階下の男

何だか知らないけど階下に住んでいる男の機嫌が悪いらしい

襖だか何かを閉める音が響くのだ

ピシャリと言うか実際にはドンと言う音なのだが耳につく

ここ最近、この音が不快で仕方ない


この男とは殆ど面識がない

昼前にバイクで何処かへ行くのは知っている

たぶん仕事なのだろうが…

私と同じく友達も殆ど居なさそうだ

一度だけ男の友達と玄関先で話しているのを

私の部屋の玄関の小窓から聞いた事がある

声や内容から、どちらかと言うとオタクっぽい印象だった


男には彼女も居なさそうである

彼の前に済んでいたサーファーとは大違いである

そしてマメに洗濯をしているようだ

私が仕事を終えて帰って来る頃には既に物干しにはシャツなどが並んでいる

以前は白衣が干してあったので

もしかしたら薬剤師とか医療関係なのかと思っていた

しかし最近はそれを見かけなくなったので転職でもしたのだろうか


歳は３０代だと思われる

ハッキリと顔を見たわけではないがイケメンではない

アチラも私の事を不気味なオヤジと思っているだろう

幸いにも私の部屋には友達も来ないし電話も殆ど鳴らない

なのでオネエ言葉を聞かれる事はない

ま、彼が私に興味を持つ事はないだろうが

「何をしているオッサンだろう」くらいは脳裏をよぎると思われる

まさか上に住んでるオヤジが夜な夜な女装して

オカマバーで奇声を上げてるとは予想もしないだろう

それにしてもお互い連休だと言うのに

今夜も部屋に閉じ篭っている

男は先程仕事から帰って来たらしく生活音が響いていたが

すぐに静かになった

明日も仕事なので早々と寝たのだろうか

ま、どうでも良いけど

襖を閉める時、もう少し穏やかにして貰えないかと思う

女も居ない寂しい生活で殺伐としているのかしら

女帝Ｓ子ママ

連休に入った

当店はカレンダー通りの営業なので

５月の１日と２日のみ出勤で後はゆっくりと命の洗濯でも…

考える事がホントに年寄り臭いと反省する

でも若くないのは体力的にも精神的にも実感している

何たってアラフィフなんだから


そう言えば先日お見えになったお客様

府中から遊びにいらしたのだが

思いがけない訃報を耳にした

府中と言えば有名なＳと言うオカマバーがあって

そこのママのＳ子さんもかなりヤンチャな過去をお持ちだった

私が聞いた武勇伝の一つが

言う事を聞かないお客さんをハイヒールで殴ったら

頬を貫通したとか…

壁にはいつも赤茶色の染みが点在していて

聞けば、昨夜のお客様同士の喧嘩の名残だとか…

これらのエピソードがてんこ盛りだった

そのＳ子ママが癌でお亡くなりになったらしい

耳を疑ったが常連の彼らの言うことなので嘘ではなさそうだ


数年前に私は初めてＳ店に連れて行っていただいた

朝方、当店に遊びにいらしていたヤンチャ系の男性が

府中で有名なＳ子ママの話を始めた

私が調布のお店で働いていた時に何度か面識があり

かなり強いオーラを放つママだった事を話すと

早速その男性はケータイでＳ子ママに連絡を入れた

私に代わっていただき２～３お話をした所

光栄にも覚えていてくださった様だ

「あら、アンタ元気にしてんの？」

ついつい懐かしい声に話が弾み

私とその男性、そして彼を紹介して下さった美樹ちゃんの３人は

早速タクシーを飛ばして府中へと向かった


時計は既に４時を過ぎていて

Ｓ店とて閉店間近だったろう

それでもママやスタッフの方たちは私たちを待っていた

カウンターには若いイケメンが３人

ボックスにも１組お客様が残ってらしたと記憶している

私たちの席には先ず愛さんと言うニューハーフが来てくれた

豊かな胸と赤いドレスが印象的だったがやや大人しいイメージだ

同業者が来たのでやや緊張していたのかも


その後は男性スタッフにチェンジで

彼は連れて行ってくれた男性にガンガン飲まされていたが

「昨日も此処で潰れてましたから、どうって事ないです」と

注がれる焼酎を一気に飲んで行く

カウンターの若いイケメンが帰った後

大御所のＳ子ママ登場

メイクや雰囲気がちあきなおみ風だった

私を連れて行ってくれた男性は常連の様だったが

筋金入りのヤンチャ系でコワモテの友達ばかりと来ていた様だ

ママも最初はちょっと面倒臭そうだったが

其処はオカマ同士の阿吽の呼吸で

メイク法などを教えて貰ったりしている内に時間はあっと言う間に過ぎた

男性は残ると言うので、私と美樹ちゃんの２人はタクシーを呼んで貰った

帰りにはシェールのＤＶＤまでプレゼントして貰い

タクシーまで見送りに来てくれたママと記念撮影までした

あの時の事が懐かしく思い出される

実は当店のヒデミもＳ子ママの処でお世話になった時期があったのだ

「ヒデミが居るんだって？しっかりやっているかしら？」と

かつての従業員の事を案じていた

ヒデミも話を聞いてかなりショックだった様だ


他にも忘れられないエピソードがある

私が調布で働いている時に、其処のママが

府中の台湾料理店に連れて行ってくれた事があった

カウンターに派手なスーツの女性が腰掛けていて、よく見るとＳ子ママだった

私たちは挨拶をして少し世間話をした

その時にＳ子ママが寂しそうに呟いた

「誰か良い子、居ないかしらね…」

数々の武勇伝を誇る強気のＳ子ママの背中がやけに小さく見えた

お店はしばらく愛さんと他のスタッフで営業するらしい

私より少し若いＳ子ママ

お名刺には“女帝”と書いてあった

また一人、組合の仲間が旅立ってしまった

ご冥福をお祈りいたします

風邪でも仕事

昨夜は鼻ズルズル、時々ゴホゴホでの営業

風邪薬を飲み、熱いお茶で身体を温めながら

お客様にうつさない様に接客

早い時間は暇だったが

深夜を過ぎてから吉祥寺のＡママから電話があり

キャストとお客様を連れて遊びに来てくれた

ママとサキちゃん、そして外国人のロバートは

小一時間でタクシーを呼んで帰ったが

美少女系キャストの紫姫ちゃんと

人懐っこい笑顔が印象的なリョウちゃんが残ってくれた

更にはユリが女友達と共に来店

そして３時半頃になってイケメン３人組がドアを開けた

その中の１人が数年前に一度遊びに来たらしい

店内は一気にノリノリに…

時間が経つにつれ私の体調は悪くなって行くが

お客様には関係ないので何とか力を振り絞って乗り切った

５時を過ぎたので営業終了

後片付けを終えたら６時だ

確か３月のダイヤ改正で

これまでロマンスカーの始発は７時だったが

６時４５分のロマンスカーが増発される事になった

この便は新百合ヶ丘と相模大野に停車する

私の住む町には停まらないが大野まで乗って引き返せば良いのだ

新宿駅のドトールでコーヒーとサンドイッチを買って

６両編成のＭＳＥの真新しい座席に腰を下ろしたら

一気に眠気が襲ってきた

とにかく無事に自宅に辿り着いたら即寝るわ

風邪かしら

風邪を引いたらしい

昨日、出勤の電車内で

近くに腰掛けていたオジサンが咳込んでいた

私は急いで鞄からマスクを取り出したのは言うまでもないが

間に合わなかった様だ

店に着いて支度を整えている時から予感がしていた

９時と同時にＵさんがドアを開けて入って来た

月曜日に続いてのご来店だ

「マヤはまだ？」

「彼女は１０時からなの」

「じゃあ向かいの地下で飲んでいるから、来たら連絡して」

そう言い残して道を挟んだ向かいのビルの階段を下りて行った


カウンター内をセットしていると咳が出た

案の定うつされた様だ

常に持ち歩いている風邪薬を鞄の中から取り出した

連休を前にして風邪を引いてしまうなんて…

と言っても何の予定もないが悔しいではないか

ゲホゲホ咳込みながらずっと布団の中で大人しくしている様が目に浮かぶ

それに今週末は休みを前にして店も忙しくなると思われる

風邪なんかに負けては居られない


そうこうしていると１０時だ

待ち切れないＵさんが再び当店を訪れた

ほぼ同時にマヤも出勤し私と２人で彼を接客

マヤの声がどうもいつもと違う

もしや…

「そうなんです、新宿のお店の同僚にうつされまして…」

火・金だけ当店を手伝ってくれている彼女は

他の曜日の内、週３日新宿のミックスパブを手伝っている

そう言えばボーイのトシの言葉を思い出す

「隣町の小学校はインフルエンザが流行っていて学級閉鎖になったみたいですよ」

まさかこの時期に？

ただここの処、気温の変化が激しくて風邪を引きやすくなっている

体調を崩している人も少なくないだろう


週明け月曜日は団体さんや久し振りのお客様などに恵まれ忙しかった

火曜日もその勢いでと皮算用を働かせていたが

どうやら先程激しく降った雨に祟られた様だ

後に続くお客様も見えないのでＵさんは

「今日は暇だろ、じゃあ今日はパーッと飲むか！」

そんな嬉しい事を言って下さる

ついでに隣の居酒屋にラーメンとおにぎりも注文してくれた

それにしても暇だ

こんな時だからいつもお世話になっているオネエのマスターの店に連れて行って貰う事にした

Ｕさんもその店からハシゴして来たのだ


「あらいらっしゃい！珍しいじゃない」

感じの良い笑顔で私たちを迎えてくれる

カウンターには数組の先客が談笑していた

マスターとママが２人で対応している

お隣の席には以前マスターがご紹介して下さった女性が腰掛けていた

「あら久し振り、お元気でした？」

マスターが吉祥寺でお店をやっていた時の常連さんだ

彼女と軽く挨拶を交わした後はＵさんとカラオケを歌った

１５分くらい滞在して店に戻った

勿論Ｕさんも連れて


１２時頃になって速水パパが吉祥寺のお店の女性を伴って現れた

この日はサーカスカフェのＲさんが出演する舞台を観に行った帰りだとか

お芝居のプログラムを見せていただきながら

内容や感想なども聞かせていただいた

そうこうしている内に２時だ

パパは眠そう

連れの女性達も明日もあるという事でお開きとなった


その後はノーゲストとなり後片付けをしていたら

オネエのマスターが覗いてくれた

「あら、もう終わり？」

行くと必ずお返しに立ち寄って下さる

とても律儀な方なのだ

それにお土産に美味しそうなハムまでいただいた

「此処のはとっても美味しいのよ」

舌の肥えているマスターが絶賛するのだから間違いない

しばらくオネエ談義で盛り上がった

「そろそろ終わりでしょ、始発乗れるでしょ？」

私の電車の時間まで頭に入れてくれているのだ

「マスター、そんな気を遣わないで」

「ヒロちゃんて呼んで！」

マスターと呼ばれるより愛称で呼ばれる事を好む

どこまでも優しくフレンドリーなヒロちゃんなのだった








　

週末なのに

先週は珍しく平日が忙しくて疲れた

金曜日もきっとその勢いが持続するかしらと期待していたら

ヒデミから早々にメールが届いた

前日、調子に乗って無意味に酔っ払ったせいか

金曜日だと言うのに休むと言う

仕方ないのでマヤとボーイのトシを一時間前倒しで出勤してくれる様に連絡を入れた


そして営業開始

マヤにテーブルを拭いて貰ったり

おしぼりの補充を手伝って貰う

私はカウンターの中を整えながら

今夜も忙しくなる事を期待していた

時計の針は１０時

店内はまだノーゲスト

先にキャッチに立っているマヤと共に私も店前に…


はす向かいの大熟女スナックやその並びの地下の店から

カラオケの歌声が高らかに響いている

通りは飲み会のグループが次の店を探して行き交っている

何人かがコチラをチラ見しているので

「オカマちゃんで～す

　たまには如何かしら？」などと声をかけるが

笑って通り過ぎるだけだ


その時、私のケータイが鳴った

お客さんかしらと顔がほころんだのも束の間

サナエさんからだ

「アンタ知ってる？

　大阪のヴォーグが潰れたらしいわよ」

有名な高級ニューハーフクラブだ

「ところでお姐さん、今夜は銀座の店休みなの？」

「最近、新しい彼氏が出来たから

　あくせく働かなくても良いのよ

　この前もドライブ行ったりして疲れたわ～」

「あら羨ましい、ところで今夜はヒデミが急に休んだのよ

　もしお姐さん暇だったら手伝いに来てよ～」

サナエさんは平日の何日かは銀座の女性の店を手伝っていて

土曜日だけ当店に息抜きにやって来る

何年か前までは当店のキャストだったが

病気を発症して永らく入院していた

退院後はしばらく自宅療養の後

懇意にしていた銀座のママの店を手伝っている

「あらヒデちゃん、またズル休み？それも金曜日に…

　ホント嫌がらせねェ

　分かったわ、気分が乗ったら遊びに行くわ」


数分後、先日会社の仲間１１人で遊びに来てくれたＫさんが１人で来店

私とマヤで接客

その後、久し振りだと言う２人組の男性が続く

ちょうどサナエさんも店に来た後だったので彼らのテーブルに…

Ｋさんをマヤに任せて私もサナエさんと２人組のテーブルにお邪魔する

其処からは漫才のスタート

サナエさんがボケで私がツッコミだ

ヒデミと２人の日にこの連携はない

「やっぱりオカマバーはこれじゃなきゃ」

お客様も喜んで下さったが時間の関係でお帰りになった


その後は暇で最近また頻繁にお見えになる吉祥寺のクラブＡのママさんが

娘さんを連れて覗いてくれた

ちょうど雅彦ちゃんも先回に続きバッティング

「あら、またお兄さんに会ったわね」

雅彦ちゃんはママのお店に興味津々だった


この日は金曜日だと言うのに静かで

平日の賑わいはなかった

「水商売って曜日が読めないわね～

　ウチも平日が忙しくて金曜日が暇な事ってよくあるわ」

Ａのママが続ける

「それに連休も待っているし給料日前だから…」

慰められたが明日の土曜日は少しは巻き返したい

何たってここ３週に亘って週末が暇なのだから