旅芸い者放浪記

前沢政次 ブログ

日野原重明先生との思い出

2017-08-02 21:22:29 | 交友
105歳で天に召された日野原重明先生には公私ともにご指導を賜わりました。

想い出を少しずつ書き留めておきたいと思います。

まずは昨年京極町の広報に書いた文章です。

2マイル行く医療ー日野原重明先生の教え

 学ぶことは習うことでもあり、真似ることでもある。
 若い日に真似る人と出会うことで、人は大きく成長できる。
 医学部は6年間です。当時は教養、基礎医学、臨床医学をそれぞれ2年間学ぶようになっていました。部活は野球、アルバイトは家庭教師、水道工事など、勉強する時間が極端に短かったです。そのため、春休み、夏休みなど長い休みには病院実習に励みました。
 池見酉次郎『愛なくば』を読んで、心療内科医をめざそうとしたぼくは、九州まで実習に行くのは、交通費もかかって大変。関東周辺に誰か心療内科の指導者はいないものか探しているときに、日野原重明『病む心とからだ』(1958年)を見つけました。大学5年生の夏休み前でした。
 病気の人の心とからだを両方診ることのできる医師になりたいので、弟子にしてください、という内容の手紙を著者である日野原先生に書いたのでした。お返事をいただき、とある土曜日の午前中に会ってくださるとありました。夜行列車で上野駅に着いたのは朝の6時前、上野公園の西郷さんの銅像近くのベンチで少し寝ました。
 訪ねた先は聖路加国際病院内科部長室。日野原先生は「卒業して、まず5年間からだの勉強をしなさい。精神科の勉強はそのあとでよい」とアドバイスしてくださいました。その助言で迷わず、内科に進むことにしました。
 学生時代、この病院で3回実習しました。患者さんに対する日野原先生の接し方の流儀、病気に対する考え方、つまり臨床医としての基本のほとんどは、授業として受けた大学病院ではなく、日野原先生を真似ることで学んだものでした。
 この病院の研修医になるには競争が激しく、ぼくは合格できませんでした。別の病院で研修しているにも関わらず、結婚式に日野原先生はご出席くださり、「患者さんに1マイル行ってほしいと言われたら2マイル行く医師になりなさい」というメッセージをいただきました。
 以来50年、日野原先生は今年105歳になります。現役医師としてご活躍。この2マイル同行する医師とは、どういう医師になれという意味だったのでしょう。
 少しでも長くしつこく患者さんを診るということでしょうか。 1マイルは建前、2マイルは本音。患者さんの深い心を聴き取る医師になることでしょうか。2マイル行くことのリスクも知る医師になることでしょうか。病気の予防法を患者さんに伝える医師でしょうか
 いまだに本当の答えは見つけることができないでいます。

註:「もし、だれかが、あなたをしいて1マイル行かせようとするなら、その人と共に2マイル行きなさい」(マタイによる福音書5:41)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿