リッスン・トゥ・ハー

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空港のコンビニエンスストア

2009-09-29 | リッスン・トゥ・ハー
最終便が行ってしまった空港の、24時間営業コンビニエンスストアの電気はまだらんらんと点いている。空港の入り口自動ドアは動かないが、空港を管理する職員はみんな帰宅したが、警備会社の様々な設備が空港内をくまなく監視しているが、コンビニエンスストアは営業を続けている。何のために?と思うかもしれない。ちゃんと意味はある。深夜の空港のコンビニエンスストアを利用するのは風、飛行機が世界中の色んな場所から連れて来た風、店員はその風のために、空港がしまったあともコンビニエンスストアを開け続ける。風について説明すると、風は決して見えないものではない。いるのかいないのかはっきりわからないものではない。ちゃんとコンビニエンスストアの店員に分かるように、驚かさないように、人の形をしていて、言葉をしゃべるし、お金も持っている。どこでお金を手に入れるのかというと、世界中で誰かがうっかり落としてしまったお金を吹き上げてそっと隠してしまう。ああ、と追いかけてくることもあるけれど、風の大きさに、結局すぐにあきらめてしまう。時々間違えて別の国のお金を出してしまうことがある。店員はきょとんとして、何か言いたそうに風を見るから、風はそのお金がこの国のお金ではないと気づく。ちょっと間違えた、という風に笑えば何の問題もない。ところで、店員は空港がしまった後もどうして営業を続けているのか、実はよくわかっていない。自分がおにぎりや、日焼け止めを売っているのが、風だということも知らない。不思議だとは思っているがきっと、飛行機を整備する人や、パイロットが利用するのだと思っている。まあそれほど深く考えていない。雇われているだけだし、あまり忙しくないからいいバイトだと感じている。店員はでも同じ客が二度は買いに来ないことに気づいている。風は気まぐれだし、世界は広い。見たいものも、聞きたいものもたくさんある。ここで空港のコンビニエンスストアのひとりの店員に登場してもらう。彼女は、働き始めて2年が経つ、空港の近くにある大学の学生で、主に深夜、つまり風相手に接客している。彼女は物静かなほうだったし、たった一人になるのも別に苦ではなかった。ぼんやりとしたり、あまり乱れることのない商品を整理したり、して朝まで勤めていた。冬のある日、それまで降り続いた雪がようやく止んで、透き通った空に星がきらめいた夜に、彼女はいつものようにレジに立ち、やはりいつものようにぼんやりとしていると、ふんわりと温かい風が吹いて、コンビニエンスストアの自動ドアが開いた。その人は、ゆっくりと自動ドアをくぐり、中に入ってきた。彼女は一瞬、いらっしゃいませ、と言うことを忘れ、あわてて、こんばんは、とささやいた。だいたい、威勢よく挨拶をすることは、この職場においては意味のあることではない。ゆったりとした時間の中で、ゆったりと商品を選ぶ。それが空港の深夜のコンビニエンスストアの流儀なのだ。時々客は彼女に笑いかけ、彼女もなんとなく見覚えのある笑顔だったので、声をかけようか迷っていた。やがて客は、何も買うことなく、入ってきたときと同じようにゆっくりとした歩調で、歩いているとは思えないぐらい滑らかに自動ドアを通り抜けた。彼女はありがとうございます、と今度ははっきりと言い、しばらく客のほうを見ていた。客は自動ドアの先でしばらく立ち止まっていたが、やがて振り向くと、崩れるように笑って、彼女にうなづきかけた。その瞬間に彼女はその笑顔に魅了されてしまった。ちょうど、商品棚をからぶきしようと持っていたふきんを落として、それに気づかぬまま客の笑顔を見ていた。それから、そらすのではなく、横から吹いてきた風に流されるように、向きを変えて歩いていった。ほんの少しの間だったが、彼女は動けなかった。ぼおってして、次の客が入ってくるまで、同じ体勢のままでいた。頭の中に焼きついた笑顔は、しばらくまるでまだコンビニエンスストアに彼がいるようにいきいきと笑っていた。それからしばらくして、彼女はコンビニエンスストアのアルバイトをやめた。理由は分からない。実際、そういう理由の分からずやめていく店員は山といる。

見世物小屋

2009-09-27 | リッスン・トゥ・ハー
見てらっしゃい寄ってらっしゃいお兄さん、林檎のように顔赤らめちゃいなお姉さん、こんなものははじめてだ、誰も見たことがないものを見る気はあるかい、見る覚悟はあるかい?見てしまったが最後、もうしらふにゃあ戻れねえ、明日からの生活がとんでもなく新鮮になるこたあ、あたしが保障するね。騙されたと思って一度だけ払う価値はあるだろうよ。人に言いたくなるだろうよ、そうやって伝わってどんどん広がっていくだろうよ、一番に見ておきたいのが江戸っ子じゃい。いの一番に見てないなんて粋じゃないねえ、まるで。さあさ、はじまるよ、まもなくはじまるよ、世にも奇妙な鳥女、オンステージがはじまるよ。今なら若干席が空いている、ほとんど満席だが、若干良い席が空いている。こんな良い席はめったにないよ。よし!話の種にひとつ見ていこうとするか、なあはっちゃん。なに、お前これ見るの?なんか怪しいよ、だから騙されたと思えばいいじゃねえか、騙されにいくんだよつまり。わざわざ騙されに?そうそう、そういうゆとりが現代には足りない、それを取り戻すべく俺らはこれをみなければいけない。大げさだねえ、お前現代のゆとりまで行っちゃったよ、まあ、いいけどさ。よし、入るぜ。ありがとうございます、お二人で2000円でございます。また、高けえな、ひとり1000円かよ、いいもんが食えるじゃねえか。何言ってるんだ現代のゆとりを思えば安いもんじゃねえか、ほらよ2000円。ではまっすぐ奥へどうぞ、まっすぐ奥へ。やけにくれえなあ、何にも見えやしねえし、足元もゆらゆらしてやがる、あぶねえよこんなの。雰囲気があるじゃねえか、いいなドキドキしてきたよおらぁ。とのことで、細く暗い道を奥のほうに進みますと、ぽっかりとあいた空間に出ました。なんだかやけににぎわっていて、鳥女の登場を今か今かと待ちわびている観客の様子がわかります。誰もかれも鳥女などというものがこの世に存在していないだろうことは分かっている。だけど、ほんの少しだけもしかしたらもしかしたら鳥の顔を持った女がいるのではないかと思っている。恥ずかしいから誰も口には出さないけれど。鳥女は言葉をしゃべれるのかとか、鳥の頭と体の境界線はどうなっているのかとか、創造を膨らませては期待に胸を躍らせている。かくして待ちわびる観客、ふと、音楽が変わり、妖艶なムードが漂い始める、証明はいっそう落とされて、新月の夜を思わせる。何か黒い影がささささっと舞台の中央にかけていったかと思うとスポットライトがあたる。なんのことはないただの女で、はやくもみんな落胆しちまって、野次でも飛ばそうってなもんだ。やいやい言ってると、そのスポットライトが広がっていって女の全身を照らした、何の事はない普通の体で、ただし着物は着ていない。裸だったわけだ。それほど美人でもねえし、かといって不細工でもねえ、見たくねえってわけじゃないけれど、別段見たくもねえ、なんか中途半端な気分になって、しかし、女の足元にうごめくものがあって、それがね、気持ち悪いじゃねえか、蛇みたいなもんがいるんだよ、いや、蛇だったらまだいいよ、よく見てみるとそれがね、どうやら巨大な長いミミズなんだ、それを見た客がしんとなっちまって、まったくしんとなっちまって、まるで通夜じゃねえか、なんつって、思ったんだけど、得体の知れねえ怖さ、気持ち悪さがうずうずと沸き起こってきた。ミミズは一匹や二匹じゃねえ、何百匹もいる、うごめいていて水の流れのようにぬらぬらしてやがる。静まり返ったまま、女はなんと変な踊りを踊り始めた、音楽に合わせて腰をくねくね、手足をくねくね、だたゆらゆら揺らしているだけにも見えるけど、よく観察していると、どうやらひとつの規則に沿って動かしているような、思い出したんだが、それが鶏なんだよ、にわとり、にわとりが餌を求めてあっちらこっちら歩いているさまにそっくりなんだ。見れば見るほどにてやがる。これは技術だな。いやこの鶏の歩く物まねを見れただけで価値はあると思うよ。でも、そこからがはいまりだったんだ。女は、あるところで動きをやめると、一瞬で下でうごめいているミミズに噛みつきやがった。怖かったねえ、あれは、この世の終わりかと思った。巨大ミミズの踊り食いなんて、気持ち悪いじゃねえか。まったく。そっちをうたい文句にすればいいのに、て俺なんかは思ったね。生のミミズに噛み付く勇気って相当なもんだぜ、それをいとも簡単にやってのける女はすごいって言うか恐ろしい。いやいや、俺にはまねできねえまったく。とか言ってるうちにうごめくミミズを女は踏み潰していく。ぬちゃぬちゃと足の裏に引っ付くミミズの体液の気持ち悪い音。

徒党を組む

2009-09-12 | リッスン・トゥ・ハー
 共通の目的があった、それだけだ。
 目的のために私は手段など選んでいられなかった。その過程など、誰にも関係ない、つまりは目的を達成することのみに集中すればよかった。それをもって私は鳥になる、若鶏のから揚げになる、大きく羽ばたける、羽ばたいてよくしなる弾力と肉汁を存分に含んだところで、首をはねられから揚げになる。そういうことだった。
 湯気がのうのうと、とどまることなく上がり続ける天井は、水滴の群れ、そこから落ちてくるしずくはやはり若鶏の味がした。レタスの弾力はパチンコをはじけば致命傷を与えられるほどで、そのレタスのさきさきした歯ごたえば、何もんにも代えがてえ。ある芸術品だといっても過言ではなかった。
 満を持してマクドナルドの刺客現る、誰かがつぶやいた。そんな風につぶやける神経を疑う。
 ひゅーう、と息を吐いた。落ち着け、まず平常心になり、そこからはじめたほうがよい。ベストの仕事をするだけだ。私に課された任務を、落ち着いて遂行すればそれでよい。
 目の前にあるフレッシュチキンバーガーは、重ねられて壁を作っていた。私を、この寄せ集めのメンバーを向こう側へ行かせぬために、何がそんなにムキになって私を拒むのかフレッシュチキンよ。私は考える。彼もまた、私と同じように集められたものたちなのかもしれない。仕方なく私たちに向かい、私たちを、本能に従って拒んでいる。馬鹿どうしか、私はほんの少し憂う。何も知らないものが憎しみあい、戦いあい、傷つけあい、残るものは何もなく、それを高見にたって見物している金持ちが、目の奥であきれたように笑うだけ。まったく馬鹿げている。あるいは、私はありえないと思いながら想像してしまう。目の前にいるフレッシュチキンバーガー、幼い頃生き別れた兄かもしれない。兄もまた、私と同じような境遇にあり、私と同じように金で雇われ、金持ちの暇つぶしに付き合わされる。確かめてみよう、と私は思った。何もかも終ったら、終ったら。その些細な思い付きがとても楽しみに感じて私はしばしの間、目を閉じる。その思いつきがしばし私を支配する。
 兄と旅行をする私、兄はいつもとは違ってチリソースをかけている。おしゃれしているのだ。私たち二人は、別府あたりのしなびた旅館宿でくつろぐ。私は兄のチリソースをほんの少し舐めておどける。兄は怒鳴るがそれが本気でないことはわかる。私たちは血を分けた兄弟であるそれぐらいわかる。やがて私たちは温泉に浸かり、次第にしなびていくレタスはりはり具合はなくなっていくが、それもまた温泉旅行の楽しきところよ。
 戸を開けると、フレッシュチキンバーガーはさらにそびえ立っている。先ほどよりもさらにさらに。生唾を飲み込んで私は兄との旅行の映像を振り払う。今は、そんなことを考えてでれでれしている暇はない。私は選ばれた戦士である。戦う姿勢を見せなければならない。
 テンチョーが現れる、ようこそわが地獄のキッチンへさそかし腹ペコでしょうね、などと言っている。テンチョーはレフリーとしてこの場に立ち会うらしい。いいだろう、それはすなわちフレッシュチキンバーガー側に有利な条件と言えなくもないが、ハンディとして、くれてやろう、でないとバランスがとれないし。
 「制限時間は1時間です、それいないに食べ終わったら、あなた方の勝ち、ひとつでの残したら店の勝ち、いいですか?それから助っ人は禁止です、今いる5人以外の人が食べたら反則ですからよろしく」
 「よかろう」リーダー面して、三宅が応える。
 お前にリーダーを任せると誰が言ったか、と私は突っ込みたいところであるが、そんな大人気ないことはしない。私は聡明なのだ。聡明でさわやかボーイさ。
 「では早速はじめますよ」テンチョーはストップウォッチを構える。
 そんなチープな道具でこの戦いを測ろうというのか、なんと嘆かわしいことよ。私はしかし、そんなものは必要ないだろうと高をくくっている。図るまでもなく私の胃袋に吸い込まれていくことだろうよ。
 「はじめ!」
 静かに始まったその戦いを、後のものは「フレッシュチキン・チリソースの戦い」と呼んだという。
 先ほど迷いなくリーダーは自分だといわんばかりの受け答えをした三宅や、名前も知らん何人かの奴は我先にと勢い込んでかじりつく。マヨネーズやらにゅるりとパンとパンの間からはみ出て、衣服にかかり、匂いを放つ。それにしてもこの下品さなんとかならんのか、私は嘆きながら、一呼吸置く。
 「西田!何やっとるか、はよ食わんかい」
 チキンを咀嚼し、肉汁ぶちまけながら体格のよい古川が叫ぶ。まったく筋肉馬鹿はこれだから嫌なのだ。もう少し落ち着いて考えて欲しいものだ、と私は顔をしかめてやり過ごし、それでもさすがにそろそろ動き出さないことにはここにいる意味がないわけだから、と頭を左右に傾け首を鳴らした。
 フレッシュチキンバーガーの壁は壁として変わらずに目の前にある。必死に食いつく男4人の哀れな姿。その4人に私は今、混ざって哀れな5人として、永遠に語り継がれるのであろう。テンチョーは、仕切り、と言う大きな仕事が約半分は終ったものだからだらしのない表情で、顔についた肉も垂れ気味である。無言でストップウォッチと私たち哀れな5人を見比べて、フレッシュチキンバーガーの勝利を祈っている。
 私たちが勝利した場合、その際にもたらされるものはフレッシュチキンバーガーであった。無限ループに迷い込んだような気さえするが、フレッシュチキンバーガーの壁を食い尽くしてもそこに現れたのはフレッシュチキンバーガーなのである。いらんわいそんなもん、と当然声があがるところであるが、そこは、徒党を組んだ私たち、別ルートからの補助を受けることになっている。それこそが私たちの真の目的である。何が楽しくて、フレッシュチキンバーガーいくらでも食べる権利が欲しくて、フレッシュチキンバーガーの壁を食うことがあろうか。少なくとも私はそうだった。
 そびえ立つフレッシュチキンバーガーと対峙する。音を立てて食べる面々、むしゃむしゃとよくもまあそれだけ下品に食べられるものだ、と思いつつも、なりふりなど構っていられない、さて、私も。
 兄さんごめん、と言いながら私は兄に噛み付く。マヨネーズソースが一つ目だと言うのにこの存在感で持って私を混乱させる。これは厳しい戦いになりそうだ、かじりついた瞬間そう思った。激しい後悔が襲ってくる。この濃い食い物、いや兄を食べ続けなければならないなんて、恐ろしいことに首を突っ込んじまったなあ。というのが正直な感想である。
 30分が経過した。
 早くもである。すでにリーダーをはじめ、下っ腹を叩いて、所在無げな目、空ろな目、スタートダッシュをかけすぎて、まだ依然として壁は立ちはだかっているのに。私は兄さんを食べ続けていた。ペースの衰えていないものは私と、古川ぐらいである。なんのためにこいつらはここにやってきたのか、なりふり構わず20個ほどフレッシュチキンバーガーを食いに来ただけだったのか。なんと言う情けない奴らだろう、私は悪態をついた。そういう私も限界は限りなく近かった。壁はぶくともせずに唖然となるほど動じずに私たちを見下ろしていた。兄の背中は広いなあ、私はおぼろげな記憶を思い浮かべてひそかに涙していたのだった。


掃除機のブルース

2009-09-12 | 若者的詩作
俺は八月にやってきたぴかぴかの掃除機だぜ
吸えないものは何もない、世界のほこりを吸い込んでやるぜ
かかってこいかかってこい

俺は九月に捨てられたぴかぴかの掃除機だぜ
吸引力が足りないからすぐに役立たずの烙印を押されたぜ
かかってこいかかってこい

ゴミ捨て場のはしのほうは少し肌寒くて
風邪を引きそうさ肺炎をこじらせそうさ
かかってこいかかってこい

小学生にとっての女、それは割れたガラス

2009-09-09 | リッスン・トゥ・ハー
そのわけを話す前に、前提として、切りつけられた小学生のことを話しておく。小学生は11歳で女の子、夏休み前の一年で一番うきうきしているときに切りつけられた。名前は本筋に関係ないのでAさんとしておく。Aさんは3人兄弟の長女、面倒見がよく、すでに頼りにされている。両親が共働きで普段家にはいないから、Aさんが中心となって家事を、弟と妹といっしょになってしている。両親はそんなAさんに対してすまないと感じており、どちらか、世間的には母親が家にいて家事をする、成長を支えてやりたいと考えている。考えているだけで実際にすることはなかなか難しい、何事も同じだ。しかしAさんは健気にも、よく言うことを聞き、家を支えている。上に、学校でも活発に意見を言う、リーダー的役割でクラスを引っぱる、教師にとってみれば、いてくれてありがとう、タイプだった。Aさんが言うなら、ちょっとおしゃべりやめよっか、なんていう女子もいて、まとめあげている。いわゆる優等生。優等生と言えど小学生、最大と言っていいイベント夏休み前にはうかれてしまうのが人情よ。さて、うかれ気分でスキップなんかしながら、鼻歌ももちろん主よ人の望みの喜びをなんかを奏でながら、歩いていた。女が前から歩いてくる。その女は無表情でやけに猫背であった。Aさんは別に気に留めずルンルンスキップ。すれ違うその瞬間、女が包丁をその茶色の鞄の中から取り出してぎゃん、Aさんは右胸の辺りをずぶり、血が噴き出して、通りかかりの支店長・本田清彦通が駆け寄って何したんやオマエと罵る。女、未だ無表情のまま、包丁をすとんと地面に落としてふらふら、どこかへゆっくりと歩いていく。Aさんは薄れゆく意識の中で世話焼きの支店長・本田清彦の汗に濡れたシャツからすけているブラジャーに視線。

最高級コーヒー

2009-09-08 | リッスン・トゥ・ハー
部屋に入ったその瞬間から何か違っていた。今にして思えばそれはそのときに気づくべきだったのだ。そのときに気づいていれば、そのコーヒーが我々の想像を超えた代物であり、近づくのはそれ相応の覚悟がいるし、危険であると気づいてれば、あんなことにならなかったのだ。無謀ものの若者は、それを挑戦への高まりと解釈し、ズンズン進んでいった。部屋の中ほど、机の上にカップがひとつ、湯気を立てて、静かにたたずんでいる。肌にひりひりと走るもの、それを感じながらさらに近づいてコーヒーを手に取る。ここから劇的に展開する。まずそれまで静かに立ち上っていた湯気は、吹き出す蒸気のように一気に爆発した。覗き込んだ顔に、正面衝突した。当然、熱さ、衝撃、痛み、それらが一度に顔中に広がる。カット熱くなったかと思えば次の瞬間には感覚がなくなった。やれ困ったが、コーヒーをとりあえず飲もうとカップを持つ。すると、カップはぐねぐねと揺れたかと思えばもういない。どういう仕組みで動いているのかわからない。が、カップは腕に絡み付くはらってもはらってもとれないカップはだんだんと動きを弱める。その一体になってしまった我々に何がどうわかると言うのだろう。

うどん王子

2009-09-07 | リッスン・トゥ・ハー
うどん王子現る 8月某日、休日であればETC装備車は高速道路代が格安になるとの情報を受け、その真相やいかに、と確かめるために我々は高速道路を経て香川へ向かったのである。朝も7時30分、まだ鶏が鳴いているその声が脳内でこだまするような、休日の通常の私の起床時間からいえば早朝である。少々ふらふらとしている、なにせ昨日までの一週間、汗水たらして働き、働きしていたのである。金曜日の夜は羽目を外して夜更かししてしまうものである。仕事から解放されたその開放感たるや、学生諸君には分かるまい。働いているからこそ、この開放感を楽しめるのである。楽しみたければ早く社会人になるがよい。そして嘆くがよい。とにかく夜更かしをした翌日の早朝である。ふらふらするに決まっているはっきりしない頭ががんがんと痛む、昨日はアルコールも嗜んだ。たっぷりめに、缶ビールやらチューハイやら、台所の棚の奥に潜んでいた年代ものの梅酒なんかも取り出してサイダー割でのみ、おおいに楽しい気分になっていたわけである。しかし、この頭の痛み、腹の膨れ具合、あまり良い傾向ではない。と言うかコンディションは最悪だ。しかし、この日は約1ヶ月前から計画を練って練って練り上げたうどんツアー。行かぬわけにはいかぬ。妻は同じように昨日はアルコールを嗜み、量は私よりも少なかったが、その分つまみをたらふく食い、もたれているであろう胃を引きずりながら私よりも早く起きて用意を整えている。あとは私が着替え、顔を洗いひげをそり、頭をしゃんとさせて、今回のツアーのもう一人のメンバーOくんを待つばかりである。と思っていればOくんはすでに私の暮らすマンションの下に車をつけており、我々の出発を今か今かと待っているのである。あいすいません、熟睡のため彼が幾度となく鳴らした携帯はほったらかしにされていたのだ。しかし気の優しい彼は根気よくいいかげんな夫妻を待っていてくれたのである。さらに言うならば、今回車を出してくれることになっており、我々を香川県まで連れて行ってくれるその人なのだ。まさにOくんなくして今回のツアーは語れないのである。にもかかわらずいきなりの寝坊、阿呆丸出しの出発であった。

廃墟病院

2009-09-07 | リッスン・トゥ・ハー
朝は遅い。なぜなら夜も遅いから。夜はやってくる若者たちをもてなさなければならない。せっかくやってきてくれるのだから少しはひやっとして帰ってもらいたいと言う廃墟としての意地、プライドって言うのこういう気持ち?はじめての顔なんか見たらちょっとサービスしてよけいにガラスを揺らしたり、発火現象をぱっぱっと起こしたり、いつもより多めに揺れています、燃えています、なんて若者たちを喜ばせたい。昨日、テレビがきた、俺は映ってた?ちゃんと映ってた?気になる所であるが、テレビは廃墟としての私の能力を最大限に生かすための手段。おろそかにしてはならない。このまま来る人が増えて、そこで気の合うもの同士ちっちゃい町みたいなの作って、みんなで仲良くさ、いつまでも暮らせたらなあ、と思う。あ、これ、聞かなかったことにして。なによりイメージ大事やから。

気弱カモシカ

2009-09-06 | リッスン・トゥ・ハー
「はあ、そうですねえ」とカモシカは行員の説明にわかったようなわからぬようなしかし、決して再度質問を繰り返すような強気なまねはせずに、曖昧にうなづいた。定期預金と普通預金、その違いについてわざわざ動物園から聞きにきたというのに、その説明の2割も理解できずに、及び腰のまま。カモシカだからといって、その髪をうしろで束ねて青色のメガネをかけた行員はちっともそれを考慮せずに、最小限度の言葉で説明する。顔色一つ変えない。カモシカは、自分がカモシカだから多少は驚くし、カモシカだということを考慮したコミニケーションを図ってくれると考えていた。だからその全く動じない行員に、心底驚愕している。カモシカの表情は読み取りにくいから、何も変わっていないように見えるが、もう鼓動だけで全身がバウンドしそうなぐらいである。行員は、ポーカーフェイスを装っていたが、実際はひどく混乱していた。カモシカに対する説明方法など研修でやってないし、カモシカ来たことなかったし、だから先輩がどういう風にカモシカに応対するか見せてもらってないし、試されてるのだろうか、私の最終試験なんだろうか、などとあらゆる自問自答していた。カモシカだから、うしろにいる、横にいる先輩は、何も言わない。どうすればいいか、困ったときはたいがい、そっとアドバイスをくれたのに。静かに広がった波紋は銀行を包み込んだ。突然、そのなんとなくクリスタルな空気に耐えられなくなったカモシカが、気勢を上げて逃げ出す。と、行員も突然気勢を上げたカモシカに、なんとか耐えていたものが破裂、涙がどっとあふれ号泣。支店長・本田清彦が駆け寄り、ブレザーをさっとかけてやった。しばらく誰も何も言わずにブレザーを脱いだカッターシャツ姿の支店長、その背中に透けたブラジャーに視線。

本物志向のジンジャエール

2009-09-05 | リッスン・トゥ・ハー
すりおろされたショウガはその繊維をふんだんに残したまま液体に浮かんでいた。そのみずみずしいショウガの匂い、色、そして味が突き抜けていくのを私は感じた。ショウガに持っていかれる感じであった。どこか別の場所に私を運んでいくもの、それがショウガであった。誰もがその刺激、感覚を体験したがり、カフェは長蛇の列ができた。時間にすれば4時間待ちほど、さすがに腹を立ててジンジャエールごときになんでそんなにならばにゃならんのか、と怒鳴り出すものもいた。たいていは中年の脂の乗り切った男であったが、並んでいる人々はそのような輩に冷笑を浴びせた。せいぜい吠えろ、吠えてどこかへいけばいい、その分早くその刺激を俺がいただけるだけだ、とほくそ笑んだ。店のショウガの消費量は目を見張るものがあった。たった一軒で栃木県のショウガ消費量を凌駕した。してなお増え続けている。ショウガが全国各地からカフェに舞い込んだ。ぜひうちのショウガを使ってください、うちのショウガはさらに刺激を強めてみました、うちは値段を下げに下げました。やがてショウガが底をつき始めた。ショウガを必要とする人が激怒した。一軒で使うなどとは不公平じゃないか。だが使ってしまったものは仕方がない。その人気を盾にカフェはどこまでも強気であった。

本物!「キモかわいい」なまこストラップ

2009-09-05 | リッスン・トゥ・ハー
うごめいているのは気のせいではない。たしかに、ストラップが置かれているベンチの上、ねちぇねちぇ音を立ててうごめいている。一体何を目的に、何を求めてうごめいていると言うのだろうか。その母なる海をあるいは目指しているのかもしれない。先端についた金属は深く体に食い込み、いくらうごめいた所で外れるはずがない。ちっぽけな存在。もろごと持っていかれそうなほどうごめいている。激しくうごめいているじゃないか。本能に身を任せてうごめくストラップ。なまこは液体を放出、ぬらぬらとなったストラップ、鞄までもぬらぬら。そんな気味の悪さがヤングに受けているそうな。夜も末じゃわい。ふおっふおっふおっ。

peko

2009-09-03 | リッスン・トゥ・ハー
ペコは舌を出した。照れからくる行動だった。ペコは求愛されたのだ。見ず知らずの男性に、髪を短く丸刈りにして、サングラスをかけている。頬にひとつ深い傷跡、いかにも悪そうな風貌であるがその求愛は非常にユーモラスであって、それを見ている人々を微笑ませた。男はペコのうしろから絡み付くように肩を抱き、足でリズムをとってステップを踏んでいる。今にも踊り出しそうなステップは非常に陽気であった。見ているこちらも踊り出しそうになる。危うく。男はそしてペコ、好きだ、好きなんだペコ、と叫んでいる。変な目をして通り過ぎていく人々などおかまいなしに、男はペコに絡み付く。ペコはやれやれと、舌を出す。人気があるって罪ね、などとつぶやいてみる。

タンゴセラピー

2009-09-02 | リッスン・トゥ・ハー
タンゴ踊ろ。踊ろうタンゴ。さあ、あなたもいっしょに、手を取り合って足をあわせて、音楽に、ずんじゃじゃずんじゃじゃ、音楽にあわせて、下手でもいいよ、とにかくいっしょに手足を動かして動かして。そしたら次第に陽気になってくるだろう、楽しくなってくるだろう、ええじゃないかええじゃないか、踊ろう踊ろう、へっへっへ。乗ってきた男に手を取られてあたし、顔を歪めてそれが笑顔に見えるのか、男、いい笑顔じゃないかその調子、やんやん、周りからも声が跳んでくる跳んでくる。あたし、確かに今陽気になって踊っている。日頃のなんでもないことが、ひたすらなんでもないことに思えてくる。当たり前か、当たり前か。うっタンゴ!は!

UDON

2009-09-01 | リッスン・トゥ・ハー
うどんのつるつるしこしこを楽しむためには冷やし。太一は目を見開いてそう主張。淡々としているがその目は野獣のもの、彼に流れるその血がその目を野獣にしてしまうのだろう。ことうどんのこととなれば、なればだ。仕方ない。うどんの特性を考えてみてくれ、つるつるしこしここそうどん、それなくしてうどんとはいえないのだろう。うどんは虹だよ君と横でさっきからイライラしたように聞いていた紳士は言う。紳士の名は雄一、歳の頃の56歳、青年が主張しはじめてからずっといらいらしていたのだが、ついに爆発して意見を発した。その声は低くこもっており聞こえにくい、太一も最初風が吹いてきたのかとあたりを美和増したらおっさんが白い顔をこちらに向けて、口をパクパク動かしているので、耳を澄ませると、うどんは虹だよ、なにわけのわからんことをいうとんねんぼけが、てなもんよ。太一いきり立って雄一にくってかかる、よーおっさん、虹てなんやね虹て、説明してみろよ、訳の分からん。雄一は少々ひるんで、なんつうてもひ弱なおっさんだからしかしここで根性みせんとどこで見せるのかいな、虹とはね、つまりうどんから立ち上る湯気が光の加減で見える魔法、その虹こそ、うどんの象徴、うまさの神であるわけだ。どういうこと?つまり、うどんは断然誰がなんと言おうが釜あげがベストチョイスであるわけだ。太一、頭は悪いので、半端なく悪いので最初雄一が何を言っているのか理解できなかった、それで、ずいぶんたってから自分が否定されたことに気づいて、憤慨。