雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十二回 無実の罪 (1)

2013-12-04 | 長編小説
 三太と佐助の二人は、長久保の宿(ながくぼのしゅく)に入った。 三太(数馬)の第二の故郷である。 ここには養父上田藩家臣佐貫慶次郎と、義母小夜の屋敷がある。 実の長男佐貫三太郎は武士を嫌い、今は水戸で緒方竹庵の養子となり、緒方梅庵と名を改め、緒方診療院を継ぐとともに、蘭方医学の緒方塾を開いている。
 三太は、佐貫慶次郎の養子となり、武士を捨てて医者を志した三太郎に代わり、佐貫家の後を継ぐべく、母上小夜からは、文字の読み書きを習い、甲賀(こうか)忍者の流れを汲む父上から武道と馬術を修得した。
 やがて慶次郎と小夜の間に男児が生まれ、三太は自ら跡継ぎの身を退き、実母を探す為に単身江戸へ出て来て母に巡り合うが、母や自分に暴力を加える父に見つかり、母を護るために三太は実の父を刺してしまう。 まだ幼さの残る子供であったが、肉親を殺害した罪は重い。 三太は処刑されることになったが、三太に同情した時の奉行の計らいで、こっそりと奉行が昵懇にしていた能見篤之進に、氏の亡き次男能見数馬の名を受け継ぎ、三太を預けた。
 おりしも、長崎から阿蘭陀医学を修得して戻った佐貫三太郎が、世話になった能見に挨拶にきて、三太と出会う。 三太は、実の父親に捨てられて寺の縁の下で命を繋いでいたが、病気になり三太郎に助けられ、養子として佐貫慶次郎に委ねたのであった。
 佐貫の屋敷は、役宅(社宅のようなもの)であったが、三太が居た頃に放火されて全焼し、上田藩が新築したものであった。
   「母上、只今三太もどりました」 子供の昔をしのんで、三太は大声を出して門を潜った。
 小夜は、三太がこちらに向かっていることを慶次郎から聞いていたので、驚きはしなかった。
   「まあ、随分ゆっくりした旅でしたのね」 慶次郎の部下が知らせてくれてから、幾日も経っているからだ。
   「方々寄るところがありまして…」
   「三太さんも兄上と同じですね、忙しい、忙しいと言ってすぐに帰ってしまうのでしょ」
   「私は兄上と違って、暇ですよ」
   「では、ゆっくりしていけるのですね」
   「はい、今度は文助さんのお店にも行ってきます」
 文助は三太が小さかったころの使用人で、三太を可愛がってくれた男である。 今は子供にも恵まれ、町で八百屋を営んでいる。
   「そうですね、この前に兄上と戻って来たときは、素通りだって文助さん怒っていましたよ」
   「そうだろうと、思っていました」
   「それで、何時になったら紹介してくれますの」
   「あっ、忘れていました、私の弟子で佐助といいます」
   「佐助です、よろしくお願いします」
   「こちらこそね、酷い師匠ですね、忘れていたなんて…」
   「はい」
 小夜は、三太に向き直り、「あなたねぇ」と、説教口調でいった。
   「この人のお名前、三太が付けたのではないでしょうね」
 三太が飼っていたひよこのサスケを想像したらしい。
   「違いますよ」
   「そう、それなら良いのです」
 佐助が三太に尋ねた。
   「先生、ここでは三太と呼ばれているのですね」
   「私の幼名です」
   「まあ、幼名ですって、お大名みたい」 小夜がからかった。
   「江戸の慎衛門おじさんに逢ってきましたが、奥さんのお樹さんも、慎一郎さんもお元気でしたよ」
 中岡慎衛門は、小夜の実の兄である。
   「それはありがとう、何よりのお土産です」
 日暮れ時に、慶次郎が戻ってきた。
   「父上、お帰りなさい」
   「三太、戻っていたのか、母上が心待ちにしていたぞ」
   「これは、私の弟子で佐助と言います」
   「そうか、三太の父、佐貫慶次郎だ」
   「お世話になります」  佐助は、行儀が行き届いている。 両親が躾けたのだろう。

 その夜、三太は慶次郎に尋ねた。
   「父上、信州のどこかで橋の普請をしているところをご存じありませんか」
   「ああ、それなら、上田藩で大きな架橋普請をやっている最中だ」
   「明日、そこへ行ってみたいのですが、場所を教えてくださいますか」
   「何だ 人探しか」
   「はい、その通りでございます」
   「名は何と申す」
   「中津川から出稼ぎに来ている稲造という二十九歳の男で、右の耳の下に黒子があります」
 慶次郎は暫く考えていたが、「もしや…」と、呟いた。
   「やつが、確か稲造とか言ったぞ」
   「工事現場に居ましたか」
   「いいや、奉行所のお牢の中だ」
 三太も、佐助も愕然とした。
   「何の罪を犯したのでしょう」
   「盗みだ、町の小間物商の店から、真っ昼間に二十五両もの大金を盗んで逃げようとしたのだ」
   「えっ、二十五両も」
   「そうだ、やつは知らない、自分ではないと白を切り通しているが、その二十五両を握りしめていたのだから疑う余地がないのだ」
 稲造は、子供の出産費用を稼ごうとここへ来たのだ。 どうしてそんな大金が必要であろう。 慶次郎の知る限りのことを話してもらった。
 町の小間物商の店の中で、客から渡された二十五両を、使用人が片付けようとした時に、他の客がいきなり掴み取って店の外へ逃げた。 使用人は犯人の顔をしっかり見届け、犯人を追って外へ飛び出すと、稲造がぼんやり立っていて、その手に封印された二十五両が握られていたのだ。
 稲造は、自分ではない、向こうへ走り去った男に二十五両を握らされて、唖然としているところを使用人に捕まり、番所に突きだされたのだと話した。
 使用人は、奉行所でもはっきりと「犯人はこの男だ」と、稲造を指差した。 奉行は、稲造に「仲間がいるのであろう」と、拷問に掛けたが、稲造は「知らないものは知らないのだ」と、叫び通した。
 白状しないまま、稲造は奉行から死罪を申し渡された。 明後日に死刑が執行される予定である。 三太は、稲造は無実である。 明朝、稲造に会うことは許されないだろうかと、慶次郎に尋ねた。
   「無実の者が処刑されるのを黙ってみていられない、何とかしよう」
 慶次郎は、明日奉行所へ乗り込んでみようと言ってくれた。 場合によっては、前の藩主松平兼重候のお手を借りるかも知れぬとまで言った。
 稲造は、拷問で腫れ上がった顔を三太に向けて、「早く殺しやがれ」と、口の中の血玉を「ふっ」と、三太に吹きかけた。
   「稲造さん、違うのだ、俺は役人じゃない」
   「ふん」と、稲造は横を向いた。
 稲造の女房お菊のことや、娘お妙のことを話し、この度無事に男の子が生まれたことなどを話して聞かせると、稲造は少し心を開いたようであった。
   「俺は、上田藩の家臣佐貫慶次郎の息子で医者だ」
 稲造は、しっかりと三太の目を見た。
   「稲造さん、この事件は何か裏がありそうだ、俺は稲造さんの無実を証明して、稲造さんをお妙ちゃんのもとへ帰してあげる、俺を信じなさい」
 稲造は、こっくりと頷いた。
 慶次郎に、奉行所で待ってもらい、三太と佐助は次に、犯人を目撃した使用人に会ってみた。 その男は、善良そうな勘三郎というこの店の番頭であった。
   「勘三郎さん、犯人の顔をはっきり見たのですね」
   「見ました」
   「犯人は、金を掴んで脱兎のごとく逃げたのですね」
   「そうです、わたしも裸足で素早く後を追いました」
   「それで表に飛び出すと、犯人がぼんやり立っていたのですね」
   「そうです」
   「変だと思いませんか、脱兎のごとく店から飛び出した男が、急に立ち止まって店の前でぼんやり立っていたとは」
   「気が変わったのでしょう」
   「そうかもしれません、あなたは小判を握って立っている男に集中して走り去る男は見ていないでしょうね」
   「気が付きませんでした」
   「私は今日、あるお大名から頂いた古い眼鏡と言うものを持って参りました、ちょっと付けてみてくれませんか」
   「はい、ここを耳に掛けるのですね」
   「そうです、よく御存じですね、遠くを見てください、如何ですか」
   「うわぁ、よく見えます、遠くまではっきり」
   「そうでしょう、あなたはかなり目が悪いですね」
   「はい、目を細めないと見え難いです」
   「今日、ここへ来る前に、店で奪われた小判を見せて貰ってきましたが、なんとこの小判、封印がしたままでした」
 封印には、上田藩松平家の家紋があった。 このような封印のある小判を持ちだせるのは、勘定奉行くらいである。
   「この小判をお持ち下さったのは、勘定奉行様の御使いと申されました」 勘三郎はすらすらと答えた。
   「勘定奉行さまは、ここで何をお買い求めになったのでしょうか」
   「私は知りません、多分、当主がご自分でお届けになったのでしょう」
 三太には、この事件の容貌が見え始めたようであった。
   「よく話してくれました、あなたの身は、この私が必ずお護りします、どうぞご心配なきように」
 三太のその言葉に、この番頭は却って心配になってきたようだが、これは、後に証言して貰う為に、三太がとった心理作戦である。
 慶次郎は、三太を待っていた。 三太は番頭の勘三郎とのやり取りを、つぶさに話した。
   「封印したままの小判で代金を支払った者は、確かに勘定奉行さまのお使いで来たと申したのだな」
   「そうです、恐らく買ったのは抜け荷の品でしょう」
   「では、ご家老に申し上げて、勘定奉行の屋敷を捜索しよう」
   「多分、直ぐに抜け荷の品が見付かることでしょう」
   「わかった、直ぐに手配する」
   「お待ちください、勘定奉行さまは、何もご存じない筈です、何者かに嵌められたのです」
   「嵌められた」
   「はい、抜け荷買いの犯人は勘定奉行だと言わんがばかりに、松平家の紋所が入った封印のまま小判を使っています、それに、その小判を持って行かせた者に、勘定奉行の使いだと名乗らせています」
   「そうか、それでこの小判を奪わせて、無実の稲造に持たせ、お奉行にこれ見よがしに見せたのだな」
   「その通りです、稲造は偶々店の前に居て、この企てに利用されたのでしょう」
   「もし、稲造がそこに居なかったら」
   「盗人は、番頭に追い詰められたと見せかけて、小判を捨ててにげたでしょう」
   「そうか、目的は盗みではなくて、勘定奉行を嵌める罠だったのだからなぁ」
   「これで稲造は御解き放しになるでしょうか」
   「もし、直ぐに稲造を解き放ったら、稲造は命を狙われるぞ」
   「処刑されたと見せかけて稲造を隠し、敵を油断させれば良いのだが…」
   「そうか、よし、三太に預けるようにお奉行に進言しよう、護ってやれるか」
   「はい、命に懸けても」
   「三太の命を懸けるほど、稲造の命が大切か」
   「当たり前でしょう、稲造の赤ん坊は、私が取り上げたのですから、どうしても赤ん坊のところへ父親を返してやりたいのです」
   「わかったぞ、安心してわしに任せておけ」
 その夜のうちに、稲造は佐貫の屋敷へ駕籠で届けられた。
   「稲造さん、もう少しの我慢だ、真犯人が捕まるまでここに隠れていてください」
   「三太さん、有り難うございます」
   「私は、稲造さんを護る為に、この屋敷を出ることはできませんが、私の父がきっと犯人を捕まえてくれます」
   「はい、あなたを信じて、総てあなたにお任せいたします」
   「稲造さんの男の赤ん坊、可愛いいでしたよ、あなたに似て」
   「私に似ていましたか」
   「似ていました、あなたにそっくりでした」
   「嘘でしょ、生まれたての赤子は、みんな猿に似ているものです」
   「あはは、ばれたか」
 三太は母上に頼んで、薬箱を出して貰った。
   「さあ、稲造さん、傷の手当てをしましょう、着物を脱いでください」
   「嬉しくて自分の事は忘れていました、先生、お手柔らかにお願いします」
   「私は名医ですよ、痛くないように、優しく手当てしましょうね」
   「はい、有り難うございます」
   「佐助、稲造さんが暴れないように、しっかり押さえていなさい」
   「はいっ」 と、佐助。
   「あれっ」 稲造に、また拷問の恐怖が襲う。
   「嘘ですよ」

     第十二回 無実の罪その1 -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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