5月14日 編集手帳
「青バット」大下弘さんが東急フライヤーズから西鉄ライオンズに移籍したのは1952年(昭和27年)である。
当時の西鉄はまだ強豪とは言いがたく、
本拠地の福岡は東京から遠い。
心境を歌にして日記につづった。
〈都落ち笑はば笑へ何時の日か眼に物見せむ吾われなればこそ〉。
その意地が西鉄を“野武士軍団”の黄金時代に導いてゆく。
「都落ち」を「戦力外」に置き換えれば、
その人が乗り越えて来た山坂だろう。
中日を戦力外となった巨人の堂上剛裕(どのうえたけひろ)選手(29)が一昨日、
広島戦で値千金の同点二塁打を放ち、
ヒーローになった。
先月には、
やはりオリックスを戦力外となった中日の八木智哉投手(31)が 982日ぶりの白星を挙げている。
泣くための肩を誰かが貸してくれる世界ではない。
野球を続けられるかどうかの崖っぷちで、
夜更けにひとり流した涙もあったはずである。
正の10を10個集めると100になる。
負の10同士を掛けても100になる。
歌人の塚本邦雄さんが語ったことがある。
〈答えは同じでも、
正を積み重ねた100には陰翳(いんえい)がないのだ〉と。
汗と涙の縞模様にも似た陰翳の、
美しきかな。