リッスン・トゥ・ハー

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違反切符を切るアリクイについて

2006-07-26 | リッスン・トゥ・ハー
みなし公務員に切符を切られてしまった。ほんの一瞬、車から離れた隙にデジカメで写真を撮られ、なにやら書類に書き込まれ、すべての手続きはすでに終わっていた、終わってしまった瞬間に戻ってきてしまったわけだ。僕はどちらかといえば物分りの良い方だし、トラブルを起こそうとかそんなことは考えもしていない、だから違反についてはあれやこれやと言わない。ただ、問題なのは、違反切符を切ったみなし公務員がアリクイだったということだ。作業着を着たアリクイは車に帰ってきた僕を見ると、にやりと笑い、いや、笑ったように見えただけで、実際には顔の表情はほとんど変わっていないのだが、「運が悪かったねぇ」と言った。僕は「はあ」と答え、それからふと思いついて「この仕事は長いんですか?」と聞いてみた。「いや、長いったって、道路交通法が改正されたの最近でしょ、長くないよ」とアリクイは手元の書類に何か書き込みながら答えた。「そうですよね」アリクイは僕のひとつ前に止まっている車の写真を撮っている最中に、歩いていた蟻をつまみ食いし、僕が見ていることに気付いてばつの悪そうな顔をした。僕はドアーを開けてエンジンをかけた。

相変わらず僕は何とか大丈夫です

2006-07-24 | リッスン・トゥ・ハー
東京の街に出てきました。右も左もわかりません。四方を囲む山も見えません。この街には終わりがないのです。JR東京駅の広すぎる構内で私は途方に暮れます。人の動きは基本倍速なので、私はモノを尋ねるタイミングと言うものがつかめないまま、やはり途方に暮れます。どうしようもなく、意識は遠のきます。私はこの東京の街に、何のためにやってきたのでしょうか。知りません。それが解らないまま、ただ立ち尽くしています。それほど東京は得体の知れぬ匂いが漂っていたんです。なんとなく、背から下ろしたリュックの中のお財布をぎゅうと握る。なんか確認したくなったのです。そうしているうちにだんだん落ち着いてきて、そうです思い出しました、ロックフェスと言う奴ですか。この街のどこかで行われると言うロックフェスと言う奴ですか、それに参加するのでした。

花火

2006-07-23 | 若者的詩作
青、赤、黄色、緑、赤、それからそれからそれから、夜空、私の上、数えきれない色が、次から次へと咲いては散って、咲いては散って、隣でソーダ水を飲んでいたゆみちゃんお口をぽかんとあけて、きれいだねぇ、って云いました。ソーダ水がこぼれているのに気付かないまま、きれいだねぇ、って云いました。

雨に降られて彼らは風邪を引きました

2006-07-22 | リッスン・トゥ・ハー
東京の街に出てきました。ああ膀胱膨らむ、てあたしなにいうとんねん、東京駅で膀胱膨らむ、人はたくさん歩いているけど、その向こう側に背景が見えない。皆上手に隠して歩いている。背景のない人間なんていないしかし真っ白な仮面で皆上手に隠している、だから背景がこれっぽっちも見えない。しかし、東京駅にいる人て、全国からやってきた人のほうが多いんでないかい。実際にそこで生活する人よりもなんらなの理由で上ってきた人のほうが、あたしみたいに。あたしはその背景をおぼろげながら眺めている。もう我慢できませんし、もう東京駅広すぎ、便所遠すぎ。なにもかも不親切すぎ。駄目押しのように何メートルも地下から吹き上がってくる生温い風を頬に受けた時、わたし、確かに東京に立っていたんです。

マンションの屋根は誰のものか

2006-07-18 | リッスン・トゥ・ハー
雨が降っている。それは、通りを走る車の音で分かる。逆言えば、それぐらいしか雨が降っていることを確認できる要素はない。きっとこの雨は粒が見えないぐらい細かい。だから雨が屋根にぶつかる音も全く立てない。だけど、ここから屋根は遠く、何階も上だし、もしかしたらちいさなちいさな音を立てているのかもしれない。そのかすかな音を聞きながら珈琲でも飲む彼あるいは彼女を想像する。それはひどく贅沢な音楽に思える。どんな素晴らしい音楽よりも繊細な音を出すコンクリートを打つ細かい雨。屋根は、このマンションの屋根は誰のものでもないはずで、つまり、その音を聞いている誰かに対して、僕は軽い嫉妬を憶えている、そういう話だ。

梅雨を知らせる女の子が舞う

2006-07-16 | リッスン・トゥ・ハー
同じ映画を見てすぐ前を歩いていたカップルは不満そうに笑っていたけど、音楽がとても素敵な映画で、物語の最期をとても綺麗に彩ったので、それだけで私は十分満足していた。映画館を出るともう薄暗くなっていて、通り過ぎる車はライトをつけようか、それとももう少しこの大自然の光を信じてみようか、その境界線に立っているようにあいまいにライトをともしていた。雨は降り続けている。きっとこんなふうに、毎日は過ぎていくだけなのだと思う。目の前を、水玉模様の傘を差した女の子が、ふざけてくるくる回りながら通り過ぎていく。女の子は楽しそうにワルツを踊ろる。雨はオーロラのようにやさしく街をつつんで、それから、私は、確か昨日から梅雨に入ったということを思い出した。

地を這うものに翼は要らぬ

2006-07-15 | リッスン・トゥ・ハー
働くこと。もっとたくさん仕事をしなければ、それこそが僕が生まれた理由で、仕事をしないならば、僕などいないほうがいい。仕事を終えて家路に着く時、月曜日の朝の目覚めのけだるさの中で、僕はそう思う。同僚の中には、ほとんど働かない奴もいる。上司の目を盗んでは、公園のベンチの上で寝転がったり、コンビニエンストアに入ってはぼうとしたりしてさぼっている奴がいる。彼は言う、そんなに真剣になって働く意味がわからない俺ひとりいくら働いたって何にも変わらないもっと楽になれよ。僕もそう思うだけど、働き続けていれば、すべてをそのためにかけてもいい、そう思える瞬間がある。こうして一生懸命働いた結果がそこに繋がっている、と確信している。なんというかそれは遺伝子に組み込まれているような気がする。顔を上げる。ああ、ここから遠く、何万匹もの黒い仲間の向こう、女王が羽を広げ、飛び立つ、その羽音の向こうにある太陽の、光。

チューイングガムを噛む男の子が見えない

2006-07-14 | リッスン・トゥ・ハー
もっと近づいて見て欲しい、と中村君は言う。けれど、いくら近づいたってかわらないものは変わらないんだから。と私は缶チューハイを飲んで笑う。不満そうな中村君は最近禁煙をはじめたそうだ、だから、なんとなく口が寂しいので、チューイングガムを噛んでいるのだそうだ。たとえベストを出したとしてもくるりの素晴らしさは変わらない、中村君は取り繕うように急に話題を変えて、私を見る。幼馴染ではないけれど、もう結構長い付き合いだし、そんな中村君の不器用さを知っている私は、微笑ましく思う。母なるおおらかさでそう思う。そりゃ素晴らしいのはわかるけど、なによいきなり。私は中村君が見えない。嫌いだからじゃない。私達は近すぎるのだ。空気みたいに。近すぎて見えない、そういうことをうまく説明できるほど私も器用ではない。中村君はワンダーフォーゲルを口ずさみながらチューイングガムを膨らます。ハローもグッバイもサンキューも言えなくなって。私は何にも言わずにそれをただ聴いている。

梅雨の晴れ間の笑み

2006-07-12 | リッスン・トゥ・ハー
雨、雨、雨、晴れたから私は街に出る。街は少し濡れて光る。午後3時の街は少し濡れて光る。戦争にはちょっと反対さ。ギターを弾いている。と口ずさんでみる。心が浮き足立つ。前から来る人、人、人みんな久しぶりの晴れ間、雨が降り出さぬうちにたまった用を済ましたいんだ。急ぎ足。その急ぎ足ビート刻んで、退屈なメロディ鳴り出す。街は賑やいで光る。パンの焼ける匂い、つられてパン屋に入る人の髪の匂い。名前の知らないけれど匂いだけ知っている花の匂い。街の匂い光る。曲がり角曲がる坂道の上から、手を振る。私の目に映るあなたの笑みが光る。

綿毛が頁に舞い降りた

2006-07-09 | リッスン・トゥ・ハー
実際、感情移入もはなはだしいぐらい主人公に想いを寄せていた。この小説が進んでいる間だけ私は生きているのだ、永遠にこの小説が続けばいい、とさえ思った。座席に座って、発車を待ちながらそう思っていた。頁をめくる。ふと、吹くはずのない風が吹いてきて、それは小学生が窓をあけたせいだったけど、その風に乗って綿毛が頁に舞い降りた。主人公がとても落ち込んで、涙を流している悲しい場面に舞い降りた。綿毛は主人公の涙の跡が残る頬をなぞって、さらに吹いてきた風によって、すぐにどこかへ飛んでいった。それで、私は現実にいる恋人のことを思い出すことができた。

少女は叫ぶ、マッチを擦って

2006-07-08 | リッスン・トゥ・ハー
マッチ棒はいりはせぬか、ああマッチ棒はいりはせぬか、町人よ、町人よ、このマッチ棒を擦ってみせよ、くるしゅうない、余にこのマッチ棒を擦ってみせよ、さすれば、刹那、幸福の風景、背景雪化粧した聖夜のイルミネーション、零れる窓辺のイルミネーション、ああ、この家の母は紅を塗り、白をはたいて頬染め、赤らめ、チキンの焼ける匂いすらもったいないと、外には漏らさず、途切れる。ああ、マッチ棒を擦れ、マッチ棒を擦れ、余に幸福の形を思い知らせるが言い、さあ、この家の母は、ヴァイブレーションのように震えろ、町人と、更なる涙、行方も知れず、雪が、背に目に手に、耐えられるか、余は耐えられるのか、町人よ、マッチ棒を擦れ、擦れ、最期の一本を擦れ、燃え盛るマッチ棒の、焦げた皮膚の、黒い煙が、消えるちょうどその頃、パトラッシュの羽、もぎ取れ、あっけらかんと、意識遠のく。