失なわれゆく風景

多摩地区周辺の失われた風景。定点撮影。愚問愚答。

八日ぞう

2009年02月08日 | Weblog

<グミ>

 今日は2月8日ということで、ヨウカゾウという風習について調べてみました。

 2月8日と12月8日には、一つ目小僧がやってくる。履き物を外に出しておくと判を押され、これを履いたものは病気になるという。一つ目小僧をおどかして追い払うため、家の入り口に籠や笊など、目のたくさんあるものをかかげておく。あるいはグミの木をいろりで焚き、強烈なにおいにで退散させる。
 私はビデオ『多摩の四季とくらし』で初めてこの「ヨウカゾウ」という風習があったことを知った。開発前の多摩市落合の民家での映像であった。また、井上正吉氏の『多摩の民話』(あるいは『多摩のかたりべ』だったか)でも、グミの木を焚く話があった。
 
 この行事は今ではほとんど行われなくなったようである。特別強い興味を抱いたわけではなかったが、なんとなく気になっていたので、図書館に行って多摩地区各市の市史(および市史以外の民俗関係書籍)の民俗(年中行事)の記述をいくつか調べてみた。

 2月8日と12月8日になんらかの行事を行っていると書いてあった市は、秋川市(現あきるの市の一部)、昭島市、稲城市、青梅市、多摩市、立川市、清瀬市、国立市、小金井市、狛江市(針供養のみ)、調布市、八王子市、羽村市、東久留米市、東村山市、東大和市(針供養のみ)、日野市、日出町史、福生市、府中市、保谷市(現西東京市の一部)、町田市、武蔵野市で、ほぼ多摩地区全域である。(田無市(現西東京市の一部)史、奥多摩町誌、瑞穂町史では民俗に関する記述の中に2月8日、12月8日行事の記載がなかった。武蔵村山市史、国分寺市史、小平市史には民俗について記述した部分がみつからなかった。だからといって必ずしもこの地域で行事が行われていなかったことを意味しない。)
(追加・見直しについては 2010/2/8の「ヨウカゾウ」の項を参照ください)

 記述を比べてみるとバリエーションがたくさんあることがわかる。まず呼び方も、「ヨウカゾウ」だけでなく「八日節句」「事始め(コトハジメ)」「事納め」「コトヨウカ」「オイノコ(御亥子)」であったり、特別の名前がない地域もあった。
 やってくる魔物も一つ目小僧だけではなく、鬼であったり「メカリバアサン」であったり、何かが来るのでなくただ魔除けの日だったりする。そしてこの日には御事汁(オコト汁)というけんちん汁を飲んだり、シイナ米粉の団子を食べたりする。
 また、訪れる災厄としては、「お灸を据えられる」というのもあった(2月2日は灸はじめの日だったともされていたので、いっしょくたくに混ざってしまったのかもしれない)。 
 一つ目小僧を退散させる(魔除けの)行為として、上述の、「目籠を掲げる」や「グミの木をいぶす」の他に、グミの中でもタワラグミ、グミの生木と限定しているもの、焼くものもネギ、ガラギッチョ(さいかちの木)の枝、ミカンの皮、大豆、唐辛子といろいろある。大麦の粉を家の周りにまくというものもあった。針供養(この日は針仕事をせず、豆腐やこんにゃくに針を刺しておく、折れた針を神社に納める)もこの日に行われている例があった。
 いつごろまで行われていたのかについては、大正末期の頃までに行われていたというもの、第二次世界大戦後しばらく続いていたというものがあった。青梅では昭和40年代までこの日に針供養を行っているところがあったという。

 『町田市史下巻』では、これを南多摩地方に限定の信仰としている。『日野市史民俗編』では、関東地方で見られるとしている。『企画展 くにたちの年中行事 四季の祈り<春から夏へ>』では「ヨウカゾウ」の名称は神奈川県と南多摩地方としている。
 江戸の行事を記した『東都歳時記』にも、2月8日と12月8日の項に「事納め」「事始め」として「正月事納め、家々笊目籠を竹の先に付て屋上に立る(或は事始めという)」とあるので、江戸の町中でも行われていたようだ。始めるのを正月の準備と捉えれば、12月8日が「事始め」になり、農耕の祭祀のはじまりととらえれば2月8日が「事はじめ」になるということらしい。この後で述べるように、これはいくつかの要素が混ざってしまった結果のようである。
 さらに、柳田国男の『年中行事覚書』によると、2月8日と12月8日には、奥羽、越後、信州で「疫神よけ」の行事が行われていたと書かれている。柳田國男の文章を私なりに理解すると、「事始め」は、もともとは農耕を始める前に神様を迎える儀礼だったようだが、後の時代に疫病はらい(風の神送り)の行事がこれと重なった(あるいは取って代わった)ようである。

 この行事は当初の目的があいまになっていろいろな要素が混在して伝わってきた(そして消えていった)ものだったようだ。
 その中で、グミの木、ネギ、ミカンの皮、唐辛子を燃やすという魔除けの行為を、やや合理的に解釈すると、「風邪」の予防効果が多少あったのではないか。私はそんなふうに思っている。ただし根拠はきわめて薄弱で、子どものころ風邪をひいてのどが痛いときにネギを焼いてハンカチにくるみ、のどに巻いて寝かされた経験があるというだけだ。私はグミの生木を燃やしたことがないので、どんなにおいがするか分からないし、グミの木を燃やすと風邪に効くという民間療法があるという話も聞いたことがない。ナワシログミ(タワラグミ)の枝を切ってにおいをかいでみると、青臭いというか泥臭いというか、ある種の落ち葉堆肥のようなにおいがする。青臭い、泥臭い、落ち葉堆肥のにおいといっても千差万別だろうから、なにも伝えたことにはならない。みんなが知っているにおい「○○○のようなにおい」に合致しない限り、においを言葉で伝えることはできない。


<府中市小柳町多摩川河川敷のグミ。花の季節には周囲にかぐわしい香りがただよう>

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