雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

自動車事故

2012-04-12 | 日記
 今日は一日良い天気だった。 朝から洗濯をしたり、寝具を干したり、アイロンがけをしたり、部屋の片付けるやら何やらで動き回っていた。 その間の休憩がてらに、ブログにほとんど落書き状態の記事を書いたりしていて餉の支度をする時間になってしまった。 本当は少し横になりたいところだたが、我慢をしていた。 最近はこんなに良い天気の日が少ないもので、つい頑張ってしまったのだ。

 夕刻、京都で起きた大変な自動車事故のニュースが報じられていた。 花見客で賑わう四条通り近辺で、車がブレーキを掛けずに人を次々撥ねて、多くの負傷者と死者をだしたようだ。 私はてっきり「お年寄りのブレーキとアクセルの踏み違いか?」と思ったが、事故を起した運転手は30才だとか、私の思いは間違いだった。 目撃者は、一台の車が信号を無視して「どけーっ」とばかりに警笛を鳴らして横断歩道を渡っていた人々の群れに飛び込んできたという。 これも、少し違うようだ。 事故を起した運転者は、癲癇の持病があったそうである。 原因はその発作のようだ。 癲癇の発作は突然意識を無くして、歩いていると直立のまま倒れたりする。 警笛は運転手が前かがみに倒れて押したものだろう。 だからと言って運転手に責任が無いとは思えないが、運転者も亡くなっている。 癲癇の持病があって車を運転するのが大変危険なことを、誰も注意してあげられなかったのだろうか。  

温故知新「土佐日記」

2012-04-12 | 日記

 男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。

猫助流に現代語で書くと…

 殿方がお書きになる日記というものを、殿方に代わって女の私が書いてみようと思います。

 あるお方(本当は紀貫之本人)が、国司としての任期の4、5年が終わって、定められた国司交代の際の引き継ぎ事項、事務などをすませて、任務完了の辞令をお受け取りになり、承平4年の12月21日の午後8時頃に、住んでいた官舎を出立されて船着場へ向われます。 国司様を知る人も知らない人も、ご帰宅の旅にお立ちになられる国司様をお送りするために集まりました。 特に、長い年月仲良く付き合ってきた人々は、名残りを惜しんで一日中盛んに荷物の整理やら、送別の準備やらで大騒ぎをされ、とうとう夜が更けてしまいました。


 この土佐日記は、高知を船で出発して、高知の浦戸や大湊などと、大阪各地を巡り京都の自邸までの現代なら2日くらいでチョイチョイと回れそうなコースを、2か月近くの旅程で回っている。 私が不思議に思うのは、旅日記を自分が見聞きしたこととしてではなく、別人それも女性の目に写ったこととして書いているところ。 現代なら、このような日記をネットにアップしたら、「わっ!ネカマや!」とバカにされそうなところだが、当時の読者には、斬新なことだったのかも知れない。

 私も、妻が元気でいてくれいたら、このブログのような「雑文の旅」ではなく、二人で旅をして紀行文が書きたかったと思う。 と、言って一人旅は自分にはできそうもない。 行く先々で自殺志願の爺かと勘違いされ、警察に連絡されそうで…。

  温故知新「子供がテーマの俳句」2012/04/29
  温故知新「徒然なるままに」2012/04/19
  温故知新「祇園精舎の鐘のこえ」2012/04/15
  温故知新「土佐日記」2012-04-12
  温故知新「太田道灌」2012/03/28
  温故知新「国木田独歩の運命論者」2012/05/06
  温故知新「南方熊楠」2012/07/24
  温故知新「ジョン万次郎」2012/07/22
  温故知新「杉原千畝」2012/07/24
  温故知新「自殺のすすめ・渡辺淳一著」2012/10/15
  温故知新「播州皿屋敷」2012/09/13
  温故知新「平将門の怨霊」2012/09/12
  温故知新「死者の奢り」2012-12-06
  温故知新「琴、花、酒のあるものを」2013/02/20
  温故知新「二宮金次郎」2013/04/17