俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

「べノム帝国」その3

2008年06月10日 00時55分11秒 | 小説『べノム帝国』

 だがこれは、公平な視点から語られたものとはいえない。
 他の惑星住民には知る由もない、コーネリアという星の上で何百年にもわたり続いてきた、ロキオンとハールの争いという事実を、まったく抜きにして語っているからだ。
 コーネリアには7つの大陸があり、おのおのの大陸でそれぞれまったく違う知的生命の出現が、同時多発的に起こっていたことが進化生物学者の手により証明されている。
 なかでも文明の先導者となったのがロキオン(俗にいうイヌ族)、ハール(俗に言うサル族)の二つの種族であった。


『べノム帝国』その2

2008年06月10日 00時28分52秒 | 小説『べノム帝国』

 ライラット連邦本部の公式記録にも、「べノム帝国」の名を見つけることはできない。
 そういう名前をした国家が存在したことの記憶も、この星系の住人たちの間では消えつつある。
 いや、正確に言えば、消されつつある。
 「べノム帝国」の名は、子供たちの学ぶ教科書に載ることもなければ、歴史書のなかに記されることもない。辞書のなかにも、当時の新聞の紙面にさえも、存在しないのだ。
 なにかひとつの概念が存在しても、その概念を指し示す言葉が存在しなければ、やがてその概念そのものが忘れ去られてしまう。べノム帝国は、皇帝アンドルフの死とアンドルフ軍の瓦解によって物質的に失われただけでなく、いまや精神的な世界からも、消し去られようとしている。
 アンドルフ。かれについて述べようとするときには常に、事実と憶測、敵意と信仰、個人と歴史が複雑にからまりあい、闇と光の中にその素顔がかくされ、真実をひもとくことは容易ではない。
 だがここでは、可能な限りの真実を、それも光神ライラットの公正なる天秤の下に、語ってゆくこととしよう。

 かれがまだ、『悪の皇帝』と呼ばれることもなく、狂科学にとりつかれた危険人物とみなされてもいなかった頃。
(フォックス・マクラウドがまだこの世に生を受けておらず、その父のジェームズが遊撃隊として活躍していた頃、と補足してもいい)
 突如として、かれは反乱を起こした。みずからが作り出した生物兵器をもって、自分が所属するコーネリアの軍本部に奇襲を仕掛けたのだ。事態の発生より68時間後、生物兵器は動きを止めた。死者58、負傷者170、軍本部は甚大な被害を受けた。軍部は科学主任アンドルフを逮捕。コーネリア最高法廷はかれを、国家中枢の要職にありながらみずから国を破滅に追い込んだ狂科学者として、国家反逆罪と裁定し、べノムへと永久追放した――。

 これが、べノムの反乱へとつながる発端となった事件の、おおよその内容とされている。コーネリア都市部の住人に「アンドルフについて教えてくれよ」、と頼んだなら、たいていこういった類の答えが返ってくる。狂った科学者さ。悪の権化ってやつだ。自分の力に溺れたんだな。あそこまで悪いヤツは、そうそういないよ。

「べノム帝国」その1

2008年05月31日 02時28分33秒 | 小説『べノム帝国』

 辺境の惑星、べノム――。
 ライラット系に住む多くのものにとって、その名を口にするとき、それは『地獄』とほぼ同じ意味合いで使用された。岩石と砂塵以外のものはまるで見当たらず、樹木はおろか、雑草の一本さえ生えることのない、不毛の大地。金属を腐食させる酸の海と、惑星全体を厚くおおう酸の雲のせいで、この惑星に進入したが最後、機体は腐食し、みずからの体も機体と同様にこの星の上で腐りはてる運命となる。同じ理由で、送り込まれた惑星探査機も、ものの数分で用を成さなくなる。
 コーネリアにおいて、惑星間航行用のプラズマエンジンが実用化されたことを契機に、ライラット系の住民たちは星をこえたつながりを持つようになった。これまでは未知の存在であった他惑星の住人たちと出会い、理解を深めていった。理解が深まる過程はかならずしも友好的なものだけではなく、むしろ血のにおいがする手段が当然のようにとられていた。……だがそれも、いつしか終わることとなった。星の住人達は争うこと、血を流すことに疲れはて、平和協定をむすんだ。歴史に大きな傷を残しはしたが、これからの歴史は、これまでに壊してしまったものを修復し、生まれ住む星の違うもの同士が手に手をとりあって紡いでゆく歴史になるはずだった。
 あの男が現れるまでは。
 惑星間航行が可能になって100年以上の年月が流れても、この惑星だけは、依然として『地獄』という認識のまま変わることはなかった。いつしかべノムは、犯罪者達に最後の時を迎えさせるための処刑場、追放の地となっていた。数日分のみの食料と水だけを備えたカプセル、そこに押し込められた囚人たちが、べノムの大気圏外から惑星上に投下された。パラシュートが開きカプセルがゆっくりと落下してゆく数分のあいだ、カプセルの中の囚人はみな一様に、外に広がっているであろう地獄の景色を思い描いた。そして、地上に落下したカプセルを開いて景色を目の当たりにしたとき、やはり一様に、頭のなかにあった地獄に行けたほうがずっとマシだったと思わずにいられないのだ。まさにここはこの世の地獄だった。命あるものが踏み入ることのできる世界ではなかった。絶対なる死が支配する領域であった。
 あの男が現れるまでは。