雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十五回 死神新三

2013-12-14 | 長編小説
   「母上、三太只今戻りました」
   「はいはい、お帰り」
 不機嫌な返事である。
   「母上、どうかしましたか」
   「別に」
   「何だか、ご機嫌斜めですね」
   「そりゃあ、斜めにもなりますよ」
 久し振りに三太が帰って来たと思えば、旦那も一緒になって「ぷい」と外へ飛び出す。 何処の誰だか分からない客を連れて来たかと思うと、今度は縄で縛った二人の刺客。 刺客も入れて五人分の朝餉を作ったのに、食べもせずに五人とも出て行ってしまう。 ようやく三太と客人一人帰って来たと思えば、旅支度して出て行き、五日も六日も経ってから、大根を五本持ってひょっこり三太だけ帰ってきた。 一体どうなっているのか、小夜には分からぬままであった。
   「この大根は、文助さんが持たしてくれたものです」
   「そうでしょうね、三太が買ってくる筈がないもの」
   「すみません、母上にお土産買って来なくて」
   「私は別にお土産が欲しくて言っているのではないのですよ、鼈甲の簪とか、柘植の櫛とかが欲しいとか言っている訳ではありません」
   「なんか、言っているようですね」
   「そうかしら」
   「言っていますよ」
   「では、あなたの心に留めておきなさい」
 その夜、慶次郎が戻り、三太は晩酌の相手をした。
   「なあ三太、お前この屋敷に戻ってくれないか」
   「私は能見家の養子ですよ、能見家には実の母が私の帰りを待っています」
   「能見篤之進殿には、私が水戸へ言って頭を下げて来よう」
   「私の母は、どうなります」
   「三太と一緒に、この屋敷に来て貰おう」
   「例え、私が佐貫家へ戻りましょうとも、跡継ぎは鷹之助です」
   「鷹之助は三太郎(緒方梅庵)と同じで、侍にはならないと頑固一徹、上方へ行ってしまったよ」
   「父上、藩士は、武芸を持って藩侯にお仕えするばかりでありません、思想学者としてお仕えするのも、また然りではありませんか」
   「そうかのう、わしは剣一筋に上田藩にお仕えして参ったが、息子たちは、自由奔放で、わしは付いて行かれぬ」
   「父上は、剣を持って上田藩にお仕えなさっています、鷹之助は儒学者として、上田藩に佐貫ありと名を讃えられる藩士になりましょう」
   「そうか、それならば三太郎も戻ってきて藩医になってくれると良いのだが」
   「兄上は、もう上田藩の兄上ではありません、日本の緒方梅庵に成りつつあります」
 若くして、大勢の弟子を持って活躍している兄上緒方梅庵の、三太は一番弟子であることが誇らしい。 兄上を上田藩の藩医に据えるなど、三太の中では到底有り得ないことなのだ。
   「父上、私は上方へ行って参りましょう、鷹之助のことが気掛かりですし、鷹之助の考えも訊きたいのです」
   「そうか、実はわしと小夜もそうなのじゃ、持たせた金が尽きているのではないか、食べるものにも事欠いているのではないかと、二人で心配しているのだ」
   「では、明日にでも上方へ向います」
   「本当は、わしが行きたいのだが」
   「ご安心なさいませ、お金も私が用意して行きます」
   「三太お前、そんなに金持ちなのか」
   「旅の途中で、しっかり稼いで参ります」
   「まさか、あくどい金儲けをするのではあるまいな」
   「多少は…」
 新三郎が口出しをした。
   「三太さん、父上が心配するではありませんか」
   「だって、本当のことですから」
   「よし稼ぐぞ、新さん頼りにしています」
 中津川から戻って来たかと思うと、また中津川の方へと三太と新三郎の旅は同じ中山道を行ったり来たり、それぞれ目的があっての旅ではあるものの、まるで風が吹くまま気の向くまま、風来坊さながらである。
   「三太さん、博打で稼ぎましょう」
   「俺は、博打をしたことがないのだ」
   「あっしの指図通りにやればいいのですよ」
   「元手は幾らあれば良いのだろう」
   「軽く、一両から始めましょうか」
   「わかった」
 気前よく中津川のお妙ちゃんに合計六両と一朱遣ってしまったので、三太の懐には六両とちょっと残っている。 例え一両摩ってしまっても、まだまだ大丈夫だ。
 中山道は、生前の新三郎が幾度となく行き来して勝手が分かっている。 下諏訪の宿に賭場を探し当てた。
   「三太さん、まず一両をコマ札に換えてくだせぇ」
   「分かった、他の客の通りにすれば良いのだな」
   「開帳したら、後はあっしの言う方へコマを張ってくだせぇ」
 新三郎が「半」と言えば、半目に賭けると半が出る。 丁に賭ければ丁が出る。 みるみる三太の前にコマ札が溜まっていった。
   「お侍さん、ツイとりますねぇ」 親分らしいのが声を掛けてきた。
   「そろそろ引揚げるとするか」
 三太が立ち上がろうとすると、
   「最後にわしと差しで勝負しませんか」
 賽は一つで五回勝負、三回先取した者が勝つ。 三太が勝てば、二倍になるが、ここで欲を出すと、スカンピンにされそうである。 三太が断ろうとすると、新三郎が「待った」をかけた。
   「三太さん受けなせぇ、敵はここでイカサマをやって来るが、あっしがそうはさせません」
   「分かった、新さん」
 三太は、差しの勝負を承諾した。 予めそれぞれが丁半を決めておいて、ツボ振りに賽を振らせる。 ここまではイカサマなしの勝負であったが、差しの勝負では、三太が「丁」と張れば、ツボ振りは奇数の目近くに鉛が入った賽を使う。この賽は、半の目が出る確率が数段多くなるのだ。
   「ツボ振りの魂は眠らせて置いて、あっしがツボを振りやす」
   「そうか、新さんは出目を操れるのか」
   「あっしは、悪霊でやすから…」
   「なんだか根に持っていません」
 最初の勝負は三太が負けた。 相手はニタッと嘲笑(わら)ったが、ここからは三太が三連勝した。 親分は、ツボ振りに「お前、ドジを踏んだな」と、拳で殴りつけた。 それ程強く殴ったわけでもなかったが、ツボ振りはドテッと倒れて、そのまま気を失ったようであった。
   「それは、どう言うことだ、イカサマをする手筈だったのか」
   「このサンピンめ、ツボ振りに何をしやがった」
   「手も触れていないぞ」
   「喧(やかま)しい」と、三太を睨み付けて、子分たちに命令した。
   「こいつの腕を圧(へ)し折って、叩き出してしまえ」
   「その前に、このコマ札を金に換えてくれ」
 三太は、一両をコマ札に換えた時の二十倍はあると踏んだ。
 三太は、ドスを持った男たちに囲まれた。 一人の男がドスを振り翳(かざ)して三太に突進してきたかの様に見えたが、男は三太の前で崩れ落ちた。
 三太を取り囲んでいた男たちは「おーっ」と、驚きの声を上げて怯(ひる)んだ。
   「命知らずは、かかって来い」
   「糞ったれ、死ね!」次に斬りかかってきた男は、三太が峰打ちで倒した。
 他の男たちは、掛け声だけは勇ましいが、逃げ腰である。
   「今度は、峰を返さねぇぞ」三太は凄んで見せた。
 その時、「早く殺れ」と、子分達に命令していた親分が、急に態度を変えた。
   「悪かった、コマを金に換えるからお帰りになってくだせぇ」
 親分のこの変わりようは、三太にはすぐわかった。 新三郎の仕業だ。 親分は土下座をして許しを乞い、二十両を三太に差し出し、その場で気を失った。 子分たちは、親分の体たらく振りに呆れているようであった。
   「それ、てら銭だ」
 三太は儲けの五分である一両を投げて賭場を後にした。 どうやら、後を追いかけてくる勢いも無くしたようだ。
   「やっぱり、俺たちは賭場荒らしだな」三太は新三郎に、ぽつりと言った。
三太は考え込んだ。 人の役にたって、尚且つ金儲けが出来ることは無いだろうか。 町に定着して商売が出来ないかぎり、ある程度は荒稼ぎでなければならない。
   「流しの医者なんてどうだろう」三太が新三郎に問いかけた。
   「何ですそれ医者のご用はありませんかと、流し歩くのですかい」
   「だめかな」
   「三太さん、それで自尊心は傷つかないのですか」
   「軽く見られるだろうな」
   「誰だって、余程のヤブ医者だと思いやすぜ」
   「偽薬でも、名医の誉れ高い匙で処方されると、患者にとって特効薬になることもあると梅庵先生から教わった」
   「例え高価な朝鮮人参でも、流しの医者が与えれば、蒲公英の根か何かではないかと疑われて効果が出ないってことでしょ」
   「では、失せ物探しはどうだろう」三太が提案した。
   「無くした物をあっしらが探して遣るのですかい」
   「うん、新さんが依頼主の過去の記憶を辿って、探してやるのだ」
   「盗まれたものは、辿れないですぜ」
   「それは仕方がない、正直に盗まれていますと、言ってやればよい」
   「とにかく、やってみましょう」
 早速、旗屋にのぼり旗を作らせ、三太はそれを担いで歩いた。 のぼりには、「霊能占い師、宍戸妙軒」横に小さく「失せもの探し、人探し」と書いて貰った。 名を宍戸妙軒としたのは、この胡散臭(うさんくさ)い商売に、佐貫の名も、能見の名も出せないからだ。
 のぼり旗を持ち歩いて半里ほど歩いたところで、糸も切れそうな三味線を小脇に抱えた鳥追い風の女に声を掛けられた。
   「人探しの占いをやっておくれでないかえ」
   「分り申した、暫く黙ってそれがしの目を見ていなさい」
   「あいよ、こうですかえ」
   「しーっ、黙って」
 二人に暫しの沈黙があったが、その間に新三郎が女に乗り移り、心の中を偵察した。
   「お志摩姐さん、ご亭主を尋ねての旅でござるな」
   「嘘、私の名前をどうして知っているの それが占いで分かるのかぇ」
   「そうとも、ご亭主の名前は、追分の音次郎と申すのだな」
   「えーっ、亭主の名前まで分かるのですか」
   「まだ分るぞ、三年前に突然旅に出ると言い、道中合羽に縋りつこうとするお志摩姐さんからスルリと身を交わし、闇の中に消えていったのであろう」
 女は驚いた。 見も知らずの占い師が、そこまで言い当てるとは、まるで亭主がすぐ近くに居るように錯覚した。 新三郎はその男に出会っているように思えた。 あの賭場で、持ち金すべてを摩(す)り、三太と同時に賭場を出た男だ。 違いない、三度笠の裏に「音」という字が書かれていた。 これは、連れの者か誰かに、見付けて欲しい時に旅籠の軒先に吊るすために書いた文字だ。
 音次郎は、ぐずぐずしている三太を尻目に、中山道を草津に向けて歩いて行った。 推察するに、音次郎は江戸方面から中山道を歩いてきて、追分の宿に戻っていたのだ。
 しかし、女房に合わす顔がなく、再び中山道を草津に向けて歩き、上方へでも行く積りであったのだろう。
   「お志摩さん、ご亭主はまだそんなに遠くへまで行っていない」
   「本当ですか どこへ行けば会えるのでしょう」
   「今、占ってみる」
 三太は怪しげな呪文を唱えて時を稼いだ。 追分の音次郎と二つ名を名乗るからにはヤクザ渡世の男。 持ち金を無くせば、ヤクザ一家に草鞋を脱ぐか、空腹を抱えて野宿するかである。 新三郎には、音次郎のとった行動が手に取るようにわかる。 三太が幟に文字を書いてもらう為に費やした時間だけ、三太よりも先に進んでいるのだ。 音次郎は、次の宿場で草鞋を脱ぐためにヤクサの一家を探しているだろう。
 新三郎は、音次郎を直ぐに見付けた。
   「おい、音次郎」
 音次郎は辺りを見回した。 誰も居ない。
   「おい、音次郎、わしは死に神じゃ」新三郎である。
 音次郎は腰が抜ける程驚いた。
   「お前には、わしの姿が見えぬじゃろう」
   「はい、見えません、あっしはここで死ぬのですかい」
   「そうだ、だからわしが迎えに来た」
   「わかりました、黄泉の国へでも冥途へなと連れて行っておくんなせぇ」
   「そうかわかった、だがお前はまだ若い、一つだけ助かる方法がある」
   「そんなのが有るのですかい」
   「あるとも、お前は今来た道を戻るのだ」
   「戻れば何が有るのですか」
   「まあ、黙って聞け、お前の女房お志摩さんに助けてもらうのだ」
   「お志摩は何処に居るのです」
   「今、お前を探してこっちに向かっている」
   「お志摩は三年前に捨てた女、あっしを憎んでいることでしょう」
   「いいや、惚れているからこそ、お前を尋ねて旅に出たのだ」
   「お志摩は、今でも独り身ですかい」
   「あたりまえじゃろう」
 音次郎は逸(はや)る気持ちを抑えきれずに走ろうと思うが、腹に何も入っていない。 それでもとぼとぼと歩いていたら、男連れのお志摩らしい女がこちらへ向って来る。
   「お前さん、そこにいるのは、追分の音次郎だろ」
   「お志摩か」
   「そうだよ、お前さん酷(ひど)いじゃないか、今日帰るか、明日帰るかと待っているうちに、三年も経ってしまったよ」
   「お志摩、俺はお前の傍でねぇと生きてはいけないだ」
   「どうしたのだい、そんな殊勝なことを言って、お前さんらしくもない」
   「いま、おれは死に神に取り憑かれているのだ」
   「そうかい、それじゃあこの凄い霊能占い師の先生に、お祓いしてもらおうよ」
   「その人、そんなに凄いのかい」
   「そうともお前さんのことも、ぴたりと言い当てたのだよ」
   「先生、どうか宜しくおねげぇしやす」音次郎が頭を下げた。
 三太は、怪しげなお祓いをしてやった。
   「音次郎」
   「へい」
   「今度お志摩さんを泣かせたら、わしがお前に死に神をけし掛けるぞ
   「あっしは犬ですかい」死に神新三郎はムスッとした。
   「先生、占い料は如何ほど」お志摩が三太に尋ねた。
   「占い料と、お祓い料で十両がとこ頂戴しましょうか。
   「今旅先だから、そんな金は持ち合わせていないよ」
   「そうか、では十文にまけておこう」
   「えっ、たった十文」
   「三太さん、十文じゃ屋台のかけ蕎麦も食えませんぜ」
 新三郎が堪えかねて忠告した。
   「まっ、いいじゃないか、この二人が幸せになるなら」
   「馬鹿ですぜ、このお人」
  第十五回 死神新三(終) -続く- (原稿用紙19枚)

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