リッスン・トゥ・ハー

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月見団子を炬燵に上に

2006-12-10 | 掌編~短編
毎年そうだけど私は寒がりで炬燵が大好きだから、まだ昼間は暑さが残る秋のはじめに私は炬燵を出す。半ば儀式みたいに決まって同じ頃に。
出すといっても狭い押入れの底にある炬燵用布団を出してきて、年中部屋の中央にある炬燵机に、組み込むだけなのだけれど。時間にしてほんの10分ぐらいな、あっという間に出来上がる。
そういうわけで、ギンガムチェックが可愛らしい一人用炬燵がそれから約半年い座る。
炬燵があると、たいていの夜はそのじっくりとしたぬくもりの中で眠ってしまう。気付いたら2時や、3時になっていて、もう動きたくなくてそのまま朝を迎える。自慢じゃないが私は炬燵にあたりながら眠る方法を心得ている。ちょうどいい温度の場所を探し当て、炬燵布団に包まって眠る。だから風邪も引かないし、関節も痛くならない。実家にいるときには、そんなこと知るよしもない母なんかに「風邪を引くから布団で眠りなさい」などとうるさく言われたものだが、ひとり暮らしに邪魔ものはいない。堂々といつまでも炬燵で眠れる事が冬の私の数少ない楽しみなのだ。
炬燵は温かくて、そして、どこか懐かしい匂いがして、その上に色んなものを置いて、かなり大袈裟だけどまるで世界の中心みたいな気がする。

十五夜を迎える、というニュースが流れる。
それでも今年は遅いほうだ。いつもならもうすでに炬燵で眠る事を日常としているような時期なのに。何があったというわけでもない。炬燵を出すきっかけが逃してしまったということかもしれない。
私は無類の炬燵好きだが、意味なく、理由なく炬燵を出したりはしない。毎年何か炬燵を出そうとするに値するきっかけがある。
例えば、2年前なら、その時私には恋人がいて、彼が私の部屋にやってきていて、まああれこれあってふたりともちょうど服を身につけていなくて、さむいなあ、とつぶやきあったから。
例えば、去年なら、海に来ていて、ヤドカリをみつけて、彼あるいは彼女をとてもうらやましく思って、私もどこかに篭りたい、と思ったから。
今年は、なんだか寒いわねあらそういえばまだ炬燵出してないや、と思い出したことをきっかけに今用意している、こんなに遅くなってしまった。だから何というわけではないのだけれど。わたしにとっては珍しい事なのだ。実家にいた時だって、何らかのきっかけがあってまだ早すぎるという家族の反対を押し切って、おせっかいに自室はおろか一階、二階の居間の分、とにかく存在するだけ出していたのだ。

天気予報士は晴れをしきりに嬉しがっている。満月が見えます。日本中のどこからでも満月を拝む事ができます。誰もが満月のことを待ち望んでいるかのように、嬉しがっている。私は満月が好きでよく見に行くんですよ。今日ももちろん出かけますよ、みなさんも出かけてみてはいかがでしょうか、呼びかけてくる。

炬燵はすぐに用意できて、暖かい火が灯る。久々のゆっくりとしたぬくもりを満喫しながら私は満月でも見に月に行こうかしら、そんな途方もないようなことを考えながら、うとうとと、なっていた。テレビを消す。やってくる眠気に全く逆らわずに、うとうととなっていた。少しの間私は社会的に引き篭もろう、探さないで下さい、必ず帰ってきますから。あんまり気持ちが良かったのでそう決めたほどだ。


ふと気付くと、二匹の兎が並んでちょうど向かい側で眠っている。
真っ白いのとこげ茶色の。どちらも小さいけれど、やっぱり耳がぬんと長くて、すーすーと寝息を立てている。手というか前足をだらんと広げ、こたつに覆い被さるように、うつぶせに眠っている。その様はとても人間臭く、また、兎たちがあんまりすやすやと眠っているものだから、まるで、生まれた時からずっとそこで生活しているみたいにすやすやと眠っているものだから、私は特別驚くということはなかった。なんだ、きてたんだ、と親しい友人に対するぐらい軽い気持ちであっさり二匹の兎を迎え入れた。これは夢なんだ、夢の中では兎も亀も炬燵で眠るんだ。だってこんなに気持ちいいのだから。みんな兄弟なのだから。だから、もう少し眠らせて、と誰に断るでもなくつぶやいて、私も兎と同じように、こたつに覆い被さるようにうつぶせに眠ってみた。背中は少し寒かったが、そもそも何もなくとも過ごせるぐらいの気温なのだから問題ない。意識がふわふわとしてなんだかとても気持ちが良かった。

少しして目覚め、前に目をやると、二匹の兎はさっきと同じように眠っていて、幾分はっきりとしてきた意識の中で私も、いや何か変だこれは異様な事だ、と思い、でも、やっぱり兎があんまり気持ち良さそうなものだから、音を立てないように兎を見ていた。こんな風に気持ちよさそうに眠れることは一種の才能だと思ったぐらいだ。
不思議と見飽きないもので、随分時間が経った。時計の音がちちちちと聞こえる他は何も聞こえない。時々外のクラクションの音や、ブレーキ音が聞こえるぐらいだ。
と、真っ白の兎が突然びくっ、となったかと思うと目覚めて恐る恐る顔を上げた。それは怖い夢、例えばどこか高いところから落ちる夢を見ていて目覚めるあの痙攣のようだった。兎も夢を見るんだ。
白兎は私に見られていることに気付き、ばつの悪そうな顔をして、口を開いて「失礼してます」と言った。こげ茶の兎がちいさな寝息をたてる。
なんとなく、しゃべるんだろうな、とうすうす感じてはいた、炬燵で寝ている時点でしゃべっても何の不思議はないじゃないか。そうでしょう?ただ、兎の声は私が想像していたよりも低く、落ち着いていてダンディで、私のほうがよっぽど子どもっぽい気がした。
なんとか気持ちを落ち着かせて、未知との遭遇みたいに私は念のためにこう聞いてみた。

「ええと、しゃべれるわけですか」
「そういうことですな」
「なんで、ここにいるのですか」
「それは私にもわかりかねます」
「兎ですよね」
「いかにも」

兎は何か古く格式ばった言葉使いで、私は自分の幼稚さがなんとなく恥ずかしくなった。兎はそんなことを気にする様子はなく、私と話を続ける。そのたたずまいにも深いダンディズムを感じる。紳士の称号を得ているふうなたたずまいだ。

白兎はごそごそとこたつの中をまさぐって、それから、どこに入っていたのかすすきを取り出した。乾いた音、乾いた草の匂いがほのかに近づいてくる。すすきはさらさらと揺れていて、それがこげ茶兎の耳に当たる、こそばゆそうに耳を揺らし、それでもまだ起きない。深い眠りに入っているんだ。とてもいい表情で眠っている。白兎はすすきをこたつの上にばら撒いた。それから私の目を見つめる。白兎は照れることなく、じいっと私の目を見る。まるで珍しいものを見るかのように。そのうち私のほうがなんとなく気まずく感じて目を逸らす。そうすると兎は得意げな表情になってしゃべりだす。

「もし」
「なんですか」
「もし、団子はございませんか、ぞなもし」
「うーん。ちょっとございませんねえ」
「そうですか」

兎はひどく残念そうに、そうですかぞなもし、ともう一度つぶやいた。
その残念そうな表情を見て、私は何とかしてあげたくなってしまい、ちょっと言って買ってきましょうか、と提案してしまった。自分でも不思議なぐらい兎のために何かをしたかった。篭る事に決めたとこなのに。

「よろしいのですか、ぞなもし」
「近くにコンビニがありますから、そこにあるのでよければ」
「けっこうけっこう」
「では買ってきます」
「感謝します」
「お安い御用です」

それで、私はパジャマの上に薄手のコートを着て、化粧もせずに歩いて500歩ぐらいのことろにあるコンビニエンスストアに向かった。ビルとビルの間から月は真ん丸く顔を出していた。まん丸で白くて団子のようだ。ほんとに綺麗だ、いやおいしそうだと、単純に思った。天気予報士がこの月に魅せられる理由が分かる気がした。
ただ、
なんとなく、どこか違っているような気がした。月を詳しく見つめたことはなかったが、今見ている月はいつもの月とどこか違う、なんというか何かが足りないような気がする。兎が、うちで炬燵に入っている兎が抜けてきたからかなあ、と考えたりした。
コンビニに入って、無表情な店員のほとんど聞こえないいらっしゃいませを背に、一目散に月見団子を手に持って会計を済ませ、部屋に戻った。

もしかしたら兎は私がコンビニに行っている間にいなくなってしまうかもしれないとか、ほんの少し思っていたけれど、そんな心配というか、期待というか、上手く説明できない複雑な気持ちを、全く気にしていないように、二匹はちゃんと座っていて、こげ茶兎はまだ眠っているし、白兎はテレビをつけ、くだらない深夜番組を高い視線から見て、ほくそえんでいた。総合演出を手がけたお偉いさんみたいにほくそえんでいた。

「おもしろいですか?」
「ああ、おかえりなさい、ぞなもし」
「お団子買ってきましたよ」
「ありがとう、ちょっといいですか」

そういうと兎は炬燵から這い出て、それから私が買って来た月見団子を器用に袋からだし、ラップを外して、ひとつ、手に取る。兎はやはり兎だったし、とてもちいさくて、手のひらに乗りそうなほどちいさくて、とてもかわいらしかった。
団子は全部で5個入っていて、それぞれ、中に餡子が入っている。蓬味と普通の白のと二種類あったけれど、兎は白のを持った。そして、じいぃと見ている私のほうを見て「申し訳ございません、ぞなもし」と申し訳なさそうにつぶやいた「人に見られるのが苦手な性質でして」
あらごめんなさい、と私はテレビのほうへ目をやり、遠慮せずどんどん食べてくださいね、と言ってあげた。「かたじけない、どうも見つめられることに飽き飽きしてしまいましてな」と、むしゃむしゃと音をたて月見団子を食べる。

「ところでその、ぞなもし、というのは口癖ですか?」
「最近漱石の坊ちゃんに感銘を受けまして」

兎でも坊ちゃんの面白さが分かるんだ、だから漱石先生は偉大なんだ。私は分からないけど。でも使い方間違ってるような気がするけど。
兎でもといったけど、兎は確実に私よりも博学そうで、知的で、むしろ当然と言っても良かったかもしれない。ぞなもし。

むしゃむしゃとどんどん食べる音が、テレビの音より大きく響いている。
兎は無心に、私はもちろんじぃっと見ているわけではないけれど、無心に食べる。ふと目をやると、さっきまで眠っていたこげ茶兎が目を覚まして、団子を食べる白兎のほうをさもうらやましいという目で見つめている。そのうち、余っている月見団子に手(前足)を伸ばそうとしている。白兎はそれを制して「これ、行儀が悪いことしなさんな」と自分はむしゃむしゃ食ってるくせに。叱られたこげ茶兎はしゅんとなって、手(前足)を引っ込める。そして、コタツの中に手をいれ、むしゃむしゃ食べる兎を、またうらやましそうに見ている。「私は見られるのが嫌いなんじゃ、みなさんな」と言うが、うらやましくてたまらないというような表情で、じぃと見るのをやめない。5つあった月見団子はすでに、いつのまにか2個になっている。すべて白兎が食べてしまったのだ。四つ目に手を伸ばす。どこに入っていくのか不思議になる。兎は口も小さいし、体も小さいし、とてもそんなに月見団子を3つも食べれるようには見えない。というか、月見団子を食べるという事自体信じられないぐらいだ。それでもかまわずにほうばる。すこしづつ千切っては咀嚼し飲み込む。四つ目もすぐになくなる。
こげ茶色の兎は涎をたらしてそれを見ている。もう、たまらない、という表情でそれを見ている。
全く躊躇することなく白兎は五つめに手(前足)を伸ばす。
こげ茶兎は溜息とも、悲鳴とも、思える声をあげる。二匹の関係がなんとなく分かってしまう。
やはりちゅうちょすることなくむしゃむしゃとむしゃむしゃと食べてしまう。むしゃむしゃむしゃむしゃ。

なくなってしまって白兎は私のほうを見る。
「たいへん美味しゅう御座いました」
「それはよかったです」
「たいへん美味しゅう御座いました」
「それはよかったです」
「そちらのかたに団子をあげなくてもよかったのですか」
「ええ、ええ、心配後無用、こやつは腹をすかせておりませんのでな」
白兎は、こたつを叩く、トントントン、とそして
「もう少し入りそうな気分ですな、ぞなもし」
「え、もう少しですか」
「そうもう少し」
そう言って、私のほうをもの欲しそうな表情で見つめる。
「こやつは意地汚い兎でして」そう言って隣のこげ茶の指差す。
「そんなことないですよ」こげ茶は幾分高い声だったが、それでも30代半ばの店長代理みたいな落ち着いた声だった。
「お前はだまっとれ」
「もう少し欲しいともうしております、ぞなもし」
「僕、なんにも食べてないですよ」
「お前はだまっとれと言ったろうが」
「自分がほしいだけのくせに」
「黙らっしゃい」
「あの、もうひとつ買ってきましょうか?」

二匹の兎が私を見つめる。その表情は嬉しくてたまらないといった風。

「かたじけのうござる」
「ありがとうございます」
二匹は同時にしゃべる。
「同じ買いに行くのであれば、あと2,3パック買ってきては?」
と白兎が調子に乗り始めたので、私はそれを全力で制して、さっきと全く同じ恰好をして家を出る。
コンビニの店員さんに、月見団子ばかり食べている女だと思われたら嫌だな、とか思ったけれど、近くにコンビには一軒しかないし、仕方なくそこに向かう。
天然パーマっぽいくりんくりん頭の店員は興味なさそうにわたしの差し出した月見団子をさっさとレジに通した。恥の入り込む余地はなかった。キャツアイ、とほざいたかと思ったら、いらっしゃいませ、のことだった。ちょうど入ってきた面長の女がやけに睨んでくる。


部屋に戻ると、二匹の兎はいなくなっていた。
私は夢だったのか、本当の事だったのか随分の間考えていた。炬燵の上にばらばらにばら撒かれたすすきと月見団子の串があるから、どうやら夢ではなさそうだった。不思議と、というかとても短い間だったし、悲しいという気持ちは全くおこらなかった。私は炬燵が好きだし、ずっとずっと反対側に居座れても困る、というもので、だからどちらかというとほっとしていた。仕方なく5個300円の月見団子をひとりで食べる。月見団子はもちもちとしていておいしかった。こげ茶兎にも食べさせてあげたかったな。ふたつ食べたところでもうすっかりお腹いっぱいになって、熱いお茶を煎れる。ずずとゆっくりと飲むとほのかに塩辛く感じて、私はそれをとても美味しいと解釈した。
どうも炬燵にあたっている気分でなくなった、なんとなく外に出る。
兎がまだ近くにいるかもしれない。せっかく買ってきた団子だってまだ3つ残っているし。
私はふらふらと、兎を探して満月の明かりを頼りに街を歩く。満月は地面を照らしている。
満ち欠けしていない完璧な満月だった。足りないものはひとつもない。もしかしすると兎は本当に月からやってきて、月へ帰っていったのかもしれない。そんなわけはないと分かっている。でも、そんなこと誰にもわからないじゃないか。
ずっと同じ場所から満月が私を、街を見下ろしている。あんまり綺麗だからしばらくじいぃっと見ていると、「そんなに見つめなさんな」という低い声が聞こえた気がした。風が吹く。キンモクセイの香りが漂ってくる。

俺は車にウーハ―を(飛び出せハイウェイ)3

2006-12-10 | 東京半熟日記
(沖縄編18)

ちゅら海水族館に近いエメラルドビーチで砂を蹴り飛ばして走り回る。泳ぐ事は出来ないらしいシーズンオフだ。まだ十分泳げそうだけど、それは大人の事情という奴なんだろう。それでも、足だけ波に撫でられたくなる。だってザザーっザザっーてあきれるぐらい寄せては返しているし。靴を脱いで、おや、パンストはいとるんやん。あかんやん。ええいぬいじゃえー。て、ハーフパンツ風のパンツ履いてたんですけど、それを脱がないままその下のパンストだけ脱ぐイリュージョンをやって見せよう皆のもの。ハイ~、ハイ~。ほら、このとおり、すっか・・・・・・・、アホ、見んな、見せもんちゃうから。向こう行け。座り込んで、無理矢理脱ごうとします、が絡まります。えらい恰好で、もがきます。大脱出ショーみたいになって、動けなくなります。まずいです。けど間一髪、無事脱出成功さ。各関節が妙に痛いけどね。そのかいあって波が妙に優しかった。太陽がさんさん、日は沈みつつあって、ほんと海が光って綺麗。また貝を探してみる。パンプス蹴り飛ばしてさ。

その付近、左右を木に被われたとても沖縄らしい道があるということで、歩いて向かいました。沖縄の人たちの普通の暮らしがそこにありました。この緑のトンネルを抜けたらそこは、豚足の国でした。振り向いたら最後、魔女の魔法にかかってしまって、一生帰れなくなってしまいそう。姿は見えないが鳥が鳴いている。猫が逃げていく。犬が吠える。当たり前に生活する日常を、ふいに思い出した。

あの坂道は海へと続く坂道。遠い空の下君は待っているのだろう。
大丈夫大丈夫とぼやけた太陽。
とか鼻歌口ずさみながら海にでる。
船がずっと遠くで、長い汽笛を鳴らしました。