貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

ぼくの音に!神様からギフト!!!

2018-04-08 08:42:03 | 日記
ぼくの音に!神様からのギフト!!!

平成30年4月8日(日)

 私の好きなピアニストは、舘野泉さん。

「セヴラック」や「タピオラ幻景」など

何度聴いても飽きない。

 梯 剛之さんやイングリット・フジコ・

ヘミングさんも好き。

 共通しているのは、音が美しいこと。

音に心が、魂が表出されていることかな?

 そして、今朝、聴いてみたいなという

ピアニストが現れた。

 西川悟平さん。

「コンサート会場に入ると、いつものように

真っ先にピアノへ向かう。せっかちと思われ

るかもしれないけど、僕はピアノと仲良くな

るのに時間がかかるんだ。

このピアノはどんな音が、得意なのか。

どんな風に音を鳴らして欲しいのか。

一音一音、確かめていく。」

 これは、舘野泉さんも同じ。

 依頼されれば、世界のどんな所でも

演奏に行くという方。そこにあるピアノ

で、最高の演奏ができるようピアノの個性を

見極めるという。

 「ジストニア。体の一部が動かなくなる

難病と診断されたとき、僕はピアニストと

して絶好調だった。ニューヨークでデビュー

して、すぐにリンカーンセンターやカーネ

ギーホールで弾くこともできた。

 だけど指が動かなくなって、ピアノは、

一生弾けないと言われた。

「どうして僕なんだ」

 真夜中のアパートメントで、ひとりで泣いた。

中学生の教室から、必死で追いかけてきた夢は、

ここで終わりなのか。

 でも、僕はピアノが好きだった。大好きだった。

前みたいに弾けなくてもいいから、もう一曲だけ、

ピアノを弾かせてください。こんなときだけ、

神さまにお願いしたりした。

それから一つひとつの音を確かめるように。

気が遠くなるほどゆっくりと。

言うことを聞かない指に丁寧に音を教え込むよ

うに練習を続けた。

 7年。どうにか一曲弾けるようになるまで

それだけかかった。

 気がつくと5本の指が動かせるようになっていた。

10年がすぎ、7本の指が動かせるようになる頃、

僕の音が変わっていた。まるで心が、ピアノを

通して音になったみたいに。不思議だった。

10本の指で弾いていた頃、欲しくてしょうが

なかった僕にしか鳴らせない音を、ピアノは

奏でていた。」

と話され、プロフィルにも書かれている。

 そして、

「憎んだこともあるこの指は、

  神さまからのギフト。いまではそう思う。」

と。

 現在、左手だけで演奏されている館野泉さんと、

病気は違えど同じ絶望という地獄から這い上がった

ピアニスト。

 ひとつひとつの美しい音の、全身全霊の探求から

生み出されていくのだろう。

 どんな状況でも限りはないのだ。

 TVで演奏を聴き、美しい音色と感動。

生演奏を聴きたいと、久し振りに祈願した朝。