夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

オリンピックは平和の祭典。戦争国家は退場せよ

2008年08月23日 | Weblog
 オリンピックもそろそろ終わる。日本に限らずもの凄い選手の頑張りを見ると、何も言えなくなってしまう。そう言えば、北島選手のあの感激ぶりは可愛かった。汗を拭く振りをして涙を拭っている。そして「なんも言えねー」。ところが、無粋な字幕は「何も言えない」なのである。何度か同じ字幕が出たが、すべて同じ。こんな字幕に感動もへちまもあるもんか。でも昨日だったか、ちゃんと「なんも言えねー」と流していた局があった。出来のいい局はある。
 この「へちま」だが、『新明解国語辞典』によれば、「へちまの皮が役に立たない所から、〈へちまの皮とも思わない〉と言うようになった、とある。「へちまとも思わない」はその略だそうだ。私はあまりこの言い方は知らないのだが。
 そして、「感動もへちまもあるものか」は、否定的表現において語呂を整える用法、とある。この「語呂を整える」が私にはさっぱり分からない。「へちま」と何が語呂合わせになっているのか。どなたか、教えて下さい。

 それはそうと、何か「きな臭い」オリンピックでしたねえ。古代、オリンピックでは、ギリシア諸国は戦争を中断しオリンピックに参加したと言う。文字通り「平和の祭典」である。ソ連が東欧を侵略した時には欧米も日本もモスクワ大会への参加をボイコットした。
 それなのに、開催国中国は平気で戦争を仕掛けている。いや、戦争ではなく、単に反乱分子を制圧しているだけなのだ、と言うのかも知れない。しかし、そう思っているのは中国だけで、他国はすべて他民族の弾圧であり、戦争だと思っているはずだ。
 ロシアにしても同じである。グルジアで、まさに戦争をしている。本来なら、国際オリンピック委員会が参加を差し止めるべきではないのか。平和の祭典に戦争は似合いません、と。しかし国際オリンピック委員会は金儲け機関に成り下がってしまっているから、金になればなんでもあり、なのである。
 アメリカだって、威張って参加など出来ないんじゃないのか? それにアメリカのテレビ局の放送の都合で、競技の時刻が変更されたんだと。許せねー。

 そして中国は開会式の足跡の花火がCGだったと分かり、しかも少女の口パクまでばれてしまった。更には少数民族が参加していると見せたのはすべて漢民族だったと判明した。それに対して中国人達は、ショーなのだからいいではないかと、とんでもない事を言う。冗談じゃない。ショーだからこそ、全世界の人々に見せる物だからこそ、正しくなくてはいけないのである。これを単なる見せ物だと思う人々はオリンピックを開催する資格が無い。そこには真剣に全力を尽くして闘う人々が居る。中には自分の全生命をかけている人だって居る。

 私は開催前から、聖火リレーの事などもあって、中国は開催国の資格が無いと思っていた。それがその通りだった事を自ら暴露してしまった。国際オリンピック委員会も馬鹿だねえ。中国が単に背伸びをしたいだけなのに、そんな事も見破れない。いや、私だって中国の国力は認める。しかし国力がある事と他国を制圧する事とは相反する。むしろ、国力があれば、他国に優しくなれるのである。
 つまり、中国の国力は見せ掛けである。本物ではない。私が中国は国力があると見たのは間違いだった。本当の国力は国民が持っている。では中国では国民がそれを持っているか。本当は国民はそれを持っている。ただ、それを示す場が無いのだと思う。すべて国家の意のままに御せられている。
 前に、中国人と中華人民共和国人は違うと書いた。テレビで見る中国人はすべて中華人民共和国人ばかりである。

 それにしても、開会式での中国の国名表示を見て驚いた。そこには「中華人民共和国」ではなく、単に「中国」とあったのだ。英語の表示は本来なら「People's Republic of China」である。フランス語の表示も同様だ。我が家のアナログテレビでは細かい所までは見えない。それに中継のカメラは国名表示などに興味が無いらしく、そのプラカードをきちんと見せない。私はいつも開催国が他国をどのように呼んでいるのかに非常に興味があるので、そこに注目してしまうのだが、カメラが気にしているのは旗手と選手団だけである。
 でも、国名って、その国にとってはものすごく重要な事だと思う。人にすれば自分の名前である。自分の名前をおろそかにされて平気な人が居るだろうか。国名のプラカードをきちんと見せないカメラを私は何が大事なのかを知らない人だと判断した。それに、あのだらだらとした、まるで遊び半分のような入場行進を私は認めない。自由でいい、と言うかも知れないが、自由にも限度がある。そんなだらしのない姿をを見せる事に必死になっている。
 外国語表示はともかくとして、いつから中国は国名表示を「中国」と変えたのか。私は知らなかった。でも、国名表示を変えても、その実態は一向に変わらない。相変わらず覇権国家意識まんまんである。
 でも、選手達は素晴らしいねえ。国境を越えて素晴らしい。願わくは、その素晴らしさのわずかでもいいから、「中華人民共和国」が薬にしてくれる事を。