6月28日付 読売新聞編集手帳
名誉欲、色欲、金銭欲…煩悩にもいろいろある。
逸材を常に欲して“人材煩悩”と評されたのは、
東京市長を務めて関東大震災の復興に尽くした後藤新平である。
「午後3時の人間は使わない。
お昼前の人間を使うのだ」と、
語録にある。
感覚的な表現ながら、
意味するところは察しがつく。
退勤時刻を気にして尻の落ち着かない人に大事な仕事を任せるのは不安なことだろう。
退陣をすでに表明している菅首相の場合には、
日没も遠くない夕暮れである。
復興相を新設して震災復興の体制を整えたが、
たそがれの人に率いられて、
どれだけ機能するだろう。
復興予算に限らず、
社会保障であれ、
何であれ、
腰を据えた財源論議は期待しにくい。
辞める首相に、
まともに外交の相手をしてくれる国はないだろう。
引きずり降ろされる形で辞めたくない、
というメンツ第一の“延命煩悩”は代償が大きすぎる。
暮れ方の薄暗い時刻を、
昔の人は「おおまがとき」(逢魔時、大禍時)と呼んで警戒した。
午後6時過ぎの首相が招いた国政の空白期に、
これ以上の災難や凶事が持ち上がらないことを切に祈るばかりである。