7月9日付 読売新聞編集手帳
団扇(うちわ)を手に、
浴衣の女性が縁台で涼んでいる。
涼味が伝わっていい図柄だが、
表情も姿もモッサリして、
見ているとかえって暑苦しい。
お世辞にも上手とは言えない。
横浜市の神奈川近代文学館『漱石と文人たちの書画』展で、
武者小路実篤の絵を見た。
自身、出来ばえには満足していなかったようで、
〈失敗の作也(なり)もう百遍(ひゃっぺん)もかけばいくらかものになるべし〉
と添え書きがある。
努力の人の面目躍如たる一文だが、
ついに上達しなかったらしい。
だから好きだ――と実篤の絵を愛したのは山口瞳さんである。
〈私にとって「勉強すれば上達する」ということよりも、
「いくら勉強しても上手にならない人もいる」ということのほうが、
遥(はる)かに勇気を与えてくれる〉
と(新潮文庫『木槿(むくげ)の花』)
失政の責任を他人に転嫁して恥じない首相がいたり、
“やらせメール”だか何だか、
世間をだますことに血道を上げる電力会社があったり、
「愚直」が服を着たような作家が懐かしく偲(しの)ばれるのも時世ゆえに違いない。
実篤には、
〈騒ぐものは騒げ、俺は青空〉
という詩もあった。
人の心の青空がひときわ恋しい夏である。