一期一会

日々是好日な身辺雑記

イスラム最後の楽園グラナダへ

2015年05月31日 | 旅行


30日(土)はフエンヒローラ9:00発のバスに乗り、アルハンブラ宮殿のあるグラナダへ向かう。途中マラガに停車し11:30に着く。
当初予定ではコルドバの次にグラナダだったが、アルハンブラ宮殿の入場券が31日しか取れない為、アンダルシア地方最後の日程になる。
そんな事からリスボンに入る前の、スペイン最後の町メリダに行く為に、またセベーリャに戻るという行程になった。
到着後、早速セベーリャ、メリダへの時刻を窓口で確認する。グラナダ発8:00セベーリャ着11:00、セベーリャ発14:00メリダ着16:50。
乗換え待ち時間も入れて9時間とこの旅行で最も長い移動時間になる。





バスターミナルからホテルまではタクシーで10分位で6.5ユーロ。ホテルはカテドラルの直ぐ近くで、ビブランブラ広場
に面し、4Fの部屋からは真正面にアルハンブラ宮殿のベラの塔とカテドラルが見えるという、絶好の立地条件だった。

早速カテドラルへ行くと、ちょうどミサが行われており、無料で入る事が出来た。ミサは讃美歌が歌われ、荘厳な雰囲気だった。



昼食の後はバスに乗り、アルハンブラ宮殿を一望出来るアルパイシン地区へ行く。この地区は敵の侵入を防ぐ城郭
都市として造られた為、道は迷路の様に入り組んでおり、小型バスがようやく通れるという狭さだ。
バスを降りて、高台にあるサン・ニコラス展望台に登ると、目の前にあのアルハンブラ宮殿が現れる。

1200年代に建てられたこのアルハンブラ宮殿、遠目から見ても当時のイスラム文化とナスル王朝の栄華が偲ばれる。
その宮殿への入城は、日本で出発前にインターネットで購入した明日の14時、今から楽しみだ。





バスで戻りグラナダの街をブラリ歩きするが、その街並みは想像していたのと違い、整然として綺麗な街並みだった。
通りや広場にはCafeやアイスクリームを売る店が多くあり、市民の憩いの場となっている。

グラナダはシエラ・ネバダ山脈の麓にあるので、夜になると気温が下がって肌寒くなり、日中の短パン・Tシャツ姿ではいられない。
いつも通り8時過ぎに夕食に出かけ、混み合うタパスの店に入るが、味とメニューは均一的でどうということもなかった。
サン・セバスティアンのあのピンチョスやタパスが懐かしい。




高級リゾート地マルベーリャ

2015年05月30日 | 旅行


フエンヒローラ滞在2日目の昨日は、海からの日の出を見ようと、7時から海岸遊歩道のジョギングに出る。
写真を撮ったりしながら、ゆっくり走って25分位すると、丘の上に要塞の建つ公園に出る。坂を走って登ると良い運動になる。







快晴の時にはモロッコが見えるというこの地の、海に向かって建つ要塞は、北アフリカ大陸のムーア人の襲来に向けたものか。
そう言えば1930年代のスペイン内戦の始まりとなるフランコ軍の反乱はモロッコから起きている。

シャワーを浴びてゆっくりした後、高級リゾート地であるマルベーリャ行くために10時にホテルを出る。
バスターミナル近くのCafeでクロワッサンとコーヒーで朝食を摂るが、前夜のパエリヤのせいか腹が空かない。
10:30発のマルベーリャ行きのバスは、ジャバラでの2両連結の大型バスだったが、多勢の観光客でいっぱいだった。

マルベーリャは著名人の別荘や名門ゴルフ場があるこの地域屈指の高級リゾート地で、高速道路を走るバスからも、
プール付き邸宅や大型ホテル&スパが見える。旧市街は前日の白い村ミハスと同じく、
白壁の家やショップ、レストランが並び、ミハスをより華やかにしたような町並みだ。





昼食を挟んで3時間ほどブラリ歩きを楽しみ、4時頃ホテルに戻る。スマホ片手に30日、31日グラナダ以降の行程を検討する。
決まっているのは7日(日)リスボン発11:30の飛行機でイスタンブールに向かうことだけ。
どうしても行きたいローマ時代の古都で世界遺産のメリダは、今までの体験から遺跡見物は半日位で終わる。
セベーリャ乗換えメリダまでのバスの所要時間が分からない。
メリダ1泊にすると、リスボン5泊になるが、それだけの見所はあるか?等々
検討した結果、メリダ2泊にし日帰りで同じく世界遺産のカセレス行く事にする。

これで旅行後半の全行程が決まったのでメリダのホテルを予約する。続いてリスボンのホテルを探すが適当なものが見つからない。
カミさんいわく(口コミや写真を見ても、三ッ星ホテルでも見すぼらしい感じ)と。
ポルトガルはEUの中ではギリシャに次いで経済的に大変な国なのでそんな影響か。
唯、4泊するのでホテルは重要。一旦中止しこれから4日間の内に決めることにする。

全行程が決まったところで夕食の為に前日と同じモンカジョ通りへ。
8時には少し時間があるからウィンドウショッピングをするというカミさんをおいて、お店の事前探索に通りをブラリと。

この通りの両脇にはレストランが軒を連ね、客引もいるがそんな一人から(ニーハオマー)との掛け声。(NO)と言ったら
次は(フィリピーノ?)と。普段からテニスやジョギングで日に焼けているが、一層焼けたかと思いつつ(ソイ ハポーネ)と
言ったら(Kobe Beaf!)と、なんとも憎めない客引だった。

カミさんも合流し、店を決めたのはトミー・リー・ジョーンズに似た客引の店。ウェイターは俳優の照英に似ていた。
前日の店にはナインティナインの岡村に似たウェイターがいてカミさんと思わず笑ってしまった。
アンダルシア地方にはハポーネの性を名乗る日本人の末裔がいるらしいので、その関係の人か。





食べたステーキは300グラム近い大きさで、二人で食べても充分だった。白ワインも美味しく、2杯飲んだ。


コスタ・デル・ソルの町フエンヒローラへ

2015年05月28日 | 旅行


今朝は6:30発のフエンヒローラ行きのバスに乗る為、5:30に起き6:10にホテルをチェックアウト。
こちらは日の出が7:30頃なので、外は真っ暗だ。そこをスーツケースを引き摺りながら歩いていると、
何やらバックパック旅行のようで楽しくなる。非日常的な事をするから旅なのだ。



暗い道を歩いても、皆さん大人しく寝てるのようなので安心だ。アメリカではこうはいかない。
バスの同乗者は一人。暗いので景色も見えないので、こうしてブログを書いている。オフラインで書いて保存出来る。
今まではiPadで書いておいたものを、帰国してからデジカメの写真を取り込んでアップしていた。
それがiPhoneになり、ブログアプリもオフラインで書けるようになったので、
写真と共にアップ出来る。20分ほどして、薄っすらと明るくなってきた。

山から下るようなバスのドライブが続き、8時頃になると海が見えてくる。
マラガから続く地中海に面する海岸地域はコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)と呼ばれ、欧米からの観光客が訪れるリゾート地となっている。
窓から見える風景もハワイやゴールドコーストのような明るさを感じさせる。フエンヒローラには8:30には着く。

昨日予約したホテルはバスターミナルから歩いて2分。海岸へも5分位の便利な所にあり、
三ッ星ながらこじんまりした良いホテルだ。ホテルを選ぶ上でこの
(こじんまり)を重視している。このホテルは中庭を囲む回廊に面して40部屋が2フロアとなっている。







フエンヒローラから白い村ミハスへはバスで30分位で行ける。ホテルは直ぐチェックイン出来たので、スーツケースを
置き出かける。山の中腹にある白い村ミハスは日本人ツアーも多く訪れるようでインフォメーションには日本語のマップがあった。
インフォメーション近くの展望台からは地中海とコスタ・デル・ソルの町が一望出来る。
展望台の一角にはラ・ベーニャ聖母礼拝堂という、16世紀に修道士が岩を彫り作った岩窟教会がある。


インフォメーションでもらったマップの順路に沿って2時間位白い村のブラリ歩きをして12:00のバスでフエンヒローラに戻る。
そして午後はホテルで洗濯をしたり、日経電子版を読んだりして過ごす。BBCWorld Newsでは繰り返しFIFAの問題を放送していた。
賄賂の額が150ミリオン$というと1億5000万ドル、180億円?カタール開催決定についてもFIFAは色々言われていた。
巨大な利権が絡むサッカービジネスなんだろう。

夕方は海岸の遊歩道を30分位ジョギングをする。出発前の10日以来なので、久し振りの走りだ。







夕食は、観光客で賑わうホテルから3分位のモンカジョ通りへ。観光客向けのレストランが軒を連ねている。
メニューも英語、フランス語、イタリア語などがあったが、日本語は無かった。
ここではマドリッドのサン・ミゲル市場での小皿以来となるパエリヤを食べる。
海老、ムール貝、蛤、イカ、ビーフ、チキン、トマト、人参、赤ピーマンなどが入ったパエリヤは美味しかったが全部は食べ切れなかった。
食べ過ぎの感じで、海岸の遊歩道を30分ほど散歩してからホテルに戻る。




断崖絶壁の町ロンダ

2015年05月27日 | 旅行


今日27日(水)はロンダ行き9:00発のバスに乗る為に、8時過ぎにホテルをチェックアウト。
朝、外に出るといつもヒンヤリと爽やかで、夏の軽井沢のような気候だ。
アンダルシア地方も日中は25度位だが湿気がないので、汗もかかず過ごし易い。

ホテルからバスターミナルまではタクシーで5分位で6ユーロ。ホテルを早めに出たのはバスターミナルのCafeで朝食を摂る為。



ロンダは標高800mの所にあるので、途中に湖や山が見えて、今までの荒涼たる景色とは違う。11時にはロンダに到着。
今朝、ロンダに一泊した後の行程をフエンヒローラ2泊と決めたので、バスの時間を確認する。
(地球の歩き方)によるとマラガ乗換えだったが、窓口で確認すると午前中は6:30と12:45にフエンヒローラ行きがあった。
やはり現地に来て初めて知る事もある。
ホテルはバスターミナルから歩いて5分位で、小さなホテルだが、部屋も新しい木目調で良かった。今までのところホテルの外れなし。

早速iPhoneで明日のフエンヒローラのホテルを、それぞれTripAdvisorとBooking.comを使い口コミ点数や価格、
中心部からの時間、施設の写真などを見て、お互いの意見を擦り合わせて決める。長旅にホテルの良し悪しは重要。



明日の宿を確保した事で一安心。断崖絶壁を見る絶好のポイントのヌエボ橋へ。ホテルからは歩いて10分位。
途中、闘牛場があった。闘牛をやっていない闘牛場は、相撲をやっていない両国国技館を見るようなものだ、とも思った
が、1785年に造られた最古のものらしいので、6ユーロを払って見学したが、相撲取りのいない土俵を見るようだった。

その後に、絶好ポイントのヌエボ橋へ。
ここからの足元がすくむような絶壁の風景は、写真ではなかなか伝わらない。
トレドのパラドールから望む絶景も同じだが、やはりiPhoneでは亡く、一眼レフのカメラじゃないと駄目。
とにかく、その凄さは言葉では言い表せないので、下の写真を見て下さい。












旧市街もスペインらしい風景で、路上パフォーマンスもハープやバイオリンでのクラシックの演奏で、のどかな感じだ。



町もそれ程大きくなく、旧市街をノンビリ歩いていると、1,000年前の此処での人々の生活振りに思いがいく。







夕食は昨日と同じくロンリープラネットでマーキングされているバル(BAR)に行く。昨日はペリエでの食事だったのでワインを。
BAR「FAUSTINO」のお勧め料理の、マッシュルームをガーリックとオリーブオイルで炒めたものは美味しかった。
スペイン旅行も2週間経ったが、食事は2人とも全く飽きがこない。本格的なパエリヤが未だなので、食べねばという話になる。
この店は安くて、美味しかったので両方の面から満足だった。



セビーリャ/カテドラルとフラメンコ

2015年05月27日 | 旅行


26日(火)は朝起きてから、翌日の行き先とホテルを決めねばと思い検討の結果
白い村アルコス・デ・ラ・フロンテーラに行くのをカットし、断崖絶壁の町ロンダに行く事にして、
いつも通りTripadvisorの口コミを参考に予約する。
5/31のグラナダを縛りに、それ以外は制約のない、風の向くまま(気ままな旅ガラス)状態である。



9:30からだと思っていたカテドラルのカテドラルの開館は11:00だったので、Cafeでゆっくり朝食を摂りながら待つ。
前日見た彫刻が刻まれたゴシック様式の外観の巨大さに驚かされたが、内部の礼拝堂 、ステンドグラス 、木製の祭壇
の素晴らしさにも驚く。コロンブスの墓は、レオン、カスティーリャ、ナバラ、アラゴンの4人の国王が棺を担いでいる。

これに、コロンブスがカスティーリャ王国の女王イザベル1世の援助の元に行った大航海がスペインにもたらした膨大な富と、
それを支援したカトリック教会との関係を表している。コロンブスは唯の冒険者ではなかったのだ。
それにしてもサグラダファミリアから始まり、幾つも大聖堂を見てきたが、どれも壮大で長い年数をかけて作られたものだ。



この後はセビーリャの見所の一つである旧ユダヤ人街であるサンタクルーズ街を散策する。
スペインの旧市街は迷路のような作りなので、サンタクルーズ街も何処から何処までと明確には分からない。
セゴビア、コルドバと同じくアルカサールやカテドラルに近くにあることが、
西カリーフ王国を経済で支えたユダヤ人の力を表している。
サンタクルーズ街には多くのタブラオ(フラメンコショーをやるレストラン)やBARがあるので観光客で賑わっている。

その前日予約した8:30のフラメンコショーを5:00に変更してもらっていた。ホテルから直ぐ近くがサンタクルーズ街で、
そこにはフラメンコショーを見せるタブラオが何店もあるが、どうせ見るなら本格的なものをと思い フラメンコ舞踊博物館のショーを観る。







初めて観るフラメンコは、ギター演奏とカンテと言われる男性の歌い手と、踊りが一体となって演じられる素晴らしいものだった。
カンテの深みのある歌声、踊り手のカスタネットや手拍子、床を打ち鳴らす迫力あるタップのリズム、
そしてギター演奏と、(良いものを観た)という感じで、1時間のショーの後、カミさんもいたく感激の様子だった。
(星のフラメンコより良かった)などと言う不謹慎な冗談は言わない。

そんなフラメンコで感激の後の夕食は、息子のロンリープラネットにマーキングがしてあったホテル近くのVINERIA SAN TELMOへ。
セビーリャで紹介してくれたのは、イタリア料理のContenedorという店だったが、
カミさんと(新婚旅行で行ったのだから高い店でしょう)と話しこの店に。







8時オープンの店は人気店らしく賑わっていた。タパスで生ハム、サーモン 、ハーフポーションでラム肉のステーキの
クスクス付きを頼み、蒸し紫キャベツとチーズと松の実のサラダを頼んだらサラダはハーフポーションで良いだろうと。

カジュアルな感じのレストランだったが美味しかった。ホテルに戻りロンリープラネットを見たらEatingの所でTOPとなっていた。