一期一会

日々是好日な身辺雑記

「怪物」

2023年06月19日 | 日記
昨日はカミさんと我が町のシネコンで、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した是枝監督の「怪物」を観てきた。今まで是枝作品は「海街diary」を最初に、「万引き家族」、「海よりもまだ深く」、韓国映画「ベイビー•ブローカー」などを観てきた。基本的に評判作は封切りされた時に映画館で観ている。
久しぶりに行ったパルコ内の映画館は、椅子は背もたれがリクライニングになり、肘掛けカップ置きを幅広にして、前の座席とずらし観やすい配置なっていた。この映画館も来年にはパルコの高層ビルへの建て直しで無くなる。ただ来年には我が家から7分くらいの所に建築中の大型商業施設に、シネコンが出来るらしい。近年の我が町は高層マンションや駅ビル商業施設など開発ラッシュだ。

上映開始9:05前からチケット購入をする結構な人達が並んでいたのは、カンヌ国際映画祭の影響なのだろう。
是枝作品は家族関係をテーマにしたものが多いが、この映画はちょつと色合いが違っていた。ほとんどの是枝作品は監督自身が脚本を書いているが、今回は違うので、そのせいだろう。

「怪物」というタイトルがかなりセンセーショナルだが、映画を観ている間も誰が怪物なんだろうと考えてしまう。

シングルマザーの里織(安藤サクラ)と小学生の息子湊、担任教師の保利(永山瑛太)を核に物語は展開するが、この3人のそれぞれの視点から三幕に分けられていて、物語全体の謎が幕を経るごとに明らかになる。
第一幕は息子が学校でいじめられているのでは、担任の保利から暴力を受けているのではとの疑惑を感じる早織の視点。

第二幕は告発される保利の視点で、学校に乗りこんできた里織は、全てを保利のせいにし不満をぶつける。それに対し意見すら言わせてもらえず、ただ謝罪しろと言いつけてくる校長(田中裕子)や教頭。ある日教室で湊が体操着を投げて暴れているのを見る。保利は湊が同級生の依里をいじめているのではと疑い始める。さて保利は湊に暴力をふるったのか。

第三幕は湊の視点で、クラスでは一部の児童から依里へのいじめが行われていた。
湊は自分へ飛び火することを恐れて、表だって依里を庇うことが出来ない。
そして依里は父親(中村獅童)からも虐待を受けていた。親である里織の目線、先生である保利の視点で理解出来ないことが、
湊の視点になり、彼の行動すべてに理由があったことが明らかになる。

この物語の登場人物、湊、保利、校長、依里、その父親にも不気味な怪物性を感じながら物語は展開する。

このミステリ仕立ての脚本を書いた坂元裕二は「東京ラブストーリー」や「世界の中心で、愛をさけぶ」なども書いている。
今まで自身で脚本を書いてきた是枝監督は、(私にはこういう脚本は書けない)と言っているが、カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞するだけの、よく練られた脚本だ。

音楽は亡くなった坂本龍一が担当し、ピアノのそのメロディーが印象的で、エンディングロールでは彼への哀悼の意が表されている。





映画の後は、スパイス薬膳カレーの店(Cafe豆うさぎ)でランチを取る。
駅からだと歩いて14、5分の住宅街の中にあり、11:30前だったが、テーブル席には既に3つのグループが入っていた。この店は営業時間が11:00〜14:30と出雲蕎麦の店のようだ。カミさんが彩り野菜の薬膳カレー、私がチキンのスパイス薬膳カレーとポークキーマカレーのあいがけ2種盛りをラッシーと共に取った。なかなか美味しかった。

食に関しては特にうるさいわけではないが、ラーメン、蕎麦、カレーについてはB級グルメを自認している。我が町にはもう一店、知る人ぞ知るカレー店(ネゴンボ)がある。ここも駅から歩いて14、5分の目立たない所にあり、定員8名ぐらいな小さな店で、その狭さからコロナ禍の期間はテイクアウトのみだった。
その(ネゴンボ)をネットで見てみたら、凄いこになっていた!店の名前が(negombo33)と変わり、高円寺、川越、新宿に新規開店していた。幾つかのカレー雑誌の表紙を飾り、レトルトカレーも発売していた。そしてイートインも昨年11月に再開していた。

ネゴンボはスリランカの5番目の都市で、2017年3月にスリランカに行った時に最初に宿泊した港町で、店主もそこに居たことがあるらしい。
スリランカ旅行中にはよくカレーを食べており、お土産にカレー粉も沢山買ってきて、それでカレーを作っていた。

カレー店ネゴンボの急激な業務拡大は、大手飲食業との業務提携があったのかも知れない?カウンター越しにカレーを作る若い店主からは拡大指向のようなものは、感じられなかったが、味の独創性が決めてになったのかも。近い内に行ってみよう。




足立美術館へ

2023年06月16日 | 旅行
旅行最終日の14日(水)の松江は朝から小降りの雨だった。当初の予定ではフェリーの乗船時間まで西ノ島で過ごす予定だったので、雨降りでは身動きが取れず、旅館のロビーかフェリーの待合所で過ごすようだった。

久しぶりにのんびりとNHK BSの朝ドラを見た後で、ホテルの朝食を取りに行った。
一人旅の寝るだけホテルだが、前回泊まった時は朝食バイキングが良かった記憶と写真があったので、朝食付きにしたのだが、だいぶレベルが落ちていた。このコロナ禍の3年で経営も厳しくなり、対象も観光客ではなく、出張客にしたのかも知れない。
他のお客さんを見てそう思った。



足立美術館は松江から安来まで山陰本線の電車で行き、そこからは足立美術館のシャトルバスが出ており10時に到着。入場料2300円のチケットを買って入場すると、帰りのバスの整理券を取ってから廻る事になっている。30分おきのバスの12:30発の整理券を取る。館内は団体ツアーが動きだすには早い時間なのと、梅雨の時期ということもあるのだろう、あまり混雑してなく、静かな環境の中で廻れた。前回は2018年の4月だったので、春の観光シーズンと外人観光客での賑わいだった。

米国の専門誌が選ぶ日本庭園ランキングで
2022年も一位になり、20年連続のトップだ。本来は四季折々に変わる庭園の景観を楽しみたいところだが、山陰は遠い。

足立美術館は庭もさることながら、建築物としても良く考えられた設計だと思う。
鑑賞する人の動線を考えた坪庭•池庭や喫茶室の配置になっている。海外の代表的な美術館にも行ってきたが、このような建築構造の所はなかった。まぁ、庭園と名画を観せるという、この美術館のコンセプトから来てるのだろうが。
(枯山水庭)

(白砂青松庭)

(生の額絵)

(生の掛軸)


美術館では夏季特別展(東西の巨匠たち)と題し、東京画壇と京都画壇の巨匠たちの作品が展示されていた。特に目が引いたのは冨岡鉄斎の(阿部仲麻呂在唐詠和歌図)だ。

遣唐使阿部仲麻呂が、36年後に帰国が許され、その別離の宴で詠んだとされる絵である。

天の原 ふりさけみれば 春日なる
三笠の山に いでし月かも

遣唐使の阿部仲麻呂と吉備真備の青年期から最期までの50年にわたる物語(ふりさけ見れば)が、2021年7月から2023年2月まで、日経新聞朝刊に連載されていた。
安倍龍太郎のこの連載小説を毎朝楽しみにし、この絵に書かれている別離の宴も読んでいたので、余計に惹かれた。この連載中に安倍龍太郎の(遣唐使•阿倍仲麻呂に想い馳せた、河西回廊、天山南路の旅)の帯の付いた「シルクロード 仏の道)を買って読んだ。(ふりさけ見れば)の単行本が出たら買ってまた読んでみよう。

下の写真がその(阿倍仲麻呂在唐英和歌図)で、勿論展示品の撮影は禁止なので、ネット上のスクリーンショットである。

(阿部仲麻呂在唐詠和歌図)


松江駅に戻ったのが13:30頃だったので、米子空港への直行バスに乗るまで2時間半ほどあったので、バスで松江城へ向かう。昼食がまだだったので、松江城近くの神代そばに行くが水曜日の定休だった。もう一軒の八雲庵は無休のはずが閉まっていた。
15:00までの営業だったので、売り切れの閉店だったのだろう。お堀端にあった甘味処に蕎麦もあったので、そこで松江城を眺めながら割子蕎麦を食べる。











その遅い昼食の後は、小泉八雲旧居や武家屋敷のある塩見縄手をぶらり歩きをして、松江城に行く。どこも時間がなかったので外側から観るだけだった。そんな松江城周りの見物をしてから、15:50発の米子空港行き直行バスに乗り、17:35発の便で帰ってきた。

一人旅は2019年6月の京都旅行以来で、その後はカミさんとはウィーン•ブタペスト•ミュンヘン旅行や、コロナ禍の行動制限の合間をぬって、松山、京都、長崎と旅してきたが、一人旅はまた別の楽しみだ、今回のようなEバイクを使っての観光はカミさんには無理だ。

数年前から一人旅の候補として検討しているのが、熊野古道の踏破だ。体力的には自信があるが、スタート地点の和歌山県田辺までの行き方が問題で、新幹線や飛行機で行くのは、この旅の趣旨に馴染まないのだ。深夜バスで田辺へというのが馴染む気がするが、昨年の涸沢登山で実証済みでもあるし• • •。歩く距離と時間を考えると、時期は春か秋になるが、10月は上海旅行が決まっている。

いづれにしても、コロナ禍で止めていた検討をまた図書館から関連本を借りてやろう。一人旅はその性格から家計費からは出ないので、へそくりからの支出になる。
そのへそくりも株への投資分は最近の株高で40%近い利益が出ているので、そろそろ利益確定をして旅資金を増やしておこうと思っているが、6月末決算の銘柄なので配当権利確定日を過ぎてからの売りを想定している。


西ノ島から知夫里島へ

2023年06月13日 | 旅行
隠岐旅行3日目となる今日13日(火)は朝食の後、8:23発の島間フェリーで西ノ島から知夫里島へ行ってきた。所要時間25分、料金は300円だ。知夫里島には赤ハゲ山展望台と赤壁展望所という2つの絶景ポイントがある。到着するといつも通り観光案内所へ直行するが、今回は情報収集する事もなく、すぐEバイクを借りる。

こちらから聞く事が無くても、係員の若い女性からは、赤壁展望所は柵が無いので、注意するようにと。落ちたら助かりませんからとも。そしてペットボトルは必ず買っていって下さいと。観光案内所以外に自動販売機があるもう一ヶ所も地図で教えてくれる。
人口700人に満たないこの島には自販機も少ないのだ。最後に、道に牛が道路に居ますが、動かないのでゆっくり脇を通り抜けて下さいと、道路には牛の糞がころがっていますとも。昨日の夕食でステーキが出てきた時に女将が言ってたのは、この島の牛は有名で本土から飛行機に乗って買い付けに来ますと。それだけの経費をかけてもと、言うことらしい。Eバイクは3時間レンタルで2600円。ネットで確認してきたのは赤ハゲ山まで9kmで1時間ということ。



今日は晴れて、のどかな漁港の風景を見ながら海沿いの道をサイクリングするのは、気持ちが良かった。それも走り始めて20分くらいまでで、徐々に上り坂になると.いくらEバイクという名前が付いていても、自転車なので大変だ。何とか日頃のクロストレーナーの成果をと、立ち漕ぎをしてもスピードが出ないので、何度かおりて、引っ張って歩いた。

牛の糞が見え始めると、道路上に牛も出現する。狭い道を塞いで悠然としているのだ。脇をゆっくり通り過ぎてから、振り返って撮ったのが下の写真で、初めて出会った牛だったので記念写真だ。

それから何度も道を塞ぐ牛と出会うのだが、あの黒い大きな牛が何頭も道を塞いで目の前にいると、スマホを構えることもなく、先ず自転車をおりて存在を認識させ、動き出すのを待って、脇を通り過ぎるのだ。ニュージーランドは人より羊の方が多いと言われるが、正しくこの島も牛の方が多いだろう。





何とか1時間で着いた赤ハゲ山は324.5mと知夫里島で最高所で、頂上には展望台があり、ぐるっと360度見渡すことが出来る、そこから20分程下った赤壁展望所は、駐車場から遊歩道を歩くと、突如目の前に断崖が現れる。海から200mそそり立つ赤い岩壁は、国の名所天然記念物に指定されている。ただ岩壁鑑賞は上から観るより、昨日のように船に乗り、海面からそそり立つ岩壁を眺める方が、迫力があるようだ。









知夫里島観光の後は西ノ島に戻り、別府港発14:12発のジェットフェリーで七類港に戻ってきた。七類港から松江には直行バスで40分の1060円だ。松江観光の予定はなかったが、天気などを考慮し最終日は足立美術館をメインとすることにした。




松江でチェックインしたホテルは、2018年4月に一人旅で2泊した寝るだけホテルの松江アーバンホテルだ。3時間のEバイクで大汗をかいたので風呂に入り一休み。

夕食は前に行った寿司店赤べこも考えたが、流石に海鮮づくしの食事が続いたので、もう一つの名物出雲蕎麦にしようとGoogle検索すると、名店と言われる店は殆ど昼だけか、打った蕎麦が無くなり次第終了となっていた。そんな中で21:00までやっている(東風)という蕎麦店があり、そこに向かって歩いている途中でベトナム料理の店を見つけた。最近よくフォーを食べたいと思っていたので、蕎麦から変更してその店に入った。ベトナムには2回行っているがフォーをよく食べていた。

その店はベトナム人がやっているようで、店の若い女性は少し日本語が不自由だった。ベトナムビールと生春巻き、空芯菜としめじ炒め、牛肉のフォーを注文。フォーはスープが薄かったが、食べる前に薄かったらナンプラーを、との説明があったのでフォーの関西版なのか。

フォーは何と言っても池袋のPho Thin TOKYO(フォティントーキョー)だ。牛肉フォー一品だけで勝負している店だ。
来週水曜日に大学病院の定期検査に行くので、帰りにランチで寄ってみよう。

隠岐の島から西ノ島へ

2023年06月12日 | 旅行
隠岐旅行2日目の今日12日(月)は、起きてから先ず確認したのは天気予報で、昨日は月、火と雲と傘マークが付いていたが、それがお日様マークに変わっていた。島内観光がEバイクに限られるので、雨が降られたら身動きが出来ないのでホッとした。
いつも一人旅の時はコンビニで買うサンドウィッチとヨーグルト、野菜ジュースで済ませているが、隠岐の島にはコンビニがないのでホテルは朝食付きで予約した。
勿論バランスが取れた内容で申し分なく美味しかった。

そして今朝は8:30出港のフェリーで西ノ島に移った。島後から島前への島間航路なのだが、フェリーなので1時間半かかり、2等客室で料金は1600円だ。10:05に西ノ島の別府港に着くと、昨日と同じく観光案内所に行き、島内観光する上での必要な情報収集をする。係の若い男性は親切丁寧な対応で、西ノ島の絶景スポット摩天崖、通天橋をトレッキングしようと思っていたが、移動手段などで無理だと分かったので、定期観光船を利用する事にした。







定期観光船は別府から町営バスで20分の浦郷港から出発し、1日3便が運航されるが
丁度10:50発の便に乗ることが出来て、料金は3000円。

この遊覧船は奇岩•絶景が続々現れる岩壁を、船頭さんの名調子の案内を聴きながら鑑賞できる。同乗者は一組のシニア夫婦だけだった。このツアーは海の状況で変わるらしいが、今日は凪で穏やかな海面で、ベストコンディションだったらしい。
257mの断崖絶壁の摩天崖、巨大な岩の架け橋の通天橋、尖った岩が林立する中で、
ひときわ目を引く観音岩などが圧巻の迫力だ。そして10回のうち1回しか入れないという洞窟の明暗の岩屋は、奥に入ると外光が届かなくなり、明暗という名もそこから来ている。船体を岩壁に擦れながらゆっくり進む。見所いっぱいのツアーだった。

昨年4月に起きた知床遊覧船沈没事故も、こんな感じのツアー内容だったのだろう。

(定期観光船)

(観音岩)

(摩天崖)

(通天橋)

(明暗の岩屋)


12:10に浦郷港に戻り、近くの食堂で煮魚付きの刺身定食1200円のランチを。
13:10発の町営バスに乗り、別府港に戻ってからは、歩いて10分の所にある、後醍醐天皇が島流しにあい、一年間幽閉されていた住居跡の黒木御所跡などを訪ねる。
先ずは後醍醐天皇の足跡を収集する資料館の碧楓館へ。見学者は私一人だけだったので、係員の方に如何にして後醍醐天皇はこの島から脱出出来たのかなどの説明を受ける。丁寧で興味深い話だった。

御所跡は石段を上った湾を望む小高い丘の上にあり、ここを訪れた昭和天皇などの記念植樹碑があった。黒木御所跡に訪れたのは、港近くにあり、碧風館と共通券で入れる西ノ島ふるさと館へ。

ここは民俗資料館として西ノ島の文化歴史に関する資料が展示されているが、併設されていたのが、昨年二宮和也主演で映画化された(ラーゲより愛を込めて)の実在のモデル山本幡男氏の遺品展示室だ。氏が西ノ島の出身での展示室であり、捕虜としてのシベリア抑留生活の中で、ソ連の監視網を潜り、抑留仲間が暗記してその遺書を遺族に届けたという感動の物語である。

この映画は見てないが、原作となった辺見じゅんのノンフィクション(収容所からの遺書)は、娘から勧められ、2年前に娘の本を借りて読んだ。読書アプリに登録されていた大宅壮一賞受賞の良作だった。
ここも見学者は私だけで、係員の中年女性と西ノ島や明日行く知夫里島の話をしてくれる。最後に同じ西ノ島出身で、最近ネットで熟年離婚が報じられた、女優田中美佐子の展示品はないかと、オヤジギャグを発したら、ファンなのですかと言い、彼女は中学の同級生だと。結婚式は西ノ島でも行われたとの事だった。

色々な話しをしていると、今日泊まる旅館(みつけ島荘)の女将も同級生で仲良し3人組だったと。







(みつけ島荘)はガイドブックにも、元気印の女将がもてなすリピーターの多い人気宿と紹介され、料理が評判で岩牡蠣が有名とも。女将はブログもやっており、名古屋の大学卒業後はスポーツインストラクターを勤めるかたわら、よしもと興業NSCの第二期生だったとの事。これは全て公開情報であり、旅館の部屋にあるインフォメーションにもより詳しく載っている。
(みつけ島荘)の長女で婿養子を迎え、旅館業を継いだとも。
旅館内にはこの宿を訪れた芸能人の写真や、田中美佐子とのテニスの写真などが貼られていた。
料理、もてなし、ともに自信を持ってのオススメだ。西ノ島を訪れる方は定期観光船のツアーを含め、是非行ってみてほしい。





料理は評判通りで、大きな岩牡蠣や、栄螺は江ノ島で食べるサザエとは比べようもない大きさ。牛肉のステーキ、焼き立ての鯛など全て申し分のないものだった。



ANAで隠岐の島へ

2023年06月11日 | 旅行
今日11(日)羽田空港9:15発ANAの便で米子空港に定刻通り10:30に着いた。ずうっと気になっていた隠岐の天気予報は昨日までは晴れマークだったが、今朝確認したら月、火が雲と傘マークになっていた。家を出る時は小雨降る天気だったが、米子は曇り後晴れという感じだった。到着した米子空港は米子鬼太郎空港となっていた。
フェリーの出る境港市は(ゲゲゲの鬼太郎)の作者水木しげるの育った所で、水木しげる記念館があり、JR境港駅から記念館までは水木しげるロードと名付けられている。
JR米子空港駅から境港駅までは30分くらいだが、その車輌も(ゲゲゲの鬼太郎)となっており、座席シートは目玉おやじが描かれていた。そして境港駅前にはマニアが沢山いて、男の子2人は鬼太郎のコスチュームの黒と黄色の横縞のちゃんちゃんこと赤い鼻緒の下駄を履いていた。今の子供達も読んでいるのだろうか。私は読んだことがないが、息子は小さなフィギュアを集めていた。







境港から隠岐の島へは12:00発の高速フェリー(レインボージェット)で1時間半、料金は6800円。普通のフェリーだと2時間半なので、かなり遠い。隠岐の島はトップ写真の通り、大きく2つに分けられており、隠岐の島町のある大きな島を島後(どうご)と呼び、本州に近い中ノ島•西ノ島•知夫里島の3つの主要な島からなる諸島を島前(どうぜん)と呼ぶ。

隠岐の島は後鳥羽上皇、後醍醐天皇が島流しにあった流刑の地として知られているが、本州から50kmも離れており、島影も見えない海を高速フェリーでも1時間半もかかるが、後鳥羽上皇などが島流しにあった鎌倉時代は帆掛け船だったのだろうか。それにしても後醍醐天皇はよく脱出したものだ。鎌倉幕府を倒し建武の新政を敷き、そして南北朝と、歴代天皇の中でも異色ではあったが。



13:30に隠岐の島の西郷港に到着。朝食を5時に取ってから何も食べてないので、売店のような所でサンドウィッチを買おうと思ったが無い。フェリーにも売店はなかった。勿論島にはコンビニはない。
諦めて観光案内所に行き情報収集。来る前に(地球の歩き方島旅 隠岐)を買い、ネットでも色々調べたが分からない事が多かった。島内移動手段、所要時間などなど、その距離感が掴めなかった。レンタカーを借りるまでもないし、島内バスもあるにはあるが、本数が少なく観光の足には使えない。そんな事でバッテリー付きのEバイクを借りることにした。料金は3時間のレンタルで2800円、普通の自転車ではアップダウンも多く大変だとのアドバイスに従った。
(船小屋群)

(Eバイク)

(玉若酢命神社)

(八百杉)

(本殿)


心配性のカミさんは出がけにも、自転車には気をつけるように言い、着いた頃にはまたLine で注意喚起メールをくれたが、そんな心配はご無用で、すれ違う車も、追い抜く車もなく、道路1人占め状態だった。

海沿いの道を1時間ほど走って、20棟ほどの船小屋が並ぶかっての漁村風景の残る集落に着く。途中道を間違えてないか地元の人に尋ねたかったが、人家もなく、歩いている人もなく、ようやくジョギング中の人に出会い確認できた。
初めて乗るEバイクは、下り道になると凄いスピードが出て、ビュビューという音がして、正に風を切って走る感じだ。

その後に廻った玉若酢命神社は、隠岐の総社として創建され、本殿は隠岐造りの建築様式で隋神門とともに国の重要文化財に指定されている。境内には樹齢2000年以上と言われる国の天然記念物に指定されている八百杉という杉の大木がある。
隠岐諸島には150以上の神社があると言われ、中には平安時代のものもあるらしい。
海を渡れば出雲なので、その影響もあるのだろう。

(隠岐ビューポートホテル)






サイクリングから戻ったのは16:30で、港が直ぐ前の隠岐ビューポートホテルにチェックインした時は、大汗をかいて飲まず食わずだったので、声も掠れていた。ホテルの自販機でお茶を買い、風呂に入り一休みする。
夕食はガイドブックや食べログでも評点が高い寿司店(八百杉)に行った。この店は要予約とあり、地元の人気店らしい。
カウンター以外にもお座敷もあり、18:30に行った時には既に団体客が2組ほど入っていた。

この店は前評判通りで、生ビールとともに取ったバイ貝の煮た物も大きく美味しかった。上にぎりも小樽で食べた寿司以来という美味しさで、大満足の夕食だった。
寿司は(一番好きな物を最後に派)なので、蟹味噌を最後に食べた。