性暴力サバイバーに聞く、現行刑法の問題点とは?
imidas時事オピニオン 2019/10/18
山本 潤 (一般社団法人Spring代表理事)
性犯罪が繰り返されないために法を変えていく
――Springは、性被害当事者が中心となって、刑法性犯罪改正を目指す一般社団法人とのことですが、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
山本 私たちは、刑法性犯罪改正についてのみ活動する団体です。活動の中心となるのは、ロビイングです。議員や関係省庁の職員に面談して、性暴力被害が犯罪として認められず被害を訴えづらい現状を伝え、より性暴力の実態に即した法になるよう、刑法性犯罪の改正を求めています。課題解決に向けて、要望書を出したり議員連盟や政党・省庁・自治体開催のヒアリングの場などで発言もしています。
市民や議員にアピールするために、国会議員会館内でイベントを行うこともありますし、その内容を伝えてもらえるようマスメディアに働きかけています。今は、全国キャンペーンで日本各地を回り、性暴力が正しく裁かれていないという現状を伝え、私たちの活動にコミットしてくれる方を募っています。
――山本さんが活動を始めるきっかけはなんだったのでしょうか?
山本 もともとは、私自身が父親による性暴力被害者だということもあり、2007年頃から性暴力の被害者支援に関わってきました。その過程で、日本が、加害者に対してなんの対処も処罰もできていない現実を突きつけられたんです。一人の性犯罪加害者は生涯380人もの被害者を出す、という試算があります。加害者が治療教育もされず、彼らの性行動に対する「認知と行動」が変わらなければ、性犯罪は繰り返されていくのです。
それをどう止めればいいのか。性暴力が正しく裁かれていないこの状況を次世代に引き継がせず、安全に健康に暮らせる社会をつくるにはどうすればいいのか。こう考えると、やはり刑法、性犯罪についての法律がきちんと施行されて運用されるしかないと思います。それまでのように被害者支援や、被害当事者として語っていくばかりではなく、刑法の改正を訴えなければいけないと、私自身の意識の変化がありました。
――2017年に刑法が改正されたタイミングでSpringを設立されていますね。
山本 2014年に松島みどり法務大臣が「強盗が懲役5年で、強姦罪の法定刑が懲役3年はおかしい」と、見直しを求める発言をして、同年に法務省で「性犯罪の罰則に関する検討会」が発足しました。翌15年に、この検討会の報告を、院内集会で聞く機会がありました。このときに「親子間でも真摯な同意に基づく性行為がないとはいえない」という議論がなされたことに、ものすごくショックを受けたんです。つまり、親子でも「同意のある性交」がありうる、というわけです。性暴力被害の実態とは、まったくかけ離れた議論がなされていたんですね。委員は刑法の専門家であっても、性暴力の専門家ではなかった。専門家が実態を知らないのであれば、伝えなくてはいけないと、Springの前身団体である「性暴力と刑法を考える当事者の会」を立ち上げました。その後、法改正への要望書を出したり、他団体と組んで「刑法性犯罪改正」キャンペーンを始めました。
なにせ法律に関しては素人ですから、刑法学者や弁護士に頼んで勉強会を開催し、法律を学びながら、要望書を書きました。ロビイングでは、とにかく議員に会いに行って、私が自分の性暴力被害を書いた書籍『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日新聞出版)を渡して……。そうしていくうちに、共感してくれた法務委員会の議員たちが協力してくれるようになってきて。
結果的には2017年の改正で、私たちが要望書に書いたものの中で、「親告罪」(被害者の告訴がない限り、検察が起訴できない犯罪。家族や顔見知りからの被害が多い性犯罪の場合、告訴は被害者にとって特に大きな負担となる)の撤廃や、性器だけでなく、肛門・口腔へのレイプも犯罪に含めるようにとか、前進はありました。
しかし、「性交同意年齢」(同意の有無にかかわらず性行為をしたら犯罪になる年齢)が13歳のままであったり、もともと私たちがいちばんの問題としていた「暴行脅迫要件」(加害者による暴力や脅迫によって、被害者が抵抗できなかったことを立証できなければ罪に問えない)の撤廃などはなされませんでした。ただ、「3年後の見直し」という「附則」をつけてほしいという、私たちの要望はなぜか通ったんです。つまり、刑法では非常に珍しいことなのですが、3年後の2020年にもう一度、刑法改正の内容を見直すかどうか、検討がなされるということです。
とはいえ、私たちが何もしなかったらこのままになってしまう可能性が非常に高い。これは2020年まで運動しなくてはいけないということで、Springを立ち上げました。
性暴力の本質は「同意」の問題にある
――なるほど、山本さんたちがどういう活動をされているのかよくわかりました。現状の刑法の問題点を整理させてください。2017年の法改正で積み残された問題はたくさんあると思うのですが、今後、Springが最も力を入れる問題はどこでしょうか。
山本 まず一つ目に、私たちが提案するのは、不同意性交等罪の新設です。現行法の刑法177条は、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」というものです。
ここの「暴行又は脅迫を用いて~」という箇所を、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して~」と変えることを提案しています。その人の同意なく性交してはいけないんだっていうことを、社会のルールにすることが大事だと思います。
「同意」の問題が、やはりいちばん重要です。性暴力被害者たちは、自分の意思が無視されることによって無力化させられる。これが性暴力の本質です。同意がない性交は、人をとても傷つけ、心身を大きく損ない、さらに、被害者は生涯にわたって影響を受ける。そのことをすべての人が認識してほしいです。
暴行脅迫要件、つまり「暴行又は脅迫を用いて~」――この部分をなくし、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」と変えた場合、冤罪を生みやすくなるとの指摘もあります。ただ、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」ということを性犯罪の成立要件としている外国では、犯行時および犯行後の被害者・加害者双方の言動だけではなく、犯行に至る過程や、加害者が優位な立場を利用したか等々から、同意か不同意かを見極めています。
二つ目が、時効の撤廃です。現行法は、強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪は7年を過ぎたら加害者に罪を問えないことになっています。しかし、私自身もそうだったのですが、性暴力に対する反応である「解離」(特定の場面や経験から心を防御するために、記憶が消えた状態などになること)のために、被害者は被害を認識するのにとても時間がかかります。記憶が蘇ってからもPTSD症状によって、加害者をすぐには訴えることができず、時効となってしまいます。
諸外国では未成年時の被害の場合は時効停止とされたり、イギリスでは年齢を問わず性犯罪に時効はありません。殺人罪のように、時間が経ったからといって許される罪ではないことを社会の共通認識にする必要があるのではないでしょうか。被害者に、何年経っても訴えていいのだという選択肢があることが重要です。
被害を被害と、犯罪を犯罪と規定できる社会に
――2019年3月には、性暴力をめぐる無罪判決が立て続けに4件出て、しかも、そのうち名古屋地裁岡崎支部の判決は、実の父親が中学生の頃から長女に性的虐待を続けてきた事実は認めながらも、「被害者が服従・盲従せざるを得ないような強い支配関係にあったとはいえない」として無罪になりました。また、これらの判決をきっかけに全国で、性暴力に抗議する「フラワーデモ」という運動が広がっています。山本さんはこの動きをどうご覧になっていますか。
山本 これまでたくさんの同じようなケースを見てきたので、3月はまたこういう判決が出されてしまったのか、という思いでした。その後、フラワーデモの運動を知ったときは、被害者がこんなに声を上げられるようになったのかと、すごいことだと思いました。私の肌感覚でしかないのですが5年前は、被害を受けた人が被害を受けたと言えない社会だったと思います。知人からの被害なんて、到底言い出せない空気があった。
日本の性暴力被害者への視線というのは、家父長制に支配されてきたんですよね。どうしても、性被害に遭ったかわいそうな人たちを支援する、みたいな感じになってしまう。だから、被害者にも権利があり、その損なわれた人権を回復するという視点になかなか至らなかったのが、ここ数年で大きく変わりましたよね。
メディアの女性記者たちがニュースとして取り上げてくれるようになったことがとても大きいと思いますし、やはり、#MeToo運動の影響もあったと思います。#MeTooが画期的だったのは、影響力もパワーもあるハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが実際に起訴されて、失脚したということです。
――実際にワインスタインが起訴されたことが大事だというわけですね。山本さんがさらなる刑法改正を目指すのも、その点と関係しますか?
山本 はい、被害が被害として認められるために、起訴率を上げることは大事だと思います。Springで昨年イギリスに視察に行ったのですが、そのきっかけは、日本の法制審議会の中で、「イギリスは不同意性交を性犯罪にした結果、有罪率が下がった」という報告がされたことです。それで、その事実を確かめに行きました。現地で法務省や内務省の担当者に実際に話を聞いてわかったのは、彼らは性犯罪の通報率を上げ、さらに起訴率を上げることを目的としている。なぜならば、やはりイギリスでも性暴力、性犯罪は被害者が声を上げづらく、把握されない被害件数がとても多いからです。
そして、被害者は大きなダメージを受けているので、支援を受けないと訴えられないと明確に認識していました。様々な被害者支援もした結果、イギリスではこの8年間で性犯罪の通報率が上がり続けており、先ほど言った通り時効もないので、30年以上も前の被害も通報される。そうすると、起訴された件数の中で、結果的に有罪となる率は30~40%くらいなんだそうです。でも、大事なのは有罪率よりも、起訴すること自体なんだと。そうやって司法の中で、罪を罪として、性暴力被害を被害として扱っていくこと、そして被害者が支援されること、その中で被害者が回復していくことが非常に大切だという、そういう方針でしたね。
――なるほど。起訴数という分母が広がったから、その分有罪率は下がると。でも、肝心なのは、性犯罪が犯罪だと規定されることなんですね?
山本 そうです。私は日本の2017年の法改正で、「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」(18歳未満の子どもを監護する親や児童擁護施設職員など、その影響力に乗じて性交・わいせつ行為をした者が処罰される)ができてよかったと思っています。もし、30年前にこの法律があったら、私は自分が父から受けた被害を、これは性犯罪なんだと結びつけることができたかもしれません。
特に家庭内の性虐待は、生活の延長線上で起きるわけです。しかも長期間、虐待が及ぶことが多い。しかし、それを「家庭内の性虐待」という福祉のくくりでなくて、犯罪として類型化することが必要です。私がこの活動を始めるときに気づいた通り、犯罪にならないと加害者を処罰できず、加害者を処罰できないと加害者は性犯罪を繰り返します。この流れを止めるには、やはり刑法改正を進めるしかないと思っています。
私の活動の原点には、自分が13歳のときの体験があります。自分を愛し、守ってくれるはずの人が性加害をしてきたらどうすればいいのか。養ってくれる人に抵抗することはとても難しい。そのときに性暴力は許されない犯罪であると認識され、誰かが助けてくれる。そういう社会であってほしいのです。今も、被害を受けた人のうち、警察に相談できた人は3.7%(内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査 報告書」2018年3月)です。被害者が訴えなければ加害者は捕まらず、さらなる加害を繰り返すでしょう。ですから、次の刑法改正までは活動を続けたいと思っています。
今朝起きると左足に異常な痛みを感じる。夕方予約の「整体」を朝一に変更してもらい、江部乙に向かったが痛みは取れない。我慢できなくて以前通った鍼灸院に電話。夕方、針と灸をしてもらう。だいたい1発で痛みは取れるはずが今回はダメだった。明日もおいでと、本来休みで午前中は出かけるが昼過ぎには戻るので、とわたしのために時間を指定してくれた。