壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK/ETV特別取材班)

2012年03月27日 | よむ

『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(講談社)を読みました。著者は、NHKのETV特別取材班の面々です。

テレビ番組は見ました。とても緊迫感があり、びっくりしたことを覚えています。ただ、木村真三さんや岡野眞治さんという科学者が番組に出てくる理由が分からなかった。この方々をぼくが知らなかったため、唐突感があったのです。

今回、この本を読んで、3・11以前から、チェルノブイリ取材などでNHKのディレクター陣と協力関係にあった科学者だと理解できました。ドキュメンタリストにとって、日頃からの人脈、ネットワークがいかに大切か。よく分かりました。

この本は、その番組制作の舞台裏が綴られています。立ち入り規制されるか否かのドタバタ時に、現場取材を素早く敢行したこと。原発の敷地の正門まで行っています。勤務先に辞表を出し、すぐさま取材クルーに合流する科学者、木村さんの行動力。上層部の意向で、お蔵入りの危険もあった番組の運命。岡野博士の逞しくしなやかな科学者魂……。

ドキュメンタリストを目指す方は、必読書だと思います。

以下、メモです。長いし、整理できていない断片なので、時間のない方は飛ばしてください。(引用元の漢数字は、算用数字にしています)

「3月15日、福島原発から最も多くの放射性物質が放出され北西方向に飛散したときも、SPEEDIはそれを予測計算ではじき出した。しかし政府は被災地に伝えなかった。その結果、浪江町や南相馬市の住民たちは、まさに放射性物質が向かう方向へ避難することになってしまった。その先の飯館村では、避難民を受け入れるために村民が何も知らずに屋外で炊き出しを行っていた。せめて拡散の方角だけでも伝えていれば、住民の被ばくはどれだけ避けられたことか。」(引用)

炊き出しですよ、炊き出し。知っていて知らせないのは、本当に罪深い。

「取材チームに加わったメンバーは私(増田秀樹)も含めこれまで科学的視点よりも歴史的視点でドキュメンタリーを制作してきた者が多い。」

何か理由があるのでしょうか? 興味深いです。

「水に溺れた時、深さの見当がつかない時こそパニックは起こる。(中略)命に関わる情報を独占してきた政府と一般国民の隔絶という国の矛盾まで浮き彫りにしている。」

まさに。知っているのなら、言って欲しいですよね。水深1メートルですよ、とは言えるけど、30メートルですよ、とはパニックになるから、言えない。これが政府の姿勢です。悲しすぎます。

ガソリン不足のときです。あえて燃費のいいハイブリッド車のレンタカーを借りて30㎞圏に入るとか、無人の村で、夕刻に窓辺の灯をたよりに、人の残った家を特定するとか、臨機応変さも興味深いです。

先日読んだ『権力にダマされないための事件報道の見方』の、元読売記者の大谷昭宏さんもそうですが、「組織内ジャーナリスト」というのは、組織の誘惑があるだけに、微妙な立場に置かれます。NHKも同様のようです。

大谷さんは何度もルールを破り、記者クラブに立ち入り禁止されたとか。この本の七沢潔さんはチェルノブイリ取材などの経験があり、原発についてはNHKきっての事情通ですが、なぜか、放送文化研究所の(閑職?)に追いやられていた。今回の原発事故で、半ば勝手に現場復帰したわけです。「私を気持ちよく現場取材に出してくれた放送文化研究所の○○所長、○○部長にもお礼申し上げる。」(あとがきより)。事後であり、番組が評価されたからこそ言える言葉ですね。もし、急性被ばくでもしていたら、言えない。でも、そんなことを考えず、とにかく現場に出て行ったのでしょう。ドキュメンタリスト魂を感じます。

この辺、番組作りもさることながら、組織と個人という観点からも読み応えのある内容の本です。

「福島出身の音声照明担当、折笠慶輔さんが登場されます。「彼の育った福島市では、小学生のころから社会科の課外授業で原発の安全性を植えつけるビデオを見せられていたそうで、(中略)今でもビデオの中で流されたフレーズ『厚さ60センチメートルのコンクリートの壁に守られて……』云々のくだりは暗唱できるくらいである。」

おお、これって教育勅語みたいなもんじゃないですか。恐るべし、パブリック・アクセプタンスです。

最後に2つ。「ネットワークでつくる」のネットワークとは、3つあります。1つは、科学者同士のネットワーク。現地での測定や土壌の採取は木村さんとNHKのスタッフが担いましたが、土壌の解析は京都大、広島大、長崎大、金沢大の科学者が分担しています。相互に測定し合い、誤差を少なくする工夫もされているようです。

もう1つは、NHKのドキュメンタリー制作者の代々の歴史(縦のネットワーク)です。以前読んだ『仮説の検証』の小出五郎さんも、こうしたネットワークにつながる人なんでしょうね。

最後は視聴者のネットワークです。この番組は、お蔵入りの危険があった。でも、一つ前に作った、ETV特集「原発災害の地にて 対談 玄侑宗久・吉岡忍」という番組の反響が大きく、ネットで話題になり、「その結果、それまで私たちの行動を非難していた局幹部の態度が変わり、『ネットワークでつくる放射能汚染地図』の制作に正式にゴーサインが出たのだ。」(引用)。ブログなどソーシャルメディアを通じて、ドキュメントの作り手と受け手がつながった、というわけです。

ラストの1つ。執筆者プロフィールで、8章を担当した渡辺考さん。「ミクロネシア連邦ヤップ放送局、ETV特集班などを経て、現在大型企画開発センター所属。」とありります。ヤップ放送局だなんて……。恐るべし、NHKの取材網ですね。

長くなりました。失礼します。




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