リッスン・トゥ・ハー

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まぐろ その22(ティッシュ配り編)

2009-01-28 | リッスン・トゥ・ハー
「まぐろ その22(ティッシュ配り編)」

人通りが激しい表通り、少しざわついている気がするのは気のせいではない。ティッシュを配っているマグロのせいであった。見るものは我慢することなくよだれを垂れた。その一角のみ、ぬるぬるになり、交通は混乱していた。ぬるぬるの中に焼け付く太陽が反射し、きらきらしていた。マグロはティッシュ束を左手に持ち、右手で配っていた。マグロからティッシュを受け取るものはマグロのその立派な肉体に見とれ、ティッシュを落としてしまうこともしばしばあった。落ちたティッシュはすぐにぬらぬらのよだれにまみれて使い物にならなくなった。マグロはそれでも配り続けたのだ。マグロが与えられた分は一般のバイトがする半分にも満たなかったが、マグロの手際の悪さから言えば仕方ないことだったろう。マグロは不器用であった。2歳児ほどの器用さであった。実質何もできない。ティッシュを配るといっても、寝転がってティッシュに触れているうち、誰かがそれを掠め取ってくれるのを待っていると言うようだった。掠め取ってくれる人ありきの方法であった。掠め取ってくれる人はあとから後からでてきた。だからマグロはこの仕事を続けているのだ。それにしても、マグロは大丈夫なのか、と誰もが思っていた。こんなところに寝転がって傷んでしまうではないか、なんともったいないことか。マグロは目を閉じた。限界に近かったのだ。それから、ケーンとひとつなき、ティッシュの束の中心で、大きく放屁した。一瞬ざわついて、またすぐに町の喧騒にまぎれた。

まぐろ その21(試験官編)

2009-01-21 | リッスン・トゥ・ハー
「まぐろ その21(試験官編)」

鐘が鳴る。
試験の開始であった威勢のよい試験用紙、問題文をひっくり返し、その問題に挑もうとする受験生もいた。しかし。

しかし、すぐに集中は途切れる。
そんなもの見ている場合ではないとわかっているのに、視線はそちらに向かってしまう。なぜならマグロが試験官だったからで、マグロは眼鏡をかけてなにやら難しそうな書物を手に、教室の前に座っている。インテリなマグロなのだろう。問題はそのマグロが立派な肉体を持っていたと言うことだ。マグロを見るたびに、歯ごたえのある刺身の味が奥歯で感じられた。前に座っているだけで、味が想像できるたくましさは受験生の強みでもあった。
カンニングしようものなら飛んできて、その鼻の頭にあるツノでつつかれそうだった。よだれは受験生の口からだらだらと零れ落ちた。教室の床は残念ながらよだれまみれになり、動くこともままならぬ、カリカリと言う鉛筆を走らせる音は、よだれのだらだらノ前で無力であった。所詮マグロ、インド洋あたりでみつけたやつらだからとやり過ごそうとした。できなかった。マグロは実に旨そうであった。マグロは食われに来たわけでなく、戯れに来たのであった。つややかに笑った。その様は妖艶で、一斉に唾を飲み込む音が試験終了のチャイムを凌駕す。

まぐろ その20(枕投げ編)

2009-01-13 | リッスン・トゥ・ハー
「まぐろ その20(枕投げ編)」


なんのために小学校最後の年に旅行に出るのか。
その理由は紛れもなく眠る前部屋で枕を投げるためである。
という解釈をある研究者は発表したように、やはりこの小学生たちも枕を投げ合っている。何の意味があるのか、明確ではない。半ば強制的に、誰からともなく投げ始め、ぶんぶんと枕が飛び交う状態になるまで時間はかからない。その状態になってくたくたになっても止めてはいけない、いったん始めた枕投げを止める唯一のきっかけは先生の怒鳴り声なのである。それがないことには決して止めてはいけない。
最初は枕であったが、やがてそこにマグロが混ざっていることに気づいた。異変に気づこうが、枕投げをやめてはいけない。やめること、それはつまり死を意味する。病気がちな中年にとっても、児童にとっても死は死よりも怖いもの。マグロが混ざろうが教師の怒鳴り声がない限りは止めるわけにはいかなかった。
しかし、児童のまだ甘さの混じるよだれが畳を濡らし、畳はふやけ始めた頃、マグロは空を泳ぎ始めた。泳ぐというよりは跳ねていたのかもしれないいや、やはり泳いでいたマグロは空で旋回して、ふわふわと舞う枕に体当たりし始めた。空を征するものは地を制すると思想を持っているのかもしれなかった。
やがて、教師の怒鳴り声がないにもかかわらず、枕は動きを止めた。ぷるぷると小刻みに震えながらマグロは部屋の空を泳いだ。誰も何も言葉を発することはなかった。
騒ぎが急におさまり不気味に思った教師が部屋の障子を静かに開けた。部屋ではマグロがぷるぷる泳いでいる。教師は、一言も発せず、大変ゆっくりと戸を閉めた。

りっすん・トゥ・ハー

2009-01-11 | リッスン・トゥ・ハー
ここをこう攻略するよね、火なんか使ってさ、こっちはこう攻略するよね、水まだ使ってないから水使ってさ、あっちはこう攻略すると、まあ、だいたいでいいじゃない、だいだいで、そしたらこれがこう動くでしょ、そのときにこれを当てておけば動きが止まるからそのすきにこっちでこうすると、やれ、天下がようやく見えてきたりっすん・トゥ・ハー

リッスン・トゥ・はー

2009-01-09 | リッスン・トゥ・ハー
様々な角度から君の顔を見ていると、とんでもない粗が隠れていたことに気付くんだ、それもこれも目をつぶろう、認めよう、明日のために未来のために、だけどね、あたしは思うんだ何が大切で何がどうでもよくてなんて誰にも分からないことじゃないか、せめて聴いてくださいリッスン・トゥ・はー

まぐろ その19(外国人観光客)

2009-01-07 | リッスン・トゥ・ハー
「まぐろ その19(外国人観光客編)」


困っていた。
ムーアは道に迷い非常に困っていた。海外旅行中の彼女は見知らぬ土地でひとり、言葉も分からぬまま、道に迷い途方にくれていた。なんとか意思疎通を図ろうとも、この国の人間はムーアを見ると避けるように目をさらして通り過ぎていく。
マグロがムーアの肩をたたいた。粘液でねっちょりとなったがムーアは気にする様子もなくまくし立てた。ただ心細かったのだ、時価にして300万はするであろう立派な黒マグロであろうと関係なかった。ムーアには黒マグロの魅力が分からなかった。ただの魚介類だと言う認識しかなかった。それも幸いした。マグロはムーアの話を聞いてうなづいた。そして、目をじっと見つめた。ムーアもマグロの目をじっと見つめた。音楽が、ムード歌謡に変わり、二人は今にも歌いだしそうな勢いで踊った。言葉は要らなかった、こうすればいい。ムーアも、マグロもそのひと時は幸せであった。やがて、ムーアはマグロに連れていかれた魚市場で暖をとり、海に沈んだ。マグロも続いて沈んだ。マグロは海に帰っただけであったが、ムーアは死んだ。当然ながら死んだ。マグロはそれほど何も考えていなかった。全国紙でもハリウッド女優心中か!?だと騒がれたが、マグロは元気だったのでとんだ見当違いだった。

まぐろ その18(行列編)

2009-01-03 | リッスン・トゥ・ハー
「まぐろ その18(行列編)」


2時間が経過した。
この行列に加わってからすでに2時間が経過した。
未だ一向に目的のらーめんにたどり着けそうな気配がないのは気のせいだろうか。
気のせいではなかった。2時間が経過した。らーめん一杯に二時間の価値があるのだろうか。
行列にはマグロも加わっていた。マグロもやはり同じことを思っていたに違いない。
立っているにもかかわらず、びんぼうゆすりを止めなかった。行列は角を曲がった。これで何角目だろうか、とマグロは考えているのかもしれない。
ところで行列は同じ場所に戻った。マグロは仕方なく3箱目のタバコに火をつけた。らーめん屋などどこにもなかった。というより街など、地面など、キューピーなど、どこにもなかった。最初から、もともと、何もない空間に行列があって、行列にはマグロが加わっていて、元に戻った。当然である円を描いているのだから。マグロであるか人間であるかなんてどう区別してどう見分けて誰にも分からないことであった。書いている本人にも全く分かっていないのだから。そう考えていると、ほうら、湯気が。