一期一会

日々是好日な身辺雑記

ベトナム旅行(ハノイからサパ)の手配

2015年11月29日 | 雑記



前回のブログでチョット触れたが、2/6~2/13までのハノイ行きの便を
北陸旅行から帰ってきてから直ぐ手配した。そのドタバタを旅情報と共に。

この便はJALのマイレージを使ってのもので、その有効期限が9月から切れ始めていたので、
少し焦っていた。
JALマイレージは海外旅行のフライトで貯めたものだけではなく、
それ以外にもJALカードをVISAとしても使い、銀行のデヴィットカードにもVISAと
JALマイレージが付いているので、それを使った分も加算されており、
カミさんとの合算で72,000マイルになっていた。

その有効期限切れと、マイレージでの便は早めに予約しないと取れないので焦っていた。
必要なマイル数が香港、台湾、韓国が15,000マイル、バンコク、クアラルンプール、
ホーチミン、ハノイで30,000マイルだ。
先ずは行き先が決まらなかった。バンコク・香港は4回、台湾・韓国・クアラルンプール
も2回それぞれ行っているので二番煎じの感じだ。
そんな中からバンコクにしようと決めたが、人気観光地だけあって空きがなかった。
それならハノイ、香港、台湾から決めようとなったが、いづれも決め手がない。
ハノイは共産国家北ベトナムのイメージ、台湾は30年前の日本というイメージがある。
香港は好きな都市だし食べ物も美味しいが、4回行ってるので変わり映えが・・・。
いつもは行きたい所が先にあり、それから飛行便を探すのだが、
今回は野球の消化試合のように70,000マイルを使うところから始まっている。

そして消去法的に未だ行った事がないハノイに決まった。
実は2013年3月にハノイからサパ、中国との国境の町ラオカイから雲南省に入り、
棚田での世界遺産の元陽と一人で廻ろうと計画し、10月頃にハノイ往復のチケットを買っていた。
それが12月の検診で癌が見つかり、2月に手術となった事から急遽キャンセルし、
68,000円で買ったチケットも戻りが24,000円だったという思い出がある。

今回のチケット手配後にこのコースを検討したが、日数的に無理なのと、
夜行電車や長距離バスを使っての移動は、カミさんにはハードだろうと元陽行きは断念し、
ハノイとサパだけにする。ハノイのツアーに付き物の世界遺産ハロン湾観光にも行かない。
サパはイエズス会の宣教師によって初めて紹介され、フランスの植民地時代に
避暑地として多くの別荘が建てられたという軽井沢と同じような歴史があり、
海抜1,500mの山間部に少数民族の村が点在し、トレッキングが出来る。

サパに興味を持ったのは、2008年の年末のBS民放5局特別番組「LANDSCAPE~アスリート、
その視線の彼方~」で、サッカーの中田英寿がゴルフ上田桃子、テニス杉山愛、
水泳北島康介、野球田中将大、陸上為末大などのアスリートと世界各地で対談するのを、
12/28から1/2まで2時間5夜連続でやっていた。
その中の一つがサパでの為末大との対談で、世界中を廻った中田がサパを
(一番好きな所)と言ってたのが記憶に残り、興味を持っていた。

チケットの手配も済み、サパを知ろうとカミさんがブログを見ていたら、
この時期がテトという旧正月になり多くの店が閉まり、
電車も混雑しチケットも取りにくいとあったとの事。
このテトの時期に旅行すべきではないとも。

サパに行けないで、ハノイとハロン湾観光では意味がないと、
(地球の歩き方)に載っていたハノイにある日本の旅行会社に確認の電話をする。
電話に出た日本人男性社員は(夜行電車の チケットは1ヶ月前に売り出されるが、
取れるかどうか分からない。取れても3倍の150ドル位になる。
この旧正月の時期は特に北に帰る人が多い)と。
(北に帰る)とか(北に向かう)というのは演歌に出てくるフレーズだなぁと思いながらも、
困った、下調べも不充分なままに焦って手配して失敗だったかとも思う。
香港・マカオか台湾一周にしておけば、と後悔もする。

それから2,3日は打開策としてハノイからバスで隣国ラオスに行く検討をするが、
移動が長時間になり難しく、昨年3月に一人で行ったベトナム中部のフエやホイアンも検討する。
そんな検討も最後はハノイやハロン湾でノンビリしようとの妥協案で意見が一致する。

そんな時にブログを見ていたら、ハノイからサパへ直通のバスがあり、
最近高速道路も出来て6時間で行けるとの記事があった。
列車の場合はハノイ21:05出発で、中国との国境の町ラオカイに05:20に着く。
そこからバスに乗換え1時間でサパに着くというもの。
寝台列車なので、時間が有効に使えるという事でこれ以外の手段を検討してなかった。

Sapa Express

早速メールで問い合わせをしたらテトの期間でもチケットは取れるとの返事。
ハノイ発が6:45という早朝なので、8日(月)を取ろうとしたらその日はテトで運休との返事。
来年の旧暦の1月1日は2月8日になるらしい。
6日(土)の22:55ハノイ着で翌7日(日)6:45出発では睡眠時間も4時間位で疲れるが、
背に腹はかえられぬと、このバスに決める。料金はテト期間は3割増しの22ドル。
その後チケットの決済法、ホテルからバス乗り場への行き方等のメールのやり取りをし、
ホテルへミニバスで迎えに行くので、教えてほしいとの事。
そこでホテルを決め、飛行機が深夜着になるので迎えも頼む。
そんな事を金曜日から今日にかけて処理し、7日(日)6:45ハノイ発サパ行き、
10日(水)15:45発サパ発ハノイ行きのバスの予約・決済まで14時頃に終えた。

ハノイ・サパ間の足を確保してホッとし本を読み、メールをチェックしたら
知人のI氏から今日出場した富士山マラソンの結果報告のメールが入っていた。
それがなんと、初フルマラソンで4時間7分という驚くべく好タイムだった !
私と同じ歳の彼は市民ランナーとしてマラソン大会に出場しているわけではなく、
富士登山競走(5号目コース)へ出場していて、その延長線上としての初フルマラソン出場で
このタイムは凄い! 私にはこのタイムは出せない。
北岳日帰り登山が出来る健脚の彼だから出せたタイムだろう。
Runnetというサイトで名前から検索し、記録が見れる。
彼の記録は5kmごとのラップタイムは一定して27分~29分台で、
終盤の失速もない安定した走りだった。

同じ歳の知人のこういう知らせは励みになるし、元気も貰える。


第38回府中多摩川マラソンを走る。

2015年11月24日 | 雑記



昨日23日(月)に府中多摩川マラソンに出場した。
いよいよマラソンシーズンの始まりで、今シーズン初めての大会出場だ。
11月から4月までをマラソンシーズンと称して、12月の所沢シティマラソン、
1月のフロストバイトロードレース、2月の青梅マラソン、4月の武相マラソンに例年出場している。
3月には関東での適当な大会がなく、昨年から3月の第3日曜日に横浜マラソンが開催されているが、
これも近年のマラソンブームで抽選に当たらず今年も落選だった。

今年は晴れて(毎日が日曜日)の身になったので、月間走行距離200kmの目標を立てた。
それも週間45~50kmは出来るのだが、毎週となると登山の後は一週間位筋肉痛で
走れなくなったりで目標には達せず9月、10月と100km位で終わった。
東京マラソンや横浜マラソンという大きな目標がなくなったせいもあるが。


昨日はいつも通り府中市在住のランナー仲間と一緒に走った。
外資IT会社で営業職をしている52歳の彼は週末だけの走りなので、走り込み不足との事。
以前は仕事帰りにスポーツジムのランニングマシーンで走っていたが今は止めたらしい。
彼はクジ運が良く、 既に東京マラソンに3回出場しており、来年の横浜マラソンも当たった。

そんな彼と西武多摩川線の是政駅で待合せ、会場の府中市陸上競技場へ。
この大会は昭和53年に第一回大会が開催され、3年連続で早稲田大学時代の瀬古利彦が一位になり、
タイムは57分~59分だった。
当時はハーフマラソン21.0975kmではなく、20kmの大会だったがそれにしても速い!

曇り空だったので雨が降らない事を願いながら11:25にスタート。
この大会のコースは府中市陸上競技場を出発し、多摩川土手を川崎方面に走り
5kmで折り返し、立川方面に走り15km地点でまた折り返し府中市陸上競技場に戻るもの。
多摩川土手なので平坦でほぼ真っ直ぐな道、多摩川の景色も変わらず、
イヤホンが気になるのでiPhoneでの音楽もなく、ただひたすら雲水のように
無念無想で脚を前に進めるだけである。

そんな単調なコースなので、ぴったりいつものジョギング6分/kmのペースになってしまう。
距離表示は5ヶ所で大会関係者が札を持って立っており、そこでのラップタイムは
5km/29:14、10km/59:26、15km/1:30:12だった。
40分走った地点でランナー仲間の彼に追い付かれ抜かれる、これもいつものパターン。
そしてゴールインは2:12:4で、途中トイレに入り2分位のロスタイムがあったので、
終盤の失速もなくほぼ6km/分のジョギングのペースで走り終えた。
彼は2:5:24で、このタイム差もいつも通り。

今まで走った大会の記録証は全て取ってあり、昨年のこの大会は2:21:21だった。
10分近く速くなっているので、200kmには未達だがそれなりの走り込み効果があった。

12月、1月と山にも旅行にも行かないので、マラソンシーズンのメインイベントの
青梅マラソンに向けて月間200kmの走り込みに再チャレンジしよう。

青梅マラソン(30km)は2/21(日)なのだが、2/6~2/13まで海外旅行を入れてしまった。
レース一週間前は走らないので、2/5 までの走り込みが重要だ。
マイレージを使っての旅行なので有効期限の関係からこの時期になってしまった。
青梅マラソンにはランナー仲間5人全員揃って出場する。
他にはそれぞれ湘南国際マラソンや富士山マラソンに出場する。




着替えた後は、いつも通り府中本町駅近くの「王将」で餃子と生ビールで打ち上げ。
走り終えたという満足感と汗を流した後なので、これが何とも言えず美味しい。
次は同じ彼と12/6(日)に所沢シティマラソンを走る。
この大会は狭山丘陵を走るので起伏もあり、晩秋の里を走るので風景も変化があり
走っていて楽しい。また昨年よりタイムが良くなるように頑張ろう。



(クラインガルテンやんば)へ

2015年11月20日 | 旅行



40代の頃から晴耕雨読という生活に憧れていた。
それも信州や奥秩父での古民家での生活が夢で、それをリフォームしたり、
ガーデニングをする生活を理想と思っていた。
「田舎暮らしの本」等を見ると、古民家が信州だと600万円位から出ていた。

40代の頃は外資コンピュータ会社の営業職として、数字のプレッシャー等で
ストレスが多かったので、その対極としての晴耕雨読という生活に憧れていたのだ。
夢は夢のままで実現出来ず、(晴耕雨読)は(晴走雨読)に変わって今日に至っている。

そんな理想の生活を実現している知人が二人いる。
第二の職場で知り合い、同じ歳ということもあり気が合い、
定年退職した今も三人で定期的に会って呑んでいる。
旅行好きという共通部分もあり、今年S氏は4月にスペインへ、
I氏は5月にウズベキスタンへそれぞれ奥様と旅行している。
またI氏はスペインのサンティアゴ巡礼の道を旅するのが夢で、
何回かに分けて行く事を本を読んで検討しているとのこと。
北岳日帰り登山をする健脚ぶりだから出来るだろう。
そして両氏とも畑で野菜を作る晴耕雨読の生活をしている。

17日(火)から群馬県長野原町にあるS氏の晴耕雨読の拠点
(クラインガルテン やんば)をI氏と共に一泊で訪ねた。
クラインガルテンとはドイツで200年の歴史がある農地の賃貸制度で、
ラウベ呼ばれる宿泊出来る家屋も付いている滞在型市民農園だ。
日本でも全国で70ヶ所位の施設がある。

クラインガルテン滞在型市民農園

I氏とは大宮駅の高崎線のホームで待合せ7:52発の電車に乗る。
特に急ぐ旅でもなく、お互い時間だけはたっぷりある身なので、
新幹線は利用せずノンビリと在来線で行く。
高崎で吾妻線に乗換え、S氏と待合せの群馬原町駅には10:09に着く。

最寄り駅は川原湯温泉駅なのだが大型スーパーのある群馬原町駅で待合せとしたのだろう。
ただ一宿一飯の仁義から酒と食料品を持参したので、朝食用としてのバナナとベーコン、
レタスだけ買う。



S氏の車に乗り10分位で(クライガルテンやんば)に着く。
(やんば)の名は、民主党政権で前原国交相が工事中止を言い、
有名になった八ッ場ダムから来ており、吾妻渓谷の側にある。
1区画100坪の土地にラウベと呼ばれる1LDKの宿泊棟と菜園が一体となっている。
彼が山荘と言っていたラウベは想像と違い、ロフト付きの立派なもので、
バスやトイレも我が家よりも広く最新の設備だった。
これは長野原町が八ッ場ダム工事による国交省からの補助金で
財政が豊かだという事からきているらしい。
この年間利用料が480,000円で、今年の4月から利用しており、
その前は福島県南会津のクライガルテンを2年間利用していた。
ここは月2回のペースで来て4日間位滞在するとのこと。羨ましい生活だ。



昼食は八ッ場ダムの建設現場見学がてら、見晴し台近くにあるウドン専門店(麦の香り)へ。
野菜天ぶっかけうどんを食べたが、揚げたての天ぷらもうどんも美味しく大満足だった。
彼の馴染みの店らしく、食後にはコーヒーのサービスもあり、男主人とは忘年会の話をしていた。
彼の明るく気さくな人柄から地元の人に馴染んでいるのだろう。
この地元の人との付き合いもセカンドハウスの生活には重要な要素だろう。





この後は草津温泉に行き温泉街、湯畑、賽の河原とぶらり歩きをし、
日帰り温泉の(大滝の湯)に入る。
温泉に浸かりリラックスした後は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている
赤岩集落に寄ってからクライガルテンやんばに戻る。
赤岩集落内には神社や養蚕集落があり、幕末の蘭学者高野長英をかくまったという
土壁の湯本家もあった。




4:30には戻り宴会の準備を始める。時間がかからず簡単に準備出来るようにと、
ローストビーフと、前日私が作って持ってきたタコのマリネやキノコのマリネを並べ、
5:00に宴会が始まる。
寝床が確保してある家での宴会は、S氏が用意していた地酒を呑み、
時事放談や旅話で話が弾み、11:00まで続いた。
11:30には男三人が和室、居間、ロフトと分かれ、イビキを気にすることなく眠りにつく。



翌日は朝食後近所を散歩し、彼の作った大根とジャガイモを頂きその後温泉へ。
10:00開館の一番風呂に入り、露天風呂から吾妻渓谷が眺められるという絶好の温泉だった。
温泉から上がった後は山中をドライブし、帰路の電車に乗る中之条駅に向かう。
途中昼食として蕎麦を食べ13:43発の電車に乗り帰ってきた。

晩秋の山の風景、温泉三昧、時間を気にしない宴会と楽しい一泊二日の旅だった。
次回の集まりはI氏が海外旅行から帰ってくる1月中旬と決め、
(クライガルテンやんば)には新緑の頃に来て、ゴルフをやろうと決める。


北陸旅行(東尋坊から金沢へ)

2015年11月08日 | 旅行



北陸旅行最終日の2日(月)は小雨が降る天気だった。
東尋坊へは芦原温泉から車で20分位で、小雨が降る鉛色の日本海を見ながら走っていると、
北朝鮮による拉致事件が連想され、そんな話をカミさんとする。
あの拉致事件はこの北陸の海岸で起きたのだ。

東尋坊はまだ朝の9時と時間も早かったので、大型観光バスでの観光客もいなかった。
自殺の名所という断崖絶壁に立ち、真下の海面を覗きこんでみたが、
すぐ思い浮かんだのは(こんな所から飛び込んだら痛いだろうなぁ)という事。
風景としては3,000m級の山である(息をのむような)感じは特になかった。





東尋坊から金沢へは昼前に戻った。レンタカーは18時まで借りていたが、
市内観光には必要ないので早めに返却した。
そして金沢駅のコインロッカーに荷物を預け、1日乗り放題500円のバスの券を買い近江市場へ。
4年前に来た時は年末の30日頃だったので近江市場は休みだった。
この日は多勢の観光客で賑わっており、海鮮丼を食べられる場内の店は列をなしていた。
列に並んでまで、という気持ちだったので市場の近くの空いている店に入り
海鮮丼を食べたが特にどうという事もなかった。





この後、4年前にも来た長町武家屋敷跡やひがし茶屋街と廻る。
ひがし茶屋街では創業慶応元年という加賀麩の店(不室屋)で甘いもので一休み。
カミさんは麩の汁粉、私は餡ころ餅ならぬ餡ころ麩を食べる。

そこから前の日に検索した金沢駅近くの居酒屋を電話で予約する。
居酒屋なので予約も必要ないかと思ったが、人気店らしいので電話をしたら
空いてるのは相席のテーブル席だけで18:00~20:00という2時間制だった。
食事主体でそんなに呑めないし、帰りの時間もあり長居はしないので
その店「とっくりや」を予約した。



18:00の開店時間に合わせ店に行き、一番で入ったこの店はカウンター席が9つ、
L字型の4人が座れるテーブル席が2つの小じんまりした店だ。
店内にはとっくりが吊り下げてあり、木札の品書きには値段は書いてない。

早速、評判の(刺身盛合せ)と(和牛たたきさらだ) (カニ味噌)を注文し、
酒は石川県の名酒(天狗舞)を2つ頼む。
これは一合のコップ酒で溢れるまでなみなみと注いでくれる。
先ずは山かけのお通しを肴に乾杯。そして暫くして出てきた(刺身盛合せ)を見てビックリ!
品数が多く、切り身が厚く、大トロはとろけるような美味しさだった。
思わずカミさんと共に(う~ん)と唸ってしまう。
相席となった若い男女二人からも(う~ん)との声が。

(刺身盛合せ前から)


(刺身盛合せ後ろから)


刺身盛合せの品はマグロ大トロ、中トロ、赤身、サザエ、ハマチ、イカ、甘エビ、
タコ、鯛と文字通り盛り沢山だった。そこに豆腐も付いていた。

店は開店して15分ほどすると予約したお客で満席になる。
その後も予約していないお客が 何組も来るが満席なので断わられる。
電話でのこの日の空きの確認や。12月の予約の電話が入っていた。
小さな店なので分る。評判通りの人気店なのだろう。



続いて出てきた(カニ味噌)は小鉢に入ってくるものと思っていたが、
小ぶりなカニが一杯そのまま出てきた!
品書きには香箱ガ二とあった。香箱ガ二はズワイガニのメスのことで、
オスのズワイガニに比べて小さいが、カニ味噌が絶品とのこと(インターネット情報)。



そして(和牛たたきさらだ)、これも思い描いていたものと違っていた。
その立体的な盛り付けと、和牛の霜降りに驚く。
サラダとして和牛の下に隠れていたのがポテトサラダだった。
レタスのような葉物を想像していたが、これも意外だった。

(かに味噌)(和牛たたきさらだ)どちらも美味しかった。
 美味しい肴に酒もすすみ、1合では物足りず地酒(手取川)を追加注文する。
 北陸旅行最後の夕食に満足し、7時半頃に〆て計13,000円也。
 居酒屋価格としては少し高めだが、肴の量と味に納得。

今回2泊3日の旅行だったが、これでは日数が足りず北陸三県の見所全部は廻り切れなかった。
高岡の瑞龍寺、能登の総持寺、福井県の小浜、大野等へ次に機会を作って行ってみたい。
最近マラソンブームの影響か、今年から富山マラソンと金沢マラソンが開催される。
どちらもフルマラソンで11月の開催で、東京マラソンと横浜マラソンと落選続きなので
これに出場しその後に北陸を旅行するという手もあるが、 夏に走行距離が落ち、
9月から走り込んでも11月までにフルマラソンの脚は作れない。

雲ノ平に登り、その後に越中八尾おわら風の盆を見て、北陸を巡るというのが
時期的にも9月なのでちょうど良いのだが、カミさんは登山はしないので
一人旅か下山してからの待合せになるので、いづれにしても要相談事項だ。




北陸旅行(五箇山から永平寺へ)

2015年11月06日 | 旅行



北陸旅行2日目の1日(日)は前日と打って変わって快晴となった。
「磯の音 氷見っ子」の典型的な旅館の朝食に満足し9:00にチェックアウト。
この日は今回の主たる目的地の世界遺産五箇山合掌造り集落と永平寺に行く。
氷見インターから能越自動車道に乗り、小矢部ジャンクションで東海北陸自動車道に入る。
五箇山の相倉合掌造り集落には1時間ほどで着く。

この相倉集落には合掌造りの建物が24棟ある。白川郷と比べ小さな集落であるが、
そのぶん大型バスでの観光客もいないので、山村風景と相まってのどかな感じだ。
のんびり歩いて集落を廻り、民俗館で合掌造りの構造や昔の生活品の展示を見る。
その民俗館で(ささら)という竹の板を束ねて鳴らす簡素な楽器を使っての
(こきりこ節)のDVDが流されていたが、踊り手の扮装と旋律が印象的だった。
1時間半ほど相倉集落で過ごし、次の目的地の福井県永平寺に向かう。

五箇山民謡こきりこ節 ささら踊り


 永平寺には北陸自動車道を2時間ほど走り1:30頃に着く。
福井での昼食と言えば越前そば、という事で駐車場に車を停め寺道を歩いて蕎麦屋を探す。
殆どの蕎麦屋はお土産屋と一緒になっており、そこは避け上り坂を上りきる少し手前の
左側に古そうな蕎麦屋を見つける。その店はなぜか暖簾がボロボロになっていた。
お店に入り、越前そばと言えばおろし蕎麦だろうとそれを注文する。
越前そばは蕎麦殻まで挽くらしく、黒っぽいそばだった。
その蕎麦に大根おろしがのせてあり、そこに冷たい出し汁がかけてある。
この出し汁が美味しかった。精算をする時に店の年配の女性に(美味しかったです)と
声をかけたら、このダシが自慢だと言っていた。
この(あぜ川)という蕎麦屋さん、永平寺に行った時のオススメのお店だ.。



永平寺は20代の頃に来た事があるので、今回は40年ぶりくらいになる。
その時は今も付き合いのある山友達が、仕事の長期出張で福井市に居て、
そこを私が京都出張の帰りに訪ねて一緒に永平寺に行ったのだ。
あれから40年、月日が経つのは速いものだ。



道元禅師が座禅修業の道場として開いた永平寺は、三方を山に囲まれた境内に
「七堂伽藍」と呼ばれる七つのお堂があり、修行僧が日常の座禅・食事・就寝をする
僧堂は一般見物客立ち入り禁止となっている。
道元の弟子が書いたという「正法眼蔵随聞記」を読んだことがあるが、
その(只管打坐)という教えがよく理解出来なかった。

永平寺の後は、車で20分くらいの日本酒「黒龍」の蔵元へ。
途中何回か道を尋ね、ようやく着いたと思ったら休みだった。
黒龍酒造は創業1804年の歴史ある蔵元で、インターネットの日本酒ランキングサイトで
4位になっている。

  日本酒ランキング「日本酒物語」

この10位までにランキングされている中で、飲んだ事がないのは
「黒龍」の他に、3位の「九平次」と8位の「飛露喜」だ。
それぞれAmazonや楽天で買えるのだろうが、
今の週一の家呑みのペースだと一升瓶(1800ml)は2ヶ月はかかる。
蔵元に行けば4合瓶(720ml)が手に入るだろうと思ったのだが。

永平寺の後は北陸の小京都(越前おおの)の城下町大野に行く予定だったが、
夕方になっていたのでカットし、この日の宿がある芦原温泉に向かう。
カミさんが温泉の宿予約サイト(ゆこゆこネット)で予約した「八木」は
期待外れだった。
フロントでチェックインした時に(夕食はセミバイキングで・・・)との説明に、
えっとなる。
朝食はともかく夕食のバイキングというのは嫌いで、カミさんも予約時に
(ゆこゆこネット)に電話で確認したらしいが・・・。
老舗旅館でも夕食がバイキングならば、まだ民宿の方が良い。



否定的な事は書かないというポリシーに沿って肯定的な事を書くと、
部屋は12畳の和室で綺麗だったのと、広いロビーには何種類もの雑誌があった事。
それも(Pen)(サライ)(Casa)など普段よく立読みする雑誌が何冊もあった。
これだとロビーで雑誌を読むだけで2時間は過ごせるだろう。
旧館と新館のある大型旅館だが子供連れ家族向けの旅館なのだろう。

セミバイキングとは刺身と鍋が配膳されるという事でセミというらしい。
そんな期待外れの、体育館のような大広間での夕食だったが、
「黒龍」が 呑めたのが収穫だった。初めて呑む「黒龍」は評価通り
切れ味の良い白ワインのような酒だった。