雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の短編小説「偽和尚宗悦と珍念」 門付け編  (原稿用紙22枚)

2015-08-31 | 短編小説
(前編)

 江戸を出て、東海道三条大橋からの延長で、大坂(今の大阪)へ向かう大坂街道に差し掛かった旅の僧、加納宗悦に身窄らしい少年が駆け寄ってきた。少年は八、九歳であろうか、もう何日も碌に食物を口にしていない様子だが、精一杯元気を装っている。
   「お坊さま、頼みがあります」
 見た目よりもしっかりしているようである。
   「何だ、言ってみなさい」
 少年は父親と江戸から出てきたのだが、父親は熱を出して少年が懸命に看病したが、そのまま帰らぬ人になってしまったと語った。
   「それで拙僧に経を上げて欲しいのか?」
   「それもありますが…」
 父親を埋葬したいのだが、少年の力では、深い穴が掘れないのだという。
   「お礼に、おいらを売ってくれてもかまいません」
   「男は売れないだろう」
   「年季奉公でもいい、二両や三両にはなるでしょう」
   「そうか、わかり申した、手伝って進ぜよう」
 父親は死んで二、三日は経っているようであった。旅の途中で野垂れ死にをすれば、そのまま放置されて朽ちるのが常であったが、少年はそれが我慢出来なかったのだ。
   「これ子供、其方の名は?」
   「瓢吉です、瓢箪の瓢だとお父つぁんがいっていました」
「お父つぁんの仕事は何だったのかな?」
   「土建の手伝いで食っていましたが、お父つぁんが大きなしくじりをして、仕事を無くしてしまいました」
   「それで、江戸を捨てて、浪花へ行こうと思ったのか」
   「はい、だが旅先で持って出た金を使い果たしてしまいました」
 その結果、野宿をして草を食み、川魚や貝を食べてここまで来たが、父は無理が祟って病気になり、とうとう死んでしまった。
   「おっかさんはどうした」
   「おいらが生まれる前に死にました」
   「ん? じゃあ、瓢吉を生んだのはだれだ」
   「おっかさんです」
   「死んだおっかさんが、お前を生んだのか?」
   「わかりません」
 本気で話しているのか、適当にあしらわれているのか分からない宗悦であった。
   「お坊様、おいらを売る前に、銭湯に入らせてくれませんか」
 古着屋で着物も買ってもらい、小奇麗にしてから売って欲しいのだ。
   「坊主、それよりも腹が減っているだろう」
   「いいえ、減っていません」
 農家で大根の葉と、塩を少々恵んでもらい、夕べ生で塩を振ってたらふく食ったらしい。
   「飯は食いたくないか?」
   「暫く食っていませんから、慣れちゃって食いたくありません」
   「遠慮するな、腹いっぱい食わせてやるよ、大事な売物であるからな」
   「そうですか、本当は食いたいです」

 その夜は、旅籠で泊まった。旅籠の女中は瓢吉を見て顔をしかめていたが、旅籠の主人は「倅のお古で悪いが…」と言って、瓢吉に合いそうな着物を恵んでくれた。

   「おぉ、中々の男振りではないか」
 風呂から上がって、さっぱりした瓢吉に宗悦が言った。
   「奉公は止めて、拙僧の供をして旅をしないか」
 瓢吉は父から聞いて僧侶が稚児を寵愛した話は知っていた。
   「でも、おいらまだ子供ですから、お役にたつかどうかわかません」
   「大丈夫だ、大いに役に立つと思う」
   「そうですか、お坊様にお任せします」

 旅籠の女中は、一つ部屋に布団を並べて敷いてくれた。旅で疲れていたので、すぐに布団に潜り込んだが、瓢吉は眠れないらしく、震えているようであった。
   「瓢吉、どうした」
 ふいに宗悦が声をだしたので、瓢吉は驚いて「ビクッ」としたのが、暗闇でも宗悦に伝わってきた。
   「瓢吉、お前何か勘違いしていないか」
   「していません、お父つぁんから聞いて、ちゃんと知っています」
   「何を?」
   「稚児とか言うのでしょ」
   「あはは、やはり勘違いしていた」
 加納宗悦、実の名は五郎太というのだが、僧侶の格好はしているが僧侶ではない。いわば偽僧侶である。葬儀を見つけると焼香させて貰い、口から出まかせの説法を説いて、徳を積ませるのを商売にしている。その手先に瓢吉を使おうというのだ。瓢吉は安心したらしく、ぐっすりと眠りに就いた。

 浪花に着くと、宗悦は早速敏感な嗅覚で線香の香りを嗅ぎつけた。
   「瓢吉、お前は今日から珍念だ」
 宗悦は、何事か珍念に指示した。頭の良い珍念は、宗悦の指示を漏らさず頭に叩き込んだ。今まさに葬儀がはじまろうという備前屋と書いた看板が上がる商家の前に立って祭壇を覗き込み、突然泣きだした。店の者が不審に思い、店から出て来た。
   「子供さん、どないしたのだすか?」
   「もしや、もしや、旦那様が…」
   「へえ、うちの旦那様の徳兵衛の葬儀だす」
   「えーっ、やはり旦那様でしたか」
 店の者は、珍念の肩を抱いて、泣く訳を訊いてきた。
   「備前屋徳兵衛様は、おいらの命の恩人です」
 空腹のために町なかをフラフラ歩いていたら、戸が開いたままで誰もいない家があった。こっそり忍び込んで食うものがないか探していたら、奥から出て来た男にとっ捉まってしまった。そこはやくざの家らしく、殴ったり蹴られたり、挙句は手足を縛られ、大川に投げ込んでやると連れ出されたところに徳兵衛旦那様が通りかかり、お金を渡して一緒に謝ってくれたと泣きながら話した。
   「嘘やろ、亡くなったうちの旦那様はケチで、しみったれで通ったお方や」
   「嘘ではありません、本当は慈悲深いお方でした」
 店の奥で聞いていたらしい女将さんが出て来た。
   「番頭さん、うちの旦那がケチでしみったれやと、あんた旦那様が亡くなったとたん、大きな口をたたくやないか」
   「すんまへん、ついこの坊主がええ加減なことを言うもので」
   「何がええ加減や、上面ではケチでしみったれやったかも知れまへんが、根は慈悲深い、優しいお方だしたのや」

 女将は、突然気付いたように珍念に近付くと、やさしく声をかけた。
   「坊、うちの旦那様になにか用があったのか?」
   「はい、ちゃんとお礼を言ってなかったので、お礼をするために探しまわりました。
   「それだけか?」
   「はい、それだけです、ご焼香させて貰ったら引き揚げます」
   「そうか、どうぞ入って焼香してやってください」
 珍念は、前で焼香する人の仕草をしっかり頭に入れ、間違うことなく焼香して涙を流した。
   「有難う御座いました、本当はお元気な旦那様にお礼を言いたかったのですが…」
 頭を下げて悄然と戻って行く珍念を見た参列者たちは、心打たれてすすり泣く者も居た。

 代わってやって来たのは、旅の僧侶だった。
   「おお、なんという気高い魂じゃ、拙僧には見えるが、黄金の後光が射しておる」
 宗悦は、いきなり仏前に進み出ると、御宝号を唱えだした。
   「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛…」
 店の者が、宗悦の傍に寄り恐る恐る尋ねた。
   「葬儀を依頼した、徳提寺の和尚様ですか?」
   「いいや、拙僧は旅の者、多くの徳を積んだ気高い魂に出会って、これも拙僧の徳となろうかと、思わず知らず仏前に手を合わせていた」

   「失礼致した」と、去ろうとする宗悦に、女将が声を掛けた。
   「うちの人の魂が、気高い気高いと仰っていただいた旅のお坊様、うちの人は人前ではケチなシブチンでおましたが、陰ではどのように徳を積んでいたのですやろか?」
   「貧しい人々には、目立たなく手を差し伸べ、寺院、神社には陰ながら金銭を奉納するなど、陰徳を重ねておられました」
   「知りませんでした」
   「その気高いお方をご主人に持ちのあなた様は、どうぞ誇りに思ってくだされ」
   「有難う御座います、どうぞ祭壇にお近づきになり、主人を褒めてやってくださいませ」
   「拙僧は、これから高野山金剛峯寺に参る予定ですが、その前に御主人殿のご陰徳を讃えると共に、ご冥福を祈りましょう」
 宗悦が真言宗の経を読んでいるその間に、女将は奥に入り、暫くして出て来た。
   「よくぞ主人の陰徳の様を教えて戴きました、これは家族からのご奉納金でございます」
   「いやいや、拙僧にこのようなご奉納金を頂戴しても困り果てます」
   「では、金剛峯寺への奉納金として、お納めくださいませ」
   「左様か、金剛峯寺へのご奉納を、拙僧がお断りしては弘法大師さまに無礼となりましょう、この徳は、拙僧がお預かりして、お大師さまの元にお届け致します」
   「ご苦労様に御座います」

 備前屋から離れた待ち合わせ場所で、珍念が待っていた。
   「珍念、お前の働きでこれこの通り、たんまり儲かったぞ」
 宗悦一人では、精々一分か多くても一両というところだった。珍念の芝居が功を奏して、なんと五十両もの金が手に入った。宗悦はホクホク顔である。
 今夜は旅籠で一泊して、浪花でもうひと稼ぎしようと、宗悦と珍念は打ち合わせをして眠りに就いた。

   「おっ、また匂いがしてきたぞ」
 翌朝、旅籠を出て一刻ほど歩いたところで、宗悦の鼻が線香の匂いを捉えた。今度は宗悦が探りに行き、情報を仕入れて来た。
 播磨屋宗太郎は、まだ三十歳そこそこの若い店主。昨夜、付近の商店主と河豚鍋で宴会をしたが、運悪く宗太郎だけが河豚の毒に当たり、急死したそうである。
 今日の午後に葬儀が行われる。その店先へ宗悦と珍念が立った。
   「もしもし、お尋ねしますが、ここは播磨屋宗太郎さんのお店でしょうか?」宗悦が尋ねた。
   「さいだす、宗太郎は当店の店主ですが、夕べ亡くなりました」
 番頭だろうか、初老の男が応対に出てきた。
   「えーっ、お父つぁん、死んだのですか」珍念は、驚いて立ち竦んでしまった。
   「お父つぁんて、この子はどなただす?」
   「宗太郎さんが、外で産ませた子供です」宗悦が答えた。
 この子の母親は、宗太郎旦那の囲い者であったが、この子が生まれたとき、宗太郎や家族のものに迷惑が掛かってはいけないと、赤子を連れて実家へ戻った。この度、この子の母親は流行り病で亡くなり、亡くなる前にこの子に言っていた。
   「お前のお父つぁんは、浪花の播磨屋という店の旦那様だが、私がもしもの時は旦那様にお願いして、奉公先を探して貰いなさい、だが、決して旦那様やお店の方々に迷惑をかけてはいけないよ」
 そう言ってこと切れたのだと言う。
   「うちの旦那は品行方正で、そんな妾を囲うやなんて、お前さんたち、騙りの類ではおまへんのだすか」
   「なんと酷いことを、そんな言葉を旦那様はどんな気持ちで聞いていますやら、きっと泣いておられるでしょう」
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、宗悦は念仏を唱えた。
   「この子は宗吉と言います、宗太郎さんが名付けなさったのです」
 宗吉は、決して播磨屋の家族になりたいとは言っていない。ただ、丁稚として奉公する店を紹介して欲しいだけである。尋ねてきて、やっと実の父に会えると喜んだのに、亡くなっているなんて、おまけに騙り扱いを受けて、なんと可哀想な子供だろう。宗悦は、切々と訴えた。
   「宗吉は、父のような商人に成りたいと言っておるが、拙僧の寺院に連れて行き、僧侶の修行をさせ申す」
 宗悦は、宗吉(珍念)を宗太郎の遺体に手を合わせて拝むように促した。
   「せめて、実の父の死に顔なと、見せてやってほしいが、恐らく家族とは認めてはやれないだろう、焼香だけで我慢させよう」
 宗悦は、葬儀の準備を手伝いに来た近所の衆の前で、これ見よがしに宗吉の肩に手を遣り、「諦めて帰ろう」と、表に出ようとした。
 近所の衆の囁きが聞こえてきた。
   「可愛そうな子供に、なんと冷たい仕打ち」
 その声が、宗太郎の枕元で目を腫らしていた女房に聞こえたらしい。
   「お坊様、お待ちください、宗吉とやら、座敷に上がって、お父さんの顔を見てやっておくれ」
 珍念は宗太郎の死に顔をみて、旅の途中で死んだ父親を思い浮かべて、大粒の涙を流した。それを見て、近所の衆がざわめき、貰い泣きをする者も居た。

   「父に会わせて戴き、有難う御座いました、宗吉生涯の思い出に致します」
 宗悦も合掌して頭を下げ、「さらばです」と、宗吉を連れて出て行こうとすると、女房が止めた。
   「ここへ置いてあげたいのですが、他人目がおます、これは宗太郎の遺産の一部だすが、どうぞこれをお持ちください」
 百両はありそうな包みを差し出した。
   「おいらはお金など要りません」
   「まあ、そう言わずに…」
 宗吉は、宗悦の顔を見上げた。
   「宗吉、これはお前が宗太郎旦那の実の子供だと認めてくれた証だ、嬉しいじゃないか」
   「はい、嬉しいです」
   「もう、二度とここへは顔を出して、奥様たちにご迷惑をかけないと誓って、戴いておいてはどうだろう」
   「はい、和尚様」
   「素直な子だ」
 宗吉(珍念)は、百両はありそうな包みを受け取り、「お父っつぁん、さよなら」と、宗悦に付いて出て言った。

   「珍念、今度は近江の国へ行こうか、いや待てよ、あそこの商人は、筋金入りのドケチだから、引っかからないだろう、伊勢へ行こう」
   「はい、和尚様」


 宗悦と珍念は、伊勢の国、亀山城の城下町に来ていた。二人の胴巻きには、合わせて百五十両もの小判がある。そろそろ、どこか無人の寺にでも住職と小僧に化けて落ち着き、宗悦の口から出まかせの説法で檀家を増やしていこうかと、宗悦は考えだした。
   「珍念は、小僧になるのは嫌か?」
   「いいえ、和尚様の元で、一つ目小僧にでも、三つ目小僧にでもなります」
   「お化け屋敷をやろうというのではない、目は二つで宜しい」
   「はい、和尚様」

 金はあるので、美味しいものを食べたり、見物をしたり、二人は呑気に城下町をぶらついていると、宗悦が線香の匂いを嗅ぎつけた。
   「もう、一稼ぎしょうか」と、宗悦。
   「はい、和尚様」と、従順な伴の者、珍念。
 匂いの元は、陶器の伊賀屋。先ずは沿革から情報を集めた。主人の名は鴻衛門。亡くなったのは女房のおさき。若い番頭と手に手を取って駆け落ち、伊賀屋鴻衛門が番所に届けたために二人はお縄になって「駆け落ち者」の立札の元に生きたまま三日三晩晒された。番頭は処刑、妻は伊賀屋のもとに帰されたが、昨夜、店の衆が寝静まっている隙に首を括って番頭の後を追った。

   「ここで御座いましたか、おさきという女しょうのご遺体は」
 宗悦が店の前に立って、経を唱え始めた。
   「爾時無盡意菩薩即從座起…」
 静かに戸が開けられ、旅の僧侶と告げると、「お入りください」と、珍念共々店内に招き入れた。他人目をさけるように、ひっそりと店先に設えた祭壇に、会葬者はなく僧侶すらも招いていなかった。揺らぐ百匁蠟燭の向こうに寝かされた遺体の胸に置かれた魔除けの白鞘が空しい。
   「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」
 珍念も、合掌して題目を唱えた。店主は宗悦が何故に当家を訪れたのか気になっている様子である。
   「拙僧は、夕べおさき殿と言われる女しょうの霊にお会い致した」
 おさきは、若い番頭の霊を探し求めていたが、番頭は既に黄泉の国へ旅立った後で、伊賀屋鴻衛門という夫を呪って迷っていた。このままだと、怨霊にも成りかねないので、有難い経を読んで聞かせ、妻を思う夫の心を説いたが、未だに成仏せずにいる。
   「あなたが伊賀屋鴻衛門どので御座ったか」
   「はい、左様で御座います」
   「拙僧はここで経を読み、おさき殿を成仏に導きます、どうか拙僧の存在を無視して、ご用をお続けくだされ、おさき殿の霊が成仏されましたら、拙僧たちは静かにここを去りもうす」

 暫く法華経を読む宗悦の声が響いていたが、やがて静かになり宗悦は店の衆に茶を一杯所望して、飲み干すと店を出て行こうとした。
   「旅のお坊様、有難うございました」主人が姿を見せた。
   「おさき殿は、聞き分けて成仏されましたぞ、ご店主どのはご安心なされますように」
 改めて、宗悦と珍念が出て行こうとすると、主人は「暫くお待ちを」と、紙に包んだお布施を差し出した。

   「何だ、ペッタンコではないか、何とケチなおやじ」
 口には出さなかったが、心の中で宗悦はそう思っていた。

   「三両入っていた、苦労した割には貰いが少なかったわい」
 宗悦は、まだやる積りか、「作戦を練らねばならん」と、呟いていた。 (角付け編・終) 続く


  「偽和尚宗悦と珍念」 後編へ


最新の画像もっと見る