雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十一回 母をたずねて

2013-12-03 | 長編小説
 松本城を出て、木曾街道の塩尻に向かう途中で、八歳くらいの男の子の二人連れに出会った。 この辺りの子供ではないらしい。 ちゃんと旅支度で、それぞれ小さな三度笠に振り分け荷物を肩に掛けている。 まるで芝居の子役が、大人の形(なり)をしているような具合である。 しかも、その二人が顔かたちそっくりである。
   「おっちゃん、善光寺参りの帰りか」
 子供の一人が三太に話しかけて来た。
   「いいや、違うよ」
   「善光寺までは、まだまだか」
   「そうだなあ、まだずっと先だ」
   「おっちゃん、強そうやなぁ、それに優しそうやし、かっこええ」
   「ほんまや、ほんまや」
 子供たちは、善光寺へ行くらしい。
   「子供二人で旅をしているのか」
   「二人きりやけど、わいら子供やあらへん」
   「そうや、そうや」
 どう見ても、幼さが残る子供である。
   「とし、幾つなの」
   「八歳や」
   「わいも八歳」
   「八歳で大人なのかい」
   「おっちゃん、なんか文句があるのか」
   「文句は無いけれど、物騒だなぁ、どこから来たの」
   「上方や」
   「二人で?」
   「そやから、言っているやろ、二人きりやと」
   「そうや、そうや」
 木曾街道は難所が多いし、盗人や山賊がでることもある。 よくもここまで無事で来たものだと三太は感心したが、まだまだこの子たちの旅は終わっていない。
   「そこに茶店があるから、ちょっと休憩して行きなさい」
   「わいら、疲れてえへん」
   「腹が減っているだろ」
   「それは慣れている」
   「お団子でも奢ってやるから、食べて行きなさい」
   「それが、あかんのや、他人から食物を貰ったら、必ず旦那さんに見せてからやないと食べたらあかん」
   「そうや、そうや、上方まで見せに帰ったら、またここまで歩いて来なあかん」
 三太は、呆れてしまった。 この子たちは行儀が良いのか、融通がきかないのか、賢いのか、馬鹿なのかもわからない。
 聞けば、上方のお店に奉公する丁稚のようだが、旦那さんの代参で善光寺へお布施を納めに行く途中らしい。 上方の旦那さんも、子供らに代参させて、もしものことが有れば取り返しがつかないではないか。 三太は、この二人の話に疑いを持ってきた。
 三太は新三郎と佐助に相談をした。
   「なあ、ここで出会ったのも何かの縁だ、善光寺まで一緒に行ってやらないか」
 佐助は、大賛成であった。 お妙のお父っつぁん探しが二日ほど遅れるが、「牛に引かれて善光寺参り」の故事もある。一生に一度くらいは善光寺参りをしておくのも悪くはないだろう。 新三郎も渋々ながら賛成した。
 道すがら、事情を訊けばこのように話してくれた。 この二人、双子である。 母親は仕立屋をして三人で細々と暮らしてきたが、この子たちが四歳の時に今の店に年季奉公にだされた。 親はお店から幾らかお金を貰って姿を消したので、年季奉公というよりも、この子たちは売られたという思いであった。
 五歳にもなると、店の仕事もちゃんと熟(こな)すようになり、てきぱきとよく働くので、店の者に可愛がられていたようである。
 旦那がでかける時には、必ず一人をつれていった。 店に用が出来ると、子供に走って帰らせて伝書鳩のように使える。 また、店から旦那に用ができた時は、もう一人の子供に走って行かせ、旦那の行先がわからなくとも、兄弟の臭いを嗅ぎつけて的確に旦那のもとへ行き着く。 今で言う警察犬のような役をするのだ。 そこから店の主人が付けた二人の名前が、鳩松と犬松である。
 三太はこの子たちを不憫(ふびん)だと思うが、子供たちはそんな暗い部分を億尾(おくび)にも出さない。 二人をおいておけば、漫才さえしそうな明朗闊達(めいろうかったつ)な子供達である。
   「ほんま? ほんまか」
   「嬉しい、良かったなぁ 鳩松」
   「こっちのお兄ちゃんも、行ってくれるのか」
   「行くけど、俺は犬松さんらよりも年下です」
   「えーっ、背高いし、頭もよさそうでキリッとしているし、てっきり二つ三つ年上やと思とりました」
   「ほんまや、わいも思っていました」
 三太には、これは上方の商家で育った子供の御世辞だということは知っていた。  会って間なしに「おっちゃん、強そうやなぁ、それに優しそうやし、かっこええ」と、ぶつけて来たのも上方人特有の渡世術である。
 佐助はどうやら煽(おだ)てに乗って、随分気分が良いらしい。 さながら、森の石松の三十石船である。

   「江戸っ子だってねえ、喰いねえ、喰いねえ、遠慮せずに寿司食いねえ、ところで石松ってのはそんなに強ぇのかい」
   「強いの、なんのって、街道一、いや日本一強ぇや」
   「そうかい、そうかい、日本一かい」
   「喧嘩は強いのだが、こいつが馬鹿でおっちょこちょいの間抜けな野郎で」
 三十石船の甲板で大喧嘩が始まるのは、清水の次郎長の代参で、石松が四国の金毘羅参りのくだりである。 (三十石船は、京都から大阪までの淀川を往復する人専用の船である)

 こちらの鳩松、犬松の二人は、悪口は思っていても一切口に出さない。 相手を気分よくさせて利用するちゃっかり者である。
   「ほんとは、恐かったのや、そやから強そうで優しそうな人の後からこっそり付けてここまで来たんや、なっ、犬松」
   「わいらが大声を出したら聞こえるくらいの距離をあけて、なっ、鳩松」
   「うん」
   「ここで、強そうで、優しそうなおじさんに出会ったのに、行く方向が違ったのでがっかりしてたんや、なっ、鳩松」
   「うん」
 さすが双子である。 息がぴったり、意見もぴったり、考えていることも同じなのだろう。
   「私たちが本当は悪者だったらどうする」
   「わいら二人が、ええ人やと感じたんやから、もし間違っていたのなら仕方がない、なっ、鳩松」
   「あっさり諦めて、持ち物みんな差し上げます、なっ、犬松」
   「うん、後は野垂れ死にしょうな、鳩松」
   「うん」
 そんな気はさらさら無い癖に、しおらしいことを言いおってと、三太は苦笑した。 こいつらは、何が何でも生きて行くに違いない。例え盗みをしても、民家の人に縋りついても、上方へ辿り着くであろう。
 善光寺に着くと、二人は善光寺にお参りするでもなく、ただそわそわしているだけであった。
   「どうした、早くお参りして、お布施を納めて来なさい」
 二人は同時にぺたんと地べたにしゃがみ込んで、三太に土下座をした。
   「堪忍してください、わいら嘘をついていました」
   「旦那さんの代参なんか、嘘でおます」
 三太は、やはりそうかと思った。
   「おまえたち、お店のお金をくすねて、逃げ出してきたのだろう」
   「お金を盗みました」
   「そやけど逃げて来たんやないです、お店に黙っておっ母ぁを探しにきたのです」
 ようやく二人は本当のことを打ち明けた。
 二人は、店の旦那が二人の母親に産ませた子供であった。 子供たちが四歳になった時、母親の仕立ての仕事が無くなり生活が出来ず、旦那に泣きついてきたのだ。 自分は子供たちの前から姿を消しますから、どうかこの二人を引取ってくださいと頼み込んだが、旦那はどうしてもこの双子を自分の子供として受け入れ難く、年季奉公という形で店においてくれたのだという。
 二人の母親をよく知っている人が、善光寺参りから帰って来て、善光寺の傍の旅籠で、二人の母親に会ったと話してくれたのだそうで、この兄弟は居ても立ってもいられなくなり、二人でこの計画を練ったのだった。 一目会えば、例え突き放されようとも、二人はそれで満足しようと話し合った。 もし会えなかったら、そのまま上方へもどり、奉行所に名乗り出る決心もした。
   「ありがとうございました」
   「わいらはここでお別れします」
 二人が去ろうとしたのを、三太が引きとめた。
   「待ちなさい、ここまで一緒にきたのだから、私たちもおっ母さんを探してあげよう」
 子供たちの表情が、急に明るくなった。
   「ほんまですか」
   「ありがとうございます」
 この二人の割ゼリフのような物言いが三太には面白くて、出来得れば上方までも、付き合ってやりたい気持ちが湧いてきた。

 何軒か旅籠を尋ね歩いて、案外と早く探し当てた。やはり、母親は旅籠で働いていた。 母親に会うことができて、この大きな図体の兄弟は、恥も外聞もなく大声で泣いた。
   「おっ母ちゃん、会いたかった」
   「わいも会いたかった」
 この兄弟は、直吉と定吉というのがこの子たちの母親が付けた名前だった。 小さな家を借りて三人で住まい、兄弟もまた母親が働く旅籠で使ってもらうことになった。
   「お金のことは、この子たちの父親に手紙を書いてお詫びします」 母親はそう言った。
   「血を分けた実の父親です、まさか訴えはしないでしょう」
   「この子たちが持って来た五両のお金は、一両使っただけです、三人で働いて、もとの五両になったら、私が上方まで持って行って謝ってきます」
   「おじちゃん、ありがとう」
   「佐助ちゃん、ありがとう」
   「ご親切に、有り難う御座いました」
 三人は、三太たちの姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

  第十一回 母をたずねて(終)  -次回に続く-  (原稿用紙12枚)

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