最初に『蜉蝣峠』公式ページで銀之助のビジュアル―唇の片端を吊り上げた不敵な笑顔を見たとき、「おお悪っぽい!今回は色悪な役どころか!?」なんて期待をしたものでしたが、そこは宮藤さんのこと、勝地くんにシリアスな役を振ってくださるわけがなく(笑)、やはり銀之助は愛すべきキュートなおバカ男子でした。
それにしても、である。オープニングテーマ曲の歌詞にもあるように、「キンタマ取られて笑ってる」彼はバカも度が過ぎやしないか。出血もいまだに止まりきっていないのにそれを「(暑いから)忘れてた」とあっさり言う。
さすがにこれは『蜉蝣峠』(2)でも書いたように空元気、悲惨すぎる現実から目を背けているゆえの態度なんではないだろうか。
銀之助は闇医者に一物を縫い合わせてもらう目的でろまん街を目指していると闇太郎に語っているが、おそらく本心では元通りの状態に復元することなど不可能だとわかっている。だから彼は治療に不可欠の睾丸を食ってしまった闇太郎を、大して怒りを感じることもなく旅の道連れにしているし、ろまん街に辿りついてからもダメモトで闇医者を捜そうとする様子もない。
無駄と知りつつなぜろまん街を目指したのか。一座を追い出されて帰る場所を失い、ほかに行くべき場所もなく、しかしどこかへ行かないわけにはいかない。この先の暮らしの目処、目標の一切を失った銀之助がひとまず見出し得た目的地が「アンパンの旦那」に教えられた〈この先の宿場にいる闇医者〉だったのではないか。
彼もまた蜉蝣峠に足を踏み入れる前から「男に戻れる」という蜉蝣にすすんで囚われていたのだ。そして(これ以上のバカを演じるのが限界になったために)蜉蝣峠にいられなくなった――自分同様に居場所を失った闇太郎に手を差し伸べ、蜉蝣を追ってろまん街へと向かうのである。
ろまん街へ着いてからの銀之助は、実際に医者を訪ねて引導を渡されることを回避したまま、いつしか自分が男性器を欠損したことを本当に忘れ果ててしまったように見える。相変わらずの女好きを発揮し、彼女たちと遊ぶことに何のためらいもない。
本来トイレにいくたび思い知らされざるを得ない事柄のはずなのに、銀之助は意識に蓋をして通常の男であるかのような幻想の中に生き続ける。
しかし“女とコトに及べない”という決定的事態にあってさすがに自分を騙しきれなくなり、「途中で」「ないなあって」現実に気付かざるを得なかった。それでも「あるテイで」、今度は女たちを騙そうとした銀之助はあっさりと失敗して袋叩きにあい、何もなかったように男として生きられるという幻想を木っ端微塵にされる。
さらにその幻想が元で、結果的に初代お菓子を死に追いやるようなことになってしまった。ここまでふらふらと現実から目を背けてきた銀之助も、そのために人死にを出したことで自分の処世術を見直さざるを得なくなった。
かくて初めて銀之助は「真剣に」「男としては生きられない」現実に向き合うことになったわけだが、正直途方にくれるしかなかったろう。
そこに二代目お菓子として、「女」≒ニューハーフとして生きる道が強引に提示されたのである。闇太郎に睾丸を食われたとき「それ食われたらおいら・・・女形になるしかねえやー」と言っていたのが現実になったというか現実はさらに過酷だったというか。
しかしお寸たちに脅されたとはいえ、いやいやながらも銀之助はお菓子を名乗って蟹衛門の相手役を務めている。ともかくも新たな生きる方向性が見つかったわけであるから。
もっとも酌婦ならまだしも、さすがに実事はどうあっても受けつけられなかった。この時点で女として生きる方向性も閉ざされたようなものだが、闇太郎が田丸善兵衛を斬った騒ぎでそのあたりがうやむやになったまま銀之助は「二代目お菓子」を継続している。
おそらく宴席に出るくらいで客との同衾―「女」になれないことを突きつけられる決定打―はその後は経験せずにすんだんじゃないか。そしてそんな状況の中サルキジと親しくなっていく。
銀之助が出会って早々にサルキジに惹かれた理由は何か。『蜉蝣峠』(2)では彼の〈男らしさ〉が眩しく感じられるのでは、と書いたが、第一幕であれだけ女好きが強調されていた銀之助があっさり女の心になって男を慕うようになるというのもやや腑に落ちない感がある。
思うにもう男としては生きられないことを突きつけられ(実際には生殖機能・男性器を失ったら男でなくなるというものではないが、ろまん街の女たちも銀之助自身も交合不能な男を男とは見なせないようだ)、かといって男の客を取ることもできずに、〈男でも女でもない〉アイデンティティーの喪失がもたらす不安に陥っていた銀之助は、サルキジならば男でも受け入れられるかもしれない、彼となら女として生きることもできるかもしれないと感じたのではないか。
そうなれれば銀之助は「女として」アイデンティティーを獲得し、「何者でもない」不安からは逃れることができる。その思いが銀之助を男とは知らない、ゆえに自分を女として見てくれるサルキジに彼を引き寄せたのではないか。本来女好きの銀之助だけに、無意識にサルキジに女の匂いを嗅ぎ付けていた部分もあるかもしれない。
けれども一度「あるテイで」通そうとして失敗した経験のある銀之助は、さすがに今度は完全に女で通せると楽観することはできなかった。絶対バレるに決まっている。サルキジにいつどうやって打ち明けるべきか、でも打ち明ければもう自分を女とは見てくれなくなる。
第一部では明るかった銀之助は「お菓子ちゃん」になってからどこか淋しげな笑顔を見せるようになった。サルキジと親しくなってからはまた明るさを取り戻したように見えたが、次第に悩みを深めていったのだろう。彼が闇太郎を助けるためとはいえサルキジを銃で撃つという思い切った行動に出たのは、(ガラにもなく)悩み続けることにいい加減煮詰まった結果だったのかもしれない。
そして知らされたサルキジが実は女だったという驚愕の事実。このときサルキジが、自分は身体は女だが男として生きたい、お菓子は身体は男(どうやらサルキジは彼が生殖器を欠損していることを知らない)だが女として生き、そのうえで付き合おう――そう提案していたなら、きっと銀之助はサルキジを殺さずに済んだ。それは男ではいられずしかし女の身体でもない銀之助をそのまま受け入れることを意味しているのだから。そうすればサルキジの隣りが銀之助の居場になったろうに。
しかしサルキジが提案したのはその逆だった。自分が女に戻るから銀之助にも男に戻れという。それは「男」に戻りたくても物理的に戻れない銀之助にとってはフラれたに等しい。
さらに悪かったのはサルキジが「女」に戻る、戻りたいと思っていたということ。サルキジが「男」でなくなれば「女」としての銀之助―お菓子としてのアイデンティーを保証してくれる存在がなくなってしまう。
一度はジェンダーの混乱による銀之助の不安を和らげておきながら、こんな形でそれを台無しにする。裏切られたような気がしてもおかしくない。
そして何より「お菓子は走ってるサルキジを追いかけるのが好きだから」という言葉通り、女になったサルキジなんて見たくなかったんでしょう。
サルキジを殺害してそれっきり作中から姿を消した銀之助は、ラスト蜉蝣峠の場面で再度登場する。このときの彼は髪型はお菓子の時のようなのに、化粧はなし、装束はサルキジのものと、あたかも鵺のような姿をしている。
しかしこの外観はむしろ「女か男かもわかんねえ」自分をそのまま肯定し受け入れた証のように思えます。もはや彼は蜉蝣峠で己の願望を投影した幻を見ることもなく、むりやり行き先を設定して〈どこへ行くのか自分でもわからない〉不安定さを誤魔化そうともしない。
この後銀之助がどうなったのかはわからないですが、「あるテイ」や「ないテイ」を装うことなく生きられる場所を見つけていればいいなと思います。
それにしても、である。オープニングテーマ曲の歌詞にもあるように、「キンタマ取られて笑ってる」彼はバカも度が過ぎやしないか。出血もいまだに止まりきっていないのにそれを「(暑いから)忘れてた」とあっさり言う。
さすがにこれは『蜉蝣峠』(2)でも書いたように空元気、悲惨すぎる現実から目を背けているゆえの態度なんではないだろうか。
銀之助は闇医者に一物を縫い合わせてもらう目的でろまん街を目指していると闇太郎に語っているが、おそらく本心では元通りの状態に復元することなど不可能だとわかっている。だから彼は治療に不可欠の睾丸を食ってしまった闇太郎を、大して怒りを感じることもなく旅の道連れにしているし、ろまん街に辿りついてからもダメモトで闇医者を捜そうとする様子もない。
無駄と知りつつなぜろまん街を目指したのか。一座を追い出されて帰る場所を失い、ほかに行くべき場所もなく、しかしどこかへ行かないわけにはいかない。この先の暮らしの目処、目標の一切を失った銀之助がひとまず見出し得た目的地が「アンパンの旦那」に教えられた〈この先の宿場にいる闇医者〉だったのではないか。
彼もまた蜉蝣峠に足を踏み入れる前から「男に戻れる」という蜉蝣にすすんで囚われていたのだ。そして(これ以上のバカを演じるのが限界になったために)蜉蝣峠にいられなくなった――自分同様に居場所を失った闇太郎に手を差し伸べ、蜉蝣を追ってろまん街へと向かうのである。
ろまん街へ着いてからの銀之助は、実際に医者を訪ねて引導を渡されることを回避したまま、いつしか自分が男性器を欠損したことを本当に忘れ果ててしまったように見える。相変わらずの女好きを発揮し、彼女たちと遊ぶことに何のためらいもない。
本来トイレにいくたび思い知らされざるを得ない事柄のはずなのに、銀之助は意識に蓋をして通常の男であるかのような幻想の中に生き続ける。
しかし“女とコトに及べない”という決定的事態にあってさすがに自分を騙しきれなくなり、「途中で」「ないなあって」現実に気付かざるを得なかった。それでも「あるテイで」、今度は女たちを騙そうとした銀之助はあっさりと失敗して袋叩きにあい、何もなかったように男として生きられるという幻想を木っ端微塵にされる。
さらにその幻想が元で、結果的に初代お菓子を死に追いやるようなことになってしまった。ここまでふらふらと現実から目を背けてきた銀之助も、そのために人死にを出したことで自分の処世術を見直さざるを得なくなった。
かくて初めて銀之助は「真剣に」「男としては生きられない」現実に向き合うことになったわけだが、正直途方にくれるしかなかったろう。
そこに二代目お菓子として、「女」≒ニューハーフとして生きる道が強引に提示されたのである。闇太郎に睾丸を食われたとき「それ食われたらおいら・・・女形になるしかねえやー」と言っていたのが現実になったというか現実はさらに過酷だったというか。
しかしお寸たちに脅されたとはいえ、いやいやながらも銀之助はお菓子を名乗って蟹衛門の相手役を務めている。ともかくも新たな生きる方向性が見つかったわけであるから。
もっとも酌婦ならまだしも、さすがに実事はどうあっても受けつけられなかった。この時点で女として生きる方向性も閉ざされたようなものだが、闇太郎が田丸善兵衛を斬った騒ぎでそのあたりがうやむやになったまま銀之助は「二代目お菓子」を継続している。
おそらく宴席に出るくらいで客との同衾―「女」になれないことを突きつけられる決定打―はその後は経験せずにすんだんじゃないか。そしてそんな状況の中サルキジと親しくなっていく。
銀之助が出会って早々にサルキジに惹かれた理由は何か。『蜉蝣峠』(2)では彼の〈男らしさ〉が眩しく感じられるのでは、と書いたが、第一幕であれだけ女好きが強調されていた銀之助があっさり女の心になって男を慕うようになるというのもやや腑に落ちない感がある。
思うにもう男としては生きられないことを突きつけられ(実際には生殖機能・男性器を失ったら男でなくなるというものではないが、ろまん街の女たちも銀之助自身も交合不能な男を男とは見なせないようだ)、かといって男の客を取ることもできずに、〈男でも女でもない〉アイデンティティーの喪失がもたらす不安に陥っていた銀之助は、サルキジならば男でも受け入れられるかもしれない、彼となら女として生きることもできるかもしれないと感じたのではないか。
そうなれれば銀之助は「女として」アイデンティティーを獲得し、「何者でもない」不安からは逃れることができる。その思いが銀之助を男とは知らない、ゆえに自分を女として見てくれるサルキジに彼を引き寄せたのではないか。本来女好きの銀之助だけに、無意識にサルキジに女の匂いを嗅ぎ付けていた部分もあるかもしれない。
けれども一度「あるテイで」通そうとして失敗した経験のある銀之助は、さすがに今度は完全に女で通せると楽観することはできなかった。絶対バレるに決まっている。サルキジにいつどうやって打ち明けるべきか、でも打ち明ければもう自分を女とは見てくれなくなる。
第一部では明るかった銀之助は「お菓子ちゃん」になってからどこか淋しげな笑顔を見せるようになった。サルキジと親しくなってからはまた明るさを取り戻したように見えたが、次第に悩みを深めていったのだろう。彼が闇太郎を助けるためとはいえサルキジを銃で撃つという思い切った行動に出たのは、(ガラにもなく)悩み続けることにいい加減煮詰まった結果だったのかもしれない。
そして知らされたサルキジが実は女だったという驚愕の事実。このときサルキジが、自分は身体は女だが男として生きたい、お菓子は身体は男(どうやらサルキジは彼が生殖器を欠損していることを知らない)だが女として生き、そのうえで付き合おう――そう提案していたなら、きっと銀之助はサルキジを殺さずに済んだ。それは男ではいられずしかし女の身体でもない銀之助をそのまま受け入れることを意味しているのだから。そうすればサルキジの隣りが銀之助の居場になったろうに。
しかしサルキジが提案したのはその逆だった。自分が女に戻るから銀之助にも男に戻れという。それは「男」に戻りたくても物理的に戻れない銀之助にとってはフラれたに等しい。
さらに悪かったのはサルキジが「女」に戻る、戻りたいと思っていたということ。サルキジが「男」でなくなれば「女」としての銀之助―お菓子としてのアイデンティーを保証してくれる存在がなくなってしまう。
一度はジェンダーの混乱による銀之助の不安を和らげておきながら、こんな形でそれを台無しにする。裏切られたような気がしてもおかしくない。
そして何より「お菓子は走ってるサルキジを追いかけるのが好きだから」という言葉通り、女になったサルキジなんて見たくなかったんでしょう。
サルキジを殺害してそれっきり作中から姿を消した銀之助は、ラスト蜉蝣峠の場面で再度登場する。このときの彼は髪型はお菓子の時のようなのに、化粧はなし、装束はサルキジのものと、あたかも鵺のような姿をしている。
しかしこの外観はむしろ「女か男かもわかんねえ」自分をそのまま肯定し受け入れた証のように思えます。もはや彼は蜉蝣峠で己の願望を投影した幻を見ることもなく、むりやり行き先を設定して〈どこへ行くのか自分でもわからない〉不安定さを誤魔化そうともしない。
この後銀之助がどうなったのかはわからないですが、「あるテイ」や「ないテイ」を装うことなく生きられる場所を見つけていればいいなと思います。