長谷川さんのお名前と顔を初めて知ったのは、これも蜷川さんの演出による舞台『KITCHEN』。といっても実はいまだ未見なので(勝地くんが出演してるにもかかわらず)、長谷川さんの演技を見たのはこの『カリギュラ』が最初になります。
そのせいもあるのかもしれませんが、風貌から声からまさに戯曲のケレアのイメージにぴったりと重なりました。
見るからに学究肌でやや線の細い美男子なところ(ケレアにはとくに美形設定はないですが)、落ち着いた態度で自信に満ちた横柄なくらいの話し方をするのに、傲岸不遜というよりかえってどこかしら青臭さと可愛げを感じさせるところなど。
そしてこの可愛げと時として漂わせる中性的な(男性的とも女性的ともいえない)色気は原作よりも舞台のケレアの方がずっと強められていたように思います。
原作にはほとんどないスキンシップの場面が(主としてカリギュラを相手に)何箇所か挟まれているのがその理由でしょう。
原作でもカリギュラは貴族たちやシピオン、セゾニアに何かと触る場面が多いのですが、今回の舞台ではそのカリギュラをはじめ全体にスキンシップシーンがさらに多く盛り込まれている。
原作ではほとんど他人と肌を接触しないケレアでさえ印象的な「触れあい」場面が登場する。ケレア邸での食事の場面でカリギュラがケレアの肩に肘をつくシーン、エリコンがケレアの頬にキスして宣戦布告するシーン、ラストめった斬りにされたカリギュラが己の血をケレアの頬になすりつけるシーンなど。
これらはどれも彼はスキンシップを行う側ではなく受ける側ですが、唯一彼が自分から他人に触れるのが第四幕第一場のシピオンとのシーン。このときケレアは自分からシピオンの両肩をつかんでいる。
(5)-3で書いたように、戯曲を読んだときにはこのシーンでいきなりケレアがシピオンへの強い思い入れを示すのが何だか唐突に感じられ、そこからケレアがカリギュラにプライドを踏みにじられたその補いをシピオンに求めたのだろうとの印象を受けました。
しかし舞台のほうでは、この場面での長谷川ケレアの動作や熱さ、そして「あいつのせいできみはそうなった」と言うときの、痛ましげな、懸命に感情を抑制してるかのような表情を見ていると、彼のシピオンへの執着は自身のプライドを守ろうとする心理の屈折が生んだものではなく、純粋な愛情の賜物のように思えてきます。
それが原作にはなかったカリギュラ-ケレア-シピオン間に三角関係めいたエロティックなものを孕んだ緊張感をもたらしていました。
原作のケレアは共闘関係にある貴族たちとさえ心理的に距離を置いていて、他のメインキャラクターそれぞれの関係性がどこか色っぽい空気を持っているなかで、唯一孤高の、硬質な雰囲気を保ち続けている。
存在感は大きいが他者との交わりから醸し出される色気には乏しい―その「乾いた」ところが他と異なる彼の魅力でもある―人物という感触だったのですが、長谷川さんのケレアには対カリギュラ、対エリコン、対シピオンと、それぞれのケースにおいていい意味で色気が感じられました。
長谷川さんがケレアを演じたことで、作品全体にいっそうの艶が加わったように思います。