壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『原発ゼロ世界へ―ぜんぶなくす―』(小出裕章)

2012年03月19日 | よむ

『原発ゼロ世界へ―ぜんぶなくす―』(小出裕章著、エイシアブックス)を読みました。

著者の小出氏は、京都大学で原子力を研究する学者ですが、一貫して反原発の姿勢を貫く異色の学者です。反原発の姿勢ゆえ出世の機会を与えられず、60歳を過ぎても「助教」という立場です。

同書の特徴は、以下のとおり。(1)とても平易に書かれている。だから中学生でも理解できると思います。(2)腑に落ちる、分かりやすい「序」がある。(3)原子力発電だけでなく、福島の事故、歴史、経済、政治など、広く核開発について網羅されている。

章立ては、1章/福島、2章/チェルノブイリ、3章/日本、4章/世界で、全体で100項にまとめられています。平易な表現や構成からは、著者だけでなく、編集者の知恵や工夫が見て取れます。

さて、書きたいことは、山ほどあるのですが、以下1点のみ。

その昔、原子力は「夢のエネルギー」とされました。小出氏もそれを信じ、東北大の工学部、原子核工学科に進み、原子核物理学の研究者の道を歩み始めます。同書241ページには「それを信じて、愚かにも原子力に人生を懸けた人間がいる。私のように。」と書かれている。

いえ、決して愚かな選択でも、無駄な人生でもありませんよ。確かに、原子核物理学者を選ばなければ、ほかの分野の学者や実業界での活躍という道もあったかもしれません。

しかし、坑道で一酸化炭素の危険をいち早く知らせるカナリアのように、人類に警鐘を鳴らし続けてきた。それだけで素晴らしい仕事です。勇気ある、立派な人生だと思います。ただ私たちが、カナリアの鳴き声を聞かなかった(聞こえない振りをしていた)だけ。愚かだったのは、私たちのほうです。

同書は平易で、中学生から読めると思います。ぜひ、一読をお勧めします。

なお、小出氏はじめ、京都大の原子力の先生方を主人公にしたドキュメンタリー番組があります。ネット上に流通しているので、適宜キーワードを入れて検索し、ぜひご覧になってください。
「なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜」(2008年10月19日放映、大阪毎日放送)約50分


『乱気流』(高杉良)上巻を読了

2012年03月19日 | よむ

『乱気流』(高杉良)上巻を読了しました。

日本経済新聞を舞台にしたモデル小説。リクルート事件、イトマン事件などなど、実際に世間を騒がせた事件に材を取った小説です。

実際の事件を知っているだけに、ぐいぐい小説の世界に引き込まれました。この登場人物は、誰のことだろう、などと考えるのも楽しい。誰か対応一覧表を作ってくれないかなぁ。

さて、小説では、東京経済産業新聞(以下、東経産と略。日本経済新聞のこと)の、ヒラ社員、倉本を主人公とし、彼が活躍します。その倉本の高校の同級生で、東京大から旭日新聞(朝日新聞と思われる)へ就職した高田という男が登場してくる。倉本は早稲田の政経卒で、証券部で丸野証券(野村證券と思われる)を担当している。高田は経済部のエネルギー担当です。

二人が、高校時代の恩師の通夜で、久しぶりに顔を合わせて交わす、このような会話がある。

倉本が言う。「おい、高田。お前、確かエネルギー担当だったよな。相変らず関東電力の接待攻勢はスゴイのか」。高田が応えて……。

小説中の関東電力とは、東京電力のことですね。手持ちの文庫は、2007年9月に1刷です。なにか、つい最近まで隠されていたが、福島第一原発事故で、いま広く知られつつある事実について、いち早く光を当てていたように感じますね。

一般的に、電力会社に限らず企業は、自社のことを良く書いて欲しい、悪い情報は書かないで欲しい、という希望があります。そのため、記者には弱く出がち。勢い、モラルの低い記者は傲慢になります。下巻は、その記者あがりの経営者の下半身の無軌道ぶりと、倉本はじめ若手の記者らの自力での浄化を求める戦いがテーマです。

「関東電力の接待攻勢はスゴいのか?」……。賄賂は論外ですが、接待によって、ペンは曲がらなかったのか? ネット時代や活字離れの部数減、接待に象徴される電力会社との関係、現在進行形の原発関連の報道姿勢……。いま実在の新聞が、改めて編集方針や経営、そしてモラルを問われています。

下巻も楽しみです。

PS:記者志望の学生は、ぜひ読まれることをお勧めします。

上巻の各章のタイトルと、内容概説。
第1章、理念なき膨張。リクルート事件に材を取っています。
第2章、次長の転職。新聞社の体質に異を唱え、退社する記者もいます。
第3章、バブル崩壊。銀行の破綻や合併などに材を取っています。
第4章、裏社会の進出。イトマン事件に材を取っています。
第5章、冒頭陳述の衝撃。記者が1000万円を握らされていたことが表面化。
第6章、日経新聞の名物コーナー「私の履歴書」いろいろ。