、念仏を唱えるようになり、徐々にではあるが暮らしが楽になってきた。

   「なぁ、珍念」
   「和尚様、私は綜空です」
   「綜空、そろそろ旅に出ないか?」   (終)


  「偽和尚宗悦と珍念」 前編へ


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