夜席はこごろうさん、「くやみ」と「高津の富」、どちらも初でおます。
楽しみですな。
開口〇番・・・「ゲ」現代落語論・・・・・・・文太
談志師匠が30代に書いた本ですが、何度も文太さん、読み返しているが
笑いの本質をついていると。
古典落語を究めていたが、林家三平さんの芸も認めていた。
正蔵の息子でありながら、落語が下手であったが、ある時化けるというか、
芸としての、変化がおとずれた・・・
究極の笑いとして、例をあげながら、笑いの本質を述べる。
プロとして、文太さんが認める談志師匠って、私たちの想像を超えて凄いんでしょうな。
一、桂佐ん吉・・・・・・・・・・・・・・・「始末の極意」
佐ん吉さん、紙を三回使う方法、10年扇子がもつ使い方、梅干しの食べ方から
「始末の極意」へ、本来もっとあれこれあったように思うが・・・
でも、見るたびに成長、語り口もしっかりで、頼もしおます。
最後に聞く「究極の始末の極意」とは、木にぶら下がって、どんどん指を外してゆき、
残った親指と人差し指でつくる輪っか・・すなわちお金を決して離すなと。
青菜でも、指で輪っかをつくり、お猪口で・・いや銭のあるだけと・・・
昔は、親指が親父、おやっさんで、小指が彼女、人差し指と中指を揃えて出せば煙草とか、
手で、言葉替りに使ったりしたもんですが、この頃はいたってみかけませんな。
二、桂こごろう・・・・・・・・・・・・・「くやみ」
こごろうさんのマクラ、いつもながら、おもしろおます。
王将で隣の客に餃子を盗られた話とか、新快速でのシートの倒しあいとか、
実話の様な、創った様な、ほん身近な出来事だけに、皆があるある大事典状態で
ひとつひとつが、小話の作品として完成しているのが素晴らしい。
噺は「くやみ」、「なんと申しあげてよいものか」と、葬式でのお悔やみのサンプルから
はじまり、炭団屋のおっさんの店の宣伝から、しっかりしたお女中のくやみ、
そして、嫁さんとの馴れ初めから日頃の仲の良いとこをとくとくと述べる男
でも途中で、ハタと葬式の場であるということを気づく。
こんな、ちょっとした表情に、こごろうさんの真価が見える。
熱中すると、周りが見えないということは、普段からよくあることですな。
三、桂文太・・・・・・・・・・・・・・・・・「運廻し」
蓮根、人参、大根。
天丼、かつ丼、他人丼。
本町、心斎橋、難波、新今宮、天下茶屋、・・・・・・・・林間田園都市。
プラス・・・通勤圏・・どうでおます。
「黒田節」まで、登場する文太さんの、運廻し。
農林水産大臣、自分自身で、参議院議員、不信任案。
四、桂九雀・・・・・・・・・・・・・・・・・「神隠し」
古古典と300年前の噺を、文献から落語作家の先生と掘り起した、「神隠し」。
お決まりの出来の悪い若旦那が、軟禁されている蔵から脱出。
ここらあたり「釜猫」とダブル。
一カ月ほど、家に帰って来ないが、稲荷さんのお札を替りに置いて、神隠しにあったと。
最後には、土佐の稲荷さん、宇賀御魂大新神、ご本人が登場・・・・・さて最後のサゲは。
実は、一週間の疲れもあったのか、・・・・思いだせず。頭の中が、神隠し状態でおます。あはは。
五、桂こごろう・・・・・・・・・・・・・「高津の富」
こんな楽しい、高津の富は初めて。
最初の、宿屋の主人に話す、賊に千両箱を83個渡したとか、漬物の重しかわりに使うとかの部分は
いたって正統派、米朝一門の匂いさえしたが、翌日の高津さんの、富くじの情景から一転。
戎っさんのお告げで、二等が当たる男の妄想部分は、大師匠の枝雀師匠を彷彿させる。
でも、随所に入るお客様目線の言葉に、こごろうさんの色がでる。
例えば、富くじを買わされて、虎の子の一分を取られてつぶやく、
「あまり主人が感心ばかりするので、調子に乗って言うてたら、虎の子の一分取られて
しもうた、それにしても因州鳥取の在の者と言いながら、大阪弁まる出し・・・
、気づいてくれてもええのに」とか、
親父が、貼りだしてある富くじの番号の端に書いてある落書きに気づく・・・
・・・・・「えべっさんのアホ」・・・・・
あの妄想男の余韻が、境内に漂う・・・うまいな。
当たっても、当たらなくても、富くじに夢を託す庶民の楽しさが、いっぱい詰まった
こごろうさんの、「高津の富」でおました。
第560回・田辺寄席~桂こごろうの段
2011年2月19日(土)午後6:10開演
桃ヶ池公園市民活動センター
開口〇番・・・「ゲ」現代落語論・・・・・・・文太
一、桂佐ん吉・・・・・・・・・・・・・・・「始末の極意」
二、桂こごろう・・・・・・・・・・・・・「くやみ」
三、桂文太・・・・・・・・・・・・・・・・・「運廻し」
仲入り
四、桂九雀・・・・・・・・・・・・・・・・・「神隠し」
五、桂こごろう・・・・・・・・・・・・・「高津の富」
11-07-28
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