一期一会

日々是好日な身辺雑記

武相マラソン2017を走る

2017年04月30日 | 日記


ゴールデンウィークの初日の昨日4/29は、今シーズン最後のマラソンとなる武相マラソンを走った。
一緒に走ったのは2月の青梅マラソン以来のランナー仲間4人と、私の知人のIさんだ。
例年11月の府中多摩川に始まり、12月の所沢、1月のフロストバイト、2月の青梅、
そして4月の武相と走っている。東京マラソンは応募し続けているが今だにあたらない。
今年はランナー仲間の一人が初出場したので、来年は順番が回ってくるかも知れない。
3月は東京近県で適当な大会が無いのと、3月は大体海外旅行に行っているので予定できない。

武相マラソンは9:00に町田市立陸上競技場をスタートして多摩丘陵のアップダウンのきつい21.5kmを走るハーフマラソンで、
そのコースのきつさからか、定員3,000人でも1,800人位の出場だ。
他のハーフマラソンは2時間10分前後のタイムだが、この大会はプラス20分位かかる。
昨日は気温23度とマラソンには暑い感じだったが、新緑の中を走るのは気持ち良かった。
(まぁ、それも最初のうちだけだが)
だらだらと長い上り坂にかかると、前を見るとウンザリするので、路面を見ながら黙々と走る。新緑を楽しむ余裕がなくなるのだ。
人生と同じく上りあれば下りありで、下りでタイム短縮を図りスピードをあげるという繰り返し。

このコースは距離表示が5km毎なので、どんなペースなのかよく分からないが、
5km地点が32分30秒、10km地点が64分58秒で、やはりいつもの6分/kmより遅い。
家を出る時に昨年の完走証で2時間26分のタイムを確認していた。
青梅マラソンが終わった時点では武相マラソン2時間15分切りの目標を立てたが、
スリランカ旅行などで走り込みが思うようにいかず、昨年より1分でも速ければとハードルを下げた。
15km地点計測では、それは何とかなりそうかと思ったが、20km地点の前に急な上りが残っており、
沿道から(これを上りきれば、あと1キロだよ頑張って!)の声援がかかるが、歩かないのが精一杯だった。
そしてゴールインしてストップウオッチを見たら2時間27分48秒だった。
計測ICタグを返し、貰った完走証の記録は2時間28分52秒で昨年より2分遅かった。
この大会はネットタイムが無く、スタート時刻からゴールインまでの時間が公式記録になるが、
やはり意気込みだけでは、脚も記録もそれに付いていかないのだ。

荷物を置いていた競技場のスタンドに戻ったら、Iさんが既に着替えて待っていた。
タイムを聞いたら1時間49分で昨年より2分速かった。片や2分速くなり、片や2分遅くなる
この差は日頃のトレーニングの差かも知れない。
ただ、彼は2回目のフルマラソンとなる昨年11月の大田原マラソンでサブ4(4時間切り)を達成し、
ここ数年7月の富士登山競争にも出場し好成績を納めているので、元々の脚力も違うのだ。
大田原マラソンは制限時間が4時間なので、そもそもサブ4ランナーを対象にしているような
ハイレベルの大会で、自信とチャレンジ心がないとエントリー出来ない。
富士登山競争に対する思い入れは強いらしく、大会前には2,3回現地に行って同じコースを走るらしい。
同じ歳なので刺激を受けるが、意気込みと記録ともその域には近づけない。

この後ランナー仲間も次々と戻ってきて、今シーズン最後のマラソンは終わった。
記録はともかく、健康で走れるだけで満足だ。
マラソンが終わった後は生ビール、餃子、ラーメンで打ち上げというのが定番だが、
1台の車に乗りきれないので、Iさんとバスと電車で帰る事にして会場でランナー仲間4人とは別れる。
ゴールデンウィーク明けにランナー仲間とは今シーズンの打ち上げをする予定になっている。

この大会は行きは小田急線の鶴川から専用バスを出してくれるが、帰りはローカルバス利用となる。
多摩センターまでバスで行き、そこのビアホール(だん家)で遅めの昼食を取る。
最近はリタイアシニア向けなのか、居酒屋なども昼間から開いている店がある。
陽が落ちる前にアルコールを飲む習慣はないが、今週は大学病院での3ヶ月毎の
定期健診がセーフだったので、自己規制の枠を外し生ビールに加え白ワイン2杯を飲んだ。

こうして今シーズン最後のマラソンは終わり、次は11月の府中多摩川まで無いが、
来シーズンこそ出場する全大会で自己記録更新したいものだ。


「バブル」

2017年04月23日 | 雑記



以前にもこのブログで書いたが、何年か前から本は図書館で借りて読む事が多くなった。
理由の一つは、読みたいと思う本が新刊本でも殆ど蔵書になっており、
市内8カ所にある図書館の蔵書をインターネットで簡単に検索と予約も出来て、
家から歩いて5分の所にあるファミリーマートに配達されるという利便性からだ。
それと終活をしているわけではないが、物を増やさない事を心がけ、洋服なども使わない物は処分しており、
今週はスーツやダウンジャケットも市のリサイクルセンターに出した。
二つある本棚もいっぱいなのでこれ以上本は増やせない。
物を持たず必要最小限の物で生活するのが理想だが、相方も居るのでなかなか物が減らない。

当然ながら図書館から借りる本は予約待ちとなるので、手元に届くまでに時間がかかる。
昨年末丸の内の丸善OAZOに行って、平積みになっていた「バブル」、「住友銀行秘史」、「ひとりの哲学」、
文庫本売上げ1位の原田マヤ「総理の夫」を、その場で予約した。.
「総理の夫」は単行本の方が予約なしだったので、正月明けに手元に届いた。
この本はそのタイトルの通り、日本初の女性総理とその夫を中心に展開する政治劇で、作家も本も知らなかったが、なかなか面白かった。
登場人物も現実の政治家を連想させ、女性総理の打ち出す政策も、今の日本に必要だと思わせるもので、リアルな部分もありオススメの一冊だ。

そして予約待ちになっていた「バブル」が今週手元に届いた。年末に予約してから4ヶ月近くかかった。
この本の著者永野健二氏は、バブル期に日本経済新聞の記者として数々の経済事件を取材しており、
当時新聞や雑誌で目にしていた事件や、社会現象ともなっていた熱狂ぶりを思い出させる本だ。
副題に(日本迷走の原点)とある通り、あのバブルが弾けて(失われた20年)という時代が続くのだ。
バブルの期間というのは明確には分からないが、この本では第1章胎動、第2章膨張、第3章狂乱、第4章清算と、
バブルの発生から弾けるまでを4つの章に分けて書かれている。
第1章では三光汽船のジャパンライン買収事件と、ミネベアの蛇の目ミシンと三協精機の買収を取り上げているがどれも買収は成立しなかった。
三光汽船のオーナーが三木派の大番頭で通産大臣にもなった河本敏夫だったが、
日本興業銀行が右翼の児玉誉士夫を巻き込んで、この買収を阻止するという、戦後日本を引きずったような決着だった。
ここで(興銀の終わりの始まり)として書かれているのが、経済事件における興銀と裏社会の繋がりだ。
興銀に限らず、イトマン事件の住友銀行のように、証券会社や他の銀行も総会屋や裏社会に通じていたのが分かる。
コーポレートガバナンスも何もあったものじゃない。

1885年9月のプラザ合意後の円高不況で日銀がとった超金融緩和策がバブルを生み、
1989年の大納会で3万8900円をつけた日経平均は、年明けから下がり始め、
10月には2万円を割るという半値近く下げたところが、バブルが弾けた時期なのだろう。
この本ではその間のリクルート事件や、NTTの上場などの株式市場の熱狂や、
秀和や麻布建物の不動産バブルを元にした株買い占め等、当時紙面を賑わしていた事が
伝説の記者と言われた永野氏により書かれている。
バブルの時代に関わった政界、大蔵省、銀行・証券会社、裏社会に通じた人間を描き、
金融政策や法的な面から分析したこの本はオススメの一冊だ。

このバブルの時代を社会人として体験したのは現在50歳以上の人達だろうが、この本を読んで当時の熱狂振りを思い出した。
都心の狭い土地も地上げという買い占めでまとまった広さの土地となり、その土地を売った人達は億万長者と言われ、
有名な演歌歌手は海外のホテルを幾つも買収し(歌う不動産王)と揶揄され、
有名なプロ野球のピッチャーの不動産投資もマスコミを賑わしていた。

有名人の話だけでなく、自分の身の周りでもバブル話は起きていた。
当時40代で外資コンピュータ会社に勤めていたのだが、同じ会社の同僚が不動産投資で住まい以外にマンションを買っていたり、
結婚する後輩が1億円のマンションを買ったりとか、普通のサラリーマンをもバブルに巻き込んでいった。
会社員生活では他にも不動産バブル話はあるが、差し障りがあるので後日談や詳しい事は書かない。

翻って自分はどうだったかというと、当時住んでいたマンションが駅から3分位だった事もあり、
郵便受けには(マンション買います)とのチラシが何枚も入っていて、その金額は買値の倍以上になっていた。
この買値を知り、庭付き一戸建てにも関心があったので何ヶ所か見て回り、建て売り住宅の価格を聞き、
(この家を買っても、残りでベンツが買えるね)と、カミさんに言ってたが今考えると滑稽な感じだ。
当時を振り返ると他にもバブル話があるが、殆どが浮かれ話なので書かない。
結果的に庭付き一戸建ては買わず、バブルが弾けた数年後に今のマンションに買い換えた。
同僚が住んでいて勧められた、駅からバスで10分の高台の一戸建ても環境は良かったが、
子供が巣立ちカミさんとの2人の生活になり、今後の事を考えると駅から歩いて5分のマンションへの買い換えで正解だった。

日本のバブルが弾けた後にも、アメリカで不動産バブルのサブプライムローンが破綻し、
リーマンショックという世界の金融システムを揺るがす問題が起きる。
この二つの破綻に思うのは、その予兆が現れてなかったのか、その時が来るまで日経新聞はどう書いていたかという事。
リーマンショックに関する回想記も何冊か読んだが、事前予知は出来なかったようだ。
これが出来れば株式運用にも活かせるのだが、それが起きるまでは分からないのだ。
現在の中国は不動産バブルだと思うのだが、それがいつ弾けるのかは分からないが、
それが及ぼす株式市場への影響の大きさは予想がつく。

近々のリスクは朝鮮半島問題と明日のフランス大統領選で、この不確実性に対し
株売りで現金化を勧める証券アナリストもいるが、その対応は取っていない。
(まさか・・・)という気持ちと、今月末から出てくる保有株の決算がどれも増益予想だからだ。
明朝判明するフランス大統領選は過半数を取る候補者がいなく、上位2名での5/7の再投票になるのだろう。
極右でEU離脱を説くルペンが当選したら、Brexit以上の衝撃をマーケットに与えるだろう。
その可能性は低いようだが、トランプの例もあるし、パリで起きたテロがどう影響するか?
1週間位前にNHK BS国際報道2017で、ルペンがロシアの銀行から選挙資金の融資を受けている事を側近が認めるニュースを報じていた。
これ自体は違法ではないがその裏を考えると国際政治は奇々怪々だ。

昨日の日経夕刊にトランプがルペンを称賛するという記事が載っていた。
現職の米大統領が他国の大統領選で特定候補を肩入れするというのはあり得ない。
マクロンが当選し会談する時に、どんな顔をして会うのだろうか。
シリア問題、中国の為替操作問題とか、トランプの発言は一貫してないが、その阿保ぶりだけは一貫している。
このバカ殿を諌める家老がトランプ政権にはいないのか、プリーバス首席大統領補佐官がその立場なのだろうが存在感がない。

昨日のNHKスペシャルでは「激震トランプ時代」というドキュメンタリーをやっていた。
主要メディアのCNN、ABC、ニューヨークタイムズがシリア爆撃とロシア問題の関連について話していた。
4/26の0:10から再放送されるので、見ていない方にはオススメする。

明日はフランス大統領選の結果が、明後日4/25は北朝鮮の人民軍創設記念日だ。
マーケットを揺るがすような事が起きなければ良いが。


地政学リスク

2017年04月16日 | 雑記



朝鮮半島が一気にきな臭くなり、アメリカ(トランプ)と北朝鮮(金正恩)のチキンレース状態になっていたが、
今朝北朝鮮がミサイルを発射し失敗したという日経速報メールが入った。
(全ての選択肢がテーブルの上にある)と言っていたアメリカも、昼現在何の反応もしていないし、
トランプも未だツイッターに投稿していない。ワシントンは土曜日の深夜だ。

今週は地政学リスクによるドル売り円買いで108円台となり、新年度相場に入って19,000円を割った日経平均も、
連日の年初来安値更新で14日(金)は昨年11月30日以来の、5ヶ月半振りとなる18,300円を下回る場面があった。
ただ、この地政学リスクも(まさか?)との想いからか、昨年数回あった程の大きな下げ幅とはなっていない。
保有株も昨年のトランプ政権誕生を機に、為替の影響を受けやすい電機・ハイテク株を売り、
内需株の薬品・小売り銘柄に買い替えたので、この下げ相場にそれ程の影響を受けていない。

 (双眼鏡で監視する北朝鮮軍兵士)


上の写真は2011年8月に韓国旅行をした時に、北朝鮮との軍事境界線である板門店で撮ったものだ。
ソウルのロッテホテルから出発した板門店ツアーのバスは、途中韓国人ガイドさんからの南北分断の歴史や朝鮮戦争の話、
(ポプラの木事件)という非武装地帯内の共同警備区域内に植えられていたポプラの木を、
国連軍が監視所の視界を遮るほどに成長したので、剪定しようとして北朝鮮兵との争いになり、
アメリカ兵士2名が殺害されたという事件の説明があった。結果的に大規模な武力衝突は避けられたが、
第2次朝鮮戦争が勃発しそうな事件だったらしい。
一触即発の緊張状態にあるとチョットした事がきっかけとなるという事例だろう。

軍事基地のような所に着くと国連軍のバスに乗換え、細かな注意事項を聞いた後で板門店に向かう。
板門店では青い建物の軍事停戦委員会本会議場まで入れて、目の前に北朝鮮の施設があり、
双眼鏡で監視している北朝鮮の兵士が見えるという緊張の最前線だった。
この旅行中にソウル市内観光をしていたら突然サイレンが鳴り、自動車も歩いている人も10分くらい停まった状態でいるという体験をした。
北朝鮮との有事の際への訓練だったらしいが、停まった状態でいるというのがどんな意味があるのか分からなかった。
パニック状態にならない事を主眼にしたものだったのか?韓流ドラマでは分からない韓国の現実だった。
海外を個人旅行で廻っていると、日本は安全で平和な国だと思う。
先進国として高度な情報社会だが、島国なので(茹でガエル)状態なのかも知れない。

(UNIMAC国連軍司令部軍事休戦委員会ゲスト章)




この1週間、シリア爆撃、原子力空母カール・ビンソンの派遣、アフガニスタンへの大型爆風爆弾の投下とトランプ政権は矢継ぎ早に手を打ってきたが、
これは内政の手詰まり感、支持率の低下などで アメリカファーストのトランプが失地回復で外に目を向けたのかと思った。
シリアの化学兵器使用が起きるまでのトランプは、ロシア問題で娘婿クリシュナーや
辞めた安全保障担当補佐官マイケル・フリンの議会召喚も報じられていたので最悪の時期だった。
特にマイケル・フリンは議会召喚に対し、免責を要求しているという報道もあったので、
このロシア問題はトランプにとって大きなダメージとなる可能性があるのだろう。
習近平やプーチンもそうだが、為政者が国内に問題がある時に、国外に国民の目を逸らさせようとするのはよくある事だ。
トランプのこの1週間の決定を見ていると、そんな部分もあるのだろうと思ってしまうが、うがち過ぎだろうか。
ポピュリストでミーイズムのトランプだからついそんな事を思ってしまう。

どちらにしても、チキンレース状態から金正恩がミサイル発射で一歩駒を進めたので、
それにトランプがどんな対応をするのか、4月25日までに何かが起きるのだろうか。



花見Jog

2017年04月10日 | 日記



毎年、桜の咲くこの時期になるとジョギングやウォーキングで花見に出かけるが、
今年は天気も悪く満開の桜を観る機会がなかった。
囲碁旅行の翌日5日(水)は花小金井まで電車で行き、野火止用水、玉川上水の側道を走り、
小金井公園を抜け花小金井駅に戻る小平グリーンロード21kmをジョギングした。
このコースは最近見つけたコースで、昔から走っている多摩湖一周コースと比べると平坦で楽だが、
近くに駅が無いので必然的に21kmを走りきる事になる。

(4/5 小金井公園)




そのコースも花小金井から久米川までの桜並木も5分咲きだったり、古木は蕾だけだったりとマチマチだった。
花小金井駅前の小平グリーンロードの看板には、玉川上水の桜並木が描かれていたがそれもまだだった。
ただ小金井公園の桜は7分咲きくらいまで咲いていた。そんなことで満開の桜というわけには
いかなかったが久し振りの21kmの走りで良いトレーニングになった。

そして翌日6日(木)は東上線武蔵嵐山駅から歩いて30分位の都幾川の桜を観に行ってきた。
ここは都幾川の土堤に全長2kmにわたる桜並木が続いており、昨年11月に山友達と西沢渓谷へ
紅葉見物のキャンプに行った帰りに教えてもらった桜の名所だ。
インターネットで開花状況を調べたら6分咲きとなっていたが、週末の天気予報が雨だったのと、
毎週木曜日のテニスが休みとなったので行ってきた。
この日は川越で理髪店と、18:00には山友達と待合わせ一杯やる予定もあったので、8:30には家を出る。

川越、森林公園と2回乗換えた東上線は平日のせいか乗客も少なく、車窓からの風景ものどかな感じで、
ノンビリと村上春樹の「職業としての小説家」を読みながら行った。
1時間位で着いた武蔵嵐山は駅前も人影がまばらで里の町という風情だが、
歴史的見所として源頼朝の御家人畠山重忠の居城だった菅谷館跡、木曽義仲誕生の地の大蔵館や、
産湯にしたと言われる清水がある鎌形八幡神社がある。
この山里に源頼朝のゆかりの武将の館があったというのが歴史の不思議さだ。

駅から15分ほど歩くと国立女性教育会館(NWEC)の近くに陽明学者の安岡正篤の記念館がある。
東洋思想家の安岡正篤の本は40代の頃に数冊読んだが、人の道を説くというような本だった。
入館料500円で入った記念館には、昭和の政治家や財界人の精神的指導者だったと言われる氏の興味深い資料が展示されていた。
その中には終戦の玉音放送の詔書にある(万世の為に太平を開く)の書や、氏の葬儀における岸信介の弔辞の原紙などが展示されており、
一つ一つが読んでいくような展示物なので時間がかかるが、他に人がいなかったのでゆっくり見て廻れた。

 (4/6 安岡正篤記念館)




菅谷館跡は11月に来た時は隣接する博物館を主体に見たが、今回改めて廻って見てみると
深い堀と土塁で築かれた居城跡は、その広さからも鎌倉時代の畠山重忠の地位を想像できる。
そこから下っていくと都幾川の土堤に出て、全長2kmにわたる桜並木が見れる。
近くでよく見ると蕾が幾つもあり、インターネット情報の通り6分咲き位だった。
これが快晴で満開の時であれば、この桜並木は見事なものだろう。
武蔵嵐山という都心から電車で1時間半位の場所柄と、平日のせいか花見客も少なかった。
桜の木の下で作ってきたオニギリを食べた後で、川越に戻ってきて蔵造り通りの理髪店に行き、18:00から山友達といつもの居酒屋で一杯やる。
キャンプ派の彼からGWの上高地・徳沢園でキャンプをし、雪景色の穂高連峰を見に行こうとの提案があったが、
5月の上高地ではよほど上質の羽毛の寝袋じゃないと寝れないので、この提案には乗れなかった。

 (4/10 多摩湖堤からの狭山公園)




そして今日10日(月)、天気予報では明日が雨で風が吹くという事なので、最後の花見Jogにと
多摩湖一周コースを8:30から走った。多摩湖堤から見る狭山公園の桜は満開だったがこれも明日の雨、風で散るのだろう。

「散りぬべき  時知りてこそ  世の中の  花も花なれ  人も人なれ」か。

春の囲碁旅行

2017年04月06日 | 旅行




3日(月)から箱根の「ホテル花月園」へ一泊での旅行に行って来た。
毎年4月上旬に行われている日本棋院の支部メンバーの旅行で、今回が初参加だった。
週一のペースで囲碁を打っているこの日本棋院の支部は、囲碁の普及を目的としているのだろう、
町の碁会所のような対局だけではなく、高段者による囲碁教室も行われている。
場所も女性の支部長の自宅なので、6つの碁盤での対局となり、火曜日の午後が高段者、
金曜日が午前中が初心者、級位者向けの囲碁教室、午後が対局で、土曜日の午後が級位者の対局となっている。
60歳から囲碁を始めた私は勿論級位者で、土曜日の午後に打っている。

今回はその段位者と級位者が一緒になった旅行で、28名定員の中型バスを貸切り23名が参加した。
このバスは旅行専用なのだろう前部が普通の座席で、後部はテーブルを囲んで座席があり、
それぞれ上からカラオケのモニターが出てくる作りになっており、マイクも2本付いていた。
そして座る場所も支部長の女性らしい気配りで、後部が段位者のグループ、前部が級位者のグループとなっていた。
前部も座席指定になっていて、3時間近くのバス旅行なので、出来るだけ顔見知りの組合せでという心配りだろう。
因みに今回の旅行の最年少者は、支部長を除いては私という珍しい集団だった。



そんなシニアグループだったので、9:30にスタートして暫くすると酒盛りが始まる。
そして気分が良くなったところでカラオケも。アルコールを飲まなかったのは私と隣座席の人と、
もう一人の女性だけで、そういう事では良く考えられた座席指定だった。
アルコールは陽が落ちてから、カラオケも素面では歌えないという私は、年少者という事もあり、
もっぱら写真を撮ったり、カラオケリクエストカードを集めたりと下働きをする。

途中サービスエリアでの休憩をし、そこで各自サンドウイッチやオニギリを買い、
それを昼食として車内で済ませ、12:30には箱根・仙石原の「ホテル花月園」に到着。
最近は社員旅行などの団体客が減っていてその対策からか、このホテルは囲碁や将棋の
イベントでの集客をしているようで、碁盤・碁笥・碁石も立派なものだった。
対局場も南側が大きなガラス窓で、明るく広い良い部屋だった。

早速、段位者と級位者の2グループに分かれ、総当たりの対局が始まる。
それぞれ11名の参加なので最大10番出来る勘定だが、この日は宴会の始まる18時までの対局だった。
対局の結果は3勝3敗の5分の星だったが、今回のメンバーの中では1番下の級位なので、そこそこの成績だ。
終局が遅かったので温泉に入る時間もなく、浴衣に着替えて宴会場へ。
宴会と言っても座敷に座ってという事ではなく、畳の部屋だがテーブルと椅子で、時間も2時間制だった。
コース料理は美味しく、酒は最初の乾杯のビールの後は、各自が注文し自己負担する形式で、180mlの(高清水)一本を飲んだ。
そして1時間もするとカラオケが始まったが、途切れる事なく歌う人が続き、何回かマイクを握る人もいたので出番は無かった。
私のカラオケは40代のバブルの頃に新宿ゴールデン街のスナックなどで、自分の思い入れの強い
サイモン&ガーファンクルの曲などを歌っていたので、宴会向きではないのだ。
シニア世代に昼間カラオケというサークルもあるらしいが、そういう付き合いはない。
それでも年齢層に合わせた演歌の持ち歌もあるが、今回はご披露する機会が無かった。
宴会の後は自由時間となり部屋で飲む人達や、対局する人達と思い思いに過ごす。



翌日は7:00からの朝食を取り、8:00には対局がスタートする。
残りの対戦相手は5人いたが時間切れで4局しか出来ず、全て敗戦だった。
土曜日によく打つ初段の人が私の碁を称して(人の良さが出ている碁だ)と。
これは褒め言葉ではなく、私自身が自覚している課題を的確に言い当てた言葉で、
攻めの厳しさがなく、打つべき一手を優先せず、緩着な手を打ってしまうという事だろう。
打とうと思って緩んで他に打つと、上手は必ずそこに打ってくる。相手の弱点は自分の弱点でもあるのだ。
全ての人が私より上手なので、黒石を持ち何目か石を置くという対局が殆どなので、
厳しく攻めなくても、守って勝てるというのが癖になっている。
まぁ、勝敗は別にしても囲碁は奥が深く、定石・布石・手筋・死活と勉強すべき事も多いので面白い。

今回は85歳の九段の方や、80歳で十段の方など殆どの人が75歳以上だったが、皆さんカラオケで歌い、
お酒も飲みという具合に、明るく元気だった。囲碁という趣味と生き甲斐を持っているのが元気の秘訣なのだろう。
12:00までで対局が終わり、表彰式や全員での集合写真を撮り、13:00にホテルを出発する。
足柄のサービスエリアで30分の休憩で昼食を取り、バスに乗るとまた酒盛りとカラオケが始まる。
囲碁・お酒・カラオケは相関関係があるのだろうか。このパワーには驚きの連続だった。

8日(土)から3ヶ月間のリーグ戦が始まる。1月〜3月期は11勝23敗だったが、今期は5分の星としたいものだ。