雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十四回 三太の大根畑

2013-12-08 | 長編小説
 上田藩奉行所の牢に勘定奉行を陥れるのに加担したとして山内と川辺が入れられていた。 特別に許されて、三太は二人に面会した。
   「あなた方は、四・五日後には処刑されることになろう、誰を恨んでいる」
   「誰も恨んでいない、放っといてくれ」 山内が苦々しく言い放った。
   「川辺さんはどうだ」
   「うるさい、あっちへ行ってくれ」 懸命に虚勢を張っている。
   「放っとけないから、態々面会に来たのではないか」
   「我々を嘲弄するために来たのであろう」 山内は、三太を睨み付けた。
   「馬鹿なことを言うな、俺が貴様たちを揶揄する為に来たと思うか」
   「処刑を前にした大の男が、恐怖に震えているところが見たかったのであろうが」
   「恐いか」 と三太。
   「恐くない、我らとて武士の端くれだ」
 虚勢を張りながらも、怒りの為か、死の恐怖の為か体が震えている。 実は、三太はこの二人の命を助けたいのである。 上司に命令されたら、武士は断ることが出来ないのが世のならいである。 さりとて、上司の醜行を諫めると、手打ちにもなり兼ねない。 下級武士の悲哀である。
   「俺は、貴様たちの釈放を嘆願しようと思う」
   「お前のような若造の嘆願が聞き入れられる訳がない」
   「そうでも無いぞ、俺は前(さき)の藩侯、松平兼重様にはいつでも目通りが叶う身だ」
   「ご隠居様と」
   「この度の事件も、兼重様のお口添えがあっての解決だ」
   「我々は、解き放される望みもあると言うのか」
   「だからこそ、誰を恨んでいると尋ねたのだ」
   「だれも恨んではいないが、強いて恨むなら、己が下級武士の家に生まれたことだ」
 山内は、今までの苦痛の数々を思い出しているようであった。
   「川辺殿はどうだ」
   「無実の人間に手にかけぬ間に捕まえてくれたことを感謝している」
   「そうか、それだけ聞けば良い、希望を持って朗報を待て」
 無闇に解き放って、小間物商や稲造を仇と襲うようなことが有ってはいけないと危惧しての三太の面会であった。
 三太は、東奔西走して、佐貫慶次郎が二人の身柄を引き受けることで話が着いた。 三太が再度二人に面会をして、武士として佐貫慶次郎の配下となるか、武士を捨てて町人になるかを問い質した結果、二人は武士として佐貫の元に留まることを意思表示した。
   「其の方たちは、決して命乞いをしたのではない、武士として誇りを持って佐貫慶次郎の配下に着くのだ」
 ふたりは頷いた。 また、三太の気配りに感動した。 やがて二人は釈放の身となり、佐貫慶次郎が引き取った。
 いよいよ、稲造もお菊と、お妙と、赤子が待つ中津川の家に戻ることができるようになった。 三太は、用心の為、稲造を塩尻まで送って行くことにした。 稲造は、汗水垂らし、食べるものも節約して貯めた二両と百文の金が元奉行に取り上げられたままであることを三太に訴えた。 戻りしな、藩の町奉行所へ寄り、稲造か働いて得た収入であることを説明して、お下げ戻しを申し出たところ、詫びの一言と、二両百文に添えて三両の詫び料を賜った。
   「稲造さん、それからこれは俺からだ、お菊さんとお妙に土産でも 買って帰ってくれ」
 三太は持ち金から五両の金を渡してやった。
   「三太さん、命を救って貰ったうえに、こんなにして戴く訳には参りません」
 遠慮して戻そうとする稲造を制したものの、十両もの大金を持ち歩いては物騒であるし、また盗みの疑いをかけられたら、十両盗めば死罪になるこのご時世、三太は中津川まで稲造を送って行くことにした。 稲造は嬉しいのと申し訳なさが入り乱れ、いたたまれない様子であった。
   「俺は暇人だ、気を使うことはない、猿に似た赤子の顔も、もう一度見たいのだ」
   「そういつまでも猿には似ていませんよ、猿の子ではないのですから」
   「そうか、なんだ、つまらん」
 何泊かして、中津川に着くまでに、稲造も打ち解けて冗談を言い合うまでになっていた。 稲造は広い土地を任されていなかったので、近所の畑の手伝いをして食い繋いでいたが、この際、頂戴した金で町へ出て、小さな八百屋を開きたいと希望を話した。
   「それは良いことだ、村の農作物を買い集めて売るのだな」
   「はい、村の人々へ恩返しがしとう御座います」
   「それでは、資金がたりないだろう」
   「はい、行商からはじめます」
   「そうか、最初は苦労が絶えないであろうが、赤子のためにも頑張りなさい」

数泊の後、稲造は家族の待つ我が家へ帰り着いた。
   「お菊、今戻ったぞ」
 お妙が転がるように家から飛び出してきて、父親に飛びついた。
   「あなた、お帰りなさい、お帰りが遅いので心配していました、よくぞご無事で…」
   「苦労をかけて済まなかった、男の子が無事生まれたそうだな」
   「あなた、それをどなたから」
   「ほら、あの木の陰に隠れていらっしゃる、わしの命の恩人だ、しかもここまで送ってくださった」
 お妙が見つけて、木の陰へ駆け寄った。
   「先生だ!」
   「まあ、先生に送っていただいたのですか」
   「しかも、五両も頂いたのだ、奉行所から三両も頂戴したので、わしが働いて稼いだ二両が、貧弱に思える」
 三太が夫婦に近寄り、稲造を嗜めた。
   「何を言うか、その金の中で、稲造さんの二両が一番重いであろうが」
 お妙が父親から小判を持たせてもらい、どれが重い小判か確かめている。
   「どれが、お父っつぁんの二両か分かったか」
 お妙は、首を横に振った。
   「わかりません」
 お妙は、お産の経緯を語り、稲造は盗人の濡れ衣をきせられて死罪になりかけた経緯を話す。 夫婦は、どちらも三太に助けられた奇遇に感涙した。 暇人ながら、まだ用事が残っているのでと、家族と早々に別れて、三太は再び信濃の国は上田へと草鞋を向けた。
 新三郎は、三太の体を心配している。 三太の旅は、新三郎の旅でもある。
   「三太さん、如何に暇人でも往(い)ったり復(き)たりのし過ぎじゃありませんか」
   「いいじゃないか、すべて成り行きなのだから…」
   「懐の金も、少なくなりましたね」
   「構わん、構わん、お妙ちゃんの喜ぶ顔も見ることが出来たし」
   「ははあん、三太さん少女愛に目覚めましたな」
   「何? それ」

 上田に戻ると、文助の八百屋に足を運んだ。 文助は、佐貫の屋敷の使用人で馬の世話をしていた権八の息子である。 後に文助も奉公先を辞めて佐貫の屋敷の使用人となり、幼い三太を可愛がって遊び相手になってくれた男だ。
 やがて佐貫の使用人も辞めて、近所の農家の娘と祝言を挙げ、農家を継いで畑を耕していたが、町に出て、八百屋になり、妻子と父親の権八を呼び寄せた。 権八は数年前に他界したが、亡くなる寸前まで父子なかよく商いに精を出していたと、三太の佐貫家の義母小夜が語っていた。 三太は酒を買い求め、文助の店に向かった。
 文助の店は立派だった。 使用人も雇っているらしく、店先では三太の見知らぬ若い男が掃除をしていた。 店の中はと覗くと、面影はあるものの、昔の若々しい文助ではなく、髭を蓄えたおやじが、帳場に「でん」と座って算盤を弾いていた。
   「文助さん、ご無沙汰です」
 文助は顔を上げて三太を見たが、三太に気が付かないようであった。
   「失礼ですが、どなた様でいらっしゃいますか」
   「私をお忘れですか ほら、ひよこのサスケを懐に入れていた…」
   「えっ、三太さんですか、大きく成られて、お見逸れしました」
   「権八さん、お亡くなりになられたそうですね、ご愁傷さまです」
   「ありがとうございます、父はよく三太さんの噂をしておりました」
   「俺のことで良い思い出はなかったでしょうね」
   「その通りですよ、三太さんの事件のことを聞いたときは、食事も喉が通らないようでした」
   「権八さんの仏壇に線香をあげさせてください」
 文助の女房、楓が出てきた。
   「まあ、懐かしい、三太ちゃんじゃありませんか」
   「分かりましたか」
   「分かりましたとも、三太さんが独りで江戸へ発たれたのは確か十歳くらいのときでしたでしょ」
   「そうでしたねぇ」
   「その頃より、ちょっと貫禄が付いただけで、ちっとも変っていません」
   「でも、文助さんは気が付かなかったのですよ」
   「うちの人は、鈍感なのですよ」
   「おいおい、それは酷い」
 文助は言ったが、現にまったく分からなかったのだから、鈍いと言われても仕方ないと苦笑した。
   「楓、三太さんを仏間にご案内しなさい」
   「はい、お線香を挙げてくださるのですね」
   「はい、それと権八さんが好きだった酒を持ってきました」
   「それはありがとうございます、お父さん、きっと喜びますわ」
 三太はしばらく文助と思い出話に浸った。 火事で焼けてしまったが、文助が三太のために鶏小屋を作ったことがあった。 その中でサスケの父親、鶏の三四郎が、サスケを大切に自分の羽の中に入れて母親代わりをしていたのが思い出される。 それを聞いた文助が、「雄鶏が子供を護るなんてことは珍しいのだよ」と、三太に語った。
 三太は、鶏の名を耳にして、当時の上田藩主が、三太では武士の子らしくないから、名を考えてやろうと、三四郎とかサスケだのと名を付けようとしたことを思い出した。  あれは偶然ではなく、慶次郎から聞き鶏の名を知っていて、三太をからかったのだろうと思っていると冗談交じりに話した。
   「そうでしょうね、幼い三太さんをからかうと、反応が面白かったからですよ」
   「俺は、大人の玩具だったのですかねぇ」
 三太が佐貫の屋敷へ戻ろうとしていると聞くと、文助は大根を五本束ねて持たせてくれた。
   「三太さんの大根畑を思い出すでしょ」
   「ああ、文助さんに手伝ってもらい、馬糞の堆肥で育てた大根ですね」
   「小さい体で、鍬を振り上げていた三太さんが目に浮かびます」
 文助は、少し涙目であった。
   「でも、この大根少し重いです」
   「昔の幼い三太さんじゃないのですから、我慢してください」

  第十四回 三太の大根畑(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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