リッスン・トゥ・ハー

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ごめんよ、ドアー

2007-07-31 | リッスン・トゥ・ハー
ぎいいと音を立てて開く。ぎいい、ぎいい、こだました。私はその音が嫌いだ。それは、音自体が嫌いなのではなく、音の後にある、診察が嫌いなのであって、音はまったくのとばっちりにすぎないのだけれど、少なくとも、その後にある診察の嫌さを物語っているようなぎいいなので、その辺はドアーも認めてくれるだろうと、私は勝手に思っている。

2007-07-31 | リッスン・トゥ・ハー
店はいつも開いている。客は誰一人としてこないのだけれど。必ずおばは店をあける。それが決まりなのだと私に説明してくれた。決まり?と私が聞き返すと、そう、決まりなんや、と同じことを言うだけで、それ以上細かいことを教えてはくれない。店はおばとおじが作り上げたもので、その昔は繁盛していて、何人かの命も助けたんや、とおばは得意そうに教えてくれた。時代が移り、24時間開いている薬屋がたくさんできて、おばの薬屋には、客はこなくなったけれど、それでも、店はいつも開いている。もしかしたら、薬を買いにくる人がいるかもしれない。念のためにあけるんや、とおばは言っていた。仕入れもしていない店に置いてある薬は、どれもこれも埃を被っていて、おそらく使用期限が切れてしまっている。しかし、なんとなく、出番を待っているような、まだ死んでいない、活気が感じられた。

宮川さんの貧乳

2007-07-30 | リッスン・トゥ・ハー
宮川さんは貧乳だ。明らかな貧乳なのに、本人は爆乳のつもりなのだろうか、胸を強調するような服をよく着ている。それ自体は何の問題もないが、時々その貧乳を聴衆に晒す。うふふと言って突然ずらして乳首を見せ、そして、生唾を飲む音が聞こえて、風のように去っていく。それが唯一の愉しみなの、と言う。宮川さんは嬉しいのだ。貧乳でも乳があるということが嬉しくてたまらないのだ。その嬉しさを分けているだけなのだ。いい人なのだ。宮川さんには少し前まで乳はなかった。今も宮川さんの法律上の性別は男だ。私はよく知らないけれど特殊な方法で、乳ができたの、と言っていた。なにより私はそんな宮川さんが好きだ。それに何の疑問があると言うの?

あまのじゃく

2007-07-29 | 若者的詩作
あまのじゃくは弱虫で
意地っ張りで泣き虫で
半ズボンで半そでで
甘党で辛党でカレー派でシチュー派で
美味しいものは最後に残す派で
夏休みの宿題は最初に終わらせてしまう派で
終わらせてしまってから海にきれいな貝を探しに行こうとする派で
運動会の前の夜は眠れなくなって
友だちに電話をかけて夜更かしし遅刻しそうになって
無邪気でありのままで
意地っ張りで泣き虫で
やっぱり弱虫です

カーブ

2007-07-28 | リッスン・トゥ・ハー
クローバー畑のようになっていたので、これぞチャンス、とばかり私は緑の上に座り込み、4つ葉がついたクローバーをくんくんと探す。かき分けかき分けしていると私は自分がてんとう虫にでもなったかのような感覚になってくる。いや、確かにその時私は巨大なクローバー畑を進む小さな虫だった。4つの葉を持つクローバーは食べることで不死になれるという言い伝えを聞いたため、その言い伝えを信じきって旅に出た虫だった。そうして、何度かき分けただろうか、おそらく金八以上に掻き分けたに違いない、その時、4つの葉を持つクローバーは私の目の前に現れて、そうして黄金色に輝いていた。私は思わず立ち尽くして、貯まったつばを飲み込んだ。ごくごくと音が鳴った。

2007-07-27 | リッスン・トゥ・ハー
凛、と言う名の私が尊敬する女の人は、本当に凛としていて、きれいでかっこいい。だから、その人に会えると胸が高鳴る。彼氏と会っている時の高鳴りとは違って、遠い昔の恋心のような淡い高鳴りだ。その気持ちに気付かれることないように私は冷静を装っているけれど、きっと、彼女には何にもかも分かっているのではないかと思う。だって、彼女は私と目が合うと、ふふふ、と笑うし、それは、可愛い子ね、と言われているような気がするし、いや私の気のせいである可能性は限りなく高い。でも、だけど困ったことに、彼女と近づきたいし、一緒にいたい、変な気持ちが今もずっと続いているのです。

7月7日雨

2007-07-26 | リッスン・トゥ・ハー
サッカーゴールに括りつけられた竹の葉につけられたいくつかの願いが濡れて、泥色の水たまりの中にハラハラと舞い落ちる。昼過ぎからずっと、そうなるであろうと私たちは人事のように話していたし、予想通りに雨が降り出しても、特に何も感じなかったけれど、いざ、はらはらと落ちていくのを見ていると、どうしてか取り返しのつかないことをしたかのようなそんな気がして居たたまれない。落ちた短冊はやってきた誰かに踏まれ八つ裂きになる。私はそっと拾い集めて、ぎゅうと丸めてゴミ箱に投げた。

ビルの上の観覧車

2007-07-23 | リッスン・トゥ・ハー
あんなに高い所に行っていったいこれから先、どうすればいいのだろう、と君はつぶやいた。ぼくはそれを、聞こえなかったふりをして、目を閉じたままでいた。ゆっくりと、いや、じりじりと時間が流れる。それから何も言わなくなって、重いため息だけが聞こえる。分かった、と僕は突然言ってみる。「何が?」「何もかも全部分かった」「何も分かってない」「分かってないかもしれないけど、分かるようにする」「そんなんじゃない」やはり同じように、どうしようもないことなのだ。僕は煙草を取り出して火をつける。2週間ぶりに、煙が身体に染み渡っていくのが分かった。やめたはずだったのに。ビルの上の観覧車は動きを早めて、早めて、ぐるんと落ちた。

あれも欲しいこれも欲しい全部欲しい

2007-07-22 | リッスン・トゥ・ハー
あたしが持っていたものは全部あなたにあげるから、全部全部完全にあたしのものはあなたのものだから、もう、返さなくていいから、よければつかってください。と言った。言ってしまってから、しまったと思った。あたしの手元に何も残っていない。もしかしたら、いいやそんなことはできないちゃんと君のものは返すよ、というような奴でないということは分かっていた。なのに、勢いというものは怖くてたまりません。もう、言っちゃったんだからどうしようもない。あのお、やっぱりあたしのは返して欲しいなあ、なんていえるわけない。あたしは意地の塊ですから。

イヤホンが潰れる瞬間

2007-07-21 | リッスン・トゥ・ハー
耳につけているイヤホンから伸びた線を、無理矢理引っぱっていたら、音が聞こえなくなった。つまり潰れてしまったのだ。ちょうど私は、私が作って録音した「ダーリンタンバリン」という歌を聞いている時で、タンバリンを叩こう、とボーカルが叫び、タンバリンがたんたんとなったあとにぐいっと引っぱったものだから、潰れてしまった。まあいい。私は、潰れたのなら潰れたで別に惜しくないし、そのままにしてたら、何も聞こえないので意味がない、と思い、イヤホンを外した。当然。別に直そうとか、新しいのを買おうとかも思うことなく、外したイヤホンを、ちょうど通りかかった橋の上から川の中に投げ捨てた。ひゅるんと落ちていく。水面に当たって沈む時の音は、ここから遠かったのと、ちょうど通り過ぎた車のエンジン音にかき消されて聞こえなかった。