令和6年1月2日(火)
おめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
大津市: 膳所(ぜぜ)城跡公園
近江大橋西詰のすぐ南側に
突き出た地にあった膳所城は、
徳川家康が関ヶ原の合戦の後、
築城の名手といわれた
藤堂高虎に最初に造らせた城。
<案内図>
城構えは、
湖水を利用して西側に
天然の堀を巡らせた典型的な水城で、
白亜の天守閣や
石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が
美しく、
湖面に浮かぶ姿は、
実に素晴らしかったとか。
この美観を、
この美観を、
「瀬田の唐橋、
唐(から)金(かね)擬(ぎ)宝(ぼ)珠(し)、
水に映るは膳所の城」
と里謡(さとうた)に謡われている。
<膳所城跡公園碑>
戸田・本多・菅沼・石川と
城主が変わった後、
本多6万石代々の居城として
長く偉容を誇るが、
明治維新で廃城になり
楼閣は取り壊される。
城門は重要文化財で、
膳所神社や篠津神社に移築される。
現在、本丸跡は、
現在、本丸跡は、
膳所城跡公園として整備され、
春には桜の名所として花見客を
多く集めている。
大津城、坂本城、瀬田城と
大津城、坂本城、瀬田城と
並ぶ「琵琶湖の浮城」の一つ。
<湖前の芭蕉句碑>
説明碑によると、
「元禄7年(1694)6月中旬、
芭蕉翁は膳所の能太夫遊刀の
家でこの句を作る。
膳所 義仲寺の無名庵に
最後の滞在の日のこと。
琵琶湖の上に高々と
立ち上っている雲の峰は、
夕方の涼しい風が
吹き渡ってくるようになっても、
まるで昼間の暑さを
惜しんでいるよう。
湖と雲が演出する雄大な景色が
目に浮かぶ。」
と。
<芭蕉句碑>
句は、
「湖や
暑さを惜しむ
雲の峰」 。
<句碑の説明碑>
友と話しながらよく歩いた処
だが、すっかり整備されている。
しかし、
しかし、
半世紀以上 時は過ぎているが、
空気感、風情は
そんなに変わっていないような…!