リッスン・トゥ・ハー

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パンチパーマを俺に植え付けろ(直訳)

2006-12-18 | 若者的詩作
パンチパーマはキュートな天体
本当に?
聞こえるパーマの叫びが
「父さんどーです、まま一杯」「いやいや」

ママは押入れから出した冬物のパーマを
あたしにそっとかけながらそう教えてくれた

ありったけのパンチパーマを俺に植え付けろ!
そしたらお前にもパンチパーマをおすそ分け
なかば必然的にネ

俺、パンチ生まれパーマ育ち、悪そなパンチはだいたい友だち
だけど悲しくなる時もある俺を癒してくれパーマ

パーマパーマパーマ。
街はパーマであふれ、ピカピカ光って綺麗だった

ありったけのパンチパーマを俺に植え付けろ!
そしたらお前にもパンチパーマをおすそ分け
なかば必然的にネ

ハンカチーフは万年雪の底に(前編

2006-12-18 | 掌編~短編
ぽっかりと空いた空間に響いていく修学旅行生のシャッター音。
きっと何枚も何枚もシャッターを押され続けているに違いない。もちろん、それ自体、どうこういうような問題ではない。花を供える。手を合わせる。普段は何も信じていないのに、自分の都合で手を合わせてみたり、拍子を打ってみたり、忙しない日本人である事を受け入れる。すると日差しが途切れる。届いたのか。木や植物が生い茂っている、日差しが届かないところにきた、それだけのこと。蝉が鳴いている。気がする。壕がさらに大きく口を広げる。気がする。戦場へ動員された亡くなった200余名の名前が刻んである。その石に太陽が反射して光っている。

資料館に立ち寄る。数々のパネルの前をゆっくり歩く。壕を復元したものがあるそばにしきりに沖縄の言葉で説明する老婆がいる。ギャラリーはその説明を聞いてうなづいたり、低く唸ったり、ひどい、とつぶやいたりする。ギャラリーが膨らむごとに熱を帯びてくる老婆がいる。この資料館では、当時を知る人が直接そのときの様子を語ってくれる。時々分からない言葉が混じる。でも、その息づかいや、身振り手振りで語っている様子は、わたしを当時に送り込む。戻る。ここまで、資料館の内部にまで、湿った壕の奥まで、響いてくるのは蝉の鳴き声か、傷づいた兵隊さんの悲鳴か、爆弾の爆発する振動か。歌声。「海ゆかば」の少女たちの斉唱が響いてくる。戦場で?爆弾の発着音が響くたびに2本のロウソクの炎が揺れる。ロウソクは少女たちの頬を弱々しく照らしている。戦場で、4日遅れの卒業式が執り行われている。



1945年。



「あかんわ、康成が、あかんわ」
「なに?康成て。どうしたん?」
「だから、あかんねんて、面白すぎんねんて」
「はあ」
 幸子は勢い良く教室の扉を開け、中に入る。
 どっかどっかと存在感を示しながら教室を進み、席につく。とても乱暴に坐るので眼鏡がずれる。彼女はそれを人差し指で慎重に直す。その仕草はみんなからおっさん臭いといって笑われているが、どうも無意識でやってしまうらしいのだから仕方ない。あらあらまたやってるわ、と思いながら私も席に着く。もう春の強い日差しが窓から差し込んで、少し汗ばんだ額を手の平で拭う。教室を包み込んでいるのは少女たちの汗の匂い。教室の乾いた木の匂い。食べたばかりの昼ごはんの匂い、はとても薄い。

「違うて、そんな軽いもんじゃないて」
「何が違うんよ」
「つうか康成てうちの細胞に組み込まれとるみたいなとこあるやん?」
「いや、知らんけど」
「あんねんて、ほんでな、つうかあんた雪国読んでんねやろうな?」
「読んでへんけど」
「阿呆は嫌いじゃ」
「阿呆て、容赦ないなあ、頭良くないけどさあ」
「ほな、ええからいっぺん読んでみって雪国」
「雪がでてくんの?」
「まったくこれだからガキは、大人な人間ドラマやで」
「はいはい、で、でてくんの?」
「そらそうやね」
「雪て白いんやろなあ」
「そらそうやろなあ」
「ガンジーは見たことある?」
「いや。ハル、あんたは?」
「いや、ないけどなあ、なんかめちゃ冷たいんやろ?」
「うん。寒いことは一年中積もってんねんて、万年雪とかいうて、ずっと昔に積もった雪がのこっとるらしいわ」
「へえ、ずっと昔の。ちょっとロマンチックやね」
「一度でええから触ってみたいなあ、雪」
 そう言って幸子はふうと息を吐き、何気なく黒板を見る。
 ほお杖ついていた私もつられてそちらに目をやる。
 クマゼミが鳴き声を張り上げる。

 撃ちてしやまん
 
 日本書紀から引用された「敵を撃ち殺さずにおくものか」という意味らしい。
 白いチョークで書きなぐるようにその文字は並んでいる。そこだけ浮き出ているように見える。なんというか、黒板と私たちの間の空間に存在するように見える。つまり、私たちの意識に貼り付けてあるように思える。まっさらの黒板消しでぬぐってもぬぐっても消えやしない。永遠に、いや永遠ではないかもしれない、いずれ日本がこの戦争に勝って、平和になったなら、古びた黒板消しでも簡単に消えてしまうのかもしれない。みんなで何度も何度も、声がでなくなるまで読み上げた。だから眠っていても読むことができる、幸子はそう言っていた。誰もが実際そうだった。そうして、その気持ちを遠く戦場で戦う兵隊さんに届けるんだ。そうすれば、必ずこの戦いに勝てるのだから。
 私はため息をつくようにあさってを見る。いや日本の勝利を疑っているわけじゃないし。ちょっと、うんざりしただけ、これはいわゆる青春特有の憂鬱だし。そうだ、そうに違いない。青春とは迷う事である。幸子と目が合う、にこりと笑う。私は、少し焦って、やや遅れてにこりと笑う。どうしてか幸子が遠くにいるように見えたのだ。もちろん気のせいだったけど。教室ではクラスメイトの話し声が、こんなにも楽しそうに響いている。いつもどおり何ひとつ変わらない。
 次の授業、昼休み後の5時間目は、郊外の練兵場で射撃訓練だった。

 振動にはすぐに慣れた。
 最初は怖かった振動も何発か打てばすぐに慣れる。意外と簡単に機関銃は操れる。もう、ちょっとした射撃手のつもりだったしあたしなんて。誰もがそう感じているのかもしれない。まだ力の弱い、物資も不足し、ろくに栄養だって摂っていないので、体力もない女学生でも簡単に操れるようにできている。目をギラつかせて、狙いを定め、引き金を引く。米兵め。ズドン、ズドン、と響く。この振動だ。身体の底にまで響いてくる。この振動はこれから奪う命の震えなのかもしれない。ぐるんと身体を揺らして命を奪う。一瞬だけ何も聞こえなくなって、耳が痛くなる。すぐに蝉が鳴きだす。ほんの少しだけ恍惚感も感じる。的をバラバラにしたときに、なんともいえない快感が体を包む。周りのみんなが褒め称えてくれる。米兵を沖縄に上陸させるな。沖縄は私たちが守る。わたしたちに怖いものなど何ひとつないし。なんだってできるし。なんにだってなれるんだ。
 セーラー服が機関銃の錆や土で汚れてしまう。低い体勢になって撃つのだから仕方ない。それは、名誉の汚れだ、ということにしている。みんなほんとは汚したくないくせに。なんでもない汚れを、名誉の汚れだといって喜ぶ。このセーラー服にあこがれて学校に入ってくる子だっているんだから。セーラー服は上級生が下級生のために縫うのが伝統だった。あこがれの綺麗なおねえ達が私のために縫ってくれるなんて。ああ嬉しい、嬉しい。誰かは、入学までの間、何度も何度も出来たてのセーラー服を着て、お母さんに怒られたとかなんとか。私も文学好きの幸子だって例外ではない。できれば綺麗にしておきたいに決まっている。みんな強がっているんだ。仕方ない、これは戦争だから。これは戦争だから。贅沢は敵だ。汚れが何だ。兵隊さんは、泥まみれで戦っているんだ。それを思えばちょっとの埃ぐらい、泥ぐらい、錆ぐらい。何かあるごとに大人はその言葉を口にする。だから、名誉の汚れだあはは、と私たちは笑う。笑顔を決して絶やしたくない。だってまだ箸が転げても笑う年頃なんだし。楽しいことがこれからいくらでも待ってるんだし。だからちょっとぐらい、セーラー服が汚れるぐらい我慢してあげる。
 最近では授業はなくなった。学校ですることといえば、たいてい陣地構築だった。その合間に農業をして食料を作る。それから看護訓練、たまに射撃訓練、どれもまあ戦争に関すること。本当はもっと勉強がしたい。私は教師になりたいのだし、私の恩師の島袋先生のような、素敵な先生になりたいのだし、そのためにはしっかり勉強しなくちゃ。戦争が終わったらこの分を取り返さなきゃ。うん。

「やめーい」
 という三段先生の号令で私は我に返る。あかんわ、ぼうっとしてた。
 皆が射撃を止める。額に汗が滴る。埃まみれの額を手で拭う。空は青く、ちいさい雲がひとつだけ、ゆっくりと優雅に流れていく。ゆらゆら泳ぐくらげのような形をしている。拾い海の上に浮かぶ小さな島のようにも見える。なんとなく危なっかしいや。あの小さな島は、弱々しくてすぐに消えてしまいそうだ。そう思うとなんだか急に不安になる。消えないで、ずっとずっと消えちゃダメだから。そんな乙女心分かっていただきたい是非。強い風が吹いて、前髪が舞い上がる。先生は「よし」「終了」とつづけて短く言う。

 訓練が終わって私たちは学校に戻る。次の時間は卒業式の練習だ。楽しいことのひとつ。まぎれもなく楽しいことのひとつ。一度しかない卒業式、あまり派手にできないことはわかっているけど、それでもちゃんと卒業式をしたかった。みんなで「別れの歌」を歌って、手紙とか好きなものを交換するの。できることなら、そういうちゃんとした、ずっと昔からあったような、卒業生として涙のひとつでも流せるような卒業式をしてみたいなア。あこがれなんだ、みんなと歌って泣いて卒業。でも、あーあ、もう卒業なのかア、とかそんなことをつぶやいていたら、誰からともなく歌い出す。いつものことだ。本当は歌など歌ってはいけないのだけれど、ましてや英語がでてくる歌など。歌を歌っている場合ではないのだけれど、射撃訓練の帰り、誰からともなく歌い出す。やがて合唱になる。ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって。そのうち、誰かが手を打つ、手拍子が、丘にたんたんたんと鳴る。踊るように私たちは、歌いながら歩いていく。この歌も兵隊さんに届くのかしら。みんなで歌うのだから、届くのかしら。でももし届いたなら怒るかしら。いいじゃない、いい歌だもの、いい歌だなあ、て目を細めてくれるような人と結婚したいなア。うん。それ重要だし。ふふ、幸子ったら、眼鏡ずれずれだし。「ガンジー、眼鏡」て教えてあげる。「あらあら」と直す姿はとても可愛らしくて、キュンてなる。幸子が「これ誰にも言わんといて、うち、好きな人ができてもた」と私だけに告白してくれた、その相手、三段先生は後ろ、少し離れて歩いている。私たちの歌が確実に聞こえているはずなのに、この、射撃訓練の帰り道で歌う事に関しては何も言わない。それどころか、誰も歌いださない日など「今日は静かだな」とつぶやいて、歌うのを促したりする。そんな時少しだけ三段先生の事がわからなくなる。どうして先生は歌っちゃいけない、とか、歌っている暇があったら訓練のひとつでもしてみろ、とか注意しないんだろう。そりゃあ歌ってたら楽しい、けど先生だし。そんなところが幸子は好きなのかなあ。まあいいけどね。こんなにもすれ違ってそれぞれに歩いていく。今日は風が強すぎて歌があまり聞こえないや。めずらしく雨が降るのかな。