俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

「ファルコとの出会い」その71

2013年01月18日 01時42分11秒 | 小説『ファルコとの出会い』

“・・・・・ご苦労なことだ”
 闇の中から、なにかが老人に“話しかけた”。
 「…………」
 老人は答えなかった。先刻の演説の動悸の余韻を残したまま、疲労した身体を無言で椅子にうずめていた。

「ファルコとの出会い」その70

2013年01月18日 01時23分47秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 すでに電波ジャックは終了していた。
 だが爆弾投下にもひとしいあの“建国宣言”のあとで、なにごともなく通常放送に戻れるわけもない。各局は緊急報道態勢へと移行し、アナウンサーたちは昔話にある魔界のような扱いで≪ベノム帝国≫の名を口にした。アナウンサーたちの姿と交互に、録画された映像が再生され、アンドルフが叫ぶ。――建国を宣言する!

 フォックスの心臓ははげしく脈打っていた。
 ロキオンとハール。コーネリアを二分する大種族の対立で、宇宙には衝突と混乱が巻き起こるだろう。ふたつの波濤がはげしくぶつかる黒い海を、自分は桿を握り必死に飛ぶ。嵐に揉まれる一枚の木の葉のように、運命を翻弄されながら――。

 ――――。
 惑星ベノムの地表。外部からの観測では全く見分けはつかないが、厚い雲に含まれた酸が中和され、コーネリアと変わらぬ環境に保たれた一地帯がある。
 さらにその地下、岩盤をくり抜き作られた大空洞に、皇帝アンドルフの居城はあった。
 薄暗い部屋で、老人は深い吐息をついた。
 聞く者の魂を揺さぶり、火をつけるだけの力ある言葉を発するには、いささか自分は歳をとりすぎている。それは理解しているが、しかしやらねばならない。

 “・・・・・・”
 部屋の奥には、老人が腰掛けている場所よりもさらに暗く、向こう側の壁も見通せない程の闇に沈んでいる。
 その闇の中に、なにものかがいた。
 血肉をもつなにかではなかった。冷たく硬質の、無機質ななにかが、それでも生きて、息を潜めていた。

「ファルコとの出会い」その69

2012年05月12日 01時32分11秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「私の率いるチームは、暗闇のなかで黙々と新技術を作り出した。
 コーネリアの二大種族間の対立は、その間にも深まっていった。軍の駐屯地で小競り合いがおき、事態の収集がつかぬまま、泥沼のようなゲリラ戦が繰り広げられた。
 ある朝、私は気づいた。ハールのゲリラたちに向けられたコーネリア軍の最新兵器のいずれもが、私たちのチームの技術を転用したものであることに。
 私は抗議を申し出た。死にかけた魂を必死に揺り起こして。科学研究所主任として、最高司令官ペパー将軍に面会を求めた。
 だが、叶わなかった。再三の願いは聞き入れられず、私は将軍の執務室どころか、本部の敷地内に足を踏み入れることさえできずに終わった。
 そして理解した。二大種族の融和など夢物語だと。
 ロキオンどもは、私の頭脳から吸い上げた技術で、わが同胞のハールたちを殺戮した。その奥底にあるのは、異種族に対する、底知れない憎悪だ。
 少なくとも私は、歩み寄り、理解し合おうとした。だがロキオンは銃弾をもってそれに応えた。
 5年前の事件は、その返答に対する、私からのさらなる返答だ。
 だが、この星の上でふたつの種族が……どちらかの最後の一人が息絶えるまで殺し合わなければならないとしたら、それこそ地獄ではないだろうか?

 けして共存できないならば、距離をおくしかないのではないか。
 ……私は、ここベノムを、われらハールの第二の故郷として作りかえる。そしてロキオンの圧政のない、ハールのための国を打ち立てる!

 もちろん、そこへ至る道程は、楽なものではない。原始時代にも等しい状況から、近代国家を作り出そうというのだから。
 私はハールの救世主ではない。慈悲ぶかい王でも、ましてや英雄でもない。
 それどころか、死体の山と流血の河のうえに国を築こうとしている。さしずめ魔王といったところだな。
 だが、ハールの諸君よ! 現状でも、君らの命はロキオンの繁栄を支える土台の、小石のひとつとして搾取され、消耗されているのだ。
 どうせ削り取られる命ならば、他人の国ではなく、自らの国の礎としたいとは思わないのか。
 胸に手をあて、己の心の声に耳をすますのだ! 私の言葉に魂が共鳴する音が聞こえるはずだ。
 いかに目を伏せ、耳をふさごうとも、魂の鳴り響く音は消せはしない。
 同胞よ、わが思いに共鳴するものたちよ。私は今ここに、ベノム帝国の建国を宣言する!」

「ファルコとの出会い」その68

2012年02月12日 22時18分34秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「もう、お分かりだろう。若き日の私は抽出した成分からガスを作り出し、『誰も傷つけない兵器』として軍にモニタリングを申請し、権利と引き換えに多額の研究費を手に入れた。研究ははかどった。自分の発明品が実際にならず者共を捕らえるため役立っていることも、ハールの出身としてははじめて軍の科学技術研究所員に迎えられたことも、私の心を躍らせた。
 あの日の訪れまでは。
 私が作り、私が売り込んだガスが、命を奪ったのだ。私が殺したも同じだ。
 誰も傷つけない兵器という謳い文句が、私の誇りだった。お笑いだ。なまくらのナイフ、湿気ったマッチ、と言って喜んでいたようなものだ。
 お分かりいただけるだろうか。5年前の事件のずっと以前、三十余年前のあの日からすでに、私は殺戮者であったのだ!
 ……。…………。

 私は、私が殺戮者であることの意味を探そうとした。なぜ、まるで適さない条件のもとで、あのガスが使用されたのか。それを許可し、命じたのは誰か。だがすべては、軍事機密という名のむこうに隠されていた。それでも私は知らねばならなかった。知った上でその人物を問い詰めなければ。それ以外に、あの日に背負い込んだ同胞の命の重みを、この身から下ろすことができないような気がしたのだ。
 軍の関係者、メディアの関係者に聞き込みを続けるうち、私の周囲には怪しげな影がうろつくようになった。
 特高、公安、保安局……私には名前も知るすべがなかったが、おそらくはそんなところだろう。監視の目はいたるところに光り、私は電話の一本をかけるにも恐ろしく感じる有様だった。
 監視の網にからめとられ、探偵のまねごとは進まなかった。ただ肩書きだけが変わっていった。
 孤立しながらも研究費を勝ち取るためには、成果を出すしかなかった。私の頭脳が生み出したものが、軍をより強力に育てていった。
 超次元空間の短絡機構のプロジェクトを一任されるころには、私の精神から外向きのベクトルはすっかり失われていた。
 機密と監視がそうさせたのだ。私は内部へと没頭した。研究だけで頭脳をいっぱいにし、あの日のことを忘れようとした。心を閉ざし、目を伏せ、耳をふさいで生き始めた。死に始めた、と言ってもいい。妻と子供が私のもとを離れたのも、このころだ。
 

「ファルコとの出会い」その67

2012年02月12日 22時11分04秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「……だから破壊と殺戮に手を染めたのか、と皆さんは思うことだろう。正確には違う。
 もう三十年以上前のことだが、『トネリコの日』のことは、もちろん知っておられるだろう。貧困に押し込められたハールの労働者たちの不満が爆発し、起こした暴動はコーネリア各地に飛び火した。
 私はそのとき、一介の技術者に過ぎなかった。暴動に参加することはなかった。ロキオンの支配から抜け出したい気持ちは同じだったが、私は私で、暴動とは別の力で彼らと対等になろうと息巻いていた。
 つまり私も若かったということだ。
 暴動には静観を決め込むつもりだったが、間接的に、思わぬ形で関わることになった。
 コーネリア軍は、押し寄せる群衆の真ん中にガス弾を数発、撃ち込んだ。
 ガスの主成分は、ある生物から抽出した神経伝達物質をもとに生合成したもので……無色透明だが、ほのかに柑橘類のような香りがある。この成分が気道粘膜を経て血中に入り中枢神経にまでたどり着くと、種族を問わず、交感神経の働きを鈍麻させ、多幸感、嗜眠がもたらされる。
 ちょうど、風呂で一日の疲れを洗い流し、ガウンに着かえたあと暖かい布団にもぐり込んだ時のような、やすらかなまどろみの中に落ちてゆくのだよ。
 同じガスが、軍が勢力圏を拡大する際、軌道上をうろつくごろつき共や、軍事施設を占拠したテロリストに向けて使われたことがある。
 楽なものだ。ごろつき共が得意になって乗り回している快速艇や、テロリストが篭城する施設の大気調節器からガスを注入してやれば、相手はあっさりと眠りに落ちる。しあわせな夢を見ながら、みなお縄だ。
 だが、この暴動の場合は、少々事情が違っていた。というより、最悪だった。
 このガスは、狭く遮蔽された空間に短時間で行き渡らせられる場合に、最も大きな威力を発揮する。
 では、その逆、広く、遮蔽もされていない空間で、ひしめきあう群衆に向けガスを散布したら、いったいどうなっただろうか?
 まずガスを吸い込んだ数名が、幸福感と共に眠りについた。その周囲の者も、ガスの広がりに従って、次々に。
 残りのものは、異変に気づくと、はげしい恐怖に襲われた。この時点で、このガスは一般に知られていない。昏倒する仲間を見て、すやすや寝入っているだけだとは、誰も気づけないのだ。
 たちまちのうちに、悲鳴と怒号が飛び交い、群衆は恐慌状態に陥った。われ先に逃げようとする人々が折り重なり、拡散するガスに追いつかれて眠りに落ちる。その上を、まだガスが効かない者が乗り越えていった。
 逃げ惑う群衆に踏み潰され圧死したもの、眠ったまま側溝に転落し溺死したもの、夢うつつのまま、手にした銃器を暴発させたもの。
 『死者263名、負傷者580名』……その日の夕方のニュースのテロップを、私は忘れることができない。
 いいや。忘れてはいけないのだ…………。」

「ファルコとの出会い」その66

2012年02月01日 18時51分18秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 ピピピピ、という電子音が、機内に響く。フォックスは通信を受けた。
 グレートフォックス内のナウスの映像が、モニタに浮かび上がる。
「どうした? ナウス」
「公共ノ電波帯全域ニ、アンドルフカラノ映像ガ送信サレテイマス」
「アンドルフだって?」
 アーウィンを駆る三人の叫びが重なった。
 その名前を口に出すより先に、フォックスは総毛立っていた。ざざざざざ、草原を風が走るように、怖気が体表を波立たせていく。
 フォックスたちは周波数のダイアルを捻ると、一般のTV放送の周波数帯に合わせた。モニタからナウスの顔が消え、銀色の粒子のざらつきのあと――彼が、姿を現した。

「……すこし、話をさせていただこうか。皆さんが満喫している快適な暮らしを、支えているものについての話だ。
 母なる星、コーネリアは、生命が満ちあふれ、資源豊かな惑星ではあるが……しかしコーネリア由来の資源のみでは、現在のような宇宙航行時代が訪れることはありえなかっただろう。
 超高温のプラズマをエンジン内部に封じ込めるための高密度隔壁、惑星間ワープ飛行にかかる莫大な電力、時空をゆがめ空間と空間をつなぐのに不可欠のグラビティウェル。
 これらを手に入れ、維持するためには、ライラット系の各惑星の資源のかずかずが、そして実際に宇宙に出て作業にあたる人員が不可欠だ。
 そうだ、宇宙だ。ゆりかごのように我々を育んでくれた、緑の大地と清浄なる海とは違う。気密をへだてて広がっているのは、本物の死の世界だ。冷凍の干物に加工されるには最も適している。
 そんな環境での作業だ。自分からすすんでやりたがる者はいない。その日の食い扶持にも困るような、貧しい者でなければな。
 私の故郷でも、宇宙建設会社の営業たちがやってくるのを何度も見たよ。若さを持て余し、金をためて今の生活から抜け出してやると息巻きながら、そのための具体的な方策は持てずにいる――そういう若者たちを薪の束のように車に詰め込み、走り去っていった。衛星軌道上、あるいは惑星間の作業場へとな。私の4つ上のいとこも、その若者のなかの一人だった。
 彼らは金持ちになっただろうか。いや、ならなかった。
 宇宙空間の職場環境は、劣悪を極めたのだ。点呼のさいに返答がなかったにもかかわらず宇宙空間に置き去りにされたもの、宇宙線の降り注ぐなか長時間の作業にあたり、放射線障害を負ったもの、デブリの衝突で身体を損なったもの、酸素欠乏から高度の脳障害に陥ったもの……。満身創痍の状態で、解雇を告げられるか、暗黒の海の藻屑となり二度と帰らないか。彼らの多くが辿ったのは、そんな運命だ。
 そしてだ。私が怒りを覚えているのは、かれら宇宙空間作業者の実に7割以上が、われらハールの若者たちであるということだ……。」


「ファルコとの出会い」その65

2011年09月29日 15時58分05秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 市街を行き交う人々には、さほどの驚きは生じていなかった。この科学者の所業がメディアで話題になることなど珍しくもないし、以前は軍の科学技術部で最高責任者を務めていた人物でもあるのだ。いまモニタに映し出されている映像は例の事件以前に録画されたもので、あの事件から○年後、その爪痕は今――そんな主旨の特番でも今から始まるのだろう。
 そう思って、一度は止めた視線をモニタから外し、ふたたび元の仕事にとりかかった者が大半だったのだが、科学者の次の台詞を聞くと、もう一度視線を戻すことになった。
「ここ、惑星ベノムへと流されてから、早いもので5年と7ヶ月だ……」
 コーネリアの住人にとって、ベノムという言葉の意味するところは『地獄』に等しかった。同じく、ベノム送りと言った場合は『死刑』と同義にとった。惑星表面は酸を含んだ大気に覆われ、もしも無防備で曝されようものなら、皮膚も粘膜もものの数時間で焼けただれ、二目と見られぬ姿になる。腐食した粘膜からの血が気道に流れ込むせいで、呼吸するたびに激しくむせかえる。血と肉でできた雑巾としか見えなくなる頃には両目も白く濁っていて、本人はその姿を目にすることはできない。そして、風化したもろい岩壁から足を踏み外すか、硝酸の海に身を投げるか――いずれにしても、その命は恐るべき酸性の大気と大洋にしゃぶり尽くされ、骨の形も残らない。
 そのはずだのに。いまモニタの向こうの人物は何と言った?
「住みにくいところだと思ったよ、はじめのうちはな。なにせスーパー・マーケットの一軒もないのだ。公衆トイレもなければ、『サイエンス・オブ・ライラット』の定期購読を頼める書店もない」
 真顔のまま淡々と話す内容は、もしかしたら彼なりのジョークなのかもしれないが、笑う者は誰もいなかった。
「そこでだ、『住めば都』という言葉を信じて少しばかり努力をしてみたわけだ。5年と7ヶ月前に、私が起こした事件――皆さんはあれを、ただの破壊、殺戮だと思っているかもしれないが、私にとっては『革命』だった。まあ、今はそのことには触れないでおこう。
 その事件の前後に、いくつかの方法を使って、この星の一部に改造を加えたのだ。最初は雨風をしのぐ岩窟があるだけだった。学生のとき仮住まいしていたボロ部屋を思い出したよ。しかし小さな努力の積み重ねが実ったおかげで、こうしてジャックした電波で皆さんの快適な生活のなかに現れることもできるようになった――」

「ファルコとの出会い」その64

2011年09月23日 11時38分10秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 同じ出来事は、アパートメントの206号室でも、101号室でも、あるいは隣の一軒家のなかでも、立ち並ぶビルディングに詰め込まれたオフィスの、自販機コーナーの一角に据え付けられたモニタの画面上でも起こっていた。スーツを着込んだイヌの会社員が、路地裏で煙草をふかしていたクマの運転手が、ウインドブレーカーを着こみランニング中だったオコジョのアスリートが、みな足を留めてビル壁面の大型モニタを見上げ、そこに映る顔を見た。
 よく知っている顔。Dr.アンドルフだった。

 やあ、コーネリアのみなさん。
 画面の中のアンドルフが、淡々とした声でしゃべる。
 かつてこの星の文明を、滅亡の危機に追い込んだ凶科学者。しかしいま画面に映る人物の表情からは、狂気も憎悪も読み取ることができない。
 病気のために長期療養していた有名人が、晴れてふたたび人々の前に姿をあらわした。そんな印象だった。
「私の名前と、この顔だけは、おそらく御存じだろうと思うが。ご挨拶しておこう……アンドルフ、と呼んでいただければけっこうだ」
 コーネリア軍基地作戦司令室では、ほの暗い室内に広がる無機質な光を浴びて、ペパー将軍はじめ軍の将校たちが、一様に苦い顔でモニタを見つめていた。
 壁面いっぱいを埋め尽くした十数個のモニタすべてが、アンドルフの顔を映し出している。
「どうせ今までもこれからも、そう呼ばれるのだからな」
 そう言って含みある微笑みを、科学者は浮かべた。

「ファルコとの出会い」その63

2011年09月14日 17時39分28秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「わかったぞ、オレが翼をもぎ取ったのは、てめえの機体だな」
『え? なんでわかったの?』
「てめえ以外に、誰がいるってんだ」
『ちぇ。何だよそれ』
「フッ、てめえにはあんまり、負けたって気はしないかもな」
 ザザ。雑音が入り、二人の会話にフォックスが割り込む。
『ファルコ。だがしかし、お前の機体の機動力を奪った新型弾を開発したのが、このスリッピーなんだ』
「なに」
『そうそう! ま、オイラはこの作戦の立役者、ってとこかな~っ』
『まぁた、調子に乗りおってからに……』
 ペッピーの呟きが、さらに割り込む。
 やはり自分は、この三人に負けたということか。ファルコは思った。
 もしも。もしももう少しだけ、この三人に出会うのが早かったなら。自分の運命も少しは変わっていただろうか。
 後悔に似た気持ちが浮かびかけ、慌ててそれを振り払う。前だけを見て突っ走ってきた自分が、いまさら後悔だと?
 前だけを見て、後に残された者をかえりみなかった結果がこれだというなら。なおのこと、前に進まねばならない。積もりに積もったツケを清算するために。
 たとえ行く先が監獄だとしても、地獄よりはましだろうさ。
 左右に1機ずつと、背後に1機。3機のアーウィンに囲まれて、ファルコはゆっくりと飛行を楽しんだ。この愛機ともこれでおさらばかもな、と思いながら。


 3機のアーウィンと、1機の改造移送機が捕物を繰り広げた海上から、30skmほど隔てたコーネリアの市街。
 ビルディングが林立し、空中ハイウェイのガイドビームが縦横無尽に走り、交差点は雑踏と喧騒にあふれている。
 人も物質も、情報も過密な都市のその中心部から二駅ほど離れた住宅地の、とあるアパートメントの205号室で、ひとりの主婦がソファの上で、横になるとも、座るともいえない格好のまま午睡していた。ソファの脇には電気掃除機が、コードを伸ばしたまま無造作に立て掛けられている。ソファの向かいの壁には、いまコーネリアで流行の、くるくると巻き取れるタイプのTVモニタが掛けられている。
 家事に疲れてひと休みするうちに、眠り込んでしまったというところだろうか。
 すうすう、と寝息を立てる彼女の前で、電源が入ったことを示す小さな音とともに、モニタの黒い画面がふうっと明るくなった。
 違和感を感じて、彼女は鼻先をあげた。両目にかかるほど長く伸びた白い体毛(彼女の自慢だった)を掻きあげ、寝惚けまなこをしぱしぱとまばたく。
 壁のTVがやけに明るく発光していることに気づいて、ガラステーブルの上の小さなリモコンに手を伸ばした。TVに向けて電源ボタンを押すが、発光は消えない。
 いやに、まぶしい。空いた手で光を遮りながらもう二三度、電源を切ろうとするが、発光するモニタは答えない。
 背面にある主電源を切ったほうが早い。そう思ってソファから立ち上がったとたん、TVから大音量で音楽が流れ出した。真っ白に発光するだけだったモニタが色づき始め、その奥から、茶色い体毛に覆われた、ひとりの小さな老人が姿をあらわした。
 その顔を見、彼女はすとん、とソファに腰を下ろしてしまった。
 どこかで見かけた顔だった。数年前のニュースではとくに。

「ファルコとの出会い」その62

2011年09月04日 11時34分08秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 モニタには通信元の機体ナンバーが浮かんでいる。ファルコ機のものだ。
 フォックスは手を伸ばし、通信回線をつなぐスイッチを入れた。
「……、よお」
 初めて聞く声。
「ファルコ・ランバルディだな?」
「ああ、そうだとも。そっちは」
「遊撃隊・スターフォックスだ。ファルコ。これから一体、どうするつもりだ?」
「どうっ、て」
 いざ言おうとすると、ファルコはうろたえた。それは意地でも口に出さずにきた一言だった。自分の意地とプライド、生き方のすべてを守るために。
 心にナイフで切りこまれたような痛みを感じる。だがそれでも言わねばならない。言わなければ前に進めない。
「スターフォックス。オレの負けだ。どうとでも、好きにしろ」

 安堵のため息を、フォックスは吐き出しそうになった。しかし慌ててこらえると、もう一度マイクに向かい話す。
「その言葉。信用していいんだろうな」
 レーダーで敵機の位置を確認する。ファルコ機は低空をゆっくりと直進している。逃げるつもりではなさそうだ。
「信用できなければどうする。オレを撃ち落とすか?」
「……いいや。俺たちの母艦が、海面にフロートを下ろす。そこに降りてくれ」
「わかった」
「ナウス、聞こえたよな? 着水用フロートの設置をたのむ」
「オ任セクダサイ」
 ファルコが本当に投降するつもりなら、陸地に降りたほうが話は早い。しかし沿岸に近づいた途端、身をくらます可能性も捨てきれない。まだ完全に信用したわけではない。フォックスは自分に言い聞かせた。
「……」
 みな無言だった。なぜ急に敗北を認めたのか? 気になりながらも、気安く触れられない何かを感じる。
「オイ。どうした。何とか言えよ」
 ぶっきらぼうなセリフが沈黙を破る。
「ああ。すまない」
 謝ってどうする、と自分の言葉に苦笑する。
「教えてほしいことがある」
「何だ?」
「お前らの名前さ」
 そう言えば、まだ名乗っていなかった。
「俺はフォックス。フォックス・マクラウド。この遊撃隊のリーダーだ」

 理知と情熱、その両方を感じさせる青年の声。
「フォックス、か」
「ワシはペッピー・ヘア」
 どことなく時代がかった、精悍そうな声。
「スリッピー・トードだよ~!」
 いきなりひょうきんな声が聞こえ、ファルコはずっ転けそうになった。

「ファルコとの出会い」その61

2011年09月03日 22時17分32秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「ペッピー、スリッピー。以後はレーザーを使うな。撃墜の危険がある」
「了解したよ」
「了解。しかし……」
 意味ありげな唸リ声が、ペッピーの元から聞こえてくる。
「どうした? ペッピー」
「フォックス。奴はなぜ、シールドを消したと思う?」
「俺たちに撃墜の意思がないことを読まれたんだ。まさか、シールドを張らない相手にレーザーを使うわけにはいかないだろう?」
「本当にそうか?」
 答えるなり、問いが返される。ペッピーの言葉はさらに続いた。
「フォックス。奴は自殺を図ったのかもしれんぞ。ワシらのレーザーを凶器にしてな。相手が自暴自棄になって死を選ぶ可能性のことは、作戦前にも話し合ったはずだ。……気をつけろ。レーザーで死に損ねたあとは、こちらに体当たりを食らわしてこないとも限らんぞ」
 フォックスの心に動揺が走った。確かに、作戦会議中、ファルコがヤケをおこして特攻してくる可能性についても検討していた。自分はそれを心に留め置いたはずなのに。
 ファルコが死のうとしたかもしれないことよりも、自分がそれを想像できなかったことが、よりフォックスの精神を揺らがせた。
 論理的に思考を組み立てたつもりでいて、本当は無自覚のうちに、気づきたくないことに目を伏せていたのかもしれない。すなわち、自らの手で他の誰かを死なせるということ。自分の放ったレーザーが、血もあり肉もある一個のヒトを、跡形もなく消し去るということ。
 脳裏にふたたびあの光景がよみがえった。ベノム、峡谷、無数の砲門、燃え上がる炎、その中にいたはずの自分の父親!
 モニタの情報も、目の前の光景も見えなくなった。見えるのは頭の中にある地獄の光景だけだ。
「ぐうぅ、ゲッ。げぇっ」
 喉を越えて胃酸が逆流してくる。不快な酸臭が口の中に広がり、耐えられずにフォックスは自分の膝の上に吐き出した。
「フォックス! 大丈夫!?」
 目尻に涙を浮かべ、ぜいぜいと息をつく。左ひざの上には、吐物が手のひらほどの染みを作っている。
「大……丈夫だ」
 なんとか返答したフォックスの前で、通信を求めるランプが明滅を繰り返していた。

ややこしくしすぎかも

2011年08月28日 01時58分37秒 | 小説『ファルコとの出会い』
 このごろ『ファルコとの出会い』を書いていると……わざとややこしい言い回しを使ってみたくなって、読みにくくしてしまっている気がする。

 もうちょっと簡潔に書こうかしら。

 なんか、難しければ難しいほどえらい、みたいな思い込みがあるからか、ついつい難しくしてしまう。
 かといってアッサリしすぎるのも避けたいし。難しいな。

「ファルコとの出会い」その60

2011年08月27日 16時22分33秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 ファルコは無言で飛んでいた。
 シールドを消滅させたのは、相手が自分を生け捕りにしたがっているのを読んでのこと、ではなかった。
 監獄か死か。その二択を迫られたとき頭にあったのは、自分の意志で選ぶ、ということだった。どちらを選んでも、追い詰められ負けたことには変わりがない。ならば、追手の思惑通りに監獄に送られるよりも――いっそここで終わりにしてやる。
 シールドを消せば、レーザーが自分を貫くことはわかっていた。
 ファルコは死のうとしたのだ。
 シールド発生装置への電力供給を遮断すると、目を見開いた。恐怖しながら死を迎えたくはない。プラズマエンジンが爆散するその瞬間まで、雄々しく飛んでいたい。
 その望みに反して、レーザーは嘘のように降りやんだ。直後の弾丸を急降下で避けたのは、考えてのことではなく反射的に体が動いたのだ。
 背後で響く破裂音を聞くと、死にぞこなった、という虚脱感が全身を弛緩させた。図らずも相手のレーザー攻撃を封じることができたことへの喜びは微塵もない。
 いくらカッコよく死のうとしたところで、体は勝手に動き、生きるために足掻こうとする。それに比べたら、自分の頭脳は――自分の意地、自分の意志、自分の知性は、なんと薄弱、脆弱なことか。
 極限まで頭脳を働かせれば切り抜けられたはずの状況で、自分は安易に死を選んでしまった。自分の意地に付き合わせてきた、己の体と己の愛機を道連れにしての死を。相手の思い通りになるのが癪に触るというだけの理由で。
 完敗だ。――オレの敗けだ! 
 機体の性能、1対3の戦い。条件の差を挙げればキリがない。だが言い訳を並び立てても意味はないことを、ファルコは知っていた。完全に公平な勝負など存在しないし、どんな勝負だろうと、最後は自分自身との戦いだからだ。
 思えば自分は、負けたと認められるところまで自分を追い込んでくれる相手を探し求めていたような、そんな気もする。
 今やっと、その相手が現れた――。
 ファルコは回線を開くと、静かに相手の反応を待った。

「ファルコとの出会い」その59

2011年08月23日 21時44分00秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 3つの機影が乱れ飛ぶ後方で、スリッピーはモニタをじっと見つめていた。
 モニタの端に伸びたシールドゲージは、細かく揺れ動きはするものの長さは変わらない。
 それでいい。変わってしまっては困る。
 このゲージの長さが減ること、それは2つの可能性を示している。一つは、フォックスたちの攻撃がシールド出力を上回り、敵機にダメージを与えてしまっていること。そして、もう一つは。
 スリッピーが二つ目の可能性を想起していた、その時。シールドゲージは急激に縮みはじめた。
 あっ、と思う間もなく、ちぢむ。縮んでゆく。長さは最初の半分になり、さらにその半分に……。
「フォックスゥゥウ!!!! 撃っちゃダメだ! シールドが消えてるよおおお!!!」
「攻撃中止! ペッピー、攻撃中止だ!!!」
 スリッピーとフォックス、ふたつの叫びが重なる。
「了解!」
 2機のアーウィンから雨と降り注いでいたレーザーがぴたりと止む。ファルコの機体が呪縛から解き放たれる。
 フォックスは前方に見えるプラズマエンジンの噴出口に狙いを定め、冷却弾を発射した。が、敵機は機首を下げ、急降下の体勢に入る。姿を消した敵機の後方で、冷却弾の破裂音がむなしく響いた。
(まずいことになったぞ。狙いは読まれていた)
 シールドゲージが減少する、もう一つの可能性。それは、ファルコが自らの意思で自機のシールドを消滅させたときだ。
(最初から、レーザーと冷却弾を併用するべきだったか。そうしていれば)
 機体を傷つけず、機動力を奪うだけのプラズマ冷却弾を使ったことで、こちらに撃墜の意思がないことを悟らせてしまったのだろう。シールドを完全に消されてしまっては、もうレーザーを使うことはできない。もしも使い続ければ、一発のレーザーが命中しただけでも機体の外壁を貫通し、致命的なダメージを与えてしまうだろう。
 ファルコはフォックスたちの考えを読み、自ら無防備になることで逆に活路を得た。
 フォックスはそう考えていた。
 真実はまるで別のところにあったのだが。 

「ファルコとの出会い」その58

2011年08月21日 23時28分08秒 | 小説『ファルコとの出会い』

 自分の機体に何が起こったのか。正確なところはわからない。レーザーで狙い撃たれたことも初めてなのだ。ただ相手の思惑に嵌められたことだけは分かった。
 操縦席で体感するスピードが明らかに落ちた。機動力を奪う弾丸をまともに喰らってしまったせいだ。

「――がァアッ!! うらァ!」
 絶叫とともに、渾身の力で操縦桿を引き上げる。ふたたび斉射される背後からのレーザーの雨を、天空におどりあがりすり抜けると、そのまま2機のアーウィンの頭上を越えていこうとする。
「逃がさん!」
 ファルコの機体が機首を上げたのを見て、ペッピーも同じく桿を引いていた。
 機体制御の精密さとレスポンスの速さでは、ライラット系中探してもアーウィン以上の性能をもつ機体はない。滑るようにファルコ機を追尾し、後方にぴったりと貼り付く。
 少し遅れて、旋回したフォックスのアーウィンも別角度から敵機に狙いを付ける。そしてまた、レーザーの雨。

(終わり、か?)
 ファルコは妙にのろのろと考えた。レーザーで動きを止めたところに、機動力を奪う弾、その繰り返し。どんなに逃げてもこっちの負けは時間の問題だ。
 一か八か、重力場を発生させて相手の機体に突撃してみるか。しかしスピードは落ちている。弾丸のいい的になるのがオチだろう。
 この状況を打破する手は、もう何も思い浮かばなかった。
 自分の行く先は、監獄か、それとも――死か。
(死ぬなら、空だ)
 戦いの前に浮かんだ言葉を、もう一度なぞる。
(“FREE AS A BIRD”)
 はたして自分にふさわしい言葉だったかどうか。いや。正直なところ、自由どころじゃなかった。いつも藻掻いていた、自分を不安にさせるものの正体もわからずに。
 ファルコは考えるのをやめ、操縦席右下のハンドルに手を伸ばすと、勢い良く引き抜いた。