日暮しの種 

経済やら芸能やらスポーツやら
お勉強いたします

ジャイアンの名言

2018-08-31 07:00:00 | 報道/ニュース

8月8日 編集手帳

 

 ジャイアンがのび太から漫画や菓子を取り上げるときの“名言”をご存じの方は多かろう。
<お前のものは俺のもの。
 俺のものも俺のもの>

難しい言葉でいえば、
【専横】
(わがままで横暴なふるまい=広辞苑)だろう。
最近しばしば頭をよぎる。
日本ボクシング連盟の山根明会長は、
2012年ロンドン五輪で村田諒太選手が決勝に進んだ際、
自分の息子にセコンドを務めさせたという。

息子に指導経験はなかったらしい。
晴れがましい決勝の舞台や輝く金メダルは村田選手のものであって、
他の誰のものでもあるまい。

先の“名言”がよぎった競技はこれだけではない。
気に入らない選手を干そうとした女子レスリング界の重鎮、
暴力まがいのタックルを指示した大学アメフト部監督――
選手の人生まで「俺のもの」といわんばかりの専横ぶりである。

『ドラえもん』にはこんな一幕もある。
トラックがのび太のランドセルを荷台に載せ走り去る。
ジャイアンが必死に探す。
荷台から転げ落ちたとき、
ケガも恐れず飛び込みナイスキャッチ。
「だってお前のものは…」。
元祖ジャイアンの名誉のため記しておく。

 

コメント

追悼 “フレンチの神様” 日本酒への思い

2018-08-30 09:00:00 | 報道/ニュース

8月8日 おはよう日本


“フレンチの神様”として親しまれたフランス人のジョエル・ロブションさんが
6日 亡くなった。
世界的な料理人が生前 最期の仕事の1つとして取り組んだのが
山口県の酒造メーカーと共同で
日本酒を世界に広めるプロジェクトだった。

アボカドとキャビア
それにシソを使ったフランスの伝統料理 “タルタル”。
牛肉とワサビで味付けした野菜を使った料理に
エビだんごを使ったスープ。
どれもジョエル・ロブションさんが“日本酒と合う料理”として開発したものである。
料理が披露されてから2か月後の6日
ロブションさんは73歳でなくなった。
1945年 フランス西部に生まれたジョエル・ロブションさん。
15歳から料理の道に入り
29歳で有名なホテルの総料理長にのぼりつめた。
その後
世界各地にフランス料理の店舗を展開し
ミシュランガイドで獲得した星が最も多い料理人の1人として知られている。
日本との関係が深いことでも知られていたロブションさん。
2年前から進めてきたのが
日本酒「獺祭」を製造する山口県の酒造メーカーと共同で
日本酒とフランス料理を楽しめるレストランをパリに開く計画である。
今年5月には岩国市の酒蔵を訪れ
酒米を蒸したり発酵させたりする様子を熱心に視察した。
(ジョエル・ロブションさん)
「この日本酒は繊細な味がします。
 組み合わせによりさまざまな可能性を秘めています。」
ロブションさんは1年ほど前にすい臓がんの手術を受けていた。
しかしその後も食への情熱を持ち続けていたと言う。
(旭酒造 社長)
「長旅でつかれているのに
 まず厨房に入っていって
 厨房のスタッフと機材と料理の様子を見たのが私たちにとって印象深い。
 最期まで現場に居続けようとしたし
 最期まで職人としてずっと全うされた。」
今年6月
レストランがパリにオープンした。
店のオープニングセレモニーの日。
この日 ロブションさんは体調がすぐれなかったが
念願だった店のオープンを祝うため会に出席していた。
(ジョエル・ロブションさん)
「とてもバランスよく調和しています。
 この日本酒は他と比較できないほど質が高い。
 ハーモニーです。」
同じ日 ロブションさんは体調を崩し
入院。
そして6日 スイスのジュネーブで亡くなった。
(旭酒造 社長)
「すごく悲しいと思うしショック。
 世界中のお客様を笑顔にすることでしか恩返しできないし
 私たちはそれをやっていくつもり。」

ロブションさんの思いをつなぐために
パリにオープンした店は
今後も継続していくということである。




コメント

深紅の大優勝旗 60年の物語

2018-08-29 07:00:00 | 報道/ニュース

8月2日 おはよう日本


100回の記念大会となる夏の全国高校野球。
深紅の大優勝旗は5日の開会式で返還されると
その役割を終えて
今年の優勝校には新しい旗が渡される。
この旗は2代目で60年間使われてきたが
そこには数々のドラマがあった。

去年の優勝校
埼玉県の花咲徳栄高校。
優勝旗は今年の開会式で返還されるまでの1年間
盗難などに合わないように
ふだんは別の場所の耐火金庫に大切にしまっている。
(花咲徳栄高校 岩井監督)
「怖いというか
 常に緊張感を強いられた状態で生活している。
 優勝旗のことは常に頭の中から離れない状態。」
2代目の真紅の大優勝旗は
大きさ は縦1m 横1,5m。
最高級の西陣織で作られていておよそ10キロの重さがある。
織り込まれているのは
“勝者に栄光あれ”という意味のラテン語である。
よく見ると黒ずんでいるところやほつれているところもあって
60年の歴史を感じさせる。
この優勝旗が初めて登場したのは
昭和33年の第40回大会。
山口代表の柳井高校が受け取った。
決勝ではこの大会で奪三振記録を樹立した板東英二投手を擁する徳島商業と対戦。
名投手を打ち崩して2代目の優勝旗を最初に手にした。
(柳井高校 友歳首相(当時))
「(優勝旗を最初に手にした感じは)ずいぶん重かったですね。」
当時 キャプテンとして優勝旗を受け取った友歳克彦さん(78)。
優勝旗の重さを今もはっきり覚えている。
(柳井高校 元首相 友歳さん)
「すごく強い生地でできていたんですね。
 ゴワゴワでしたもん。
 ピカピカひかっているものだし
 汚しちゃいかんと思った。
 疲れているから腕が
 抱きかかえていたらそのまま風を受け止めて
 ゆらゆら揺れながら場内一周をした。」
同じ大会で
初めて甲子園の土を踏んだのが沖縄代表である。
以来 沖縄勢は特別な思いを持ってこの深紅の大優勝旗を目指し続けた。
沖縄代表として初の出場を果たした朱里高校は初戦で敗退。
当時まだアメリカの統治下にあったため
那覇空港に着くと
“甲子園の土”は検疫を理由に海に捨てられてしまった。
突きつけられた本土との差。
甲子園で優勝してこそ本土と肩を並べたことになると
深紅の大優勝旗柄の思いを強くした。
それから52年
2010年の第92回大会決勝。
沖縄県民の思いを背に
初めて優勝旗をつかんだ。
沖縄に帰る飛行機内の音声が残っている。
興南高校野球部の皆様
春夏連覇おめでとうございます
沖縄県民悲願の深紅の大優勝旗が
ただいまこの瞬間
はじめて本州・九州をはなれ南の海を渡りました
はじめて沖縄に渡った深紅の大優勝旗。
「ひと目見たい」と学校には連日多くの県民が詰めかけて
なかには頬ずりする人もいたと言う。
(県民)
「長年の夢でした。
 ちょっと泣いてますね。」
「沖縄の宝物ができた。」
(興南高校 我喜屋監督)
「みんな涙は出ているし
 我が事のように喜んでいるし
 あの優勝旗を守るだけでも大変な異常事態が数多くありました。
 これこそ全県民が待ち望んでいたことだったなと。」
去年の優勝校 花咲徳栄高校。
今年も甲子園出場を決めた。
2年連続で優勝旗を目指す。
(花咲徳栄高校 岩井監督)
「この優勝旗は
 伝統・歴史・血・汗・誇り
 そういうものが全部詰まっている。
 返還した優勝旗をまた再び自分たちの手のもとに取り戻す。」
深紅の大優勝旗。
高校球児はもちろん
応援する人をもひきつける力がある。





コメント

「長くつ下のピッピ」 作者が込めたメッセージ

2018-08-28 07:00:00 | 報道/ニュース

8月1日 国際報道2018 


世界中で人気のスウェーデンの児童書
「長くつ下のピッピ」。
売り上げ総数はこの70年余で6,600万部にのぼる。
その作者で
「子どもの本の女王」と呼ばれる
アストリッド・リンドグレーン(1907~2002)。
子どもが持つ可能性を信じ
それを否定する子どもへの暴力に反対し続けてきた。

東京藤美術館の“長靴下のピッピの世界展”。
日本とスウェーデンの外交関係が樹立され150年になるのを記念して
日本初公開となる作品が数多く展示された。
物語の主人公ピッピは世界一強い9歳の女の子。
両親はいないが
“ごたごた荘”と呼ばれる家に馬とサルと一緒に暮らしている。
勇気があって力持ちのピッピは
いじめっ子を懲らしめたり
火事から子どもを助けたりして
街の人気者になる。
その姿は世界の読者を魅了してきた。
(来場者)
「ピッピが少しおっちょこちょいなところとか明るいところが印象に残っています。」
「ふつうはできないことをしてくれるので
 子どもの時は楽しく見ていました。」
ヨーロッパが戦火に見舞われた1940年代に
ピッピの物語を描き始めたアストリッド・リンドグレーン。
その作品を出版される前に
10歳の娘に手作りの本としてプレゼントした。
混乱する世界で勇気をもって自立して生きてほしい。
娘へのメッセージをピッピにたくしたのである。
展覧会に合わせて来日したリンドグレーンの孫 マリンさん。
子どもの心を忘れない祖母の姿が印象に残っていると言う。
(リンドグレーンの孫 マリンさん)
「それまで子ども向けの本は
 親に従うべきという前提で書かれていました。
 でも祖母は子どもを“小さき者”とは見ていませんでした。
 大人と同じ重要な存在と考えていたのです。」
リンドグレーンが数々の作品に込めたメッセージ。
それは
子どもの主体性を信じ
育むことだった。
人間が持つ強さと優しさに
子どもは自ら気づく力があると信じていたのである。
本の中にこんなシーンがある。
自慢の力で泥棒を懲らしめたピッピ。
泥棒たちは恐ろしくなって泣き出してしまう。
するとピッピはふたりに「食べ物でも買ってちょうだい」と金貨を1枚ずつあげるのである。
ピッピはやさしいのです
すごく強い人は
すごくやさしくなくちゃ・・・ね
(リンドグレーンの孫 マリンさん)
「祖母はピッピを通して
 “力を振りかざさないこと”の大切さを伝えました。
 大人の世界ではそれが争いを引き起こすからです。
 子どもの人間性を尊重すべきだと
 祖母は早くから理解していました。」
その生涯を通して
子どもの主体性と尊厳を重んじたリンドグレーン。
逆に強く反発したのが
それを認めず子どもに暴力をふるうことだった。
1970年代
スウェーデンでは義理の父親の暴力で女の子が死亡した事件などで
虐待や体罰についての議論が激しくなっていた。
そうしたなかドイツの団体から平和賞を贈られたリンドグレーン。
授賞式で「暴力は絶対だめ!」と題したスピーチを行い
子どもへの虐待を強く非難したのである。
(アストリッド・リンドグレーン)
「もちろん子どもたちは親を尊敬すべきですが
 本当のところは
 親もまた自分の子どもを尊敬すべきです。
 子どもたちに対して親としては当然の有利な立場を濫用すべきではありません。
 すべての親子が互いに愛情に満ちた敬意を持てるようにと願っています。」
スピーチは大きな反響を呼び 
翌年スウェーデンが
子どもへの体罰や精神的な虐待にあたる行為を
世界で初めて法的に禁止するきっかけになった。
しかしリンドグレーンの死後も暴力や虐待を受ける子どもが増え続けている。
WHO世界保健機関によると
その数は世界でおよそ10億人にのぼるとされている。
孫のマリンさんたちはリンドグレーンの意思を引き継ぎ
アフリカで孤児のために家をつくるなど
子どもを守る活動を続けている。
マリンさんは祖母のある言葉をいつも心にとめていると言う。
(リンドグレーンの孫 マリンさん)
「“子どもたちに愛をもっともっと注いでください
  そうすれば思慮分別は子どもの中から芽生えます”
 祖母の考えはシンプルで誰もが実践できることです。」
子どもの可能性を信じ続けたリンドグレーン。
世界中の子どもたちが未来を切り開く姿をピッピに重ね合わせた。
あたしはみつけ屋さんよ
世界のいろんなところに
いろんなものがいっぱいかくれているから
だれかがみつけてあげなくちゃ
それがみつけ屋さんのしごとなの



コメント

“パキスタンを変革” 支持集めたカーン氏

2018-08-27 07:30:00 | 報道/ニュース

8月1日 キャッチ!ワールドEYES


議会下院選挙を経て政治の大きな転換tンを迎えているパキスタン。
クリケットの元スター選手 カーン氏の政党「正義運動」は
今回の議会下院選挙で116議席を獲得。
第3党から第1党へと大きく躍進した。
それを受けて
これまでに無所属議員の取り込みや
少数政党との連立交渉で大筋合意し
議会でカーン氏は首相に選出される見通しである。
軍事政権時代を除き
これまで2大政党が交代で政権をになってきたパキスタン。
カーン氏はなぜ多くの支持を獲得したのか。

(「パキスタン正義運動」 イムラン・カーン氏)
「もがいて浮き沈みする段階もあったが
 神は私に次のステージを与えてくれた。
 権力を得て公約や理念を実現する時だ。」
議会後のテレビ演説で勝利宣言を行なったイスラン・カーン氏(65)。
政治の改革に向けて不退転の決意をにじませた。
カーン氏は地元で人気のスポーツ クリケットの元スター選手である。
1992年にはキャプテンとしてワールドカップで優勝を達成するなど
“国民的英雄”を呼ばれている。
1996年 反汚職というクリーンなイメージを掲げ
新たな政党「正義運動」を起ち上げ政界に転身。
2002年の議会下院選挙で初当選した。
その後 既存の政党とは一線を画す姿勢で支持を訴えてきたが
2大政党の前にその勢力は伸び悩んでいた。
そのカーン氏が今回の選挙を前に特に強調したのが
“若者の雇用の改善”だった。
(カーン氏) 
「最大の挑戦は若者世代に雇用を与えることだ。
 そのための対策を私たちは打ち出している。
 ばく大な人口を強みに変える必要があるのに
 これまで何も対策を講じられてこなかった。」
去年 人口が初めて2億を超えたパキスタン。
厳しい経済状況のなか
増え続ける若い世代の雇用を将来にわたって安定的に確保するのだ容易ではない。
カーン氏は
低い識字率の向上など教育の充実や職業訓練の強化などを通じて
若者が就職しやすい環境を整える必要性を訴えた。
こうした若者の実情を踏まえた姿勢が多くの共感を得たものとみられる。
(有権者)
「汚職や失業が多いので
 社会に不安が広がっています。
 過去の政権には失望しました。」
もうひとつカーン氏が強く訴えたのは
結党以来の公約である“汚職の撲滅”である。
パキスタンでは長年与党の汚職体質が続いてきた。
一昨年にはいわゆる“パナマ文書”によって
当時のシャリフ首相が不正に得た資金で英国で不動産を購入していたことが明るみに。
シャリフ氏は首相を辞任。
6月には禁錮10年の有罪判決を受けた。
カーン氏が痛烈に批判してきた与党の汚職の実態が暴かれたことで
国民の幅広い層の支持がカーン氏に集まった。
(有権者)
「私たちが求めているのは変革です。
 この30年 汚職が横行しています。」
今回のカーン氏の躍進を語るとき無視できないのが軍の存在である。
独立以来 過去3回にわたってクーデターを起こすなど
パキスタンの政治に強い影響力を持ってきた軍は
対立するインドに融和的な姿勢を示したシャリフ元首相に強く反発していた。
政治基盤が弱いカーン氏を取り込むことで
外交や安全保障の手綱を握りたいという思惑があると見られている。
外交で焦点となっているのが
隣国アフガニスタンで軍事作戦を続けるアメリカとの関係である。
トランプ政権はパキスタンについて
“過激派に安全な避難場所を提供してきた”と非難。
武器の供与や経済援助の凍結を凍結するなど
両国の関係はぎくしゃくしている。
カーン氏は撤退時期を明示せずに関与を続けるトランプ政権を批判。
今後 アフガニスタンの和平をめぐって主導権を確保しておきたい軍の意向をうかがわせた。
(カーン氏)
「アメリカ軍の駐留が長引けば
 それだけ政治的解決のチャンスは減る。
 もし米軍が撤退期限を定めれば
 タリバンを含めアフガニスタン側と交渉することができる。」
政治と経済の現状に疲弊したパキスタン国民の期待のどう応えるか。
手腕が問われている。





コメント

“日本一貧乏な観光列車” 北海道のんびり旅

2018-08-26 08:00:00 | 報道/ニュース

7月30日 おはよう日本


北海道南部の海沿いを走る “ながまれ海峡号”。
“ながまれ”とは地元のことばで
「のんびり ゆっくり」という意味である。
この列車はファンの間では“日本一貧乏な観光列車”とも呼ばれている。
月2回の運行前に必ず行う作業がある。
社員が手作業で
普通列車を観光列車に変身させるのである。
車内には大漁旗。
買ってきたぬいぐるみも飾られる。
全国で人気を集める観光列車。
中でもJR東日本の「シキシマ」は総工費100億円をかけた豪華寝台列車である。
超高級ホテル並みの設備で乗客をもてなす。
一方 ながまれ海峡号の改造費は約1千万円である。
それにもかかわらず去年
“鉄道旅行のグランプリ”に選ばれた。
ながまれ海峡号が走るのは
2年前北海道新幹線の開業に伴いJRが経営を切り離した路線である。
函館駅から海沿い約40kmを4時間かけて往復する。
開業から10年で23億円の赤字が見込まれるなど
経営を引き継いだ第3セクターは観光列車に活路を見い出した。
(道南いさりび鉄道)
「観光で客を呼ばないとこの路線はもたない。
 “いっちょうやってみようか”と。
 客がググっとくるような魅力ある旅行を提供していきたい。」
これといった有名な観光地がない沿線で旅をどう演出するか。
協力を求めたのが地域の人たちだった。
パン屋経営者は
米粉と餡で作った伝統の和菓子「べこもち」を
観光列車の運行日に合わせて2時間かけて作る。
(上磯駅前商店街 パン屋経営)
「商売にしようと思ったら採算が全然合わないけど
 観光客のおもてなしでやっています。」
列車の到着に合わせてホームに立ち
昔ながらの立ち売りで乗客を歓迎する。
ローカル線ならではの触れ合いを
地域が一体となって作り上げている。
お金がないなら知恵と工夫で勝負する。
ながまれ海峡号が“日本一貧乏な観光列車”と呼ばれる所以である。
ツアーの後半
駅で乗客を待っていたのはバーベキュー。
焼いているのは地元のボランティアの人たちである。
この日のメニューは地元でとれたホッキ貝とツブ貝。
アツアツの焼きたてを提供する。
出発から約4時間。
車窓から見えるのはイカ釣り船の漁火である。
旅はこの夜景で締めくくりとなる。
(乗客)
「地元を盛り上げている熱意が伝わってきて感動した。」
「本当にすごく感激した。
 貧乏の裏返しは
 あたたかい感じと思った。」
日本一貧乏な観光列車 ながまれ海峡号。
沿線の人たちがもてなす観光列車には
地域の足を守るヒントがありそうである。

 

コメント

中国 技術革新支える“大学発ベンチャー”

2018-08-25 07:30:00 | 報道/ニュース

7月30日 おはよう日本


ドローンや電気自動車など
中国から発信される最新のテクノロジーを支えているのは
大学から生まれたベンチャー企業である。
音声認識のAIを使った翻訳機。
精度は98%。
33か国語に対応している。
開発した大手ベンチャー企業。
AI人工知能を使った音声認識の性能は世界トップクラスである。
技術は自動車にも。
声で空調やカーナビなどを操作する装置は1,500万台に搭載されている。
学生など18人で起ち上げた会社の従業員は現在9,000人。
この分野では中国国内のシェアの7割を占め
売り上げは800億円を超えている。
(アイフライテック 副会長)
「われわれの技術でさまざまな産業に変化を与え
 中国のAI技術で世界に変革を起こしたい。」
こうしたベンチャー企業が次々と誕生する背景には
科学技術強国を目指す国の方針がある。
(3月 習近平国家主席)
「経済力と科学技術力をたゆまず増強させれば
 中国経済はもっと発展できる。」
技術革新を引っ張っているのが大学である。
中国を代表する大学のひとつ清華大学は
大学をあげてベンチャー企業の育成に取り組んでいる。
起業を目指す学生や研究者には
大学の専門家が法律や経営面をサポート。
投資会社を紹介するほか格安なオフィスも提供。
これまでに入居した企業は5,000社を超える。
大学の支援を受けて設立された会社 ネイフーチャー。
壁面で植物を育てる商品を販売している。
特徴は植物の生育状態を管理するシステムである。
植物に適した環境が自動で判断。
水を与えるタイミングや量をアプリで知らせる。
CEOは「起業には大学の支援が欠かせなかった」という。
(ネイフーチャー CEO)
「清華大学の卒業生にとって
 あのような場所で育ててもらえることはとてもありがたい。
 資金面でも支援してもらえたおかげで
 アイデアを商品化できた。」
大学傘下の企業の総資産額は日本円で3兆円を超えるまでになった。
技術移転や企業支援を担う責任者は
大学発の技術革新は今後も続くとみている。
(清華大学傘下 タス・ホールディングス副会長)
「大学が持つ技術的・人的資源を
 国のイノベーション能力を高めることに活用するのは非常に有意義だ。」




コメント

リトアニア “歌う心”を次の世代に

2018-08-24 07:00:00 | 報道/ニュース

7月26日 国際報道2018


リトアニアで開かれた歌と踊りの祭典。
4年に1度開かれるこの祭りは
ユネスコの無形文化遺産に登録されている。
民族衣装に身を包んだ人たちが伝統的な歌や踊りを披露する。
リトアニアの人たちやリトアニアにルーツを持つ人たち
のべ3万6,000人が国内外から参加した。
(参加者)
「大勢の人がみんなで歌うことで大きな達成感が得られます。」
「みんなが力を合わせて
 リトアニアを作り上げることが大切です。」
6月 祭りを前にリトアニア第2の都市カウナスでは合唱グループが練習を繰り返していた。
中学生と高校生を中心にしたグループが歌うのは
リトアニアに古くから伝わる民謡である。
音楽教師のギエドレ・ラムネ・ペチュリエネさん(58〉がこのグループを指導している。
リトアニアでは
学校や地区ごとに合唱グループがいくつもあり
人々にとって歌は身近な存在である。
ペチュリエネさんも若いころから地元のグループで活動してきた。
(音楽教師 ペチュリエネさん)
「歌は大変な時もうれしい時も私たちを助けてくれます。
 唄はリトアニア人のアイデンティティなのです。」
ペチュリエネさんが歌が持つ力を実感したのは
リトアニアの独立運動の時だった。
旧ソビエトの一共和国として半世紀にわたって支配されてきたリトアニア。
1980年代の終わり
主権の回復を訴えて独立運動が始まった。
この運動は“歌う革命”とも呼ばれている。
独立を求める人々は
祖国に伝わる歌などを歌うことによって愛国心を高め
力を得たからである。
(音楽教師 ペチュリエネさん)
「時代の節目には必ず歌があり
 独立運動の時もそうでした。
 国を守るために起ち上がったのです。」
当時20代後半だったペチュリエネさんも家族や友人とともに運動に参加した。
1991年に旧ソビエトが軍を派遣した際には
議会やテレビ塔を守る群衆の中にいた。
♪ 偉大な神よ お守りください
この時も歌を歌うことで互いに励まし合ったと言う。
(音楽教師 ペチュリエネさん)
「私たちは暴力の頼らす
 歌い
 祈りました。
 勝利を信じ
 実際に独立を勝ち取ったのです。」
本番当日
ペチュリエネさんは祭り会場に向かう途中
子どもたちを議会前の広場に連れて行った。
子どもたちが生まれる前
どのような思いで人々が独立を求めて闘っていたのかを伝えたかったからである。
(音楽教師 ペチュリエネさん)
「私たちの議会を守るために毎日ここに通っていました。
 ソビエトが我々の独立に対して怒り
 自由を認めようとしなかったのです。」
みんなで合唱したのは
独立の願いを込めた歌である。
♪ 鳥たちよ 泣かないで
 兵隊は元気に帰ってくる
そして迎えた本番。
この日のために練習してきた古くからの民謡を披露する。
♪ 靴の木型のリンデンの木よ
 美しきリンデンの木よ
一緒に歌う観客たち。
会場は一体感に包まれた。
(生徒)
「歌は昔から歌い継がれ
 リトアニアの歴史そのもの。
 とても大切です。」
(音楽教師 ペチュリエネさん)
「歌を通じて社会の絆を感じたはずです。
 将来 歌うことを誇りにするでしょう。」
子どもたちに歌う心を未来につないでほしい。
ペチュリエネさんはそう願っている。



コメント

アジアから熱視線 日本の美容業界

2018-08-23 07:00:00 | 報道/ニュース

7月26日 国際報道2018


6月 横浜で行われたアジア最大級の美容イベント
アジア ビューティ―エキスポ。
今回も日本のトップスタイリストによる最新のヘアカットやスタイリングを見ようと
美容業界から多くの人が参加した。
会場ではヘアカットを披露するショーなども行われる。
このエキスポで最新の美容技術やトレンドなどが紹介されることから
来場者は2日間で4万人を超えた。
会場で目立ったのが中国や東南アジアからの参加者である。
特に中国からは今回は5,000人と
前回の3倍以上となった。
上海から来た美容師 江波さん。
(上海の美容師 江波さん)
「髪質や肌質が同じアジア人なので
 欧米のテクニックより日本人のテクニックの方が私たちに合っています。
 日本人のテクニックや商品はそのまま中国に適用できるんです。」
美容師として18年のキャリアがある江さん。
現在は上海で40店舗を展開する大手美容室の教育係である。
今回 江さんが日本に来たのはエキスポを見るためだけではない。
日本を代表するトップスタイリスト 川島文夫さん。
ロンドンで美容技術を学び
その技術をアジア人の髪質や頭の形に合うようにアレンジするヘアカットでは
業界トップクラスである。
川島さんの技術を学びたい中国人向けの講習会を始めたところ
いま多くの美容師が東京を訪れているのである。
(スタイリスト 川島文夫さん)
「この10年追い付け追い越せで
 彼らはすごく勢いがある。
 まあ熱いですね。
 もう汗かいちゃうぐらい。」
講習会は全部で12日間。
約80万円と高額で
滞在費は別である。
しかし江さんは
“上海で最先端の美容を行なうため必要な投資”だと話している。
(上海の美容師 江波さん)
「この講習を受け始めてから
 カットの技術だけでなく
 仕事に対する姿勢も大きく変わり始めました。」
アジアの人々から空目される日本の美容技術。
いまアジアで新たなトレンドを生み出そうとしている。



コメント

貧困と格差をなくせ!国連の切り札ドローン

2018-08-22 07:00:00 | 報道/ニュース

7月25日 国際報道2018


国連が定めた目標 SDGs
2015年9月の国連総会ですべての加盟国の全会一致で採択された
“持続可能な開発目標”。
Sustainable
Debelopment
Goals
頭文字を取ったもので
2030年までに貧困や格差をなくすための努力を全ての加盟国に求めるものである。
国連は
依然として世界の総人口の半数以上にあたる40億人が
最低レベルの生活環境に置かれているとして
SDGsを定め
各国に取り組みを求めているがまだ課題は山積している。
そこで期待を寄せられているのがテクノロジーである。
SDGsでは具体的に17の目標が建てられている。
たとえば
・ 貧困をなくそう
・質の高い教育をみんなに
といったものがある。
こうした目標では“持続可能な Sustainable”という言葉がポイントである。
現地の人たちが自らの手で問題を解決し続けられること。
そして国連はそれを手助けするということである。
その切り札として国連は“テクノロジー”の活用に乗り出している。
たとえばアプリ。
東アフリカのタンザニアでは
生産者が作物の写真を投稿し
買い手がそれを見て直接購入できるというアプリを導入。
所得向上につながっている。

そして今注目されているのがドローン。
ドローンは空から撮影したり物を運んだりすることができる。
たとえばアフリカで活動している京都大学大学院の研究チームは
広大な土地をドローンで撮影することで
それぞれの土地にどんな作物が適しているか
分析するデータを集めている。

アフリカ南部にあるマラウイ。
日本の3分の1ほどの面積に約1,900万人が暮らしている。
去年の国民1人あたりのGDP国民総生産は300ドル余。
世界でもっとも貧しい国の1つである。
このマラウイで深刻な問題となっているのが感染症のマラリアである。
この国では毎年5愛以下の子どもの3人に1人がマラリアに感染し
大人を含めると
推計で1年間に7,000人が亡くなっている。
(医師)
「この地区の小児科では死因で最も多いのはマラリアです。
 一番必要なのはマラリアを防ぐことです。」
マラリアは水辺で繁殖する「ハマダラカと」いうかが媒介する。
しかしこの地域では
蚊の幼虫がどの池にどのくらいいるのかなど詳しいデータがない。
そのため蚊を効率的に駆除できないのである。
そこでドローンを使って調査にのり出したのが
ユニセフ国連児童基金とイギリスの大学の研究者たちである。
国連はSDGsを達成するため
世界各地でプロジェクトを起ち上げている。
池の上にドローンを飛ばし
上空から植物の分布状況を撮影。
ハマダラカの幼虫が好む植物がどこにあるのかを突き止める。
こうした情報を政府に提供し
その植物を取り除こうというのである。
(プロジェクト責任者)
「蚊の繁殖する場所を特定するのにドローンは有効です。
 マラリアを根絶する活動で一役買うと思います。」
ドローンならそれほど費用もかからず
手軽に上空の画像を撮影することができる。
練習すれば誰でも操作できるので
SDGsを目標とする
地元の人による持続可能な取り組みを進めることができる。
プロジェクトに参加している地元の大学を卒業したカロンデさん(22)。
ユニセフのインターンとして学んでいる。
子どものとき何度もマラリアにかかり
6歳のときには父親をマラリアで亡くした。
(カロンデさん)
「ドローンを使って実際にマラリア対策に取り組む仕事はやりがいがあります。」
カロンデさんをはじめ多くの若者が
ドローンを使ったデータの収集や分析方法について学んでいる。
マラリアの根絶に向けたSDGsの取り組みに地元の期待が高まっている。
(カロンデさん)
「この技術は現代社会が直面する課題を解決する。
 わたしたちもSDGsに貢献し
 誰も置き去りにしてはいけない。
 私は国のために頑張りたい。」




コメント

海洋大国フランス 南シナ海へ影響力を

2018-08-21 07:00:00 | 報道/ニュース

7月25日 キャッチ!ワールドEYES 


フランスは世界中に海外県や海外領土を持ち
排他的経済水域はアメリカに次いで世界第2位の面積を誇る。
太平洋周辺にはニューカレドニアやフランス領ポリネシアなどがあり
軍事的にも重要な拠点となっている。
近年そのフランスは
艦船の派遣や各国との軍事的協力関係を強めるなど
南シナ海を念頭に置いた動きを活発化させている。 

7月14日パリで開かれた日仏外相会談。
4年前から定期的に外務・防衛の閣僚協議を続けてきた両国。
今回 海洋の安全保障分野での協力を進めるため
官民合同のセミナーを実施するなど
新たな対話の枠組みを設けることで一致した。
前日には
自衛隊とフランス軍が
食料や弾薬などの物品や輸送などの役務を相互に提供できる協定に署名。
関係の強化を進めている。
(日本 河野外相)
「法の支配に基づいた自由で開かれた海洋は
 日仏両国だけでなく
 国際社会の平和と繁栄の礎だという考え
 価値観で合意している。
 日本とフランスが国際社会の平和と安全のため協力していくことができるのではないか。」
フランスが日本と連携を深める背景にあるのが
中国と周辺国との間で領有権をめぐる争いのある南シナ海である。
フランス政府が6月に発表した「インド太平洋の防衛戦略」。
この中で南シナ海について
中国が行っている大規模な埋め立てや軍事拠点化が緊張を高めていると指摘。
“地球規模に影響が広がりかねない”と懸念を示している。
6月シンガポールでのアジア安全保障会議に出席したフランスのパルリ国防相。
名指しこそ避けたものの
中国による一方的な実効支配は認められない考えを示した。
(フランス パルリ国防相)
「南シナ海で既成事実を重ねても容認することはありません。」
中国側は
南シナ海の島々と周辺海域は中国の領土だと繰り返し主張。
自らの領土に軍隊や武器を展開するのは主権の範囲内だと反発している。
こうしたなかフランス軍が行っているのが南シナ海での航行作戦である。
4年前から年間最大で10回程度実施。
今年はフリゲート艦など2隻を派遣した。
(フランス パルリ国防相)
「相手が自らの領海だとして立ち去るよう警告しても
 我々は国際法上の公海であるから高校を続けると
 落ち着いて返答します。」
日本との関係を強化するフランスは
中国の海洋進出への懸念を共有するほかの国々との連携も強めている。
去年5月には太平洋の北マリワナ諸島などで日英米とともに初めて4か国合同訓練を実施。
訓練に参加したアメリカとイギリスは
フランスと同じく南シナ海で艦船による航行を行なっている国である。
合同訓練は「航行の自由」をめぐり
4か国が一致して中国をけん制する狙いもあった。
専門家は
フランスにとって南シナ海を含むインド太平洋地域は
海上交通路として戦略的にも経済的にもこれまで以上に重要な地域になっていると指摘する。
(国際関係戦略研究緒 エドワール・フリムラン氏)
「艦隊の派遣は
 この地域が国際貿易の半分を占める重要性を明確にし
 必要ならば防衛も出来る
 フランスの影響力も誇示できます。」



コメント

オリンピックで変わる東京の街

2018-08-20 07:00:00 | 報道/ニュース

7月25日 おはよう日本


東京渋谷区にある出版社の屋上。
2週間に1回通っている大学生たちがいる。
撮影しているのは新国立競技場である。
2年間に撮り溜めた写真は街の景色が変わりつつあることを感じさせる。
前回のオリンピックでも東京の町は大きく変貌を遂げた。
都心の丸の内・銀座は戦後の高度経済成長で大混雑。
そこで新宿・渋谷などの副都心が開発された。
これらを結ぶ高速道路なども整備。
東京の骨格ができあがったのである。
2度目のオリンピック
東京はどう変わろうとしているのか。

50年前に形作られた東京の町はいま
時代に合わせて再び変わろうとしている。
中でもその姿を大きく変えようとしているのが丸の内周辺エリア
そして有明・豊洲などの湾岸エリアである。
日本を代表するオフィス街 東京丸の内周辺エリア。
変化のキーワードは“おもてなし”である。
いま街には外国人観光客やビジネスマンが急増。
そこでホテルや商業施設の開発が相次いでいる。
去年開業したキッチンや洗濯機が付いた長期滞在型のホテル。
都心では珍しい日本旅館もオープンした。
新たな東京の顔として世界にアピールしようとしている。
(三菱地所)
「“脱オフィス”で商業や文化的な機能を取り入れることで
 働く人だけではなくそれ以外の方々にも来てもらえる街にしていきたい。」
さらに劇的な変化を遂げているのが豊洲・有明などの湾岸エリアである。
埋め立て地でかつては工場などが立ち並んでいたこの地域。
いま今高層マンションの建設が相次ぎ
この5年で人口は20%以上増加した。
中心にある豊洲駅は 1日平均21万人が利用する混雑ぶり。
鉄道会社は協力するとポイントが得られる時差通勤を呼びかけている。
(東京メトロ)
「ほかの駅ではなかなか見られない状況。
 さらに再開発も進んでいるので予想しきれない。」
街で目立つのはベビーカー。
子育て世代もどんどん増えている。
今年4月には小中一貫校も新たに開校。
630人の全校生徒は5年後には倍以上に増える見通しである。
4年前に引っ越してきた一家。 
銀座までわずか15分という近さと見晴らしの良さ。
27階のベランダから建設中の水泳の競技場が見える点も気に入っている。
「日常の中にオリンピックがある。」
オリンピックをきっかけに代わる町のこれからが楽しみだと言う。
「身近に感じますね。」
「日常の中にオリンピックがある。
 そんな感じ。」
オリンピックをきっかけに変わる街のこれからが楽しみだと言う。
「町が1週間2週間ごとに来るたびに違うので
 交通の便もよくなったり
 生活もしやすくなるのかな。
 街がどうなっていくのか
 すごく楽しみですね。」
街には新しいサービスも浸透している。
有明に住む男性が自慢の愛車で向かった先は銀座。
自分が使っていない間マイカーを有料で利用してもらおうというのである。
ネットを通じてマイカーを共有するサービス。
都内でも湾岸エリアの住民の利用が特に多いという。
(サービスを利用する男性)
「新しい価値観を作りたい人や興味がある人。
 そういう人が多いんじゃないかなと思います。」
急成長する湾岸エリア。
課題は住民同士のつながりである。
この日は盆踊り大会が開かれた。
(豊洲町会 会長)
「マンションの方なんですけど
 祭りが大好きなんで
 町会にもいろいろ協力していただいています。
 お互いに理解し合ってコミュニケーションをとりながら
 我々と新しい住民が一緒に取り組んでいきたいと思っています。」
新しい住民たちに積極的に運営に関わってもらう。
盆踊りに訪れた人は2日間で約4,000人。
湾岸エリアに新たな町が生まれつつある。

前回のオリンピックのときは都市に必要なインフラが公共事業として整備されたことで
街の姿が大きく変わった。
今回は商業施設やマンションなど時代のニーズに合わせて民間が作っていることが大きな特徴である。
2020年の東京オリンピックは成熟した東京の姿を世界に示す機会にもなりそうである。

 

コメント

銀座1丁目 江戸前肉割烹 宮下 

2018-08-19 07:00:00 | グルメ



  

  
                           (食べログより)

マロニエゲート 12F

JR 有楽町駅 徒歩3分
地下鉄「銀座1丁目」4番出口 徒歩1分
銀座一丁目駅から164m

 

コメント

5秒でくぎづけ!?“GIF動画”

2018-08-18 07:00:00 | 報道/ニュース

7月25日 おはよう日本


“GIF”は静止画のデータを保存するときのファイル形式の1つである。
静止画をつなぎ合わせて動画のようになる。
シンプルさがいいと
企業もGIF動画に注目している。
GIF動画の特徴は
再生時間が5秒前後と短く
繰り返しループ再生すること。
無音でファイルの容量が小さいため途中で止まりにくい。
GIF動画を使ったスマホ向けの広告で売り上げを伸ばしている企業もある。
化粧品大手の花王である。
これまではスマホでも15秒のテレビCMをそのまま流していたが
あまり注目されなかった。
(花王デジタルマーケティング部)
「スクリーンをスクロールして見ていかれるので
 長いものを作っても全部見てもらえない。」
そこで去年から取り入れたのがGIF動画だった。
5秒という短い時間の中で何をPRするのか。
たとえば主力商品のヘアスプレー。
ふわりとゆるやかな髪型“ゆるふわヘア”を維持したいという女性の声に応えようとポイントを絞った。
外側だけでなく内側にもスプレーすることが大事だと強調している。
この動画を6月ツイッターに流したところ
2週間で2万人以上から「いいね」を獲得。
売り上げも1割ほど伸びている。
(花王デジタルマーケティング部)
「5秒でワンメッセージ。
 すきま時間にしっかり目に留まりつつ
 伝えたい情報を伝達できる。」
GIF動画人気を受け専門のクリエイターも登場している。
“ユーチューバー”ならぬ“GIFer(ジファー)”。
浮世絵を現代風にアレンジするなど独特の作風が企業の目に留まり
海外から依頼が相次いでいる男性。
(GIFerの男性)
「多いと月収が100万円を超える。
 仕事として成り立っているのでありがたい。」
有望なクリエイターを育成しようという企業も出てきている。
スマホ上に気軽にGIF動画を投稿できる仕組みをつくり
優秀な人材を“公式GIFer”として認定している。
(GIFMAGAZINE 社長)
「映像で有名な方や写真で有名な方
 いろいろな方が参加できる最小の映像表現。
 ひとつの新しいエンタメジャンルとして存在しうる可能性がある。」




コメント

断水解消 早くふだんの夏に

2018-08-17 07:00:00 | 編集手帳

7月25日 編集手帳 

 

 元中学教諭で長く短歌にいそしまれた方らしい。
大阪府枚方市にお住まいの加島のぶさんから、
自費出版の随筆集を送っていただいた。

そこから加島さんの作品を引く。
<吾が歌う子守歌にて眠りゆくこの児の二十歳をやっぱりみたい>。
孫が生まれたときに詠んだ歌という。
新しい命に出会った感激はもちろんとして、
それと交錯するように老境にさしかかる身にふとよぎる余命…
多くの方が経験する心境だろう。

高齢者世帯が多いとも聞いていたので、
災害の爪痕が消えないなかにも少しホッとする。
西日本豪雨の被災地、
岡山県倉敷市真備町で断水が解消されたという。

2週間以上もたって、
ようやく8900戸の家々に水道水がいきわたった。
台所にまだ泥が残り、
災害ごみが片付かないにしても、
水道の復旧なしに生活の再建は始まらない。
この報に接したとき、
加島さんの歌を思い浮かべた。
<孫が来る好物のカレー馳走(ちそう)せん
 ワンランク上の肉たっぷりで>

子供たちは夏休みに入った。
帰省の増える時節に、
例年通りならば、
祖父母の家の台所は大活躍だったろう。
ふだんの夏に早くもどれることを。


コメント