「……峡谷の岩壁からの砲火をかいくぐると、どこに隠れていたのか、周囲の岩陰から戦闘機がハチの群れのように舞い上がった。必死で……無我夢中で逃げた。ようやくベノムの引力圏を抜けても、恐怖はまだ去らなかった」
「圧縮タンクに穴が開いて、推進剤が漏れ出していたんだ。集中砲火を浴びたときに破損したのか、ピグマが細工しておいたのかはわからない。どちらにしても、コーネリア軍の駐留する宙域まで飛べないのは確かだった。やむなく、パペトゥーンに不時着をこころみた。だが気が気でなかった」
「ベノムへの潜入時には、地表をおおう酸の雲の、濃度が低いところを慎重に選んで突入した。しかし逃げ出すときにはそんな余裕はなかった。厚い酸の雲を通り抜けるあいだに機体が腐食していて、大気圏突入の衝撃に耐えられずに空中分解したら……。そう考えると頭がおかしくなりそうだった。ジェームズが……燃えるほのおの中からジェームズが呼んでいるような気さえしてきた」
「ワシが信じていた自分は……勇敢で、恐れを知らないパイロットのペッピーは、もうどこにも居なかった。どんなことをしても助かりたい、生きたい、死にたくない……それしか考えられないちっぽけな星屑が、果てしのない黒い宇宙に浮かんでいるだけだった」
「結局のところは、機体は空中分解しなかったし、地面に激突もしなかった。G-ディフューザーは最後まで生きていて、静かに地表に着陸できた。だだっ広い草原と湖沼、森の向こうに、市街地のかげが見えた。助かった。そう思った瞬間、目の前がふっと暗くなった」
「次に目覚めたときは、病院のベッドの上だった。千年ものあいだ眠っていたような気がして、自分がなぜここにいるのかわからなかった」
「そうだ、ワシは助かったんだ……まずそれを思い出した。なら助かったことを喜びたかったが、ちっともそんな気分になれないことに気付いた。なぜだろうと考えているうち、一連のことを少しずつ思い出してきた」
「自分の中に大きな穴が開いたように感じた。体の中に詰まっていた大事なものを、ワシはそっくり失くしてしまったんだ。ジェームズ・マクラウドにピグマ・デンガー。そしてペッピー・ヘアまで、ワシは失くしてしまった……」
「わからないんじゃ……一体なんのために生き残ったのか……ワシが培ってきたと信じていたものは、みな無くなってしまった……命だけはどうにか持ち帰ったが、その命の使い道が立ち消えてしまった。一体なんのために……これじゃあ、いっそワシもジェームズと一緒に撃ち落されていたほうがマシだったかもしれん」