リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

犬と、灰になって舞い上がれ

2006-06-19 | リッスン・トゥ・ハー
風の強い日、死んだ犬が焼かれて灰になっているゴミ処理場に向かう。この町ではゴミ処理場内にペット専用の焼却施設があって、飼い犬はそこで灰になる。私は死んだ飼い犬の骨を拾うために再びゴミ処理場を訪れたのだ。生前、食べる力もなくなりやせ衰えた犬の骨は、とてももろくてどれがどの部分なのかほとんどわからないような状態だった。きっと犬は灰になり風に吹き飛ばされてしまったのだ。この強い風が犬の灰を舞い上げたのだ。そして、散らばった犬は今まで見たことのない世界を目の辺りにする。そうだ、犬が死んでしまっても、ちっとも悲しくもない、むしろうらやましい。私も灰になりたい。きっと何ひとつ変わらない。若干軽くなった地球が回転速度をほんの少し上げる。

市民プールに浮かんで運命の人のことを想う

2006-06-19 | リッスン・トゥ・ハー
塩素の強い匂い、太陽光線がまぶしいプールで、私はまだ見ぬ運命の人を想う。きっと今この瞬間、世界のどこかで運命の人は私と同じように、向うから見て運命の人である私のことを想っているに違いない。運命の人はきっとはにかみ笑顔が可愛らしいでもいざと言う時凄く頼りになって、私のことが好きで好きでたまらない。遊ぶ小学生がばしゃばしゃ水しぶきをあげている。真上の雲、鯉みたいな形。何匹も泳いでいる鯉。私は少し目を閉じて、再び運命の人を想う。運命の人はきっと私の焼いたチーズケーキをもぐもぐいわせて食べる。焦らないでたっぷりあるから、と私は笑ってただそれを見ているだけのつもりだったけど、そのうちチーズケーキが無性に食べたくなってきて、ちょうだい、ってねだったりする。笛の音。プールから上がって休みましょう。監視員が監視するための小高い椅子から降りてくる。

柏木夫婦が営むせんべい屋を探す

2006-06-18 | リッスン・トゥ・ハー
父が酔っ払って買ってきたせんべいがとても美味しくて、私はその味が忘れられなくなっっている。それは素朴な醤油味で、なぜ私がそんなに気に入ったのか自分でもわからないぐらい素朴な醤油味で、もっともっと、食べたくてたまらなくなっている。せんべいを包んであった紙には「柏木せんべい」とだけ印刷されていて、いくら父に場所を聞いてみても曖昧なことをいうばかりで要領を得ない、相当酔っ払っていたので憶えていないに違いない。私はひとり柏木せんべいを探す。柏木せんべいはきっと、まだ若い夫婦で営むちいさなまだ生まれて間もない煎餅屋できっと、表通りから少し離れた人通りも少ない場所にあるにちがいない。電話帳にあっさり載っていた柏木せんべいはしっかり表通りに面していたけれど。ついでにいうなら創業約200年らしくかなりの有名店らしいけれど。私は、私が作り上げた想像上の若夫婦に会うために、会って目の前であのせんべいを齧るために、その曲がり角を曲がる。

薄いミルクテイの向こう側に居間

2006-06-17 | リッスン・トゥ・ハー
ある仕事がひと段落したから、と母がケーキを買ってきて、その夜家族そろって食べた。普段、顔を合わすことのないような、食事が終わればそそくさと各部屋にこもり、ひとつ屋根の下に暮らしているだけの家族で、母はミルクテイを煎れ、2階の私の部屋にちょっとおいで、と呼びにきた。私はわざわざ、一緒に食べる必要もないだろうなどと思ったが、あまりに母が微笑むので、根負けし居間に降りた。私は最期にきたからすでにケーキの選択権はなかったのだけど、チーズケーキが残っていてちょうど私が食べたいと思っていたし、実際そのチーズケーキは美味しかったのでそれについては不満はない。家族そろっての団欒が嬉しかったのか祖母が、この紅茶が美味しい、と、とても薄い紅茶をやたら褒めていた。

マフラーの巻き方で読む経済

2006-06-14 | 若者的詩作
ナップサックの中、赤い毛糸

お母様其れで、如何を編むので御座いますか?
類のマフラーを編んであげるのですよ
お母様本当?わたくし嬉しいわ
素敵な素敵な赤いマフラーを編んでくれるのならば
類はお皿を磨きます
お風呂掃除もいたします
おトイレット掃除はごくたまにいたしします

菩薩よできる限り早急に編みたもう
Because冬将軍が立派な口髭を扱いて此方の様子を覗っている

血の味がする血の味がする血の味がする

2006-06-13 | リッスン・トゥ・ハー
秋の空だった。運動会で私たちはグランドの中央に集められていた。それから何をするのだったか、なんて忘れた。そんなことは全然重要でない。重要なのはその時、私のすぐ近くにけんちゃんがいて、ほんとにものすごく近くにいて、それだけで、私の心臓は飛び出てきそうなほど高鳴っていたこと。突然、強い風が吹いて、グランドの砂を舞い上げた、その風はほんとに強くて、目を開けてられないほどで、みんなぎゅうと目をつぶって風の止むのを待っていたその時、ほんの少し開けたときかすかに見えた、けんちゃんの顔が近づいてきて、その唇が私の唇に、ぶつかった。拍子に、けんちゃんの歯が、私の唇を切った。きっとすごく緊張していたんだろう不器用なくちづけだった。血の味がする。まだ風は吹いていて、目を開けられない。私は口の中に違和感を感じつつ、ぼんやりと、この風が止まなければいいのにと思った。

かくれんぼう

2006-06-12 | 若者的詩作
春風よんで、町はずれ
野原によんで、あそびましよ
かくれんぼうしてあそびましよ

にげるわたしら
にょきにょきと
のびたつくしの
そのかげに
いきをころしてかくれます
はるかぜすすすすゆっくりと
つくしをゆらして
みぃーつけたみぃつけた

ああ
みつかったみつかった

全力でブランコをこぐ、名前の知らない街を見る

2006-06-10 | リッスン・トゥ・ハー
どこをどう歩いたのか分からないけれど、気付いたら公園の前に立っていた。もう夕日も沈んで薄暗かったから、子供たち誰もいなくて、ブランコが空いていたからそれに座った。もういちど冷静に考える。弟が私に怒鳴りかかって、中村君は青い顔をしていて、あんな状態で、私になにかできたでしょうか。どうすることもできないじゃない。それでファミレスを飛び出して、飛び出すとき入ってきたやけに面長の女にぶつかって怒られたけど、そんなの無視して、今ここに座っている。吹いてくる風が強い。ブランコは揺れる。私は何もかも嫌になって、ブランコを全力でこいでやる。一回転して、二回転するぐらい全力で。ちょうど身体が90度ぐらいになったとき状態をそらして後方を見る。目に映った反対向きの街は、私が知らない街みたいで、私はこの、誰も知らない街で生きよう、そう思った。

山葡萄トンネルに住む鼬について

2006-06-08 | リッスン・トゥ・ハー
山葡萄トンネルは全長20メートルほどで短く、今ではほとんど通り抜ける人もいない。本当は正式な名前があるんだろうけど、私は知らないし、きっと知っている人などいない。とにかく、そういうある地方の山奥にあるトンネルだ。どうして私がこんな誰も正式名称を知らないようなトンネルのことを話しているのか、というと、私の祖母がよくそのトンネルの話をしてくれたからだ。山葡萄トンネルにはいたちが住んでいて、いたちは通り抜けようとする人間の目を引っ掻こうとする。実際にいたちを見たものもいないし、ましてや引っ掻かれたものなど一人だっていないのだけど、とにかくそう言われていた。いたちの爪は鋭くて、ニワトリなんかを飼っている小屋の鉄の網を破ってしまうほど。そんな爪で引っ掻かれたらたまったものでない。だから実際にはいないのかもしれないけれど、山葡萄トンネルを通り抜ける人はみんな、眼鏡をかける。眼鏡といっても都会で若者がファッションのためにかけるようなタイプのものではなく、ただ外敵から本体を守るためだけの頑丈なの。暗いトンネルに入るために形はどうであれ眼鏡をかける。そんなトンネルってなんとなく素敵だと思わない?いやそう思うのは、私が眼鏡フェチだからじゃないから。眼鏡は好きだけれど。

彼はなぜ、ギターでアンプを叩き壊すのか

2006-06-06 | リッスン・トゥ・ハー
ギタリストがギターを振り上げてアンプを叩き壊す昔のバンドの演奏映像が流れた。私と中村君は、ふたりともさっきから熱心にその映像を見ている。ギタリストは叩き続ける。ドラマーやヴォーカリストも器材を蹴り飛ばしたり、床に転がったり、とにかく狂気的に暴れまわっている。ベーシストだけが一歩引いて、自分のベースを壊されないよう、抱きしめるように丁寧に弾いている。そのアンバランスが彼らのスタイルに妙にマッチしている。彼ら(正確には3人)が暴れるほどに、オーディエンスは熱狂し、その熱狂を受けさらに暴れる。そのスパイラルが見事で、私は息を呑む。中村君も息を呑む。その息づかいをすぐ近くに感じる。映像が終わるとひどく喉が渇いていることに気付く、私は缶チューハイのプルトップを開けて、ひとくち流し込む。中村君は取り出した煙草に火をつけて、すう、ふうと煙を吸って吐く、まだ成人でないのにその仕草がとても様になっているから不思議だ。

腐乱する兄と生活するということ

2006-06-05 | リッスン・トゥ・ハー
兄が死んでずいぶん経つ。その間、兄の肉体は徐々に腐り、今では強い匂いを放つ。その匂いは私に死の夢を見させる。ふとある瞬間、兄が生きかえって食事を探しているような気になる。当然、兄は死んだままだし、匂いは相変わらず漂っている。自然の摂理、近づくと無数のちいさな虫が兄を土に還そうと、侵食していく。虫は兄の皮膚の上を這いまわり、穴を見つけては、あるいは穴を造り出して、内部に入っていこうとする。そして、兄を食いつくし、排泄物を出し、徐々に兄を土に変えるのである。私は未だ兄の近くで生活している。それは兄に対する義理か、はたまた兄に対する愛か、ただのきまぐれか、分からない。しかし、私はここで兄とともに暮らし続ける。私が兄のことが好きだったのは確かであるし、ずっと一緒にいたいと願っていた。だからこうしていつまでも。そう思っていたある日兄はホケンジョという人間によって連れ去られた。