リッスン・トゥ・ハー

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野球/ジャルジャル

2008-09-29 | リッスン・トゥ・ハー
キャプテンになって見上げる空はどこか切ない。
栄光を掴み取ったものだけがわかる達成感、満腹感、もう手に入れるものはない憂い、そこに漂うやらなにやら忙しいほどの感情、に浸っている暇はない。キャプテンになりチームを大会優勝に導くのが乙なのだから。
キャプテンの仕事は高層ビルほどある。もちろん監督はいるのだが、何もかも監督にまかせきりではいけない。そうするキャプテンももちろん存在する、が、俺は自らが動き、把握し、チームを育てるキャプテン、それを目指しているのだから。忙しい。高校生なのだから学業もおろそかにできない。中心選手に限っては野球に集中したほうがよいのでは、との専門家の意見もある。その意見に傾いたときもあった、しかしそれで得たものは何か、何もない。ただ、称えられて、記憶に残り、それで自分に何をもたらすのだ。だいたい俺は中心選手でないし、試合に出たこととかないし、学業をおろそかにしたら即退学が待ってるし。必死でくらいつかないとどうしようもない。それで両立する賢明さ、とかを評価いただいて、推薦でもなんでもしてもらいたい。その辺を攻めないことにはちと厳しい。野球に集中していた時代のつけがまわってきている。つまり誰か見ているときにしっかりしたキャプテン像を見せておけば大丈夫、誰も見ていないときにキャプテン像を主張してもこれ仕方がなし。肝心なポイントだから。
で、なんだこいつ、テキーラ帽子をかぶってどういうつもりなんだ、テキーラ帽子であっているのかな、よくわからないけどまあ、入部希望していた奴だな。無邪気な面して、野球やりたいです、て感じ。若いねえ、欲がないねえ。まったく。今誰も見てないなあ、意味ないなあ、この無邪気ボーイの指導なんてしてみる気になってるけど、せっかく。誰か来ないかなあ、キャプテンの指導力のおかげで野球が好きになりましたといわせる場面を見てくれないかなあ、突然やってくるとも限らんし、何処をとっても完璧な指導中で遭遇しなければならない。
「ええと、君、野球ははじめて?」
「はい」
「そうか、わかった、うん、誰でもはじめてはうまくいかんから」
「じゃあ、ゆっくり教えるからちょっと真似してみて」
「いいかこう腰を入れてバットを振る」
「郷です、郷ヒロミです」
もう郷ヒロミも真っ青。
意味がわからなかった、なぜここで郷ヒロミなのか、わからない。
「そうか、そこからか、わかったわかった0から教えてあげるから」
この場面をなんとしても見てもらいたかった。この根気強さこそが、これからの企業で使える人間ですよ。
気を取り直してテキーラ帽子には、バットを構えることから始めてもらおう。
ええと、僕の真似して、といってもダメであった。テキーラは構えることができなかったのだ。バットをまっすぐに構えることができず、するするとしたに落ちていく。
「はい、握って、バットを握って」
「え、どうするんですか」
「ほらバットを握るだけ、ほら、落ちる落ちる、こう、これ、見て、まねして、ほ、ほ、ほ」
「ほ、ほ、ほ」
「違う!」
うんざりしながら、しかし、企業戦士たるもの企業戦士たるもの、と自分を奮い立たせて。

メルヘンの果て

2008-09-25 | リッスン・トゥ・ハー
勇ましく、先頭に飛ぶのが王だ。続いて、側近、下っ端、料理係、野次馬、銀蝿など群れを成して民家に向う。王の指揮のもと、統率の整った軍隊さながら、一糸乱れぬ隊形で。すべては王の命により、唯一絶対の、本能に組み込まれているその命に従い、彼らは唸りを立てて飛んでいた。民家、草津家の面々はそんなことはつゆ知らず、一家団欒でTVなどをぼおっと眺めていたり、CDを大音量で聞いていたり、それぞれ、平日の夜のくつろいだ一時を楽しんでいた。そして、草津家台所にある、虫かご内、きいきいと音を立てて虫かごのプラスチック壁をひっかいているのが、王の息子。王はその息子を取り戻す為にわざわざ、山から飛んできたのだ。この軍隊を率いて。たかが息子のために、軍隊で飛んで来るなんて聞いた事もない、とあなたは思うかもしれない。しかし、この王、人一倍人情に厚い王だった。さらに、息子、これが天才で、間違いなく成長すれば、天下を取れるほどの寵児であったのだ。その天才ぶりは、生まれて2日で3ヶ国語を操り、4日目に電話機を発明し、5日目に核爆弾、6日目にクローン技術に成功、10日目に不老不死の薬を作り出したあと、無残にも阿呆丸出しの草津英樹の毒牙に啄ばまれたのだ。いくら核爆弾を発明しようが、人間の前で幼虫は無力であった。というよりも人情的に核爆弾を使うのもどうかと考えたのだけど。嘆き哀しんだ王、これまでも息子を拉致される事は何度もあった、その度に同じだけ嘆き哀しんだ。しかし、相手は巨大な人間である。地球を支配する人間である。我々が太刀打ちできる相手ではないのである。そう考えて涙をのんだ。しかし、しかし今回は違う。成長すれば人間など容易く量ができるほどの天才、今こそ、立ち上がらなければ種族の、血が絶えてしまう。そうだ、さあ、みなのものいくぞよ、と王は呼びかけた。最初は渋っていたみなのものも、王の説得、そして、未来をかけてみたいという希望など、そういう甘っちょろい感情に突き動かされて立ち上がったのだ。そうこうしているうちに王の鋭い角は窓ガラス割って。