雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十三回 無実の罪 (2)

2013-12-07 | 長編小説
   「三太さん、起きてくだせぇ」
 熟睡していた三太は新三郎に起こされた。 ここは三太の第二の実家、佐貫家の屋敷である。
   「何者かが、屋敷の外で中を窺っていますぜ」
   「やはり来たか、それにしても早すぎる」 三太は眠い目を擦った。
   「早いって、まだ真夜中ですぜ」
   「いや、その早いではない、昨日の今日だからだ」
 やつらは、稲造の命を狙っているのだ。 稲造を佐貫の屋敷に匿(かくま)っているのは、お奉行と慶次郎と三太と佐助だけである。 誰にも知られずに、夜中に町駕籠(まちかご)でこっそりと連れて来たのだ。 駕籠屋から情報が漏れたとしか考えられない。 しかし、駕籠屋には乗った客の名前など聞かせていない。
   「三太さん、一人はあっしが片付けます」
   「わかった、もう一人は俺がやっつける」
 三太は潜戸(くぐりど)をそっと開け、塀を乗り越えようとしている二人の刺客(しかく)の後ろから声を掛けた。
   「こら、待たんかい、うぬ等は何もんじゃい」
 新三郎が三太を嗜めた。
   「三太さん、言葉が上方弁になっていますぜ、それも下品な…」
   「この方が、凄みが出るだろうと思って…」
   「感付かれたようだ、こいつから始末しよう」 刺客は剣を抜いて三太に向かってきた。 そのとき、一人の刺客がへなへなっと地に崩れた。 新三郎の仕業だ。 崩れた男は気を失っているように見える。
   「おい、山内どうした、貴様、こやつに何をした」
   「この男、山内と申すのか、確(しか)と聞き申したぞ」 言われた男は、「しまった」という表情をみせた。
 身の熟(こな)し、言葉遣いは武士であるが、剣の腕は三太の目ではなかった。 ぶ様に斬り込んでくる剣を躱(かわ)し、剣を持った両腕を、三太は刀の峰で叩き付けた。 刺客の一人は、「ぐわっ」と悲痛な叫びと共に、これまた地に崩れた。
 三太は、二人を縛りあげた。 気を失っていた男は、気が付くと縛られているので、何があったのか懸命に思い出そうとしている。
 もう一人は峰打ちされた手首を縛られたので、「うっ」と、呻き声を上げた。
   「お前たち、何者だ、誰に頼まれて忍び込もうとしていた」
 男たちは、黙り込んだ。
   「言っとくが、舌を噛んでも死ねはしないぞ、俺は蘭方医だ」
   「では、首を刎(は)ねてくれ」
   「馬鹿をいうな、貴様たちは大切な証人だ、なあ山内どの」
 名を言われた山内は、きょとんとしていたが、急に仲間の方を見て叫んだ。
   「川辺、お前だな、こいつに俺の名を教えたのは」
   「そうか、そうか、お前らは山内と川辺だな、しっかりと聞き留めたぞ」
 ふたりは、暫くは罵りあっていたが、不貞腐れて黙り込んでしまった。 この間抜けなやつらは雇われた忍者ではない。 忍者なら、こうも易々と名を呼び合ったりはしない。 何者かの家来で、俄か刺客であろう。 三太はそう思った。

 昨日、慶次郎はご家老の許(ゆる)しを得て、町奉行と共に勘定奉行の屋敷を訪れていた。 勘定奉行が抜け荷の品を買った疑いがあるからである。
   「無礼な、拙者が抜け荷の品を蒐集しているだと」
   「申し訳ありません、小間物商の番頭が証言しましたもので」
   「分かり申した、屋敷の内部を隈なく探されるが良い」
   「それでは、失礼して探させて頂きます」
 慶次郎は、蔵の中まで丁寧に調べたが、町奉行が小さなギヤマンの一輪挿しを呆気なく仏壇の奥から探し当てた。
   「お奉行(勘定)、これは唐制のギヤマンで御座らぬか」 町奉行は、言ってにんまり笑った。
   「なに ギヤマンだと、拙者は知らぬ、そんなものは見たこともない」
   「奉行所へ持ち帰りまして、調べさせて戴くが、よろしいかな」
   「宜しいも何も、それは拙者が買い求めたものではない」
   「小間物屋の番頭は、松平家の封印がしてある小判二十五両を、勘定奉行様の使いの者から受け取ったと証言しております」
   「佐貫殿、拙者は使いを出した覚えはない、頼む、貴殿が調べてくれぬか」
 慶次郎は、勘定奉行を宥めるように答えた。
   「お奉行(勘定)、拙者には真相が見えてきています、ご安心召されて、どうぞ普段と変わりなくお過ごしください」
   「そうか、佐貫、頼んだぞ」
 翌日、慶次郎が帰宅した。
   「父上、昨夜稲造に二人の刺客が放たれました」 早速、三太が昨夜のことを報告した。
   「やはりそうか、それで稲造は無事か その刺客はどうした」
   「稲造は、何も知らずに寝ておりました、刺客は捕えてあります」
   「そうか、三太でかしたぞ、流石わしの息子だ」
   「その二人の名も、聞き出しております」
   「そうか、わしの知り得る者かも知れぬ、名は何と申した」
   「山内と川辺です」
   「案の定だ」

 慶次郎は、老け込む年齢ではないが、頭に白いものが目立ってきた。 だが目は青年のように輝いている。 その目を更に輝かせて言った。
   「三太、町駕籠を二丁呼んで参れ、刺客を連れて奉行所へ踏み込むぞ」
   「わかりました、直ちに…」 三太は出て行った。
   「稲造、昨夜お前に刺客が差し向けられた、この男たちがその刺客だ、事件をきっちり解決しないままでお前を帰らせると、命を狙われる、そのためにもお前に証言して貰いたいことがある」
   「何でございましょう」 稲造は落ち着き払っていた。
   「この男たちの顔をよく見ろ、お前の手に小判を持たせた者が居よう」
 稲造は、男たち顔をしっかり見て、「あっ」と、声を漏らした。
   「この人で御座います」 稲造は川辺を指差した。
   「そうか、やはり顔を見ておったか、それでこいつらはお前を消しにきたのだ」
 稲造は考えた。 奉行所で取り調べのとき、自分に小判を手渡した男のことは一度も訊かれなかった。 稲造が申し上げても、取り上げようとしなかったものを、佐貫さまは何もかも分かっているようにその男を捕らえている。 これは絶対に信用出来るお方だと頼もしく思えたのだった。
 駕籠に刺客を其々乗せて、慶次郎、三太、佐助、稲造の一行は奉行所へ向った。 途中、小間物屋に寄って店の主(あるじ)と、稲造を「小判を奪って逃げた犯人だ」と証言した番頭を同行させた。
   「お奉行殿、稲造を消す為にわが屋敷に忍び込もうとした刺客を捕らえ申した」
 奉行は顔色を変えて駕籠から出された男たちから目を逸(そ)らせた。
   「そうか、では早速取り調べて、それ相応の罰を下そう」 町奉行は、嘯いたつもりである。
 慶次郎は、縛られた二人の刺客を睨み付けたが、二人も黙ったまま目を逸らせた。
   「お奉行、目を逸らさずにこの者たちを見られたい」
 奉行は慶次郎に言われて、しぶしぶ二人に目を向けた。
   「あっ、お前たちは…」 奉行は驚いたような素振りをした。
   「お奉行、そう 驚かれることは無いでしょう」
 慶次郎は、小間物屋の番頭を呼び寄せた。
   「その方は目がわるいようだが、小判を持って来た勘定奉行の使いの者の顔は至近距離で見ておろう、この二人のうちにその者はおるか」
   「はい、こちらの方です」 番頭は山内を指した。
 慶次郎は、今度は稲造を呼び寄せた。
   「もう一度答えてくれ、お前の手に小判を握らせた男は、二人のうちどちらであったか」
   「こちらの方でございます」 稲造は川辺を指した。
 慶次郎は、その一連の出来事を繋(つな)ぎ合わせた。
 つまり、店の主が留守であることを何らかの方法で確認して、まず山内が暖簾を潜った。 勘定奉行の使いの者と称して、あたかも店の主から何かを買ったと思わせ、封印したままの小判を番頭の前に置き、代金を払いに来たと言った。 金を払えと言うなら、番頭は警戒するだろうが、払うというのだから難なく受け取った。 その時、山内と入れ替わりに店に入って来たのが川辺である。 川辺は番頭から小判を奪って店の外に飛び出し、店の前でぼんやり佇んでいた稲造にそれを掴ませた。 番頭は目が悪かったのと気が動転動莖していて、川辺と稲造を同一人物だと思い込んで、稲造を捕まえてしまったのだ。 ましてや、稲造が小判をもっていたのだから無理もないことである。
 こうする、ことにより封印された小判が明るみに出てしまう。 それが何者かの狙いであったのだ。
   「山内と川辺は、奉行殿の配下の者でござったな」 慶次郎は、奉行を見て言った。
 奉行は、顔を真っ赤にして二人を睨み付けた。
   「よくもこの奉行の顔にドロを塗るようなことをしてくれたな、成敗してくれよう」
 刀を抜いて、二人を斬ろうとした奉行の剣を、三太が剣を抜いて走り寄り、刀の峰で受け止めた。
   「お奉行、口封じのつもりで御座るか」 慶次郎は叱る様に言った。
   「無礼な、口封じとは片腹痛いわ」
   「二人を成敗する必要はなかろう、いくら二人を問い詰めてもこやつらも武士、上司に命令されたとは口が裂けても申さぬであろう」
 慶次郎は、言葉を続けた。
   「それよりも、狼狽される奉行殿が、全てを物語っているでは御座らぬか、ご家老、確と御覧(ごろう)じたか」
 いつの間にか、家老が来ていた。
   「勘定奉行様は、小間物屋から抜け荷の品など買ってはおられませぬ、それは小間物商の主が証言しております」
 慶次郎は、町奉行と共に勘定奉行の屋敷蔵を見せてもらったが、抜け荷の品など一切無かった。 また小間物商も調べたが、それらしきものは見当たらなかった。
   「勘定奉行さまの屋敷で見付かったギヤマンの一輪挿しは、恐らく町奉行殿どのが懐に忍ばせていたものでござろう」
 慶次郎は、勘定奉行の屋敷に赴く際、膨らんでいる町奉行によろめいて接触したように見せかけ、それとなく確認していた。 また、勘定奉行の屋敷で、町奉行は迷うことなく仏間に入り、いきなり仏壇の扉を開いていた。
 何よりの証拠は、ギヤマンの出所である。 後に慶次郎が調べあげ、町奉行が長崎の奉行所勤務であった時に手に入れたものと判明し、町奉行の屋敷が捜索されて数々の抜け荷の品が見付かった。 その後、評定所より町奉行に切腹の沙汰が下った。

   「町奉行が、勘定奉行を失脚させねばならない動機は何でしょうか」 三太が慶次郎に訊いた。
   「自分が勘定奉行にのし上るためであろう」
   「同じ奉行で、そんなに身分の差があるとは思えませんが…」
   「勘定奉行は藩財を横領することが他易い、それでご禁制の品々を買い集めようと図ったのかも知れぬ」

  第十三回 無実の罪その2 -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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