リッスン・トゥ・ハー

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レンヴェーク・ワルツ/ワルツを踊れ

2010-05-31 | 若者的図鑑
とてもシンプルで、やさしい音です。

夜の森の奥の方でちいさく鳴っている。
小さなランプをともして、シチューの匂いがしてて、もうすぐできあがるのだろう。それは僕の大好きな料理だ。じっくり煮込んだトマトのビーフシチューで甘くって、パンに付けて食べるとそれはもう最高なんだから。だけど、ひとつだけ問題なのはグリーンピースが入っていることだ。あの緑色の異物は意外なほどの存在感で僕を困らせる。それをよけて食べていると、母が声を荒げて、よけいにたくさん入れてくる。だから母に見つからないように、弟にグリーンピースを食べさせる。弟は嫌いではないらしいから、別に悪いことをしているわけではない。むしろ需要と供給ってやつだ。グリーンピースなんてこの世から消えてしまえばいいのにと思う。

季節外れの土曜日の夜、夏だけど寒い夜。毛布が必要だ。森の奥は君が思っている以上に寒いんだ。油断してたらすぐに風邪をひいてしまう。学校を休めるのはありがたいけれど、その分昼間の暗い家の中で過ごさなければならない。父も母も仕事に出かけてしまうから基本的には昼間うちには誰もいない。そのときに出てくる奴を僕は知っている。頭に角があって鋭い牙が生えている。そいつににらまれたら生きた心地がしないから。そいつは僕を襲ってきたことはないけれど、襲われたらひとたまりもない。きっと僕は5秒で奴の腹の中さ。だから学校は休まない方がいい。うん、断然いい。

森の奥の臆病な少年のための歌。

私たちは吸いません

2010-05-31 | リッスン・トゥ・ハー
吐くのです。身体の中にある全部をひねり出す覚悟で吐くのです。そうすれば身体のそこからすっきりした気分になります。嬉しい気分になります。それは新鮮な体験です。今までに感じたことのない体験です。何せ全部出すのですから、出してそのままにしておいてはいけません。出したそれらを、例えば肺や肝臓、腎臓を水洗いしましょう。手荒いが面倒くさい場合は洗濯機にかけてもかまいません。傷つけると後が面倒ですので、ネットに入れることは忘れずに、洗濯機で脱水まで終わったら、直射日光に当てると干涸びていきますので、陰干しです。2、3日そのまま干しておいてください。湿ったまま取込むとカビが生えてしまいますから注意です。さて、しっかり乾いた臓器を火であぶると、香ばしい匂いがしてきます。ちょうどいい頃合いを見計らってすり生姜と醤油をかけます、これはお好みで、マヨネーズなどを混ぜてもいいでしょう。用意が整ったら、おもむろに口に含み、ここでかんではいけません。臓器を傷つけてしまいますので、決して噛まずに飲み込みます。丸呑みです。少々大きいのでは?大丈夫、出てきたのですから入るに決まっています。それに、干したことにより多少縮んでいます。入りやすくなっています心配なさらず飲み込みましょう。なかなか飲み込めないという方は熱々のごはんと一緒に飲み込めば意外とすんなり飲み込めますよ。

アーノルド坊や死すともエロスは死せず

2010-05-30 | リッスン・トゥ・ハー
アーノルド坊やは死の直前そう叫んだ。絶叫であった。場所は白い部屋、大きな病院の一室で。まわりの人間は突然叫ぶ坊やに驚き、そちらを見た。最後に坊やは口からパンティを吐き出し、かすかに笑いながら息絶えた。パンティは誰のものかわからない。最後に吐き出したのだから、それが原因で死んだのかとの遺族の訴えをもとに調査がされたが、担当の看護士でもなく、担当の医師のものでもなく、訪れた見舞客のものでもなく、もちろん彼自身のものでもなかった。たまたま自己申告制を採用していたから、誰かが偽っていたならわからないままであるが、ここはアメリカ正義の国である。正義の国で偽ることなどできようか。パンティは桃色で、リボンがついていた。坊やにそんな性癖があるとは誰も知らなかったから、もしかすると非常に深い陰謀みたいなものがあるのではないか、とも考えれた。遺族はアーノルド坊やの名誉を傷つけたくなかったものだから、その線で調査を依頼した。調査はすぐに行き詰まった。何の意味があるというのだ。しかも、エロスは死せずと自ら叫んでいる、それを聞いたものが山ほどいる状況で、そういう性癖なのだろうと納得するのがよさそうだった。そういうキャラをつけていけばいいじゃないか、と坊やの父は言った。それもそうね、と母は言った。かくして、エロスの象徴としてアーノルド坊やは君臨し、彼の棺はおっぱいの形。

ハイリゲンシュタッド/ワルツを踊れ

2010-05-30 | 若者的図鑑
朝の早くに町に出る、太陽の出る少し前の、とても暗い、静かなとき。
人っ子ひとりいない町は死んでいるように思えり。
無性に寂しくなる、怖くなる、誰かに抱きしめてもらいたくもなる。
そんなときに限って誰もいないのだ、まったく人生はうまくいかないものだ。

突然、太陽は昇る。町を照らす。
色を取り戻す町のあちらこちらで、人々は目覚めて、愛を語らう。
パンの焼ける匂い、珈琲の薫り、顔を洗う音、みずが流れ出す。
郵便配達の少年は一生懸命自転車のペダルをこいで、家から家を駆け巡る。
深呼吸をすると朝の空気だ。

楽器がハミングして、織りなすメロディは取り留めなくて不安定、だけれども次第に熱を帯びる。
ひとつになる。胎動を感じる。喜ばしい振動はまだ少し先の方。もうすぐ。

デニス・ホッパーの残した星々

2010-05-30 | リッスン・トゥ・ハー
デニスが後世に残したものは数えきれぬ、星々として今も輝き続けている。人々はそれがデニスによって残されたものとの認識もないものの方が多くなってしまった。それはたんに時の経過によるせいかもしれない。しかし僕にはデニスが心血注いで作り上げたものがあまりにも普遍性を帯びていて、人々の生活にとけ込んでしまったせいだと思っている。デニスは天才的であった。それゆえ当時はあまり評価されなかったものも多い。要するに早く生まれすぎたのだ。時代がようやく彼に追いついたのだ。そういう天才によくあるようにデニスも、生前はしばしば恵まれない境遇に追いやられた。彼はあくまでもへこたれることはなかったが、罵倒され、こん棒で殴られ、弓矢で射たれ、火炎放射器で焼かれ、メスで切り刻まれ、転がる大きな石に追われ、野犬に噛み付かれ、宇宙人によって頭に何かを埋め込まれ、みずうみに沈まれ、土に埋められ、空に放たれ、雨にも負けず、風にも負けず、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ、慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラツテヰル、一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタベ、生きていた。デニスの栄光を我々は忘れてはいけない。

僕らはトマトのみそ汁!!

2010-05-29 | リッスン・トゥ・ハー
僕はみそ汁で、オマエはトマト、ふたりあわせてトマトのみそ汁。トマトとみそ汁ミスマッチだと思うだろ?トマトの酸味とミソのこく、そんなのいやよ、って乙女は逃げちゃうか?とんでもねえとんでもねえ、トマトはふんわり香る太陽のかおりをみそ汁にくわえて、みそ汁が本来の旨味を取り戻す瞬間に立ち会っている感覚。今から創り出すわくわくした感じ、まだ何にでもなれそうな可能性が溢れ出てくる。ワカメが浮かんでいて、トマトに絡み付く。絡み付いておもむろにキッス、かなりディープなキッスだ。舌を絡めて、唾液を交換している。それが旨味の世代間交流、セパ交流戦、旨味のホームラン王、貞治が担当します。はい、貞治が旨味の交換を担当しています貞治です。どうぞ、今後ともごひいきに。

うそをつくと10秒もたない

2010-05-28 | リッスン・トゥ・ハー
うそをつく。すると目が飛び出す。30センチほど飛び出しくるくる回る。回って遠くは慣れた故郷に思いを馳せる。やがておとなしくなる。飛び出ていた目が元に戻る。続いて顔の色が変わる。黄金に輝く。夜中でもきらめいている。運動場に立っていると遠くからでもわかる。近づくことができないほど、輝いている。5秒以上見れば失明してしまう。あうち、と叫んで失明してしまう。だからわたしがうそをつくとすぐにばれる。

トータルテンボス検証動画

2010-05-27 | リッスン・トゥ・ハー
トータルテンボス。という赤い文字が真っ黒な画面に浮かび上がり、消える。風の音が聞こえ次第に大きくなってくる。もう、耳をおさえなければたまらない、というぐらいまで大きくなって画面が突然、明るくなる。ここは都会のマンションの一室、男が眠っていて、寝息を立てている。部屋を席巻するほどの大きさである。男の他には誰もいない。部屋は程よく片付いていて、男の一人暮らしとしては綺麗な方である。男の名前は藤田健三郎、トータルテンボスのひとりである。彼はまだ眠っているが、間もなく目覚め、あるハプニングを起こす。どのような方法で、いつ起こすのか、しばし彼に注目いただきたい。さあ彼は、まだぐっすりと眠っている。とても気持ちが良さそうだ。部屋の外では様々な住民の生活がはじまっているが、彼には関係ない。彼は芸人で、今日の仕事は午後から、昨日はおそくまで芸人仲間と飲み明かしていた。しかし習慣から、彼は朝のこの時間に目覚める。目覚めた。目を擦る。目覚めは悪くない。あくびをする。思い切り伸びる。起き上がる。二度寝など皆無だ。彼は非常に目覚めがいい。起きてさっそく放尿する。夜中のうちにたまった尿が勢いよく放出される。洋式便所の水面を泡が立つ。じょびじょばじょびじょばと音がなる。じょびじょばじょびじょばじょびじょばじょびじょば。彼の尿は止らない。便器を溢れるだけの量の尿が彼の一体どこに潜んでいたというのだ。どんどん出る。なんならさらに勢いは強くなる。レーザー光線のようにぴーんと張って突き刺さっている。じょびじょばじょびじょばじょびじょばじょびじょば、から、きーーーーーーーーーーーーーーん、と音が変わる。尿は部屋へ至る。尿まみれの部屋、すぐにいっぱいになる。尿に浮かぶ彼の洋服、衣装、コショウや塩、醤油の瓶、食品その他は尿まみれやん。もちろん彼も自らの尿にまみれて溺れている。さあ尿は部屋を出てマンションを濡らしている。奇跡的に彼の尿はアンモニア臭が弱い、後に、水みたいなモンよ、と自慢げに語っている。

ヤギふれあい

2010-05-27 | リッスン・トゥ・ハー
山羊とのふれあいは人類存亡の鍵を握る。だからこそ、山羊が快くふれあってくれるように、山羊の機嫌をとらなければならなかった。山羊の好きそうなDVDを、贈り物として贈った。山羊は咀嚼して、あまりうまくないと知るとすぐに捨てた。山羊が身に付けていそうなきらびやかな宝石を贈った。山羊はまんざらでもないような顔をして、しばらく身に付けていたが、ものを食うとき非常に邪魔になるということに気付き、幾分怒りを込めて「この邪魔なもんとらんかい」と宝石をとらせた。それでも、人間が山羊である自分に対して気を遣って、いろいろしてくれるということはわかっていたから、好意的であった。人間に何か頼まれたならたいていのことはしてやろう、と考えていた。そしてその時は訪れた、唐突に、人間は山羊を鈍器で殴りつけた。すっかり心を許していた山羊は抵抗の隙すら与えられず、倒れた。どんどん倒れた。もう生きている山羊はいないと思われた。人間は歓声を上げた、安堵のため息を漏らした。山羊に広がる伝染病を封じ込めた、人類はまだ絶滅しない。山羊は絶滅したがな、とお祭り気分であった。が、山羊は死んでいなかった。仮死状態で生きていた。満月の夜に埋められた山羊が土で目覚め、もそもそと立ち上がった。満月に照らされた山羊は不気味に笑った。密かに、隠れ家をつくり、武器を蓄えた。時はきた。山羊は人間の村に奇声を上げながらなだれ込む。絶滅したと信じている山羊が武器を手になだれ込んできた恐怖と言ったら。

トノサマバッタはまだあたたかい

2010-05-26 | リッスン・トゥ・ハー
私が掴んだバッタは全くじたばたせずに、ぼんやり私のほうを見ている。
その口がよく観察しているとぱくぱく動いていて、その動きを追うとなにかしゃべってる。
「離せ、この豚やろう」
豚とは穏やかじゃないねえ、私はちょっと下っ腹は出ているかもしれないけれど豚ではないし。
バッタが動き出す。見逃してくれたらきっとお礼をするよ。いつか、君の為に働こうと思っている。
便利なことこの上ないだろう、バッタが手伝ってくれるなんて。盗撮ぐらいなら使える。いや使わんけど。
「離せ、この豚やろう」
「いやだから豚じゃないし、握りつぶすわよ」
「いや、やめてくださいバッタ姉さん」
「あのねえ、バッタじゃないからわたしは、わかってるでしょう人間だから、バッタ姉さんなんて言われた日にゃあ握りつぶすわよマジで」
「いや、やめてくださいや、とにかくつぶしてしまうことは姉さんにとってもったいないことです」
私は自分がバッタと当然のようにしゃべっていることに驚かない。
なぜだろう、感覚が鈍ってきたのかこれはただの夢なのか、私は古代から続いている空の色のように当然のこととしてそれを受け入れて軽妙な会話を続けている。これはただの幻聴である可能性が高い。バッタは何やら口をぱくぱくと動かしているだけで、全部私が作り上げた幻聴。もっと気の利いた幻聴であってほしいが。
「手を組みましょう姉さん、世界は我々のものですもう手に入れたも同然です。なんせ人間とバッタのコンビ」
「あまり強さそうじゃないけどそれ、同然じゃないでしょう、世界て結構大きいし」
「いや、バッタの世界では人間の力は偉大です、絶対的なものです」
「ああ、バッタの世界ね、まあそりゃ大きいでしょうね、あるいは世界も視野に入れても大丈夫そう」
「ええこれは固いです。かつてバッタとコンビを組んだ人間がいて」
「かつていたんだへえ」
「伝説ですよ。あっという間に世界を制覇して王国を築きましたね。その後ビジネスをはじめて大きな成功をおさめました」
「何を持ってバッタのビジネスの成功とするのそれ」
「ビジネスと言えばジャンプ力増強サプリメントですよ」
「怪しげな通販みたいな、背が伸びるみたいなのあるわよ」
「本当にジャンプ力が上がるんですから、本物ですよこっちは」
「試したの?あなた」
「もちろんバッタ界のものなら誰でもそれを飲んでるんじゃないですかね」
「すごい影響力」
「なんせ、ジャンプ力上がらなかったら返金ですから」
「聞いたことある文句」
「言うときますけど、こちら200年前から同じ文句ですから、その聞いたことがあるってのこっちが元祖なんで間違いなく」
バッタは胸を張る。胸を張っているのか苦しがっているのか判断に苦しむ。何しろ表情が読めないのだから。
私はバッタを放してやる。
「ふう、力加減、ギリギリですからそれ、あぶないところですから気をつけてくださいよ本当に。まあ、今日のところは帰りますけど、考えといてくださいコンビのこと」
「いや、わたしビジネスにもバッタ界征服にも全く興味ないから受けないと今言っておくわ」
「まあまあ、じっくり考えてください、悪い話じゃないですから、時間は腐るほどあることですし」
「腐るほどもないでしょうに。いまのところわたしのメリットゼロだし、いいからもう即答で」
「では」
「あ、まるおのこと聞きたいんですけどちょっと」
逃げた、バッタは瞬く間に机の上ではねて羽ばたき教室から出て行く。
羽音が響いている。廊下に出たあとも、まだぶうんという羽音がわたしの耳に届いた。

出るぞ!トイ・ストーリーにトトロ

2010-05-25 | リッスン・トゥ・ハー
出てる。トトロが出てる。頼んでないのにトトロ、日本からやってきてでてる。きわめてさりげなく振る舞ってるけど目立ってる、トトロはでかいから。登場人物のいずれもトトロよりも小さく、トトロの方をじっと見てる。トトロは人気者だから。人気者であるにもかかわらずトトロはきわめてさりげなく出てる。エキストラとして出てる。町のシーンで、主人公の三平が警官から職務質問を受けているときに、背景をトトロが横切っていく。警官も三平もトトロが出るなんて聞いてなかったから、思わずそっちを見た。役を思い出してすぐに演技を続けた。その辺はハリウッド役者であった。トトロはその後も神出鬼没に出てきた。スタッフが止めても無理矢理出てきた。トトロが本気出せばけが人が出るから、スタッフも強くはいえなかった。なにしろ人気者であるし、あんまり強く言って、ジブリが出てきたら非常に厄介だからトトロの善意にまかせていた部分がある。だからトトロはだいたい30秒に一度画面に登場した。最初はトトロも気を遣って、さりげなく出てきていたが、だんだんネタが尽きてきて、最後の方は「木」と書かれたTシャツを着てただ立ってるだけとか、「蝿」と書かれたTシャツを着て舞ってるだけとか。出てる役者も慣れてきて、トトロに関心を示さなくなった。画面の中で縦横無尽に振る舞うトトロに誰も触れない。かくしてトイストーリー3は非常にシュールなコメディに仕上がった。

斜向いに天狗

2010-05-25 | リッスン・トゥ・ハー
つる子さんは「あかん」と拒んだ。
「あかんのよね、あたしまだ処女のままでいたいからあ」
大変色っぽくて困る。わたしだって、惚れちゃいそうです。そんな気ないのに食べちゃいたくなる。唇ちゅっとうばっておいてそれからそれから、と突っ走り気味に涎さえ流れ落ちそうになりながら、飲み込んで我慢する。
つる子さんは天狗で、処女らしい。
天狗は助平で、たいてい、見境なく女を抱く。という性質があるそうだけれど、つる子さんは守り続けているのだという。天狗の女は助平ではない。一般には。
「だって、処女っていうのは愛する人に捧げるものでしょう」
「古風ですね」
「それが女の幸せってやつじゃない」
「一昔前すよその発想」
「あたしは古風で天狗」
とつる子さんは、羽ばたいて枝に停まる。枝はぎしぎししなってつる子さんを乗せて置けない。つる子さんは羽ばたいている、が下りてくる気配はない。「あたしは古風で天狗」ともう一度つぶやいた。もう、思わず抱きしめたくなるような、はかない目をしている。つる子さん好き、とわたしは彼女に聞こえないようにつぶやく。
つる子さんは天狗だけれど、鼻が長いとか、顔が赤いとか、身体的な特徴は何もない。獄普通の人間の女として、紹介されたなら、そう信じるだろう。疑う余地などない。
先ほど、羽ばたいて枝に停まる、と説明した。しかし、実際にはただ登っただけである。つる子さんはするする木を器用に登って、枝に座る。そのスムーズさが羽ばたいて登ったように感じたのだ。だから当然羽など生えていない。